作品タイトル不明
屋台巡り
中央広場から適当に歩いて進むと、すぐにニーナたちを見つけた。
ニーナ、アルテ、カーミラ。三人とも方向性は違うが、とても美人の女性だ。
人の行き交いが多くなっていようとも、とても目立つので見つけ出すのは簡単だった。
「お待たせ」
「あっ! クレト! 用事はもう済んだの?」
「終わったよ」
「クレトが戻ってきたのであれば、遠慮なく屋台を回るぞ!」
合流するなりアルテがソワソワとしながら言う。
どうやら俺が合流するまで適当に時間を潰してくれていたみたいだ。
アルテたちの優しさを嬉しく思いながら歩いて屋台を覗いていく。
立ち並んでいる屋台は木材を組み立てて作ったり、木材を支柱に布で覆っているような簡易的なものだ。
王都の大通りのようにしっかりとした屋台ではないが、王都にも負けない人々の熱気があった。自慢の料理を振舞おうと村人たちがあちこちで声を張り上げている。
屋台を出店しているのは当然ハウリン村の村人だ。
出店している人がほとんど友人や顔見知りというのも面白い。そのお陰か歩いていると、ひっきりなしに声がかかる。
「クレト! うちの屋台の料理でも食べて行かないかい?」
「アンゲリカさん! 何の料理を出しているんですか?」
「チーズ揚げだよ。歩きながらでも食べられるからオススメさ!」
屋台を覗き込んでみると、長細い春巻きのようなものがいくつも並んでいた。
傍には油の入った鍋があり、これを一気に高温で揚げてしまうのだろう。
アンゲリカの羊からとれたミルクでチーズ揚げとか、絶対に美味しいに決まっている。
「美味しそう!」
ニーナはすぐに食いついたが、アルテやカーミラは怪訝な顔をしている。
「チーズ揚げ? どのような料理なんじゃ?」
「チーズを揚げると美味しくなるのでしょうか?」
あまり料理をしないだろう二人には、どんな料理が出てくるのか想像がつかないのかもしれない。
「一つで何本くらいあります?」
「二十本で銅貨一枚さ」
「では、二つください」
「毎度!」
アルテとカーミラはよくわかっていないが、二人とも絶対に気に入るだろう。
二つ頼んで二人で分ければ、ちょうどいいくらいの量だ。
「クレト、お金なら私も払うよ? お母さんからお小遣い貰ってるし」
俺が纏めてお金を払うと、ニーナが服の袖を引っ張ってきた。
たった十歳ながらもここまで気を遣えるとは、ニーナは本当にしっかりものだ。
「うむ、わらわも十分にお金を持ってきておるぞ?」
「いや、いいよ。これは皆を待たせたお詫びみたいなものだから。あと、アルテはその宝石を仕舞って。そんなものこの村で出しても、誰も買い取れないから」
「な、なんじゃと!」
俺の指摘にアルテが驚きの声を上げた。
それなりに庶民の生活を楽しんでいる彼女であるが、まだまだ一般常識を身に着けられるには遠いようだ。
「ふっ、アルテ殿はまだまだですね。私はこんなこともあろうかとお金を用意して参りました」
「なぬっ!」
自慢げに腰につけた革袋を取り出すカーミラ。
そこには王国金貨がぎっしりと詰まっている。
「いや、屋台の料金なんてほとんど銅貨ですよ。そんなもの渡されたら困ります」
「なんだと!?」
俺の言葉にショックを受けたように身体をのけ反らせるカーミラ。
エルザから公爵家のお嬢様だと聞いていたが、やはりこの人もボンボンのようだ。
前回の依頼で宝石払いしたアルテに頭を痛めていたようだが、この人も大概金銭感覚がおかしかった。
「わかった。ありがとう。ここはご馳走になるね」
「うむ、ここはクレトに任せよう。チーズ揚げとやらが楽しみじゃ」
皆が納得したところでジュワアアアと油の弾ける音がした。
弾かれるようにニーナ、アルテ、カーミラが振り返ると、アンゲリカが皮に包まれたチーズスティックをフライパンに投入していた。
小麦色のスティックがすぐにきつね色へと染まっていく。
アンゲリカは三十秒ほどでスティックを回収すると、軽く塩を振りかけて木製のコップに素早く詰めていった。
