軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三砦とラガレットの関係

宿泊施設(ホテル) に戻ると玄関ホールでディートが待ち構えていた。

腕を組んで仁王立ちになり、憤怒の顔をしている。

「どこへ行っていた!?」

……報告義務なんてないと思うんだけどね?

出し抜かれたのが面白くなかったのか、実に判りやすい怒り顔で道を塞いでいる。

その背後に控える護衛のスケベイとマルは、今日も頭が痛そうだった。

「大通りにある画廊へ行ってきたんですよ」

静かで快適な場所だった。ディートも行ってくればどうですか? とそ知らぬ顔で返すと、ディートは怒り顔を慌て顔に変える。

「画廊へは、子どもは行ってはいけないんだぞ!?」

怒られなかったのか? と心配顔に変わったディートには悪い気がしたが、とくに私が怒られるようなことはなかった。

おそらくは、ディートを画廊へ近づけないため、ディートの周囲の大人たちがついた嘘であろう。

……まあ、あの静かな雰囲気の場所に、大騒ぎするディートが乱入したら、他の人の迷惑だからね。

画廊は子どもが行ってはいけない場所なのではない。

公共の場で静かにしていることができない子どもがお断りなだけだ。

プリンを賭けてリバーシをしよう、と纏わりつくディートをサンルームに押し込んでカリーサにプリンを作ってもらう。

結局昨夜は一度も勝てなかったため、ディートだけがプリンを食べることができていなかった。

カリーサが離れている間は黒騎士が私の護衛に、ディートの護衛にはスケベイとマルが残っている。

……このメンバーだと、今日もディートはプリンを食べれそうにないね。

「そういえば、バシリアちゃんは一緒じゃないんですか?」

なにしろバシリアは、嫉妬に狂って面識のない相手へといきなり水をぶっかけるほどの情熱家だ。

ディート目当てに連日遊びに来ても不思議はないと思うのだが、バシリアの姿を今日はまだ見かけてはいなかった。

「バシリアは弱くてつまらん。せっかくぼくが教えてやったというのに、全然強くならないんだ」

何度もリバーシをしようとあまりにしつこいので、一日に三回までなら遊んでやる、と言って追い返したらしい。

……回数制限は私の真似っこですね。

ついでに言うのなら、しつこく遊びに誘われるのが迷惑だと学んだのなら、自分が同じことを私にしている、ということにも気付いてほしかった。

もしかしなくとも貴族令嬢であるバシリアならば、私と違って王子であるディートを立てるよう、「決して勝たないように」と親から言い含められている可能性もあるのだ。

「バシリアちゃんといえば、画廊でバシリアちゃんのお父様に会いましたよ」

「なんだ、知らなかったのか? ジェミヤンは画廊の 所有者(オーナー) だぞ」

「それで画廊にいたんですね」

納得納得、と頷きながら、カリーサの作ってきたプリンを口へと運ぶ。

うん、今日も程よい甘さのくちどけなめらかプリンだ、と頷いていると、ディートがずるいと怒り始めた。

……ずるくないよ。味見は提供側の当然の権利っていうか、お仕事のひとつだよ。

「……それが噂のプリンですか?」

「どこで噂になっているのかは聞きませんが、これがプリンです」

今ならリバーシで勝つと食べられますよ、とサンルームに顔を出したシードルをディートに 嗾(けしか) ける。

勝者にプリンを、というのは昨日おふざけで始めたことだったが、ディートはこれが気に入ったらしい。

どうしても勝ってプリンを手に入れるのだ、と言って無駄にお預けをくらっていた。

……普通に食べさせてあげてもいいんだけどね?

というよりも、そろそろ素直にプリンを受け取ってほしい。

最初に食べたがったのはディートのはずなのだが、昨夜プリンを賞品にしたところ、負けたままでプリンを食べるのは同情されているようで嫌なのだ、と謎の 矜持(プライド) を発揮してディートはプリンを受け取らない。

私としては子ども相手にお菓子を意地悪で取り上げているように感じて、あまりいい気分ではなかった。

……ディートはリバーシ弱いしね。

セークでならまだ勝ち目はあると思うのだが、リバーシで私に負け続けたせいか、ディートはリバーシに拘っていた。

……男の子って、面倒臭い。

対戦相手としてディートを紹介されたシードルは、しかしディートとリバーシ対決はしなかった。

さすがに大人気ないと思ったのかもしれない。

シードルは曾孫の手綱を握りにサンルームへと来たエセルとセークで対決をし、接戦の末に勝利を逃した。

……エセル様、セークはかなり強いよ?

