軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

128

絶体絶命。大ピンチ。

私は小部屋の中で行ったり来たりを繰り返した。

――私の読みが正しければ、デレクの記憶は、兄みたいにおかしくなっている。記憶をいじった人間が、近くにいるってことだよね?

デレクのときも、兄のときも……。

デレクが私の恋人だと困る人間? でも、このこと自体、第三者は知りようがない。それとも、別の要因でたまたま記憶を操作された時期が重なった? 『あの青年』とは関係があるの?

次々と疑問が浮かぶ。

ただ、救いは、デレクも兄も、命の危機に陥っているわけではない。一刻も早くどうこうしなくちゃいけないって話でもない。……欠けているのは、記憶だけだから。そのかわり、慎重に動く必要がある。皮肉なことに、デレクという二人目の被害者が出たことで、このままじゃ駄目だって、心に刻むことができた。

深呼吸する。

だから――目下、最大の問題は、この場で、私がどうするかってこと。

いまさら別の偽の恋人役を見つけるなんてできない。

――アレクに頼みに行く? デレクが恋人だって、話をした後で? しかも、昨日、様子が変だったのに? 自分の見栄のためだけに、弟を巻き込むの?

いっそ、ちょっと玉座の間のほうに行って、参列者の中から適当な人を……。

私はかぶりを振った。

適当な人、なんて……。

唇を引き結ぶ。

いるわけがない。

クリフォードの姿が、目に入った。……いるじゃない。そう思ってしまった自分に、必死にノーを突きつける。――クリフォードだけは駄目。この命令は、したくない。クリフォードなら、嫌だと思っていても、引き受けるに決まっているから。

「…………」

パシンッと、『黒扇』を閉じる。

やっぱり、道は一つだ。

想像より大規模な、公式行事みたいになってしまったから、それをひっくり返すのは気がひけるけど……。

もともとは、兄の「愛する者のいないお前にはわかるまい」にカッチーンときて、「わたくしだって、愛し合っている方はいますわ?」と答えたことがはじまり。

――下手にあがかずに、「嘘でした。いません」と正直に話すしか……!

しばらく、自室に引き籠もりたくなるかもしれない。それを許してもらえれば。

ヒューの移送先も、どうにかして別方向から探ることを考えなきゃ。

「――どうぞ上手くお使いください、と」

え、と発言の主を見る。私が話しかけたときは別として、不用意に口を開かないのが、クリフォードだった。

「私が申し上げたのは覚えておられますか」

濃い青い瞳が私を見返した。

もちろん、覚えている。

『私は特殊な「従」です。私を扱うなら、ご覚悟を。どうぞ上手くお使いください』

「覚えているに決まっているわ」

「では、ご命令ください」

言いたいこと……その意味は、わかった。

命令――クリフォードに、偽の恋人役になりなさいって?

「したくないわ」

「……何故ですか?」

ぐっと私は言葉に詰まった。

……嫌、だから?

「『従』とは、『主』の窮地を看過できないもののようです。そして、私を使えば、殿下は窮地を脱することができるでしょう。最初に申し上げました。お役に立てるよう、私をどうぞご利用ください」

……前から、思ってたけど。

「あなたの、使う、という表現は好きではないわ」

クリフォードが道具みたいじゃない? ――人間なのに。その上、自分で自分のことを、道具のように表現していること自体も。

それに。

「『主』であるわたくしが『従』であるあなたに命令してしまったら、あなたは拒否できないでしょう?」

不思議そうにクリフォードが返してきた。

「……拒否する必要が?」

そんな必要はない、と言わんばかり。

命令をベースにしているからこうなるのかな……。

「命令ではなく、わたくしの我が儘……単なるお願いだったとしても? 嫌ではないの?」

「――いまの私は」

濃い青い瞳が、私を直視する。

「嫌だと思うことはしません」

き、きっぱり。クリフォードが淡々としながらも断言した。

「しかし『従』としては、『主』の命令を遂行するために自分の意思を殺すでしょう」

だ、だよね……。ていうか、前に、何かあったのかな? 嫌な命令でもされたことがある? 根拠のない想像だけど、そんな気が……。いや、私? 現在進行形かも。

「ですが、殿下の『従』となってから、そのような命令をされたことは一度もありません。お願いも同様です」

「……本当に?」

「――嫌だということであれば」

クリフォードが言葉を続けた。

「現況に対して、そう感じます」

「…………?」

「殿下が私にご命令下さらないことに」

えっと、偽の恋人役になりなさいって命令されないのが嫌だって、こと……?

――私、基本的に自分に甘い人間だからね? そういう風に言われると、後押しされてるように、自分に良いように捉えちゃうからね?

……頼って、良いのかな。

「――わたくしの偽の恋人役は、大変よ?」

「殿下のご命令で、大変だと感じたことはありません」

でも、命令するのは、嫌だった。私としてはやっぱり、どうせなら、命令よりは、お願いのほうが良い。

「……命令ではなく、お願いでも?」

構わない?

恐る恐る、確認する。

「はい」

クリフォードがはっきりと頷いた。

それで、私も決めることができた。命令は、しない。

お願いとして、クリフォードに頼む。これは私の我が儘。お願いなら、クリフォードに拒否の余地が残る。――強制にならないって。

口を開く。

「クリフォード。あなたにお願いしたいことがあるわ。わたくしの偽の恋人になってちょうだい」

「――承りました」