「はい、チーズ揚げだよ!」
「ありがとうございます!」
おお、とても出来上がるのが早い。
コップを受け取ると一つを自分で持って、もう一つをアルテに差し出した。
「食べよう!」
揚げ物は熱い内に食べるのが吉だ。
俺とニーナはそのまま手でチーズ揚げを手に取ってそのまま食べた。
カラリと揚げられた生地が口の中でサクサクと軽快な音を奏でる。
生地の中から出てくるのは、とても濃厚なチーズだ。
「うん、美味しい!」
「美味しいね!」
アンゲリカの作ったチーズ揚げ。美味しくないはずがなかった。
「なんじゃこれ! パリパリでうまうまじゃ!」
「ただチーズを揚げたものが、こんなにも美味しいとは!」
出来上がりが想像できなかったアルテとカーミラもとても気に入ったようだ。
小さな口を動かして、しきりにパリパリとした音が聞こえてくる。
「おい、カーミラ食べ過ぎじゃ!」
「そちらこそ食べ過ぎです! 私、まだ三本しか食べてないのに半分以上減ってるじゃないですか!」
ただ予想以上に気に入ってしまい取り合いになっているようだ。
第一王女だとか、仕える護衛の騎士だとかいった小難しい立ち位置を完全に忘れている。
だけど、ハウリン村ではそんなことまるで関係ない。
二人が楽しそうなのであれば何よりだ。
「それにしても美味いな」
「うん、手が止まらないね」
俺とニーナもチーズ揚げが気に入っており、しきり同じコップを突いていた。
軽く振りかけられた塩がキュッと味をしめてくれ、まったく飽きることがない。
ポテトチップスのような中毒性があるな。
「おうおう、クレト。うちのニーナと同じ料理を突くなんて随分と羨ましいことしてるじゃねえか?」
夢中になってチーズ揚げを食べていると、後ろからガッと肩を掴まれた。
振り返ると、そこにはやや苛立った様子のアンドレがいた。
手に槍を持って軽装に身を包んでいるところを見れば、見回り中ということはすぐにわかった。
俺とニーナは大きく年が離れているし、アルテやカーミラがいるのでデートではないが、収穫祭で娘と一緒に料理を突いている男がいれば、妬ましく思うのも仕方がないのかもしれない。それが重度の親バカとくれば、怒りもひとしおだ。
「……ニーナ、アンドレさんもチーズ揚げが食べたいみたい」
「そうだね。チーズ揚げ美味しいもんね! お父さん、はい、あーん!」
耳打ちすると、すぐにニーナが実行してくれた。
純粋なニーナはそこに重い親心があるとは気づいていない。
「おおおおお! 美味いっ! 美味いぞ、ニーナ!」
それでもニーナのあーんによってアンドレが嬉しそうに吠えた。
チーズ揚げがこの世でもっと尊く、美味しい食べ物かのように味わっている。
まあ、最愛の娘に食べさせてもらえば、彼にとっては全てがそうなのかもしれない。
「収穫祭中も仕事ですか?」
「ああ、今年は盛大にやってるから、よその村や集落からの流入も多いからな。人が多くなると、それだけトラブルも起きやすい」
荒んだ心はすっかりと落ち着いたのだろう、アンドレは状況を冷静に語ってくれた。
屋台では酒も売りに出されている。アルコールが入って気が大きくなっていることもあって、笑い声に紛れて怒号も響き渡っていた。
「ったく、また言い争いか。って、いうわけで仕事に戻るわ」
ニーナがビクリと身体を震わせる中、アンドレはため息を吐いた。
「アンドレのような者がいてくれるお陰で、わらわたちは安心して祭りを楽しめる。感謝するぞ」
「お父さん、いつも村を守ってくれてありがとう。仕事が終わったらゆっくり屋台を回ろうね?」
アルテとニーナから労いの言葉を聞いて、アンドレは目を丸くして慌てて背中を向けた。
「……おう」
素っ気なく返事をして歩き去っていったが、とても嬉しかったであろうことは俺にでもわかった。
多分、アンドレの顔はとんでもないことになっているだろう。友人として茶化したい気持ちもあったが、今回は見逃してあげることにした。