軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔道具の故障

冬が深まり、寒さが厳しくなってきた。

この季節になると無性にお風呂に入りたくなる。

広い湯船でじっくりと身体を温めて、ほっこりとした気分になりたい。

王都でやるべき大きな用事はないが、次のハウリン野菜を持っていくにはいい機会だ。

農家の人から冬野菜が収穫できたと報告も入ったし、それらをエミリオに持っていくことにしよう。

準備を整えると、俺はハウリン村の農家を回って冬野菜をかき集め、エミリオの執務室に転移した。

「エミリオ! ハウリン村の野菜を持ってきたんだがどうだ?」

「おっ、助かるよ。ちょうどレストランから要望がきていたから、何かいい食材を頼もうと思っていたところなんだ」

亜空間から木箱を大量に取り出しながら言うと、ソファーで書類を確認していたエミリオは嬉しそうに笑った。

特に頼まれていなかったが季節ごとにオススメのハウリン野菜を持ってくるように頼まれていたからな。冬も頼まれるんじゃないかと思っていた。

蓋を開けると中に入っているのは、キャベツ、カブ、大根などの冬野菜だ。

「冬は育てている野菜の種類が少ないけど、持ってきた奴もめちゃくちゃ美味しいぞ」

特にオススメなのは冬キャベツと大根、カブだ。

それぞれ甘みが段違いで果物なんじゃないかと思うほどに美味しい。生で食べてもまったく問題ないくらいだ。

農家の人から聞いたオススメの調理法などのメモを渡すと、エミリオは満足げな様子でポケットに仕舞った。

「ありがとう。これからレストランに持って行こうと思うけど、クレトも来るかい? シェフがハウリン野菜で美味しい料理を作ってくれるよ?」

「興味はあるけど、また今度にするよ。それよりも先にやりたいことがあるから」

「何か用事かい?」

「屋敷でゆっくりとお風呂に入りたい」

ハウリン野菜を使ったシェフの料理も気になるが、今は食欲よりも風呂欲が勝る。

「クレトは本当に風呂が好きだね。僕と各地を商売をしていた時も、毎日のように入っていたし」

きっぱりと告げると、エミリオが若干呆れたように言う。

日本に住んでいた俺からすれば普通のことなのだが、この世界の人からすれば異様なほどの風呂好きに見えるみたいだ。

王族や貴族、一部の富裕層などは自宅に浴場を設置しているが、それ以外のものは基本的に大衆浴場へと通うのが一般的だからね。

全ての家庭に風呂があるような日本の価値観は明らかに異質に見えるだろう。

とはいっても、こればかりはいくら説明しようが仕方ない。俺が風呂好きなのには変わりないし。

「そういうわけでまた今度頼むよ」

「わかった。また今度誘うよ」

用事を済ませた俺はすぐに屋敷へと転移する。

「さて、風呂だ風呂だ」

まだ時刻は真っ昼間であるが、明るいうちからゆったりと入るお風呂は最高に違いない。

私室に転移してきた俺はベルを鳴らして、帰ってきたことを告げる。

程なくすると、扉がノックされてメイドのアルシェがやってきた。

「今からお風呂に入りたいんだけど準備をお願いしてもいいかな?」

いつも通り「かしこまりました。少々お待ちください」といったそんな台詞を期待していたのだが、そんな返事はこない。

代わりに出てきたのは「うえっ!?」という戸惑いの言葉だった。

なんだか淑女らしからぬ声だったが、今はそれは無視することにしよう。

どうしたんだろう? ただ屋敷の浴場を使いたいだけなのだが、そんなにマズいことだっただろうか?

「もしかして、使用人の誰かが使ってたかな?」

「いえ、そういうわけでは……」

アルシェが困る懸念点を推測してみたが、そういうわけではないらしい。

じゃあ、なんでそんなに困った顔をしているのだろう?

「あ、あの、エルザさんを呼んできてもいいですか?」

「ああ、構わないよ」

俺が頷くと、アルシェは退室していく。

よくわからないが何だかトラブルが起こっているらしい。

不思議に思いながら待っていると、アルシェがエルザを連れて戻ってきた。

エルザはいつも通り淡々と挨拶をすると、淀みのない口調で切り出した。

「申し訳ございません、クレト様。今すぐに屋敷の浴場はご使用することは難しいです」

「え? それはどうしてだい?」

「現在、浴場に設置されている魔道具が不調でお湯が出ないのです。魔道具師がやってくるのは明日の昼となっており、復旧はそれ以降になっております……」

「な、なるほど」

昨日や明日であれば、問題なく入れただろうに、ちょうど不具合のあるタイミングに主が返ってきた。アルシェやエルザからすれば、どうしてこんなジャストタイミングに帰ってくるのだと思ったことだろう。間が悪いとしか言いようがない。

