軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魚の塩焼き

「さて、そろそろ帰るか」

午前中から釣り始めることしばらく。太陽はとっくに中天を過ぎており、空腹感を覚えるようになったので引き上げることにした。

釣果は俺が九匹、ニーナが十匹、アルテが六匹だ。

それなりの時間の中ではいい釣果なのではないだろうか。

これなら一人で食べるだけでなく、十分に家族でも食べられるくらいの量だった。

この素晴らしい結果には俺たちも満面の笑みだ。

特に特大サイズのアユを釣り上げたアルテの満足は大きいようで、今も魚籠を見つめている。

「ニーナ、そろそろ帰りたいから皆を集めてくれるか?」

このような場所では男の俺が声を張り上げるより、ニーナのよく通る声の方がいいだろう。

「わかった。みんなー! そろそろ時間だから帰るよー!」

ニーナは任されたとばかりに頷くと、声を張り上げて村人たちに呼びかけた。

俺たちと同じくある程度満足していた村人たちは素直に集まる。

しかし、中には熱中している釣り好きたちは聞こえているのか、いないのか、集まることなく糸を垂らし続けている。

というか、その居残り組にいるのはアンドレ、オルガ、リロイだった。

その三人は明らかに流れ出ている解散ムードに流されることなく、必死に水面を見つめ続けている。

「アンドレさん、リロイさん、オルガ! そろそろ帰りますよー!」

「待ってくれ、クレト! もう少しだけ頼む! あと一匹釣れば勝ちなんだ!」

仕方なく声をかけると、オルガが必死に声を張り上げる。

どうやらあそこにいる三人は釣果を競っているようで、現在は横並びの成績らしい。

だから、あと一匹さえ釣り上げれば決着がつく。そんな状況のようだ。

とはいえ、こっちは関係ないしいい加減お腹がペコペコだ。あと一匹がすぐに釣れる保証もない。

「わかりました。では、三人は自力で帰ってくるということで! 俺たちは先に転移で帰ります

ね!」

「わ、わかった! すぐに帰るからそれだけは勘弁してくれ!」

「さすがに今から歩いて戻っていたら日が暮れちまうぜ」

「今回の勝負はお預けということにしましょう」

笑顔でそのように告げると、熱中していた三人は冷や水を浴びせられたかのように我に返り、各々の道具を纏め始めた。

さすがに釣り好きだけあって帰る時の準備も早い。

これだけの人数を待たせるわけにもいかないからな。釣りに熱中するのは悪いことではないが、集団行動をしている以上はある程度の規律は守ってもらわないとな。

「さて、これで全員揃いましたね。では、ハウリン村に戻りますよ」

最後まで粘っていた三人を含めて十八人。最初に連れてきた人数と同じだ。

皆に声をかけながらしっかりとそのことを確かめた俺は、複数転移を発動してアンドレ家の前に戻ってくる。

「あらあら、想像よりも大所帯ですね。お帰りなさい」

「おう! 今戻ったぞ、ステラ! 今日は大漁だ!」

瞬時に戻ってきた俺たちを見て畑作業をしていたステラが目を丸くして、アンドレが自慢げに釣果を見せびらかした。

空間魔法を使えば、山奥にある渓流だろうが一瞬で戻ってくることができる。

「何度経験しても不思議なものですね。クレトさん、今日は本当にありがとうございました」

感慨深く呟いていたリロイが礼を述べると、他の村人たちも口々に礼の言葉を言ってきてくれる。

「いえいえ、こちらこそ楽しかったですよ。いつでもというわけにはいきませんが、また気が向いた時には皆で釣りに行きましょう!」

「ええ、是非ともお願いいたします」

リロイを含める村人たちは口々に礼を言うと、今日の釣果を手にしてそれぞれの家に戻っていった。

