作品タイトル不明
とうとう全面対決の模様?
一週間ほど執拗にギルベルト殿下を誘い続けたところで事件が起きる。
授業間の移動時間で、私はスカーレット様とともに薬草学の調合室へ向かっていた。カタリーナや他の令嬢も数名一緒だ。
階段にさしかかったところで突然隣をすれ違ったマーガレットが階段を踏み外したのだ。とっさに手を伸ばしたが間に合わず、彼女は転げ落ちた。
これがかの有名な階段を突き飛ばされた事件。しかし、前回はまったくあずかり知らぬところで突き飛ばされたという話であったが、今回はわざわざ隣でやるなんて。
それだけ切羽詰まっているということか。
階段下で倒れているマーガレットに私は駆け寄り、尋ねる。
「マーガレットさん、意識はありますか? 気分が悪かったりめまいがしたりしますか?」
「くっ……誰かに、押されて……」
「誰かに……側にいたのはスカーレット様が一番近かったと思いますが、他に誰かいたかしら? それよりも、頭を打ったかどうかですわ。痛みは? めまいは? 気持ち悪さは?」
私が質問を繰り返していると、人の垣根を割るようにギルベルト殿下が現れた。誰かが教えに向かったらしい。
「マーガレット大丈夫か!?」
私を押しのけてすぐさま抱き上げる。
頭打ってたらあまり動かしたらダメなのだが?
「ギルベルト様っ」
突然の大粒の涙に、私はすごいなあと眺めているだけだったが、周りはぎょっとしていた。涙にだまされるタイプの男たちだ。
「とにかく早く見てもらおう」
ギルベルト殿下はそのまま彼女を連れて行くが、私たちはさてどうするかと顔を見合わせた。
「授業に遅れてしまうわ。マーガレットさんのことは心配だけれど、みんなで押しかけるわけにはいかないでしょう? ギルベルト様に任せて授業に向かいなさい」
スカーレット様のお言葉に、皆がようやく動き始める。私たちも調合室へ向かった。
「本当にあなたは、未来が見えているの?」
「未来からスカーレット様をお救い申し上げるために来たのですよ」
私の言葉にスカーレット様はふふっと笑っていた。
本当のことですよ、スカーレット様。
夕食の席は荒れた。
怒っていますと全身で表しながらギルベルト殿下は真っ直ぐスカーレット様の元へやってきた。
そして皆の前で詰め寄る。
「マーガレットから聞いた。そなたが突き飛ばしたらしいじゃないか」
「ギルベルト様、突然なんのお話でしょう? どこか、談話室で聞いた方がよろしいかと」
「ここでいい! そなたが階段でマーガレットを突き飛ばしたと私は聞いた!」
愚か者め、何度目だ。そうやって決めつけから反撃をくらって黙りこくることになる、その一連の流れを思い出せないのか?
たぶんスカーレット様も同じ気持ちだ。
「ギルベルト様。わたくしは毎回申し上げているはずです。一方の話を聞いて他方を責めることはおやめください。きちんとした証拠もないのに、それで何回も過ちを犯しているはずです」
ここはスカーレット様も引けない。殿下を立てることもできない。貶められているのはスカーレット様なのだ。きっちり反撃しなければ自分の汚点となってしまう。
無い罪を認めるのはもううんざりだ。
「だが、マーガレットは押されたと言っている。言っている本人が怪我をしているのだ。嘘をつく必要がないだろう」
「マーガレットさんが押されたというならば、ゆゆしき事態ですわね。なんたって彼女は唯一聖なる結界に魔力を注げる人物ですから」
「その通りだ。よくわかっているではないか。それでなぜ突き飛ばすようなまねを!!」
はあ、とスカーレット様がため息をつく。
いや、つきたくなる気持ちがよくわかる。
「突き飛ばされた事実があると言うのはわかりました。当の本人がおっしゃっているのですから。わたくしを、陥れたい以外にマーガレットさんが嘘をつく理由がありませんからね」
ここで何人かが、あっ、と声を漏らすまではいかなくても、表情を変えた。
「そこで、はっきりさせましょう。マーガレットさんはわたくしに突き飛ばされたとおっしゃったのですか? それとも、誰かに突き飛ばされたとおっしゃったのですか? ここはとても重要なところです。本当に重要なところなのですよ、ギルベルト殿下」
様、ではなく殿下と念押ししたところで、ギルベルト殿下は少しためらいを見せた。
こういったところが弱いのだ。
やっぱりギルベルト殿下に外交は向かないな。国が滅ぶ。
「言った。スカーレットに突き飛ばされた、と」
「それで真っ直ぐ私の元へ来たと。……よろしいですわ。トルセイ男爵家とラングウェル公爵家の完全なる対立となりますね」
そのとき見せた笑みは、それはもう、この世のものとは思えないほど美しく厳しいものだった。
私は、このとき、スカーレット様がラングウェル公爵の娘だということをまざまざと思い知らされた。