「もし、クレト様がお望みするのであれば、今すぐに私共がご用意いたします。ただ、少々時間を頂戴することになりますが」

「魔道具が壊れているのにどうやって?」

「ララーシャは水魔法を、アルシェは火魔法が使えますので、湯船にお湯を張ってもらいます」

「おお、そんなことができるんだ!」

忘れていたがララーシャもアルシェも貴族の娘さんだ。平民よりも魔力を持っているので、そういう魔法の運用ができるのだろう。

如何にもファンタジックなお湯張り方法に興奮する。

「残念ながら二人の魔力はあまり多くはないので湯船一杯にすることはできませんが、魔力回復ポーションを飲んでもらいながら死ぬ気で作って頂きます」

淡々と告げた恐ろしいお湯張り方法に、後ろで控えていたアルシェが顔を真っ青にしていた。

前に魔力の限界を見極めるために魔力切れまで追い込んでみたが、全身の倦怠感、吐き気、酩酊に襲われて、かなりしんどかった。

そんな状況に追い込みながら魔力回復ポーションで、さらに魔法を使わせるなんて鬼の所業としか言えない。

「いや、さすがに二人にそこまでしてもらうのは申し訳ないよ!」

俺が遠慮すると、アルシェが救いを得たかのような顔になった。

アルシェとララーシャが死ぬ思いをして張ったお湯で、ゆったりと寛げる程俺の心は図太くない。シンプルに申し訳なく思ってしまう。

「では、根は張りますが魔法使いを呼びますか?」

現実的な解決方法でいえば、エルザの提案した魔法使いを呼ぶのがいいだろう。

しかし、うちほどの大きな湯船でお湯を満たせる魔法使いを当日に呼びつけるとなると、かなり割高だ。

お金には困っていないのだが勿体ない感が半端なくてあまりやりたくない。

「あるいは大衆浴場かな」

王都にも大小様々な大衆浴場があるので、そこに向かえばいい。

しかし、そこには当然大勢の人がいるわけで、俺の思い描いた理想の時間が得られるか疑問だ。

「――いや、それなら思い切って温泉がいいか」

「なるほど。クレト様の魔法があれば、遠方の温泉地であろうとも気軽に向かえますからね」

ふとした思いつきだったが、エルザも感心したように頷いていた。

温泉であれば、多少のお客はいようとも大衆浴場のように騒がしくなることはない。

ついでに美味しい料理や観光もしながら、ゆったりと過ごすことができるだろう。

「どちらの温泉に向かわれるのですか?」

「お湯の都、ユーステリアに行こうと思ってる」

エミリオに振られた仕事をこなしつつも、こういった目ぼしい観光地なんかは転移でマーキングしておいたのだ。

「そこであれば、私も子供の頃に一度だけ行ったことがあります。とても風情のある街並みで、たくさんの温泉があるのでオススメです」

「いいなぁ~、温泉」

エルザから話を聞いていると、控えていたアルシェが思わず呟いた。

「アルシェ、そういった私語は慎むべきです」

「す、すみません!」

エルザが咎め、アルシェが慌てて深く頭を下げた。

メイドとしては確かに相応しくない心の声だったかもしれないが、このような寒い時期に主が呑気に温泉に行くなど話していれば、羨む声が漏れてしまうのも仕方がないのかもしれない。

「せっかくだし、アルシェたちも温泉に来るかい?」

「えっ! いいんですか!?」

とても嬉しそうな顔で聞いてくるアルシェ。傍でエルザがジロリと睨んでいるが、温泉という魔力の前では上司の視線にも耐えられるようだ。

「構わないよ。一人で行こうが、皆で行こうが労力は大して変わらないしね」

「ありがとうございます!」

頷くと、アルシェが嬉しそうな声を上げた。

「エルザはどう? 勿論、行きたくないなら断って構わないんだけど……」

「大変嬉しいお誘いではありますが、メイドとしての仕事を休み、温泉に行くというのは……」

喜びの頂点に達していたアルシェが「この上司、なんてことを言うんだ」みたいな顔をしている。

会社で理不尽な上司を目の前にした時に、部下が浮かべる顔だ。

上司であるエルザが反対すれば、白紙になる可能性はおおいにあるので、アルシェとしては気が気でないのだろう。

後ろの扉の隙間からは、いつの間にか聞きつけたのかララーシャやルルアが真剣な眼差しで俺たちを見ていた。

表情を見る限り、彼女たちも温泉行きを熱望しているみたいだ。

「たまにはいいんじゃないかい? 毎日、働いてばかりじゃ心や身体が壊れちゃうよ」

「いえ、私たちは十分なくらいのお休みを頂いております。これ以上、お休みを頂くというのは、給金に見合った働きなのかと疑問に思えてしまいます」

柔らかく諭してみるが、真面目なエルザは譲らない。

メイドとしてのプライドがあるようだ。

「じゃあ、仕事の一環として付いてきてくれないか? ユーステリアに行くのは初めてで、案内をしてくれる人が欲しいんだ」

本当はそんなつもりはなく、ただ純粋に温泉を満喫して欲しいだけなのだが、真面目な彼女にはこうでも言わないと付いてこないに違いない。

勿論、本当に嫌がっているのであれば強制はしないが、彼女の顔を見る限りそうではないような気がするんだ。

「……そうですね。主の外出の補佐をするのはメイドとしての務めです。仕事であれば、行かないわけにも行きませんね」

俺が用意した拙い建前に気付いたのか、エルザは観念したように笑った。

こうして俺たちはお湯の都、ユーステリアに向かうことにした。