作品タイトル不明
ボルシチキノコ料理
「クレトさん、夕食を食べていきませんか?」
キノコのお裾分けが終わり、帰宅しようとしたところでステラが言ってきた。
「え? いいんですか?」
ボルシチキノコは、アンドレやステラにとっても思い出の食材だ。
どうせなら家族水入らずで食べるのがいいんじゃないだろうか?
「俺たちの仲だろう? 変な遠慮はしないで食ってけ!」
「美味しいものは皆で食べると、もっと美味しくなるんだよ!」
アンドレが背中をバンと叩き、ニーナがこちらを見上げながら無邪気な笑みを浮かべる。
美味しいものだから誰かと分かち合う。そんな思考が当たり前にできる、アンドレ家の温かさに目頭が熱くなる思いだ。
「それでは遠慮なくご馳走になります」
「やったー! クレトも一緒だ!」
ニーナは喜びながらキノコを運び、ステラは台所で料理の準備をし始める。
「よし、俺たちは外で炭火焼きでも作るか」
「いいですね」
ボルシチキノコは炭火焼きにしても美味しいらしい。
ボルシチキノコを持って外に出ると、アンドレが七輪や炭、網を引っ張り出してくる。
魔道具で火をつけると、炭は瞬く間に赤熱していった。
火を安定させている間に、ボルシチキノコの汚れを拭き取る。
アンドレの指示で石突きの部分だけは薄くナイフで削った。
「虫出しとかします?」
こういった大きめのキノコには小さな虫がいて内部を食っていることがある。
別に食べても味や人体に影響はないのだが、気になる場合は塩水に浸けておく必要がある。
「やると風味がかなり抜けるからな。割いて見たところ大きな虫食いもなさそうだし、クレトさえ気にしなければやらなくていいんじゃねえか?」
「俺もそんなに気にしないのでそのままでいきましょう」
この世界では虫だって立派な料理の一つだ。
旅をする上で何回も虫料理も食べたし、小さな虫程度でそこまでの忌避感はない。
小さな虫なんて他の食材でもたくさん付着しているしな。
いちいち気にしていたら生活なんてできたものではない。
せっかく香り高くて美味しいキノコなので、できるだけ風味は逃さずに美味しく食べたいからね。
そういうわけで虫出しはせず、そのまま食べやすい大きさに割くと網の上にボルシチキノコを載せた。
シイタケなどの他のキノコとは違った芳醇な匂いが漂い出す。
まるでナッツのような匂いだ。
「懐かしい匂いだ。子供の頃、誕生日に母ちゃんが手に入れて作ってくれたっけ」
アンドレが鼻を鳴らしながらどこか感慨深そうに呟く。
子供の頃の記憶を思い出しているのだろう。
それがわかった俺は特に相槌を入れることなく、そっとアンドレを記憶に浸らしておくことにした。
程なくすると、ボルシチキノコに水滴が浮かび、身が縮んでくる。
シイタケを焼いた時と同じような反応だ。
「そろそろ火が通ったんじゃないですか?」
「おおっ! 本当だな! あぶねえ、あぶねえ、ボーッとして焦がしちまうところだったぜ」
声をかけると我に返ったアンドレが慌てて裏返した。
裏面はそこまでしっかり焼く必要はないのだろう。サッと火を通すと網から上げて平皿へと移した。
「せっかくなので下に葉っぱを敷いちゃいましょう」
「おっ、なんかそれだけで秋っぽさが上がるな!」
焼きボルシチの下に長細い葉っぱを敷き、周囲に赤や黄色く染まった落ち葉をばらまくとそれだけでオシャレになった。まるで秋の懐石料理の盛り付けみたいだ。
ボルシチキノコの炭火焼きが出来上がると、七輪を片付けて速やかに家に戻る。
「もうすぐできるので少しだけ待っていてくださいね」
そう言いながら微笑むステラ。
柔らかなミルクの香りがするのでホワイトシチューを作っているのだろう。
竈の方ではパンやチーズが焼ける匂いがしており、胃袋を刺激してくるようだ。
ニーナが皆の食器を並べて席に着くと、アンドレが酒蔵からワインを持ち出し始めた。
「今日はいいだろ?」
「いいですよ」
妻からお許しを得たアンドレはコルクを開けて、三人分のグラスにワインを注いだ。
「いいなー。ニーナもワイン呑みたい」
「もう少し大きくなってからだな」
「ぶー」
