作品タイトル不明
178
「だって、あなたに恋人ができたと聞いたものだから。自分の目で確かめないとでしょう?」
場所は大規模お見合い会場スペースの一角である、王城の庭園の東屋。
現在、私の目の前には実の母が座っている。「恋人が」の辺りで私の背後で控えるクリフォードに向かって母上が微笑みかけた。
「それだけで、諸侯会議にもいらっしゃったのですか?」
「これでも兄上からは毎回招待状は受け取っているのよ?」
「ですが……」
もちろん、毎年招待状は受け取っているはず。
ただ、どんな――諸侯会議という名目があっても、母上はあまり王城に近寄らない。これはエスフィア独自の王族事情がダイレクトに関係している。母上の単純な心づもりでは、エドガー様に気を遣ってのことだろうと思う。
……それ以外の面で言えば、たとえ意図はなくとも、余計な火種を作ってしまうから。
母上が王城へ来るということを、母上が私の生みの親としての権力を使うのではないかと考える人もいる。
さらにそこから反応は二つに分かれる。
母上を担ぎ上げて、エドガー様への対抗勢力として育てようとする人、現在の秩序を乱すとして、母上を敵視する人。
本人にその気はまったくなくても、そこは関係なくなってしまう。
――だから、私が母上に会うときは、王城で、ではなく私が会いにいく形。また回数も限られている。……それでも、実母が亡くなっている兄や、存命でも会うことすらできないアレクよりは、私は断然恵まれているほう。
諸侯会議中に来たことで、母上が危険に晒されたりしないかな?
「あなたの危惧はわかっているわ。でも、上手く立ち回るつもりよ。だから安心してちょうだい。……行かないで後悔するより、来たかったの」
こちらへ手を伸ばした母上が、私の手を握った。
オクタヴィアとして生きてきて母上と会ったのは、回数を数えられるぐらい少ない。じゃあ完全に疎遠かっていうとそうでもない。
それでいて、母上、と呼んではいるのに……やっぱり、前世と比較しちゃう部分がある。こんなの、おかしいよって。
でも、会うと「お母さん」だって感じるのは、いつも不思議。
……私も、母上の手を握り返した。
「わたくしとクリフォードに色々聞きたい、ということですか?」
だがしかし、警戒は怠れない。
私の恋人チェックに来たってことですよね、母上?
「ええ……」
頷いた母上が、私、クリフォードの順に水色の瞳を向ける。
にこりと、少女のように微笑んだ。
握っていた私の手を離す。
「必要なら、それこそ根掘り葉掘り、訊ねるつもりだったのだけれど……」
やっぱり……!
クリフォードとの間で、恋人関係に至るまでの偽の個別エピソードまでは詰めていないから、根掘り葉掘りされると偽の恋人だって母上に看過される可能性が……!
だって、ふんわりしているようで母上って鋭いからね? ホントに。
いや、待って。だけれど……で一旦切っている、ということは?
「あなたたち二人を見て、そんな気は薄れているところ……かしらね?」
母上がからかうような笑みを浮かべた。
「オクタヴィアのことだから、セリウス殿下に対抗意識を燃やして『恋人がいる!』なんて口走ってしまって、後に引けなくなって適当な誰かを恋人に仕立て上げたのではないかと不安だったの」
ぎっくううう! 母上、大正解! ズバズバ的中させないで欲しい!
そう……。こんな私のことをよくわかっているのが母上なのである! 会えると嬉しいし好きだけど、私のことをわかりすぎていて困る! 冷や汗ダラダラです。え、笑顔が引きつりそう。
しかも、私とクリフォードの何を見て質問の必要なしって判断したんですか母上! 意味不明なんですけど!
「でもね」
でも?
「あなたの様子が、とても自然なものだから」
そ、そうなのかな? 自然……? 私のクリフォードへの接し方ってそんなに差がある? 公の場ではちゃんと王女然としているつもり……。いや、恋人同士ではないんじゃと疑われるよりは断然良し! うん!
「……兄上のときとは、違うのね」
母上が、ポツリと呟いた。はっとする。母上にとっての兄上っていうのは、当然、私にとっての父上、イーノック・エスフィアのことだけど――。
疑問の視線を投げると、母上が口を開いた。
「――後悔していることがあるの。昔、違和感に目を瞑った。だから、あのとき、違和感のままに反対していれば良かった、と。時が経つほど、そう感じるようになったわ。あれほど盛大な結婚式で、幸せそうに見えたのに。……沈黙を守ったのが間違いだった。何も変わらなかったかもしれない。……それでも」
結婚式……。
思い当たるのは、一つしかなかった。
「父上と、エドガー様のこと、ですか?」
小さな、寂しげな笑みが母上の口元に浮かんだ。
「政略結婚だったのなら、何も思わなかったでしょうね。でも、二人は恋愛結婚だったわ。なのに、わたくしは二人に違和感を覚えたの。……兄上をよく知っているからこそ、かしらね。それでいて、兄上がエドガー様を大切に……失うことを極端に恐れているようなのもわかったの。これもきっと兄上がエドガー様を愛する故なんだろうと。二人を祝福したわ」
何かを思い返すかのように、母上が一度目を閉じ、開いた。
「でも、自分の直感を信じるべきだった。結婚に反対を唱えるべきだったと、いまでは思うわ。……兄上とエドガー様に会うたびに」
母上は王城には来ない。ただ、父上とエドガー様に会う機会はある。私が母上と会うのと同様、そういう場が設けられているから。
……そして、母上は、たぶんアイリーンさんのことは知らない。なのに、どこかで感じていたんだ。父上とエドガー様の、本当の関係を。
「――だから、あなたがおかしなことを考えているようなら、止めなければって、柄にもなく来てみたのだけれど」
言葉を切った母上が、かぶりを振った。
「少なくとも、あなたたちには違和感を覚えなかった」
「…………」
一応納得している様子の母上とは裏腹に、私の心の中には罪悪感が湧き上がった。
……偽なんです、母上! いや、そう判断してくれたのは、願ったり叶ったりではあるんだけど、一体何を見て……?
背後を振り返り、私はクリフォードに目をやった。
「…………?」
「ご命令でも?」とでも言いたげに見返されただけだった。ほら、私とクリフォードは平常運転なだけです……!
母上に視線を戻すと、ぱっと顔を輝かせていた、何故に?
コホン、と私は咳払いをした。話を逸らそう! えーっと。
「わたくしとクリフォードは母上がご覧になった通りです。兄上とシ……バークス様にはお会いになったんですか?」
「まだよ。さきほど着いたばかりで、すぐにオクタヴィアに会いに来たから」
「事前に言ってくだされば……」
「知らないほうが、自然なあなたたちの姿を見られるでしょう?」
狙っての抜き打ちチェックだったと……!
「でも、そうね。セリウス殿下とバークス様が噂と同様なのかは気になるわね」
まあ、兄たちは相思相愛で間違いない。
「貴族たちの間でも、様々な動きがあるようだから……」
これは、兄たちを応援する側と、そうじゃない側の動きのことかな……。
――母上は、兄とシル様が結ばれる……国王が同性を伴侶にすることをどう思っているんだろう。
……私は、母上に訊いてみたいことがあった。なのに、ずっと訊けないでいたこと。
だけど、躊躇っていたら二度と訊けない気がする。
もう少し先、諸侯会議で、「お世継ぎ問題」が議題にあがるからこそ。
「母上。母上は……嫌だとは、思わなかったのですか?」
「オクタヴィア?」
「わたくしを、手元で育てたいとは、思わなかったのですか?」