軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ボルシチキノコ

できるだけ落ち葉の音を鳴らさないように移動すると、草花に紛れるように生えているキノコを見つけた。

紫色の傘に赤い斑点というかなり毒々しい色合いだ。

「……なんだか如何にも毒キノコっぽいな」

とはいえ、それは見た目での偏見であって、これが食用ということは十分にあり得る。

このまま怪しいキノコと認識して放置するのでは、知識の吸収にはならない。

せっかくなので持ち帰ってニーナやステラに見せて鑑定してもらおう。

きっちりと手袋をして採取し、瓶に入れると亜空間に収納した。

かなり地道な作業ではあるが、これを繰り返すことで俺のキノコ知識は飛躍的に豊富になるはずだ。とにかく採取し、指摘してもらって覚えるに限る。

そうやって知らないキノコを積極的に採取していると、頭上でガザガザと音がした。

違和感を抱いた俺は瞬時に転移で後方に下がる。

すると、俺がつい先ほどまでいた場所に大きな石が投げつけられた。

「キキッ!?」

離れた場所で観察すると、木の上にエビラモンキーが動揺の声を上げていた。

枝葉に紛れるような緑色の体毛をした猿の魔物。発達した手足が特徴的だ。

やはり森の深部にまで来ると、こういった魔物と遭遇するようだ。

瞬時に転移を使う判断をして良かった。

エビラモンキーはキョロキョロと目を動かすと、やがて離れたところにいる俺を視認した。

一瞬で場所を移動した俺を不思議そうに眺めながらも、手の上で大きな石を弄ぶ。

俺が魔法を発動しようと手をかざすと、エビラモンキーはすぐに別の枝に飛び移った。

枝から枝へ跳躍を繰り返し、その途中で石を投げつけてくる。

ステップで石を回避。

石の威力自体は大したことがないが、それでも頭などの急所に当たれば昏倒する恐れがある。

決して近寄ろうとせず、死角となる場所から石を投げるとは慎重で狡猾だな。

空間斬を発動しようにも照準を合わせようとすれば、察知してすぐに逃げる。

如何なる物理防御や魔法防御も無効化してしまう反則的な魔法であるが、このように照準を定められなければ意味もない。

こういう危険察知と素早い魔物が俺には一番相性が悪いのかもしれない。

エビラモンキーに当てることが困難であれば、本体を狙わなければいい。

エビラモンキーを狙うように手をかざすと、危険を察知して跳躍に移ろうとする。

それを狙っていた俺は、次に跳躍するであろう枝に狙いをつけた。

「空間歪曲」

空間そのものが歪曲し、そこにあった枝が破砕。

「キキイィッ!?」

そこに飛び移ろうとしたエビラモンキーは着地することができず、地面へと落下してしまう。

「空間斬」

落下していくエビラモンキーを狙って魔法を発動すると、エビラモンキーは真っ二つになった。

断末魔ともいえる悲鳴がやや耳触りだったが、すぐに聞こえなくなった。

「ふう、ちょっと苦労したな」

ああいった素早い魔物を相手するのは初めてだったので、少し手こずったがいい経験になったと思う。

やっぱり危なくなったらすぐに逃げられるという利点はすごいな。

そのせいか戦闘経験の少ない俺でも冷静に思考することができるのだから。

とりあえず、エビラモンキーの遺体は亜空間に収納しておく。

あまり良い素材になるとは思えないが、魔石と毛皮くらいならば使い道があるのかもしれない。

「うん? なんかいい匂いがする?」

目の前にはエビラモンキーの血が飛び散っているが、それとはまったく違った芳醇な香りだ。匂いの源は破砕した枝であり、よく見てみるとキノコが生えていた。

太いジクにこんもりとした茶色い傘が特徴的なキノコだ。

可愛らしい見た目をしており、なおかつ香り高い。

「松茸とはまた違った香りだな」

見上げると、木から伸びている枝に同じようなキノコが生えている。

かなり高い位置に生えているものが多いが転移を使って移動すれば採取は容易い。

「転移」

空間魔法を使って枝の上に着地。そこに生えているキノコを採取する。

俺が乗っても折れることのない枝を選定しながら転移を繰り返して採取する。

「こんな頭上にキノコが生えているとは思わなかったな」

キノコというものは木の根などの地面に生えているイメージが大きかったので、このような高所に生えているとは思いもしなかった。

「とはいえ、これだけいい香りをしておきながら毒キノコだとしたら残念だな」

俺には判別がつかないが、ニーナやステラならわかるかもしれない。

これだけいい香りをしているのだから。どうせなら食用のキノコだといいなあ。

そんな淡い希望を抱きながら枝に生えている謎のキノコを採取した。

森から転移で村に戻ってきた俺は、そのままアンドレの家を訪ねた。

扉をノックすると「はーい」という返事がしてステラが出てきた。

「あら、クレトさん。どうされました?」

「ついさっき森でキノコを採ってきたのでお裾分けをしようかと」

「まあ! いいんですか?」

さっき採取してきたばかりの木箱を開けてみせると、ステラは嬉しそうな声を漏らした。

「前回教えてもらったキノコを中心に採取してきたのですが、念のために問題がないかチェックしていただけますか? あと、知らないキノコもいくつか採取してきたので、それについても教えて欲しいです」

