作品タイトル不明
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――おじ様が、バルジャンの媚薬を手に入れていたとして。
何のために?
使ったのかな? 使わなかったのかな? そもそもヤールシュ王子を信じていいの?
媚薬騒動の首謀者も……。
心の中でかぶりを振る。
手に持った、泡のついた透明な炭酸水を見ていたら、またつい考えてしまった。
昨日から、考え出すと堂々巡りになっている。
……良い面に目を向けよう。シル様閉じ込め事件はまだ未発生。諸侯会議も一日目はつつがなく終了したって女官長のマチルダから情報をゲット済みだ。
ヤールシュ王子への暗殺未遂事件が起こったものの、当人は無事。実行犯は全員捕まっている。また王子の言っていた通り、全員バルジャン人で、正規の通行証で入城していたということが判明している。既に地下牢に収監され、しかるべき措置を受けることになる。
――事件の性質としては、バルジャンの王族特有の弱肉強食の実例なのかなって思う。
原作とも関係なくて、ひとまずは解決済みと考えて良いはず。
だから、私もいまに集中しよう。
今日は、クリフォードを恋人として対外的にアピールする日と決めた。
イチャイチャを見せつける! 少なくとも、偽の恋人役だって見抜かれないように振る舞わなければならない。
毎年、諸侯会議が行われている裏で、王城では大規模お見合い会場が用意されている。
あえて、護衛の騎士兼私のパートナーとしてクリフォードにだけ同行してもらい、私はそこを訪れていた。大規模お見合い会場、というのは、諸侯会議中における王城内の庭園を含めた主な開放スペースへ私が勝手に付けた名称……なんだけど、実態を正しく表現できていると思う!
舞踏会や準舞踏会のように大規模ではなく、かといってお茶会のような比較的ささやかなものとも違う。格式ばっているわけでもない、だけど人が自然に集まる場所が形成されている。お菓子や軽食、飲み物も提供されているし、音楽まで流れている。気の合った同士でダンスをしている人もチラホラ。
諸侯会議には、エスフィア全土から貴族が集まる。もちろん、欠席も一応可能ではある。ただし、それはそれでリスクがあるので、基本的には急病だとか怪我で絶対安静だとか、領内で事件が発生したとか、よほどのことがない限り出席するのが暗黙の了解になっている。
また、当主だけではなく、全員とは行かなくとも家族連れで王都へやってくるケースが普通。つまり当主の伴侶や、その子どもである年若い貴族の男女も一挙に集まる。
彼らはどうするかって?
――それぞれで親交を深める。男同士でも男女でも、諸侯会議が進む裏側で、恋の花が咲くことも、友情が生まれることも。……その逆もあるんだけど。会議の休憩時間や、前半の会議ノルマを終えた後の当主たちが顔を出すこともある。
私の腐女子魂は満たされる一方、死んだ魚のような目の貴族女子を量産する時期とも言える。ちなみに前回の諸侯会議ではお見合い会場としての王城開放は戦争中なこともあって中止されていた。自粛ムード。
……今回はその反動かな。前々回より盛況な気がする。ただし、王城が開放されるのは諸侯会議初日の翌日からで、かつ隔日に限られている。
とにかく、これは私にとっても良い機会。
お披露目で私がクリフォードを恋人として紹介してから、王城内ではこれが周知の事実化しつつあるけど、王城外――現在王都に集まっている各地からの貴族たちの目も気にしなくちゃいけない。
午餐会と晩餐会が本来はその絶好の場だった。生憎欠席したから、このお見合い会場はカップルとしてのアピールチャンスなのである!
クリフォードはもちろん正装用の制服を着用、装備している剣の柄にはレヴ鳥の羽根を用いた飾り房が下がっている。
まず制服で差別化し、レヴ鳥グッズで私とお揃いでもある。見た目からのアピールも完璧! 私のほうは、白色を基調としたドレスで、必須アイテムの『黒扇』所持!
ここに来る際は、『祈りの間』で恋人同士としてできることとできないことを確認したときに試した腕組み、あれを実践してみました。
――あのときと比較すると、私の心境が違うという面があって変にならないか不安だったけど、ちゃんと目的があるせいか、前と同じ感じでできていた、と思う。
掴みはOK! 手応えを感じた。
そのはずなんだけど……。
私は周囲の様子を眺めてみた。……盛況ではある。
時間が経過して実感したこと。注目を浴びつつ、遠巻きにされているような? 近づいてくる人が極端に少ない。私、にこやかに対応してるはずなんだけどなあ……。
隣に立つクリフォードを見上げてみる。
すぐに濃い青い瞳がこちらを見返してきた。……クリフォードも、いつも通りだよね?
じゃあ、原因は?
思いつくのは――私も忘れがちだけど、揃ってのレヴ鳥グッズに引かれてるとか?
