作品タイトル不明
監査
1566年春
富士札という、将来的には今川領外にも広く流通していくこととなる紙幣を世に生み出したことは、氏真にとって重い十字架を背負うことでもあった。
もしこの造幣や流通において致命的な失態を演じれば、もはや領内の失敗だから自分たちが責任を取ればいい。という問題では済まされない。
この紙幣の裏付けとして協力してくれている、朝廷の五七の桐紋や伊勢神宮の御印といった、日ノ本の絶対的な権威にまで取り返しのつかない傷をつけてしまうことになるのだ。
そこで氏真は、この造幣所の厳密な監査とともに、領内の官僚らを外部から厳しく精査し、不正や怠慢を摘発する専門の部署を新設することを決断した。
その前段階として、氏真は飯盛山城の一室で、すっかり今川家中で氏真の兄貴分のような存在として振る舞っている織田信長と、香り高い茶を飲みながら腹を割って話をしていた。
「三郎よ。造幣に関わる人間や、日々の政務に励む官僚らを信じていないわけではない。だが、領外や朝廷、神宮への重大な責任を果たすためにも、今川の内部を厳しく見張る監査機構を設ける必要があると思うのだ。その指揮を、他でもない貴殿にお願いしたいと思うのだが、どうか。三郎であれば、私情に流されず苛烈に、かつ冷静に問題点を指摘し、組織を改善させることができるであろう」
氏真が茶碗を置きながら真摯に切り出すと、信長は面白そうに片眉を上げ、ふっと笑みを漏らした。
「中将、儂がその監査とやらいう役回りを担うこと自体は構わん。だが、一つ釘を刺しておく。監査において、儂に改善させる執行の権限までは与えぬほうがよかろう」
「ほう。というと?」
氏真が問い返すと、信長は鋭い眼光を氏真に向けた。
「儂に中将の天下を簒奪するようなつもりは毛頭ない。だが、もし儂が中将の指示した政策や予算に対し、すべて違うと言いがかりをつけ、儂の思うがままの数字や方針に変えさせる権限を持っていたらどうなる? それはもはや監査が国を支配しているのと同じだ。そんなことになれば、当主である中将など傀儡も同然となってしまう。監査の役目は、あくまで不正や矛盾を発見し、当主に報告し、法によって裁きを下すよう促すことにある。その根本の理を失してはいかん」
信長の理路整然とした指摘に、氏真は深く感入った。信長は権力の本質というものを誰よりも理解している。
「なるほど、それもそうだ。まさに正論である。かたじけない。他には何か助言はあるか?」
「うむ。監査組織には、今川代々の譜代の人間と、これまでどこにも属していなかった新参の人間を意図的に混ぜるのが良いのではないか? 組織の根幹と信用は今川の譜代でしっかりと握り、容赦のない指摘や調査は、どの家にもしがらみを持たぬよそ者が行う。さすれば、家中での嫌われ役、疎まれ役は、儂とその新参者らだけで済むという寸法よ」
信長は悪びれもせず、自ら泥を被るような提案をした。氏真は思わず苦笑した。
「それでは、三郎にばかり損な役回りを押し付けることになってしまうな」
「なに、中将の目指す天下のためには絶対に必要なことであろう? 実のところ、この飯盛山での暮らしも少々優雅すぎて、ちと飽きていた頃合いだ。久々に骨のある仕事だ、厳しく今川領内の隅々まで見回ってやろう」
「かたじけない。では、次の評定にて正式に議題として取り上げる。頼んだぞ」
かくして、今川家において強大な権限を持つ独立機関である今川監査室が新設される運びとなった。氏真は信長の提案を受け入れ、組織の根幹を担う補佐役として、譜代の中でも信頼の厚い人間を配置した。
そして、その下で実際に手足となって調査に当たる実務担当には、今川学問所において極めて優秀な成績を修め、教師たちから堅物と言われるほど生真面目で誠実な山内伊右衛門一豊を抜擢した。
さらに、その一豊の親友であり、彼と同等かそれ以上に実務能力が優秀だとも評される若者、堀尾仁助吉晴の二人を召し出した。
氏真は彼らを次代の今川を担う監査の専門家として育成すべく、信長の直属の見習いとして厳しく仕込むよう命じたのである。彼らの若く鋭い目が、今川の屋台骨をさらに強固なものにしていくことであろう。
時を同じくして、畿内の経済を根底から覆す巨大な計画が実を結ぼうとしていた。
石山の地に建造を進めていた巨大な海運拠点、石山港がついに完成を見たのである。
さらに、その港の開港に合わせるかのように、越前の一乗谷や近江、そして尾張から真っ直ぐに石山へと通じる大規模な陸路、今川街道も概ね完成したとの報せが氏真のもとに届いた。
かくして、陸と海、双方向からの今川独自の巨大な物流網が完全につながり、畿内統治における決定的な一歩が踏み出されたのである。
かつて、各大名や国衆が小銭稼ぎのために所狭しと設けていた鬱陶しい関所の数々は、今川の武力と経済力によって徹底的に取り払われた。
新たに敷設された今川街道は、荷馬車が余裕ですれ違えるほどに道幅が広く、水捌けも計算し尽くされていた。
土木工事に長けた甲賀の者たちを中心に、強固に突き固められ、天候に左右されにくい極めて安定した道路が築き上げられたのである。
この新街道の開通に伴い、以前から使われていた細く曲がりくねった旧道では、放棄された古い関所の廃屋が目立つようになった。
今川の役人らが順次その撤廃作業を行っているが、結果的に旧道からも関所という障害が完全に消え去ったため、新道が混雑する時期や、目的の村落への接道箇所によっては、旧道も息を吹き返したように人々の往来が戻ることだろうと予測されていた。
この圧倒的な物流革命は、領内の人々の在り方をも劇的に変えつつあった。これまで関所の通行料や通行証の発行などで小銭を稼いでいた寺社勢力は、特権を失ったことを皮切りに、本来の役目である祈祷や修行に本格的に集中せざるを得なくなった。
また、没落しかけていた公家たちは、今川の強力な庇護のもと、その文化的素養を活かして学問所の教師となったり、今川が主催する文化事業の広告塔として正当に銭を稼ぐように変化していった。
すでに、日ノ本が根底から作り変えられていくその変化の兆しを、畿内の多くの者が肌で感じ取っていた。
これはもはや誰にも避けられぬ時代の潮流であると誰もが理解していたが、同時に、この巨大な道と港の完成は、旧来の価値観や権威の終焉を告げ、今川による絶対的な統治が本格的に始まることへの最後通牒のように感じられ、一抹の寂しさや恐れを孕んでいるのも事実であった。
しかし、特権を持たない多くの者たち、とりわけ日々の糧を得ることに必死であった武士ではない民草にとって、今の今川領ほど安全で、物が豊かに巡り、住みやすい国はかつて存在しなかった。
身分に関わらず、働けば働いた分だけ報われ、道は平らで盗賊に襲われる心配もない。
氏真の目指す理と銭による国造りは、駿河の本拠から遠く離れたこの西の地においても、揺るぎない確かな手応えを感じさせていた。
春の風が吹き抜ける新しい街道には、今日もまた、見知らぬ土地の産物を満載した荷車が、希望という名の轍を刻みながら軽やかに進んでいくのであった。