ディートと勝負をしていれば、すぐにプリンが食べられたのだが、シードルは次の対戦相手としてカリーサを選んだ。

昨夜カリーサがエセルと勝負し、いい勝負をしていたとどこかで聞いたのだろう。

……ご愁傷様です。

セークが好きだと言うカリーサは、かなり強い。

エセルといい試合をしていたのでカリーサともいい試合をするかと思われたのだが、シードルはカリーサに呆気なくも簡単に負けた。

……相性ってあるらしいからね?

大人であるシードルが弱いとは思わないが、相性によってはあっさりと勝負がつくこともあるのだろう。

二敗したシードルは、確実にプリンを味わえる方法を取る気になったようだ。

キュウベェに六回目の敗北をしたディートの席へと移動した。

「……しかし、無事に戻られて良かったですね」

「なにがですか?」

ちゃっかり自分はプリンを食べているスケベイに、首を傾げて振り返る。

私の視線を受けたスケベイは肩を竦めたあと、知らなかったのですか、と少しだけ呆れたような声で教えてくれた。

「ラガレットの領主はレオナルド殿が嫌いですからね。嫌がらせでもされるのではないかと思っていたのですが……」

「ジェミヤン様はそのような器の小さな方ではありませんよ」

だからこそ、私が画廊へ向かうのを止めなかった、とディートに勝ってカリーサからプリンを受け取ったシードルが会話に加わった。

一試合が短いのは、ディートがほとんど考えずにコマを置くからだ。

考えずにコマを置いているうちは、ディートは弱いままであろう。

「……ご領主様はレオと仲が悪いんですか?」

「お嬢さんはこの辺りの地理は……?」

「砦で見せてもらったことがありますよ。グルノールの街の北東、マンデーズ砦の北西にラガレットがありました」

ぼんやりと以前見せてもらった地図を思いだしながら答えると、なんとなく引っかかりを覚える。

レオナルドが私を置いて出かけているのは国境近くにあるルグミラマ砦だ。

ルグミラマ砦はラガレットの北西にある。

「……あれ? ラガレットって、レオが団長をしている騎士団に囲まれてる?」

地図で確認しないとなんとも言えないが、うろ覚えの位置関係としてはこんな感じだったはずだ。

そう気がついてみると、ジェミヤンがレオナルドを嫌っている、というのも理解できなくはない。

ラガレットは位置的に外敵から黒騎士に守られているが、いざ反乱を企てようものならば周囲の黒騎士に即制圧されるだろう。

周囲三つの砦の主が別人であれば、どこかと密約を交わして足並みを乱すことも可能かもしれないが、三つの砦の主は同じ人物だ。

各騎士団の足並みを乱すことはできない。

実に微妙な位置にあるのが大都市ラガレットだった。

安全という意味で人は集まってくるが、どんなに巨大な都市になろうとも王都にはなることができない。

そんな気を起せば、即座に潰されるのが誰の目にも明らかだった。

「たしかに、悪いことを考えてる人だったら、レオのことが嫌いかもですね」

「今日画廊で会ったというのも、レオナルド殿の妹がどんな人物なのか、それを確かめたかったといったところでしょう」

「わたしがどんな人間が確かめて、それがどういう……やっぱりいいです。気分のいい話じゃない気がします」

レオナルドが嫌いなら、その妹に対する感情もいいものではないだろう。

バシリアの父親ということは、昨日私が彼女を泣かせたことも聞いているかもしれない。

こちらの意味でも、私のことが嫌いかもしれなかった。

「……もしかして、わたしはあまりお出かけしない方がいいんでしょうか?」

レオナルドには観光もしろ、と言われているが。

ラガレットの支配者がレオナルドに対していい感情を持っていないと言うのなら、出歩かない方が安全であろう。

むぅっとお行儀悪くもスプーンを咥えると、シードルに教えられた道を通って馬車で移動するのなら安全だ、と説明された。

人通りの多い道であれば下手な襲撃や誘拐は不可能であったし、その後の商売を考えれば大通りに面した店で騒ぎを起すことは領主であれば避けたいだろう、と。