アンドレに却下されてニーナが頬を膨らませる。
「代わりにブドウジュースなんてどうかな?」
「やった! 飲む!」
せめて雰囲気が味わえるように亜空間から取り出したブドウジュースを注いでやると、ニーナは顔を綻ばせた。
「すまんな、クレト」
「いつもワインをご馳走してもらっていますから」
アンドレの家で食事をする時は、俺も一緒にワインを呑ませてもらっていることが多い。
それに比べれば安いものだ。
「お待たせしました~」
そうやって談笑しながら席についていると、ミトンをつけたステラが鍋を持ってきた。
大きな鍋の中にはホワイトシチューが入っており、ガガイモ、ニンジン、タマネギ、ボルシチキノコ、鶏肉などと具だくさん。
さらに追加でチーズトーストのボルシチ乗せがやってくる。
「「「おお、美味しそう!」」」
思わず俺たちの声が重なり、ステラがクスクスと笑いながら「召し上がってください」と言ってくれた。
赤ワインで軽く喉を潤すと、熱々のホワイトシチューをいただく。
スライスされた肉厚なボルシチキノコと一緒に口の中へ。
ボルシチキノコの芳醇な風味と濃厚な旨みが広がる。シイタケなどの他のキノコとは一線を画す風味と旨みに驚く。
「美味しい! 美味しい。まろやかでいて旨みがすごく効いていますね」
「いつものシチューと全然違う!」
ニーナの言う通り、そこらで食べるホワイトシチューとはまったく違った味わいだ。
「ボルシチキノコがいい出汁を出してくれたからですよ」
シチューのルーを使ったのではないかと思うほどに濃厚な味わいをしているが、ボルシチキノコの旨み成分のお陰らしい。
皮のついた鶏肉は柔らかく、ほろりととろける。シチューの旨みを吸ったガガイモはほっこりとしていて、口の中でほろほろと崩れるようだ。
炒められたニンジンやタマネギはしっかりと甘みを出しており、柔らかい。
そこにミルクやバターを使ったスープに、ボルシチキノコの出汁、各種調味料。
なんという贅沢な味わいだろうか。匙がドンドンと動いて止まらない。
「懐かしいな。子供の頃に食べた味だ」
アンドレがボルシチキノコを口にしながらしみじみと食べる。
「でも、今の方が断然美味しく感じられる」
「もうちょっと素直な言葉が聞きたいわね」
感慨深く呟くアンドレにステラがねだるように言う。
「……母ちゃんの飯よりステラの飯の方が断然美味い」
「うふふ、ありがとう」
ステラが嬉しそうに笑うと、アンドレは顔が赤くなり、それを誤魔化すように匙を進めた。
普段とは違ったアンドレの様子を茶化したくなったが、夫婦仲がよろしいようなのでスルーしてあげよう。
シチューを食べると、アンドレと一緒に焼いた炭火焼きに手を伸ばす。
ほどよい弾力でありながら肉質がしっかりと感じられる。
エリンギのような食感に近いだろうか?
しかし、それよりも肉の部分が分厚いので存在感が段違いだ。
豊かな風味が一気に喉を奥へと突き抜ける。
「炭火焼きも風味や味がしっかりと感じられて美味しいですね」
「ああ、美味いな」
俺の言葉に同意するようにアンドレが頷く。
食べやすいように割いて、焼いてしまっているが風味も味もほとんど抜けていない。
本当に美味しいキノコだ。
次にこんがりと焼けたトーストに手を伸ばす。
とろけたチーズの上にはスライスされたボルシチキノコが乗っている。
こんなもの絶対に美味しいに決まっている。
かぶり付くと、こんがりと焼けたトーストの表面がバリッと音を立てる。
とろけたチーズの波と共に旨みの詰まったボルシチキノコが押し寄せてきた。
渾然一体となった味に感嘆の息を漏らすしかできないな。
ボルシチキノコを使った料理はどれも美味しく、あっという間に完食してしまう。
「クレトさん、いかがでしたか?」
「ありがとうございます。とても美味しかったです」
「それは良かったです」
前世の高級料亭でも松茸などのキノコを食べたことはあるが、風味も味も段違いだ。
正直、こんなに美味しいキノコは始めてだった。
やはり、キノコは鮮度が命ということなのだろう。
自然豊かなハウリン村に住んでいて改めて良かったと思う。