軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

猿楽師

1566年冬

年が明け、底冷えのする冬の冷気が列島を覆う中、氏真の元に喜ばしい報せが届いた。

正室である早川殿が三人目の子を懐妊したのである。順調にいけば、秋の気配が深まる頃には新たな命が産声を上げることになる。これで三人目である。

男児が続いたこともあり、そろそろ愛らしい女子でもいいな、と氏真は密かに思っているのだが、果たしてどうなることか。

この吉報には、駿河にいる大御台所様も大層喜んでいた。最近では学問所の運営を他の優秀な者たちに任せることが増え、以前よりも時間に余裕ができた大御台所様にとって、曾孫の誕生は何よりの楽しみであるらしい。早川殿は、その大御台所様とことのほか仲が良い。

かつて女将軍とまで呼ばれ、今川の屋台骨を支え続けた大御台所様に対し、早川殿は家の差配のいろはを熱心に学んでいた。駿府にいた頃から、大御台所様の膝元で真剣に耳を傾ける彼女の姿を、氏真はよく見かけたものだ。

「殿のお側にて支える者として、学べることは何でもしたいのです」、と語る早川殿の向上心は留まるところを知らない。

現在は、公家の妻たちとの交流を深めたり、堺の茶人である千宗易などに茶の湯や文化的な素養を学んだりしているらしい。

その見事な立ち回りから、当の氏真よりも早川殿の方がよほど外交上手である、などという冗談まで囁かれているとかいないとか。あながち的外れでもないのが恐ろしいところだ。

当主の妻として、これほど頼もしいことはない。本当に良い妻を持ったものだ、と氏真は心から感謝している。

今川が巨大化するにつれ、周囲からは今でも側室を持てと口喧しく言われることが多い。有力国衆との血の繋がりを強固にするのが戦国大名の常だからだ。だが、氏真はどうもそれが受け入れられなかった。

早川殿自身は、私は構いませぬ、むしろ殿ほどの御方で側室が一人もいないことの方が不思議でございます、と気丈に振る舞っている。

しかし、現代的な感覚をいまだ持つ氏真としては、数人の妻を持つと言うことに、どうしようもない抵抗があるのであった。

戦国時代の当主たるもの、血を残すことは重要である世界なことは重々承知している。だが、こうして早川殿が身を粉にして今川家のために尽くし、実際に身ごもって頑張ってくれているのだ。三人目の子が生まれれば、周囲の側室を持てという喧しい声も、少しは減ってくれるだろうと氏真は期待している。

氏真の側近体制にも新たな風が吹き込み始めていた。これまで見習いのように付き従っていた真田昌幸が、晴れて正式な側近として取り立てられることになったのである。

そして、氏真の身の回りの世話や雑務をこなす小姓衆には、今川を支える重臣たちの嫡男が配置された。庵原助右衛門朝昌、関口外記氏経といった、将来の今川軍団の中核を担うべき優秀な若者たちである。それに加え、氏真の元に一人の特異な少年が加わることとなった。

以前、堺の屋敷に招いた猿楽師、金春流一族の金春蔵太という少年である。この蔵太、ただの猿楽師の卵ではない。一座の金銭管理を手伝う中で、独学で複式簿記に近い計算の考え方を習得しているという奇妙な噂を耳にしたのだ。

興味を持った氏真が光秀に確かめさせたところ、すでに学問所に通う年上の子らよりも、遥かに数字に強いやもしれぬという驚くべき報告が返ってきた。そこで氏真は、彼の父である金春信安に頼み込み、彼を今川の学問所に通わせてほしいと交渉し、特別に通わせ始めた。

驚くべきことに、季節が一つ変わる頃には、学問所の教師たちがすでに教えることがないほどに、蔵太は数字に対して圧倒的な理解力を示していた。殿のお側で光秀様に直接教えを受けさせれば、とんでもない才覚に化けるかもしれませぬとの報告を受け、氏真も実際に面会してみたのである。

目の前に現れた蔵太は、非常に知的好奇心の強い目をした少年であった。目の前の気になることがあれば、じっとしていられないといった風情で、未知の知識や勉学に対する強烈な飢えを感じさせた。

身分や家柄にとらわれず、実力と才覚を重んじるのが氏真のやり方である。かくして、名門の譜代衆の子弟たちに混じり、猿楽師の出でありながら数字に愛された異能の小姓、蔵太が誕生したのである。

一方で、氏真の頭を悩ませているのが、経済の覇権を握るべく発行した富士札の扱いであった。

相模の北条氏康が、わざわざ駿府にいる父の義元の元を訪ねてきたという。その要件は、富士札が今川領内に行き渡った暁には、ぜひ北条領でも使わせてもらいたいというものであった。

また、時を同じくして、阿波の安宅冬康からも書状が届いていた。そこには、同様に今川領内で浸透が済んだら、三好領内でも取引に使えるようにしたいという熱烈な要望が記されていた。

日ノ本を代表する大勢力から富士札の価値を認められ、導入を懇願される。これ自体は氏真の目論見通りであり、経済圏の拡大という点において大いなる一歩である。

だが、現実はそう甘くはない。今川領内に富士札が行き渡るだけでも、あと数年はかかると氏真は見ているのだ。

早速声をかけてきてくれた北条や三好には誠に申し訳ないが、今しばらく待っていただきたいと返事をするほかない。

何しろ、現在の紙幣製造所の生産速度では、市井の圧倒的な需要に対して供給が全く追いついていないのである。高度な偽造防止技術を施し、機密保持のために製造箇所を遠隔地にしていること。

さらに、利便性を考慮して金額に応じて五種類の札に分けたこともあり、絶対数が全く足りていない。

いくら人手が足りないからといって、国家の根幹を揺るがしかねない極秘事項である以上、おいそれと人員を割くわけにもいかないのだ。欲しいと言われても、すぐには刷れない。まさに嬉しい悲鳴である。

他国に流通させるなど今はまだ夢物語であり、富士札が領内全土に行き渡るまでは、まだまだ数年の忍耐が必要となるだろう。