「任せてください。私にわかるものであれば、お教えいたしますので。さあ、中に入ってください」

「お邪魔します」

ステラに促されて中に入ると、リビングにはアンドレとニーナがいた。

ニーナは俺を見るなり駆け寄ってくる。

「あっ、クレトだ! どうしたの? 遊びにきたの?」

「キノコを採ってきたからお裾分けにきたんだ」

「わっ! 本当だ! たくさんある!」

「たくさん採ってきたな。ちょうど切らしてたところだったから助かるぜ」

アンドレがキノコを覗きながら礼を言ってくる。

やはり三人暮らしだけあって、そちらも切らしていたようだ。

タイミングが良かったようで何よりだ。

「クレトさん、ここにキノコを出してください」

「わかりました」

ステラがテーブルに布を敷いてくれたので、木箱から取り出したキノコをそこに積み上げる。

木箱からすべてのキノコを取り出すと、ステラとニーナだけでなくアンドレまでも確認し出した。

「アンドレさんもキノコに詳しいんですか?」

「山で狩りをすることもあるからな。ステラほどじゃねえが、簡単なものならわかるぜ」

食事の支度はあまり得意ではなかったので驚いたが、山に頻繁に出入りするアンドレなら知識があっても当然だったか。

アンドレ家総出となるとキノコの確認作業もあっという間だ。

「ここにあるキノコは問題なさそうですね」

「そうですか。念のためとはいえ、安心しました」

まだまだキノコの知識が豊富とは言えないが、簡単なキノコであれば俺一人でも問題なく採取できるようだ。

「判別のつかないキノコも採取してきたとのことですが、そちらも出していただけますか?」

「はい、こちらになります」

ステラに促されて、俺では判別のつかなかった瓶詰めキノコを取り出す。

それを見たステラたちは苦笑いをしていた。その反応を見る限り、ほとんど毒キノコなのかもしれない。

「このキノコ、なんかいい香りだね!」

「ッ!?」

ニーナが手に取ったのはエビラモンキーと遭遇した場所で採取したキノコ。

とても香り高く食用ならばいいなと思って、多めに採ってきたものだ。

それを見たステラとアンドレが驚愕の表情を浮かべている。

「香りが良いので採ってきましたが、それは食べられますか?」

「食べられます! このボルシチキノコは、料理に使っても良し、乾燥させてスープなんかに入れると、とても味わい深いものになります!」

いつも穏やかなステラが熱の籠った声で言うには、かなり美味しいのだろう。

「昔はこのキノコを採るのが得意な爺さんが採取してたんだが、亡くなってからは誰も採取できてなくてな。こうやって見るのは子供の頃以来だぜ」

どこか懐かしむように言うアンドレ。

昔は村で流通していたようだが、今はすっかり採取されなくなったらしい。

魔物が出没する森の奥深くとなれば、そのお爺さん以外に採取できなかったのは納得だ。

「外での評判は知らねえが、この村では高級珍味扱いだ。他の奴等に見せれば、目の色を変えて交換してくれって言ってくるはずだぜ」

「いい香りだったとはいえ、そこまで評判のいいキノコだったとは……」

エビラモンキーに絡まれたが、結果としてとてもいいキノコを見つけることができたみたいだ。襲われたのは嫌だったが、いいキノコに出会えてラッキーだ。

