軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第136話.王たるべき者と

キィン! と甲高い音が鳴る。

最初、ルイゼには何が起こったか分からなかった。

しかし強い日射しの下、まぶしい銀髪のルキウスが剣を振り上げているのに対し、向かい合う赤髪のフィアンマの手元には、すでに何もなかった。

一秒前には、剣を握っていたはずなのに。

そうルイゼが思うと同時、宙をきらりと何かがきらめく。

白刃はクルクルと何度も回転しながら、地面に落ちた。

一瞬、すべての音が止む。

……わなわなわな、とフィアンマの身体が小刻みに震えている。

いよいよ我慢できなかったようで、彼は鋭くルキウスに向かって吠えた。

「…………おい。ここはお前が負ける流れだろっ!?」

「よく意味が分かりません」

勝負は終わったとばかりに――事実、決着していたのだが――剣を鞘に納めたルキウスが、白々しく首を振る。

「決闘の場で手を抜くわけにはいきませんから」

「それはそうだが、ここはオレが勝ってお前に偉そうに説教する場面だぞ!」

「では勝てば良かったのでは?」

「勝つつもりだったわ! なら次は魔法で勝負――ぐわっ!?」

言いかけたフィアンマの身体が勢いよく吹っ飛んでいく。

ルキウスが風魔法を発動させたのだ。しかもフィアンマが手元で用意していた二つの火球を打ち消した上で。

抗う術もなく宙を舞うフィアンマ。

逆さまに浮き上がる決闘相手を、さしておもしろくなさそうにルキウスが見上げる。

「おまっ、ルキウス、オレを殺す気――」

「まさか。着地点は芝生の上にしておきます」

「そういう問題――」

筋肉質なその身体が、練武場の外れに猛烈なスピードで飛ばされた。

遠くから落下音と、フィアンマの悲鳴が聞こえる。

「フィアンマ様~!?」

大慌てでナイアグが兵を引き連れ、落下地点に駆けていく。

(え、ええと……?)

何が起きたのか、あまりにも衝撃的で理解が追いつかない。

唖然とするルイゼの傍らで、イザックが頭をかいている。

「やっぱりこうなったなー。大公殿下、無傷じゃ済まねぇのにいつも喧嘩売るんだから……」

(そ、そっち?)

てっきりイザックは主君たるルキウスを心配しているのかと思っていた。

しかしどうやら、彼は最初からフィアンマの身の上を案じていたらしい。なんて紛らわしいのか。

(でも、大公殿下が弱いわけじゃない)

隙のない構えや身のこなし。それに無詠唱で素早く魔法を発動していた。

むしろフィアンマは剣も魔法もかなりの自信があったはずだ。魔法学院であれほどの使い手を、ルイゼは見たことがない。

(ルキウス様が、強すぎるんだわ……)

油断していなかったフィアンマを、軽々と超越してみせた。

「ルイゼ」

驚いて顔を上げれば、すでに上着を着直したルキウスが目の前に立っている。

彼はちょっと悪戯っぽく、片側の口角だけ上げている。

「言っただろ? 俺は負けないって」

「……はい。ルキウス様が、誰にも負けるはずありませんでした」

先ほどはずいぶんと、弱気な顔ばかり見せてしまったから。

ルイゼは満面の笑みで頷く。それを見たルキウスが嬉しそうに頬を緩ませた。

「ルイゼが見ているから、当然だ」

笑顔を交わしている最中に、練武場へとフィアンマを連れた一行が戻ってくる。

兵に両肩を支えられたフィアンマは青い顔色だったが、しっかりと意識はあるようだ。

「ほんと、フィアンマ様を吹っ飛ばすルキウス殿下のお姿にはいつもスカッとします!」

「ナイアグ、お前どっちの味方だ……」

楽しげなナイアグにぶつぶつと文句を呟いている。

そんなフィアンマの前に、ルキウスが歩み出た。

「大公殿下」

「……なんだよ」

「たとえ何度同じことがあったとしても、俺は自分で彼女を迎えに来ます」

「!」

ルイゼは息を呑む。

ルキウスは、フィアンマの忠言への返答を口にしているのだ。

「愛する人の手は自分で掴む。俺についてくる人間も、同時に幸せにしてみせる。どちらも絶対に諦めないし、手放さない」

ぞくり――と、全身に鳥肌が立つのを感じる。

そこに王の背中を垣間見たのは、ルイゼだけではないのだろう。

横に立つイザックも、笑っている。これ以上なく嬉しそうに、ルキウスを見つめている。

ルイゼはルキウスに視線を戻した。

輝かしい人。王たるべき人。頂に相応しい人。

(この方の隣に、立ちたい)

心の芯の部分が、熱く燃え上がるように。

切望すると同時、すぐに違う、と思い直す。

ルキウスは一度も振り返らない。

それは、振り返る必要がないと彼が思っているからだ。

今まではルキウスが何度も振り返っては、ルイゼの手を引いてくれた。

自信のないルイゼは、彼が信頼してくれるからこそ、勇気を奮い立たせることができた。

でも、これからは違う。

ルイゼはルキウスに、一方的に助けてほしいわけではない。

もう、俯いてばかりだった弱い自分ではないのだから。

(私はルキウス様の隣に、立つ)

自然と、背が伸びる。

フィアンマが注視する中、ルイゼはルキウスの隣に進み出ていた。

ルキウスが腕を開く。エスコートのためではない。ただ、そうするのが自然だというように。

ルイゼが腕を取ると、ルキウスが満足げに微笑をこぼす。

「大公殿下。俺は自分で思う以上に、欲張りな人間だったようです」

心の中で思う。

ルイゼも、それは同じだと。

(フレッド殿下に、婚約破棄を言い渡されたとき)

悲しくて惨めだったが、ほっとしていた。

もうこれで、ルイゼはリーナの替え玉にならなくていい。言いなりにならなくて済むのだと。

今後は大好きな本を読んで毎日、穏やかで退屈な日々を過ごすことができる。

それすらも夢のようだと思っていたのに――ルキウスとの再会が、ルイゼの欲を引き出した。

(ずっとルキウス様の隣に居て、同じ景色を見ていたい)

過去の自分が聞いたなら、あまりに大それた願いに目まいを覚えていただろう。

だけど今のルイゼは、自分なんかが、と思わない。

この場所を、誰にも譲りたくないからこそ。

「……良い顔で笑うようになったじゃねぇか、若造が」

「大して年齢は違わないでしょう」

「細かいことは気にすんな」

あきれ顔のルキウスの肩を、ばしばしとフィアンマが叩く。

それからフィアンマは、ルイゼの顔を覗き込むと。

「アンタの存在がルキウスを変えたらしい。さすがオレの婚約者だ」

「俺の恋人です」

ルキウスが鋭く釘を刺すが、フィアンマはどこ吹く風だ。

「そうだな。半分は冗談だ」

(半分?)

妙な言い回しが少し気になったが、問う時間はなかった。

「さっきから妙に騒がしいな。何かの祭りか?」

またどこかの土に埋まっていたのか、土埃まみれのハイルが練武場にやって来たからだ。

「ハイル先生!」

「……教授?」

目をしばたたかせるルキウスに、ハイルが「おお」と無表情で息をこぼす。

「ルキウスまで居る。久しぶりだな」

普段通りのハイルの態度に、ルイゼはなんだか安堵して気が抜けたのだった。