作品タイトル不明
籠作り
「戻ったぞ」
「あら、お早いお帰りですね」
「お邪魔します」
「あらあら、今度はクレトさんがやって来たのですね」
アンドレの横からひょっこり顔を出して挨拶すると、ステラが目を丸くしてコロコロと笑った。
「これチキンスープです。良かったら飲んでください」
「ご丁寧にありがとうございます」
アンドレがあまりにも気に入った様子だったので、温めた状態の鍋ごと持ってきた。
早速、飲むことにしたのかステラは台所に持っていってコップに注いでいた。
「おっ、暖炉がついていますね」
「さすがにこれがねえと冬は越せねえからな」
部屋の隅に設置されている暖炉が稼働していた。
静かな家の中でパチパチと薪の爆ぜる音が響き渡る。
暖かな炎が揺らめいて、家の中に不規則な光と影を作り出していた。
近くに寄ってみると当然温かい。
薪を燃やしているせいか、やや煙たさを感じるがそれも赴きがあると言えるだろう。
「あんまり近くに居すぎると火の粉で服に穴が空くから注意しろよ?」
「わかりました」
家にあるとはいえ、原理は外でやっている焚火と大差はない。アンドレに忠告されて、少しだけ後ろに下がった。
暖炉の揺らめく炎を見つめていると、不意に階段の方から足音がした。
「あっ! クレトだ!」
「やあ、ニーナ。お邪魔しているよ」
姿が見当たらないと思ったので出かけていると思ったのだが、どうやら二階にいたようだ。
「クレトさんの持ってきてくれたチキンスープがあるけど、ニーナもどう?」
「飲む!」
元気良く頷くニーナを見て、ステラがスープを注いで持ってくる。
俺は家で十分に飲んできたので水にしてもらった。
「温かくて美味しい」
「鶏の旨みが染み出していますね」
ニーナとステラがホッとしたように感想を漏らす。
俺の作ったチキンスープは二人の口にも合ったようだ。
「それにしても、さっきクレトさんの家に行ったばかりなのにどうして急に?」
少し前に俺の家に遊びにいったアンドレが、すぐに俺を連れて戻ってきた。
ステラが不思議に思うのも当然だろう。
「冬の話をする中で、クレトが籠作りを見たいって言ってな。ちょうどステラが作っていたから見せてやろうと思って」
アンドレが説明すると、ステラが納得したように頷き、にこやかな笑みを浮かべながらパンと手を叩いた。
「どうせなら見るだけでなく、クレトさんも作ってみませんか?」
「え? 俺がですか? それは楽しそうですが、俺はまったく作ったことがありませんよ?」
「それなら尚更ですよ。クレトさんに籠作りの才能があるかもしれませんし、挑戦してみましょう」
「わかりました。では、お願いいたします」
素人の俺なんかが作ったところで材料がダメになるだけかもしれないが、それでもステラが勧めてくれたので甘えることにした。
「ほら、クレトさんもいるし、ニーナも一緒にやってみない?」
「ええー、まあ……いいよ」
朗らかに返事するかと思いきや、ニーナは微妙な顔を浮かべながら頷いた。
ニーナにしては珍しい気乗りしない態度だ。
基本的に明るい彼女は、面白そうなことであれば何でもやってみるタイプに思えたが。
訝しんでいるとステラが小さく耳打ちする。
「筋は悪くないんですけど、どうにもジッとした作業が苦手みたいで」
「そうなんですね」
「いつもは嫌がるんですけど、今日はクレトさんがいるお陰でとても素直です」
どうやら俺の参加を強く勧めた理由は、ニーナの参加を促す意味合いもあったようだ。
ハウリン村では、籠作りが上手な女性がモテるとのことなので、これも娘を想う母親の気持ちなのだろう。
つい先ほどまでステラが籠作りをしていたからか、テーブルの上には既にたくさんの材料や道具が並んでいた。
「この枝、ちょっと湿ってますね?」
「折れにくくするために水に浸して柔らかくしているんです」
なるほど、編みやすくするための工夫だったのか。
籠を作るために、そのような下処理があるとは知らなかった。
ライラック、にれ、はしばみ、トネリコの枝は丈夫なのでかごの底に使われ、木イチゴ、バラ、クレマチスなどの軟性のものは側面に使われるようだ。
木の特性に合わせてしっかり使い分けているなんて知らなかったな。
「まずは縦芯を四本ずつ平束にして交差させます。交差した縦芯を固定するために長い蔓を巻き付け――」