王都での評価は知らないので未知数であるが、高級レストランなんかに卸すと喜ばれるかもしれない。

「……なあ、このキノコがどこに生えていたか聞いてもいいか?」

アンドレがおずおずとキノコの在りかについて尋ねてくる。

ここでは高級珍味扱いなので、昔食べたことのあるアンドレたちが採取して食べたいと思うも当然だろう。

日頃、お世話になっているアンドレたちに隠すようなことではない。

「前回、キノコを採取した森のさらに奥ですよ。エビラモンキーが棲息している木の枝に生えていました」

「うん? あそこのさらに奥に入ったのか?」

「ええ、これでも冒険者ですし、一人ならばいざという時も転移で逃げられるので」

「それもそうか。クレトの魔法は便利だな」

俺がそう説明すると、アンドレは考え込むように腕を組む。

「アンドレさんや他の村人でも採取はできそうですか?」

「やってやれないことはねえが、ちょっとリスクが大きいな」

ハウリン村で戦える者は貴重だ。

彼らが動けなければ、いざという時の獣や魔物に対応することができない。

ボルシチキノコは生きる上で絶対に必要な食材というわけではないので、戦える者を危険に晒して採取するメリットはないのだろう。

アンドレや村人が採取してエミリオ商会で買い上げるという方法を考えていたが、現状では現実的ではなさそうだ。

「ところでクレト。お裾分けってのは、このボルシチキノコも含まれているのか?」

アンドレとステラが期待するような視線を向けてくる。

アンドレとステラは子供の頃に食べた思い出があり、ボルシチキノコを手にするのはかなり久し振りだ。思い出の高級珍味を味わいたいのだろう。

「ええ、どうぞ」

「うおおおおっ、ボルシチキノコを食うのは久し振りだぜ! ありがとな、クレト!」

頷くと、アンドレが興奮したような声を上げて腕を肩に回してきた。

見るからにテンションが上がって嬉しそうだ。

「こんなものじゃお礼の代わりにもなりませんが受け取ってください」

にこやかな笑みを浮かべてステラが持ってきたのは、瓶に付け込まれたキノコだ。

「キノコのオリーブオイル漬けです。常温でもそれなりに持ちますし、クレトさんの家の冷蔵庫に入れればかなり持つと思います。サラダやバゲット、パスタに絡めても美味しいですよ」

「おお、ありがとうございます。いただきます」

オリーブオイルの他に鷹の爪、にんにくといった具材や調味料で味が調えられている模様だ。作り置きまでは中々気が回らないのでシンプルに嬉しい。

「……ちなみにボルシチキノコ以外のものはどうですか?」

「全て毒キノコです」

「全部ですか!?」

「こちらはミズタケといって、食べると五分から十分ほどでめまい、寒気、震えなどの症状が出現し、多量に摂取すると幻聴や幻覚に苛まれます」

「こっちにあるのはフヅラタケで食べると身体に力が入らなくなって、最後には死んじゃうんだよ」

ひとつひとつ丁寧に指さしながらキノコの特性を説明してくれるステラとニーナ。

一つや二つくらい食べられるものがあると思ったが、まさか全部毒とは……。

やっぱりキノコ採取は、そう甘くないようだ。