最近の王城内では、アオが我が物顔で闊歩しているのもあって、レヴ鳥がいるのがもはや日常化している。いまさらグッズなどへでもない、という空気が流れているんだよね。
対して、いまここに来ているのは、慣れていない人たちばかりだ。
何より……。
私はキョロキョロと会場内を見渡した。
実は、着いた当初から探している人物が見当たらない。
これがシル様だったら、最初から期待していなかったから、全然問題ない。だって原作だと出席した描写が一切なかったし。
ただ、シシィは……。会えるかと思ったのに、やっぱりいないなあ……。ヒューイがいないのは会議出席中だろうから当然として……。
じゃあ、他の……。
「クリフォードの姉君と妹君は登城されていないのかしら」
準舞踏会のためのダンス練習をしたときに、そう聞いた覚えがある。お姉さんが一人、妹さんが二人だって。
昨夜、諸侯会議で王都入りした貴族の一覧リストに目を通したけど、あれって代表者の記載だけで、同伴者については割愛されているからちょっと役立たずなのが玉に瑕なんだよね。
ちなみに、ちゃんとグレアム・アルダートンの名前はあった。
――できれば、アルダートン伯爵とも自然な形で会ってみたいところだけど。
いや、やろうと思えば会うことはできる。ただし、私から正式に動くと、とかく仰々しくなっちゃうからなあ……。気軽に会って話すっていうのが難しい。
「少なくとも、この場にはいないようです」
あっさりとクリフォードが首を横に振った。
挨拶ならずかあ……。
「会わずとも特に支障はないと思いますが」
「……クリフォードのご姉妹でしょう?」
「私はあくまで養子ですので。また養子になってから、さほど月日も経過しておりません。互いに他人と変わりません」
確か……ダンス練習をしたときの雑談で、姉妹には嫌われている、とも言ってたっけ。クリフォードの勘違いじゃないのかなあって少し私は疑っているけど、もしそれが事実なら……。
「……寂しくは、ない?」
「いいえ」
きっぱり。即答だった。
本当にそう思っているってことが窺えるのが何とも。ただ、まだ気になる。
訊き方を変えてみようかな。
「アルダートン伯爵の養子になったことを、後悔はしていない?」
普通、貴族になるのはメリット。だけど嫌なことも多い。おそらく、ただの貴族じゃなくて、アルダートン伯爵家だったっていう点でも。
「…………」
クリフォードが沈黙した。おや、と思っていると、私を見てる……?
やがて、目を伏せたクリフォードが口を開いた。
「いいえ」
……また、答えは同じだ。
でも、私の想像だけど、クリフォードって貴族になりたいとか、そういう願望がなさそうに見える。だから少し不思議なんだよね。
アルダートン伯爵からの申し出があったからこうして成立しているはずなのに、クリフォードがすんなり養子になることを了承する図が見えてこないっていうか。
実際、他人と変わらないって本人が言っている。
「――どうして、養子に?」
あ、思いついた。
「欲しいものでも?」
階級社会だから、貴族の身分があると便利なのは厳然たる事実。平民のままだと手に入らないものがあったとかなら! 納得。
「…………」
少しクリフォードの目が見開かれた。答えようとして……一度口を閉じる。
そして、かぶりを振った。
「いいえ。ありません」
さらに言葉が続けられる。
「ですが、私がアルダートン伯爵家の養子に入ったのは、互いに得るものがあったからです」
「そう……」
頷くしかなかった。
それが何なのかはわからないけど、クリフォードがアルダートン姓になったのは利害関係が一致した結果だったってことだ。
だから、寂しい以前の問題……。
……本当の家族は?
ふっと、そんな疑問が浮かび上がった。
同時に、思い出したのはシル様の顔。
――シル様は、クリフォードの弟なの?
もしそうなら、そのことを、知っていた?
なんて。
……訊けないよね。
心の中でため息をつく。
疑問は浮かんでも、結論はいつも同じになる。
代わりに、手に持っていた炭酸水の杯をぐいっと飲んだ。……喉越しすっきりで美味しい。
何気なく見た方向で、視界に映った一人の女性の姿に驚いて、杯を口から離す。
結った銀髪に水色の瞳。諸侯会議中の王族の様式に合わせて白色のドレスを着用している。これまでの諸侯会議では常に不参加だったし、そもそも王城を訪れることが滅多にない人だから。――来るなんて、全然聞いてなかった。
「久しぶりね」
歩み寄ってきたその人が、私の前に立って微笑んだ。
私たちの間に、大層な挨拶は必要ない。
「――母上」
普段、この言葉を口にすることは滅多にないので、おかしな感じが少しだけあった。
私、オクタヴィアとしての実の母である――マルグリット。父上の妹でもある。私の容姿はそっくり母譲り。私が年を重ねたらこうなるのかもって思ってる。ただ、気品とかは圧倒的に負けている。
母上が、クリフォードを興味深げに見つめた。
「そしてこちらが――あなたの恋人のクリフォード・アルダートン?」
お披露目の場での出来事は、母上にも伝わっているんだ。
そして私は確信した。
これは……根掘り葉掘り突っ込まれるやつだ。
意外なところから突如、伏兵が現れた!