……安全の基準、私が思ってたのと違うや。

人目が守ってくれるのだろう、と思っていたが、拉致や誘拐の成功率や、その後の商売への影響から、この道や店であれば襲撃は控えるだろう、という希望的観測の話だった。

前提からして犯罪ありきの考え方だ。

「やっぱりお部屋で刺繍でもして過ごした方がよさそうですね」

「そうですね。それが一番安全でしょう」

「……わたしが安心して部屋に籠もっているためには、ディートの手綱をちゃんと握っていてほしいんですが?」

そのあたりを頑張ってください、とスケベイに顔を向けると、サッと目を逸らされた。

そこは胸を張って請け負ってほしい。

「ティナ、もう一回勝負するぞ!」

「一日に三回まで、ってお約束ですよ」

シードルに負けたあと、再びキュウベェに挑んで負けたディートが私の元へとやって来た。

ディートの場合、大人に負けたからといって勝負の相手を子どもにしても勝てないのだが、いつになったら理解してくれるのだろうか。

「ディート坊ちゃん、女の子との約束は守らないと嫌われますよ」

手綱を握れ、と言われたばかりのスケベイが、私とディートの間に入ってくれた。

嫌われる、と言われたディートは思いもしなかった単語を聞いた、とでも言うようにきょとんっと瞬く。

「ぼくを嫌いになれる人間などいないぞ?」

「え? 少なくとも、わたしはディートを嫌いですよ?」

嫌いは少し言いすぎな気もするが、苦手であることは確実だ。

これだけは胸を張って言える。

「嘘を言うな。ぼくを嫌える人間などいないと、乳母や 女中(メイド) が言っていた」

「そんなの、乳母や女中は雇われているんですから、どんなにディートが我がままばかり言って嫌いでも、好きだって言いますよ」

雇用主に対して、「おまえのことが気に喰わない」などと伸び伸び発言できる人間はまずいない。

そんな正直発言をしてしまえば、即座に職を失うことになるからだ。

……それにしても? これまでも友だちじゃない、とか結構ちゃんと言ってきたはずなんだけどね。

まったく通じていなかったらしいことに驚かされる。

愛らしい外見でひたすら甘やかされて育った、とは聞いていたが、これほどだとは思わなかった。

何を言っても、何をしても、相手が自分を嫌うことはないと思い込んでいたからこそ、これまでの自信に満ちた愚行に繋がっていたのだろう。

はっきり嫌いだと宣言されたディートは、聞こえた言葉が理解できないのかポカンと口を開けて瞬いている。

「わたしの予定や都合も考えずに、朝から押しかけられて迷惑です」

朝から乗り込んでくるのが判っているので、今日は朝食後すぐに外へと逃げ出した。

本当ならば朝食後はのんびり部屋で寛ぎたかったし、出来ることなら部屋から一歩も出ずに刺繍をしていたかったぐらいだ。

ディートが私の生活にグイグイと入り込んでこなければ、どちらも普通に出来ていたことだった。

「ディートのお屋敷ではどうか知りませんけど、家の中と同じ感覚で外の人に話しかけても、上手くいくわけないよ」

ちなみに私は自分の時間をゆったりと過ごすのが好きなので、しつこく遊びに誘われるのは迷惑である。

そうディートの青い目を見つめながら告げると、今回はちゃんと『通じた』のがわかった。

返事はなかったが、青い目がすぅっと凪いだのが見えたのだ。

ちょっと言い過ぎたかな? とは思ったが、たぶんこれでいい。

ここで私が「言い過ぎました」とディートに譲歩をして発言をなかったことにしたら、ディートはずっと人の話を聞かない暴君のままだろう。

自分が嫌われることもあるのだ、と今のうちに学んだ方がいい。

……もちろん、私もね。

これでディートには完全に嫌われただろう。

好かれたいと思っていたわけではないが、嫌われるというのはあまり楽しい気分ではない。

が、私たちはお互いに相性が悪すぎたのだろう。

気が合わないというのはもう判っているのだから、お互いに距離を取った方がいい。

そのはずだ。