ステラが説明しながら枝を編んでいくのを見て、俺も真似をするように編んでいく。
しかし、淀みなく編んでいくステラのように綺麗にはできない。
彼女の編んでいる枝はスルスルと通っていくのに、俺の編んでいる枝は思う通りに通ってくれない。
「あっ、折れた」
気を取り直して、新しい枝を使ってみるも、またしてもバキッと音が鳴る。
「また折れた!」
「うふふ、最初はそんなものですよ。気にせず何度でもやってみてください」
そんな俺の様子をステラが微笑ましそうに見る。
籠作りをする上で誰もが通る道のようだ。材料を台無しにしてしまった罪悪感が半端ないが、優しさに甘えて続けることにする。
「クレト、そこはもうちょっと力を込めて入れると綺麗になるよ」
悪戦苦闘しながら編み込んでいくと、ニーナがアドバイスをしてくれた。
言われた通りにくぐらせてみると、枝を見事に通ってくれて綺麗になった。
「おっ、本当だ。ありがとう、ニーナ」
「えへへ」
素直に礼を言うと、ニーナは照れたように笑った。
底ができると、あとは枝を巻き編んでいく。徐々に籠が立ち上がるように側面を編んでいく。
「ここまでくると籠を作っている感じがしますね」
「はい、私も徐々に形になっていくこの工程が一番好きです」
最初はこんな方法で籠ができるのか? なんて疑問に思っていたが、ステラやニーナの言う通りに進めていくとそれらしい形ができてきた。
編み進めるごとに籠の形になっていくのが楽しい。
目的とする高さまで編み込むと、余っている縦芯をナイフで尖らせて隙間に差し込んだ。これで立派な籠の完成なのだが――
「美しくない」
俺の作った籠は網目がガタガタだった。形も歪だし、テーブルの上に置いても左側に傾いてしまう始末。
「いえいえ、クレトさんは初心者にしては筋がいい方ですよ」
「そうなんですか?」
「苦手な方はどうしても形にすることができないものなので。完成させることができた時点で、クレトさんには立派な才能があると私は思います」
「うんうん! 私なんて投げ出しちゃったし! いきなりできるクレトはすごいと思う!」
俺は籠を作ったのが初めてだったが、経験者のステラとニーナがそう言うのであればそうなのかもしれない。不出来な籠を見て、落ち込んでいた俺の心が軽くなった気がした。
「それにしても、ニーナの作った籠は上手いな」
ニーナの前に鎮座している籠は、俺の物とは違って網目も綺麗で歪みもなかった。
「えー? そうかな? でも、お母さんの物に比べると、私のなんて普通だよ」
ニーナに言われて、ステラの方へ視線を移す。
そこにあるのは見事な籠だった。
とても手作りとは思えないほどに網目が整然している。何より全体のシルエットが綺麗で、まったく歪さを感じない。側面には模様が作られておりとてもオシャレだ。
俺たちが四苦八苦しながら一つ作り上げている間に、彼女は形の違うアレンジ品をさらに作り上げている。
正直に言って、あれはプロだ。王都の専門店で売られているようなレベル。
そんな母が身近にいれば、自分など大したことがないと卑下してしまうニーナの気持ちもわからなくもない。
「確かにそうかもしれないけど、ニーナの年齢でここまでの物ができるのがすごいよ。商仕事上、色々な商品を見てきたけど、ニーナの籠だって十分に売り物にできるレベルさ」
「えっ、そうなの!?」
「ああ、そうだよ」
むしろ、その辺の街に行くとニーナの作ったものよりも遥かに質の劣った籠が売り出されていることが多いくらいだ。
「へー、そうだったんだ! えへへ」
その事実を伝えてあげると、ニーナは顔をにやけさせた。
思っていた以上に自分の籠作りの技術が高いことを知り、嬉しくなったらしい。
ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら新しい籠を作っていく。
そんな様子を見ていると、ステラが小さく会釈した。
ニーナに足りないのはやる気というより、自信とモチベーションだったのだろう。
こういったものは身近な人より、第三者が言われた方が納得しやすいのかもしれないな。
籠作りが上手い、下手はどうであれ、ニーナが楽しそうに籠を作るようになったみたいで何よりだ。