軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

婚約者候補様の距離が近いです

翌日からは普通に身体も動くようになり、日常生活に戻る。

ただ、常にフィニアスが一緒に行動するようになった。食事はもちろん、大講堂で受けるような授業は常に隣にいるし、スカーレット様を研究棟へ送るときはフィニアスとイライジャが来る。

「一緒すぎません!?」

「ダメなの?」

ダメ、ではないが。

「一応まだ正式に婚約はしてないです」

夏季休暇に話をしようということになっている。

「ん?」

笑顔でこちらへ首を傾げるフィニアスは、たぶん、折れない。

「いい加減観念なさい、リリアンヌ」

スカーレット様はそう言うが、これだとあまりに対比的でよろしくないように思うのだ。

正式な婚約者がいるスカーレット様は一人で、正式でない私が常にフィニアスと共に。

これは、この状況の精神的苦痛が恐ろしいことになりやしないか!!

正直今のスカーレット様はたまに見せる悲しそうなお顔もないし、この状況をどう思っているか本当に謎なのだ。

そんなことを考えている間に、定例お茶会が開催される。

今回は私が完全なるカモだ。

「献身的なフィニアスさんは素敵ね〜」

「本当に。片時も離さないという気概が見えるわ」

「わたくしもあんなに愛されてみたいわぁ〜」

スカーレット様の前でやめてくれと言いたいところだが、なんだかそのスカーレット様がとても満足げに頷いているのだ。

「リリアンヌの良い点をわたくしはたくさん知っているわ。フィニアスさんはとても見る目のあるお方よ」

だから皆も話し続ける。

「フィニアスさんに影響されてか、クリフォードが最近とても気を使ってくださるの。プレゼントも以前より真剣に選んでいるようだわ」

「アーノルドもよ。今度一緒にお茶に行こうですって。息抜きが下手な彼から誘ってくるなんて、当日は雨が降るんじゃないかしら」

婚約者様の意識改善に役立っているなら光栄です。

シュワダー・レフサーを愛読している皆は基本愛だの恋だののロマンスに弱いのだ。

そんな話に花を咲かせながらお茶やお菓子を堪能していると、近くでカシャンと物が割れる音と、悲鳴があがった。そして騒がしい。

「あら、何かしら」

「割れる音がしましたね。どこかに同じようなそそっかしい方がいらっしゃるのかしら?」

交わされる会話に、私は内心とうとう来たかといった気持ちだった。

すべてが前倒しで起こる。例の鉢植えが二階から落ちてきた事件。たぶん今外で大騒ぎをしている。

あとは、ひどい言い方で注意をされたことと、階段から突き飛ばされたこと、水をかけられたことか。

ひどい言い方での注意は、正直私からはしにくくなっている。スカーレット様は相変わらず、困ったお方ねのスタンスだ。ただ、好き放題させていたのではさすがにまずいので、パフォーマンスでもいいので、指摘はしておきたい。

つい接触を避けてしまうので、なかなかチャンスがなくて困っているところだった。

「スカーレット様、差し出がましいようですが、いい加減マーガレットさんとのこともハッキリさせないといけないと思います」

皆が外の騒ぎに気をやっているとき、突然カタリーナがそんな事を言いだした。

「本当はリリアンヌさんが言うのかと思って控えていたのですが……」

まあ以前の私ならこれほどの事態になる前に何度も言っている。今回はいっそのことくっついていただきたいと思っているのでノータッチだったのだ。

「それはわたくしも思います」

「奥ゆかしいカタリーナさんがおっしゃるほどのことでしてよ、スカーレット様」

「リリアンヌさんは今はフィニアスさんと同じように仲良くしてらっしゃるから言いにくいでしょうし」

「わたくしから申し上げても構わないでしょうか?」

冬休暇前に、休暇を挟めば収まるだろうからと彼女たちを一度はおさめたが、加速してるこの事態に憂いを抱いていたのだろう。

「あれを見過ごしていることもまた問題視されかねません」

それはそうなのだ。

放っておけば許容したとも言われかねない。

とはいえ、それをカタリーナにやらせるのはどうなのか。

皆の目がスカーレット様に集まる。

「リリアンヌはどう思っているの?」

難しいことを聞いてくる。

本音は婚約破棄なのでこのままマーガレットがギルベルト殿下のそばにいるようにするのがベストだ。

しかし、それでスカーレット様が貶められるのは本意ではない。

ただ、それ以上に。

「問題は殿下にありますから、なんとも……」

確かにマーガレットは婚約者のある第一王子に近づいて馴れ馴れしくしている。が、それだけだ。婚前の不貞を働いたわけではない。そして、今回のマーガレットはギルベルト殿下以外近づくことに成功していない。

問題は殿下の方なのだ。

婚約者以外と食事を摂り、共に過ごし、スカーレット様を蔑ろにしている。不誠実なのは、マーガレットよりギルベルト殿下の方だった。

「そうなのよね……殿下に物申すならわたくしからでなければならないし……面倒なのよ」

こぼれた最後のつぶやきはたぶん、聴力を強化していた私にしか聞こえていない。

私とスカーレット様のやりとりに、皆がぐっと口を引き結ぶ。

不満はあるだろうなぁ。

「マーガレットさんに何かを言うなら公衆の面前でお願いしますね。呼び出してなどは後で何を言われるかわかりません。まあ、わかりやすくやるとするなら、殿下を朝食時こちらへ誘うかですね。今日もまたそちらですか? などといった嫌味は、殿下への方が。後ろ暗いところがあるのは殿下です。……この際わたくしを引き合いに出していただいても構いません」