ギルベルト殿下も同じ気持ちだったのだろう。半歩後ろへ下がる。
「その言葉はわたくしへの侮辱だと受け取ります。覚悟なさってくださいとお伝えくださいね」
低く述べるスカーレット様に私はすぐさま援護に立つ。
「あの時間、次は薬草学の実技で調合室へ向かっておりました。マーガレット・トルセイ男爵令嬢も同じ授業を取っております」
男爵位を強調することで、もうこれは爵位など関係の無い学園内の問題ではないんだと皆に知らしめる。
「今回の薬草学は特に持ち込むものはなく、むしろ、調合をするので余計な教科書などは持ち込まぬよう通達がございました。マーガレット令嬢も同じ授業を取っていたはずです。まっすぐ調合室へ向かっていたわたくしたちと逆の方へ、むしろ、調合室の方からやってきたマーガレット令嬢はいったい何をなさっていたのでしょう?」
疑問の形をとりはしたが、私が言わんとしていることは食堂にいた者たちには正しく伝わったはずだ。
なぜ、逆の方向から向かって来たか。
その答えが胸の中に生まれているはずだ。
「ちょっとした間違いで終わるはずだったことを、大げさにしたのはギルベルト殿下でいらっしゃいますから、是非、マーガレット男爵令嬢に寄り添って差し上げてください。何の後ろ盾もない男爵令嬢が公爵家に楯突いたのですから、さすがにお可哀想ですわ」
スカーレット様お怒りである。
し、しかしまずい。なんだこの、スカーレット様の悪者感は! 悪者は私だけでよかったはずなのに!
「王太子である私に向かってその口の利き方! スカーレット、貴様は何様のつもりだ!?」
「王太子であるギルベルト殿下の婚約者のつもりでしたが?」
何を言われても揺るがない。
本来であれば、誤解ではないかとスカーレット様にこっそり事実確認をするのが婚約者のあり方だと思う。
「とはいえ、わたくしはやっておりませんので、そうなるとマーガレット男爵令嬢を、聖女認定された者を突き飛ばした不埒者がいるということですね、恐ろしい。仕方ありませんので城に連絡してきちんと調べるよう、王宮魔術師を呼ぶことにしましょう。よろしいですね?」
だが、ギルベルト殿下はそれに答えるより先にきびすを返し食堂を出ていってしまった。
やれやれとため息をつくと、食堂全体を振り返る。
「お騒がせしました。お食事を続けてくださいな」
こうして、スカーレット様とギルベルト殿下は完全なる決裂を演出したのである。
ええー、後押ししたのは確かに私だけど、行き過ぎじゃなかろうか。
ちらりとスカーレット様を見ると、目が合って微笑み返された。
「戸惑ってるリリアンヌは可愛いわね」
「リリアンヌはいつも可愛いですよ」
やめてフィニアス、今そんな時じゃない。
「でも、これもリリアンヌが望んだ結果じゃない?」
私にしか聞こえない小さな声でさらりと言われて、私はひゅっと息を呑んだ。
食事を早々に終えると、スカーレット様は手紙をたくさん書かなければならないからと一人部屋に戻っていった。
私はその後を追いかけようと思ったが、フィニアスに少し話をしようと誘われる。
「二人きりはだめですよ」
「でも、二人きりで話したいんだけどな」
「中庭のガゼボならいいよ」
「イライジャさん、許可ださないでくださいっ!」
「ごめんね~リリアンヌ嬢。基本フィニアスの味方なんだ、俺」
おいでと言われて仕方ないから着いていく。本当はスカーレット様と話さなければならないが、なんと聞いていいかわからない。
もう日が暮れる。
夕暮れ時のガゼボの周りにはもう誰もいなかった。夕食後なのでみんなそれぞれ自室で過ごすことが多いのだろう。昼はここで友人同士話し込んだり、それこそ婚約者同士が気兼ねなく話を出来る場所だ。
ガゼボも一つだけでなくほどよい距離を保って三つほどあった。
イライジャは、こんな時は気を利かせて少し離れた場所で立っていた。
ガゼボは白い石で作られており、夕暮れの中浮かび上がる。円柱状で、それに沿ってベンチが作られており座れるようになっているし、中央にテーブルと椅子もあるから簡単なお茶はできるのだ。
今は二人並んでベンチに腰掛けている。
フィニアスは誘ったくせに自分から話を始めるわけでもなく、少し遠くを見ていた。
私の居心地がどんどん悪くなるのだ。
「お話、始まりませんね」
「何から話そうかなぁと考えていてね……」
そういって私の目を覗き込んでくる。
「ドレスをプレゼントしたいんだ」
「この間いただきました」
「それは冬の。この夏の、星降る宴用のドレス。それで、エスコートしたい」
「……はい」
それはもう腹をくくった。
「よかった」
「むしろ、エスコートしてもらえなかったら、わたくし、さすがにショックです」
「そう思っててくれて嬉しい」
それで、とフィニアスは続ける。
「リリアンヌはスカーレット様とギルベルト殿下をどうしたいの?」