軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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母上が最初に、何かを言いかけて、沈黙した。少しして、その次に続いた言葉を聞いて、はぐらかそうとしたのを止めたのかもしれないって感じた。

「……思わないように心がけていたわ。決めたことだったから」

そして、母上が語り出したのは、ある取引についてだった。

「政略結婚か、愛する人と結婚するか。前者を選べば、生んだ子どもはわたくしが育てることができる。後者を選ぶなら、我が子を差し出せ。そういう選択肢が与えられた」

「……それは、父上が?」

やるせない笑みを、母上が浮かべた。……悲しげな。

「いいえ。兄上は、わたくしに一言も強制したことはない。この選択肢をわたくしに提示したのは、あなたの祖父……前代国王であるジハルト・エスフィアよ。父上は兄上のために、その役割を買って出たのだと、いまでは考えているわ」

「そして……母上は」

声が、どうしてか震えた。

「ええ。後者を選んだ。わたくしが王女として選んだ生涯ただ一つの我が儘。王女としては、政略結婚をするのが正しかった。だから、わたくしが決めた。あなたを手放すことは」

でも、と弱々しい呟きが母上から漏れた。

「あなたがお腹に宿って、大きくなっていくお腹を撫でていたら――そのとき急に、渡したくないという気持ちがこみ上げた」

「それ、なら」

何でそんなことを言うの?

気づいたら、ぎゅっと拳を握りしめていた。

だったら、祖父との約束なんて、破ってしまえば良かったのに。そう思わずにはいられなかった。渡したくなかったのなら。

「……だけどね、オクタヴィア。わたくしは、イーノック兄上の慟哭を知っていたの。兄上には『何か』が起こった」

「何か……」

思い当たることは、ただ一つだけだった。たぶん、エドガー様の妹の、アイリーンさんを失ったこと。それが、父上を変えた?

「ちょうど、エドガー様と結婚する直前ぐらいかしら。感情を、隠すようになってしまった。昔は、そんなことはなかったのよ。王太子として用心深く育ってはいても、わたくしたちには……姉妹には、素直な感情を見せてくれていた。――同じ頃から、どうしてか、幸せそうにも見えなくなった。――兄上は、反対しなかったかもしれない。けれどわたくしがさらに我を通すことは、ひどい傲慢のように思えた。……何かを壊してしまうような気がしたわ」

それで――いまがある。

私は父上の娘として、兄やアレクと育った。

握りしめていた拳から、意識して力を抜いた。

「――母上は、もし過去に戻れて、選択をやり直せるとしたら、どうしますか。ただし、同じようにどちらかしか選べません」

第三の選択肢は、存在しない。

「……きっと、同じ選択をするわ」

私を手元で育てる選択は、しないってことだった。

嘘をつかれるよりは、良かった。言いたいことは、あるような気がする。でも、それなら、いいや。母上がいま幸せだっていうことだから。

――私にも、母上には負い目がある。

私は、前世の記憶があったせいで、普通ではない子どもだった。麻紀としての自分に、私が拘ったから。捨てられなかったから。

そんな私を、母上が受け入れるのは大変だったはず。単純に、王家の事情がどうこうとかとは別に、私を自分の子どもだと思えないこともあったかもしれない。

でもそれでも、私も、前世の記憶をそのままにするか、リセットするか、あのときに戻れるとしても、きっと同じ選択をする。

……お互い様なところが、存在する。

この距離感が、私と母上には、合っている。

母上が、私越しにクリフォードを見て目を見開き、ついで微かに微笑んだ。

「――オクタヴィア。彼もあなたを大切にしているのね」

言われて、クリフォードを振り返る。

何かしたの? …………? さっきと変わらないけど……。

ふふ、と今度は声をあげて楽しそうに母上が笑った。

「母上……?」

「これ以上、二人の邪魔をするのも気がひけるわ。恋人同士、踊ってきたらどうかしら?」

大規模お見合い会場には、良い感じになった二人が踊っている場所もある。そこを示した母上が提案してきた。

ダンスかあ……。

まだまだクリフォードとの恋人アピールが弱いとも感じていたので、いい手かも!

いや、母上と三人で話している図なので、彼氏紹介の場だと周囲からは見られているかも? その意味ではアピールは充分? でもダメ押しでダンスは良い――。

その時、鐘の音が鳴った。

「!」

この鐘の音は、私にとって時計代わり。

そして、原作通りなら、もうすぐシル様閉じ込め事件が起こることを知らせる合図だと言える。

「――申し訳ありませんが、母上。所用があることを思い出しました。わたくし、行かなければなりません。……まだ、王城にはいらっしゃいますよね?」

今日で帰っちゃうとか、ないよね?

「諸侯会議中は王城に滞在するつもりよ」

見送りのために、席から立ち上がってくれた母上に抱きつく。これは私と母上の間での約束ごとのようなもの。こういう別れのときは、抱擁し合う!

「では、またお会いしましょう」

「――いってらっしゃい」