苦渋の決断です。

案の定令嬢たちは瞳を輝かせた。

しかし、ギルベルト殿下への口撃は叶うことがなかった。

その日の夕食にマーガレットは現れなかった。教師は教師の食事場所がすぐ隣の部屋に用意されているのだが。そこがどうもピリピリと険しい雰囲気を持っている。

翌日、夕食後の魔力練りのクラブもウェセト先生から休むよう言われた。

皆なるべく自室にいて勉強するように、寮からは許可なく出ないように。

ここまで言われれば何か緊急事態が起きたのだとわかる。いつもギルベルト殿下の側にいる聖女がいないことと相まって、結界に支障が出たのではと囁かれた。

三日後。少し疲れた様子のマーガレットが夕食に現れる。すぐさま駆け寄るギルベルト殿下に、ものを申すことはさすがにできない。

「マーガレット大丈夫か? かなり疲弊しているようだが……」

「心配してくださって嬉しいです。私は大丈夫ですよ。少し魔力を使い過ぎただけですので」

皆の視線が集まる中、弱々しく微笑むマーガレットはまさに聖女のそれだった。

「そんなに疲れた様子で、いったい何が――」

「殿下!」

「ギルベルト殿下!」

アーノルドとスカーレット様の声が重なる。アーノルドが一歩後ろに引く。

「伝えるべき方から伝えられるものです」

隠されている情報があるかもしれないから余計な口を叩くなという意味はきちんと通じたはずだ。二人は殿下と呼んでいるのだから。

しかし、相変わらず空気の読めないマーガレットは二人の懸念もお構いなしにぺらぺらと話し出した。

「魔の森から魔物が溢れ出し、聖なる結界を維持する魔力が足りなくなりそうだったのです。今はもう騎士団や魔術師たちによって討伐されましたし、結界にもたくさん魔力を注いでおきましたので大丈夫ですよ」

にっこりと笑顔を向けられ、殿下はそれに応えていた。

聞く殿下もそうだが、言ってしまう彼女も彼女だ。

これが王妃? 国が滅ぶ。いや、滅ぼさせたいからなのか? 最近私の持論、マーガレットは敵国のスパイが揺らいできている。本人の迂闊な性格のせいではないかと!

ラングウェル公爵は彼女が事実男爵家の令嬢であると言っていたが、未だに信じられない。どうやったらこんな貴族らしからぬ娘を作り上げられるのか。さらに言えば、そんな貴族らしからぬ彼女がギルベルト殿下含む七人もの、国の未来の重役をたらし込めたのかがわからない。

この流れでは自然とギルベルト殿下とマーガレットが夕食をともにすることになり、スカーレット様周りの令嬢たちが奥歯を噛みしめる幻聴が聞こえてきた。

しかし、次の朝食からは積極的に彼女たちは動き出した。

「ギルベルト様、今日こそはこちらの席にいらっしゃいません?」

「ほら、見てくださいな。婚約してもいないフィニアス様ですら、リリアンヌの側から離れませんのよ?」

ぐっと詰まるギルベルト殿下にスカーレット様がダメ押しする。

「席は取っておりますよ、ギルベルト様」

婚約者からここまで言われればそれを拒絶することはできないと嫌でもわかったのだろう。しぶしぶこちらの席に座る。

マーガレットがこちらに同席しようとすれば、すかさずそれを拒否される。

「あら、そこはわたくしの席でしてよ、マーガレットさん」

「わたくしたち毎日ほぼ同じ席ですの。遠慮してくださる?」

これはマーガレットに心酔している者たちから見ればいじめのように思えるかもしれない。だからさらに付け加えられるのだ。

「マーガレットさんといつも一緒に食事を摂っている方々がお待ちですよ?」

「お友だちと一緒に食事を摂るのが一番ですからね」

そしてテーブルの席の話は婚約者がいる者たちのほのぼのトークで溢れるのだ。

「そういえば、最近意中の方に刺繍入りのハンカチを渡すことがはやっているのですって」

「私もコリンナからもらったな」

クリフォードがちょっと自慢げに言うと、アイネアスもにこりと笑顔を見せる。

「わたくしも贈りました」

「とても素敵な刺繍だったよ」

そして皆の視線がこちらに集まるのだ。

いや、そのハンカチの提案したの私ですよ。プレゼントのお礼の話をしているときにぽろっと。でもそのときはお礼だったはずだ。いつの間にか意中の人になっている!

「刺繍は……苦手なのです。レース編みなら!」

レース編みならできる! だが、男性にレース編みとなると……とても可愛らしくなってしまうのだ。

「男性にレース編みのハンカチは少し、ねえ。リリアンヌさんも愛する人のために努力することを学んではいかが?」

「そうだね、リリアンヌのお手製のハンカチ、欲しいな」

隣でフィニアスが言えば決定事項になってしまう。

「今度のお茶会で皆で刺繍をしましょうか」

「いいですね。そうしましょう」

スカーレット様は内心を隠したままの笑顔でギルベルト殿下に向き直る。

「ギルベルト様はどういった意匠の刺繍がお好みでしょうか? 鷲や虎などですかね」

「意匠か……」

「鷲とスカーレット様の深紅の薔薇が良いと思いますわ!」

令嬢の一人が言うと、カタリーナが私を見る。

「リリアンヌさんはどのような意匠にするのですか?」

か、簡単なのがいい……。

「リリアンヌからなら何でも嬉しいけど、そうだね、百合の花が入っていると嬉しいな」

フィニアスに言われて、私は諦めて頷いた。