釣果に余裕のある者は、芳しくなかった者に売ったり、育てている作物との交換を持ちかけていたりと、彼らは帰り道も賑やかだった。

村人たちが散っていくと、その場に残ったはアンドレ一家と俺とアルテだけだ。

あれだけたくさんの人が集まっていたので減ってしまうと、少しの寂しさもあった。

賑やかな一団を見送ると、不意に近くで「ぐううう」と音が鳴った。

思わず視線をやれば、隣にいるアルテがお腹を押さえて顔を赤くしていた。

「……お腹が空いたのじゃ」

「うふふ、もう随分と昼を回っていますからね」

「釣った魚を塩焼きにでもして食べるか!」

「賛成!」

アルテの一声によって、俺たちはそのまま釣った魚で昼食を食べることにした。

太陽の角度の関係で俺に家の庭の方が大きく影ができていたので、昼食はうちの庭で食べることに。

それぞれが釣り上げた川魚を魚籠から取り出すと、魚を締めて台所の水で洗い流す。

俺が九匹、ニーナが十匹、アルテが六匹と三人分を合わせるだけで二十五匹という数だ。五人で食べるにしても十分な数だろう。

「そういえば、アンドレはいくら釣ったんだ?」

不意に気になったので尋ねてみると、アンドレはよくぞ聞いてくれたとばかりに口角を上げる。

「釣ったのが十五匹、罠で五匹の計二十だ!」

自らの釣果を誇るからのように魚籠から川魚を取り出すアンドレ。

「おお、一人で二十匹も捕まえたのか。それはすごいの!」

「へへ、魚ってのはちゃんといる場所にはいるんだよ」

渓流釣りが好きなアンドレは、あそこにいる魚の住んでいる場所を熟知しているのだろう。

その辺りの見極めが上手い人は、本当にいる場所だけに垂らして次々と釣り上げていくからな。

アンドレの意外な一面を知った。まさか、ここまで釣りが得意だったとは。ただの釣り好きではなかったんだな。

「とはいえ、俺もアルテの釣り上げたアユには敵わないぜ」

こうして洗ったものを並べてみると、やはりアルテの釣り上げたアユはとてもデカい。

普通のアユの二倍近い大きさがあるな。

「なんせわらわが釣り上げた魚じゃからな!」

「じゃあ、釣り上げた責任としてきっちり下処理をしてもらおうか」

「お? おお?」

「今回は塩焼きにするだけだから下処理は簡単だよ。包丁で軽く鱗を剥がして、お腹の辺りを指で押してフンを出させるだけさ」

アルテに見本を見せるようにしてまな板の上でアユの下処理をする。

あとは串打ちをして塩をまぶせば焼くだけなので非常に簡単だ。

持っていた包丁を手渡すと、アルテは包丁をグッと握り込んだ。

「待て待て。俺の手本の何を見ていた。軽く握って刃を滑らせるだけで簡単に取れるから!」

アユの頭を切り落とさんとするばかりの力の入り方を見て、俺は慌てて止めた。

「すまぬ、包丁を握るのは初めてなのじゃ」

うちの国の王女様だもんね。包丁を握ったことがないのも無理はない。

アンドレとニーナも今の一言に不思議そうにしていたが、特に追求することはなかった。

まあ、彼らもアルテの育ちの良さは察しているだろうしな。とはいえ、王女とは思うまい。

「とりあえず、力を抜いて軽く、ゆっくりでいいですからね」

「う、うむ。軽くゆっくりじゃな」

アルテの危なっかしさを察して、ステラが彼女の手を握りながら優しく指導する。

ステラに手を動かしてもらいながら「おお!」と声を上げるアルテ。

ステラがついていれば、何とかなるだろう。

彼女の頼もしさをようやく安心できた俺は、自分の下処理を再開。

三匹ぐらいで十分なので残りは亜空間に保存だ。

残りは夕食の際に村人と交換してもいいし、レフィーリアにお裾分けでもすればいい。

食べる分の処理が終わると、最後に串打ちだ。

串を目の辺りから突き入れ、身体を緩やかになくねらせて通す。

綺麗に串を打てると、これから塩焼きをするんだって気分になれて非常にわくわくする。

これから焚火で焼くのが楽しみで仕方がない。

「ほう、終わったのじゃ」

「お疲れ様です。後は焼くだけですね」

しばらくすると、アルテも下処理を終えることができたらしい。

張りつめていた緊張がとれたのか、アルテはふうと安堵の息を吐いていた。

「それじゃあ、庭で焼こうか」

処理をしたアユ、ヤマメ、ニジマスなんかをバットに入れて外に出る。

「焚火をするのはこの辺りでいいか?」

「大丈夫ですよ」

庭に出ると、アンドレとニーナが既に着火剤となる枝葉や薪を設置してくれていた。

亜空間から取り出した火の魔法具で着火すると、アンドレとニーナが息を吹きかけ、枝葉を重ねて火を育ててくれる。

やがて炎が安定すると、風避けとして亜空間から取り出したレンガを設置。

そして、串打ちをしたアユなどを周囲に突き刺していく。

「後は焼けるのを待つだけだな」

パチパチと枝葉が爆ぜる音を聞きながら、俺たちは縁側に座って待つ。

日陰とはいえ、夏の暑さは健在だ。熱中症にならないようにしっかりと水分補給はする。

川魚が揺らめく炎に炙られる姿は妙ななまめかしさと美しさがあった。

「早く焼けないかなぁ」

「うむ、お腹が減ってしょうがない」

炎の煌めきをジッと眺めていると、ニーナとアルテが辛抱たまらない様子で呟いた。

川魚から水分が抜けて茶色い焦げ目がつくと、身の焼ける匂いがしてきた。

釣りをして汗をかいたので塩っけを感じさせる香ばしい匂いが堪らない。

身体があれを食べたいと疼いているようだ。

皆でまだかなまだかなと雑談をしながら待っていると、焼き加減を弄っていたアンドレが言った。

「おう、そろそろいけそうだ」

「やっとじゃな!」

どうやら十分に火が通ったらしい。ふりまぶされた塩が白く固まり、魚たちは雪化粧をしているかのようだった。

そのことがわかると皆で寄っていって自分たちの分を手にする。

俺も自分で釣り上げたアユを真っ先に手にした。

フーフーと息を吹きかけて熱気を飛ばすと、アユの背中から噛り付く。

パリッと焼けたアユの皮はとても香ばしい。中から出てきた白身がほろりと崩れ、アユの淡泊な旨みが広がっていく。

「美味い!」

渓流でたらふくいいエサを食べていたのだろう。アユには臭みはなく、ほんのりと高級感のある柔らかな風味が突き抜ける。

食べ進めるとアユの内臓へとさしかかり、独特の苦みと旨みが染み出てくる。それが淡泊な身と塩っけと混じり合って、これまた美味しい。

「美味しいのじゃ!」

新鮮なアユを食べて、アルテも実に満足そうだ。

皆と同じように串に刺さったアユを食べている。王都から離れて、ハウリン村でアユを食べている彼女は紛れもなく普通の少女、アルテだった。

「美味しい!」

「汗をかいたので塩味が身体に染み渡るようですね」

「やっぱり、川魚は塩焼きが一番だな!」

ニーナ、ステラ、アンドレもアユを口にして満足げな笑みを浮かべている。

新鮮な食材をこうしてすぐに食べることができるのが、田舎の強みだ。

王都などの大きな街などでは中々にできることではない。

視界では青い空が広がり、千切れた雲が遠くで微かに浮かんでいる。

目の前は青々と生い茂った草原に小さな森が広がっている。

遠くでは微かな鳥の鳴き声が聞こえ、肌を撫でるように風が吹いている。

「ここは本当にいい村じゃな」

「だろ?」

ここでは王都のような喧騒や便利な店はない。

しかし、確かな自然とそこで息づく人々の営みがある。都会に慣れてしまっている俺たちには、こういった何てことのないのんびりとした時間が何よりも嬉しい。

しみじみと呟くアルテの言葉に、俺は自慢げに答えるのであった。