軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

04. 告白

「エイレン、私と結婚を前提としたお付き合いをしてください」

修辞学の講義からの帰り道だった。

私は薔薇の生け垣が綺麗だから少し寄り道をしようと提案して、一番花が多くて人目を避けられる場所を選んで告白した。

ほかにもひとけのない場所はあるけれど、どうせなら華やかな場所の方がいい。

たとえそれが政略としての最適解であり、感情の発露からくるものではなかったとしても。

何せ一世一代の言葉なのだから。

「恋愛感情……じゃないよな?」

「ええ、まごうことなき政略です」

きっぱり感情論を否定する。背景は甘やかでも、話の内容は全然甘くない。むしろ辛口だ。

「アカデメイアでは俗世の身分を詮索することはもちろん、政治的な問題を持ち込むことが禁忌であるのは理解してるよな?」

「それも、ええ……理解しています。でも時間的な猶予がないんです。私の都合を押し付けて申し訳ありませんが、十八歳になるまでに、すべての筋書きを終わらせなくてはいけなくて。それに アカデメイア(ここ) で一番、有利な条件なのはエイレンです」

言い切った後には沈黙が支配した。

俗世の政治を持ち込まないと言っても例外はある。

卒業を控えて就職活動を始めた学生に対して、勧誘するのは問題ない。研究発表会で秀逸な論文を出した学生を勧誘するのも。

そもそも発表会は就職活動と研究支援のパトロン探しの二つの目的があって開催される。

だけど――。

今、私がエイレンに提案したような政略結婚だとか、謀略のような政治的な話はしてはいけない。

戦略史研の検討中に「政略結婚が良さそう」とか「政治的に密約を結んで」という話が上がって、結果その通りに動くのが許されるギリギリの線。

だから私の提案に腹を立てたり不快に思っても仕方がない。

――こんな提案をして嫌われなければ良いけれど……。

恋情はないけれど友情はある。失くしてしまうのが惜しいと思う。

緊張から自然に身体が硬くなる。

時折、風がそよぎ揺れた葉がカサカサと音を立てた。

エイレンは今まで見たことがないほど難しい顔だ。

息苦しさから、呼吸が荒くなりそうなのを抑える。

私には後がない。一歩でも踏み間違えると破滅が待っている。

できれば良い言葉を聞きたい。

だけど強要する気はないし、できない。

ようやくエイレンが口を開いたのは、息が出来なさ過ぎて窒息しそうになったときだった。

「アカデメイアを出て実家に戻る前に、すべてのお膳立てを終わらせたいのか?」

「ええ……。お膳立てどころか、できることは全部終わらせたいと考えています」

「利益はローザにだけ?」

「いいえ、ヘルンヴァール辺境伯家にとっても同じくらい益のある提案ができます」

一方的に利益が出るような、不平等な契約はいつか破綻するし、不誠実な態度は相手を不快にさせ不信感を生む。

どちらも母国で嫌というほど経験した。

だから誠実に。嘘はつかないし、必要な情報は全て開示する。後から「聞いていない」とも「こんなはずでは」とも言われないほど 詳(つまび) らかに。

「俺にとっては……?」

「最低でも子爵家当主の婿の立場を。お飾りではなく発言権もあります。辺境伯家の将軍の立場よりも低いかもしれませんが、領民の笑顔を守れます」

辺境伯家の甥という立場より権力も使えるお金も、何もかもが桁違いに少なくなる。不自由さを感じることもきっと多い。

だけど頷いてほしくて、今の精いっぱいの気持ちを伝えた。

「……案外悪くないな」

少し表情が緩んだ。

――良かった。少なくとも聞いてもらえた。

息を吐きながら安堵した。

「国境線が変わるのを特等席で見られるのは、特典になりませんか?」

「すごく魅力的な提案だな」

キランと目が輝く。

――勝機が見えた。

持って回った言い方よりも直球が効くらしい。

何より戦略史研の部員として、一番魅力的な提案だったのかもしれない。

カルヴェント子爵家の話やヘルンヴァール辺境伯家の利益よりも、歴史が動くその瞬間に立ち会うことこそが、エイレンの心を動かす提案だった。

「ロナヴィエルの王子の愛妾になる提案を蹴って、イルターニア帝国貴族を婿に迎えるのですから、母国には居づらいと思いますよね?」

国替えの理由の一つくらいにはなる。

動機はもちろんそれだけではないけれど。

「悪くない提案だと思っています」

「ああ、悪くない。……詳しく話を聞こうか」

エイレンがニヤリと普段通りのイタズラっぽい笑みを浮かべたから、ほっとした。

アカデメイア(ここ) には辺境伯家の分家筋よりも、もっと身分が高い学生が何人もいる。いくつかの国の王族も通っているのだから。

だけど諸々を勘案した結果、ヘルンヴァール辺境伯家との提携が一番良かった。遠くの王家より近場の高位貴族という訳だ。

「ではまず条件面を――――――」

ほっとしながら用意した資料を開示した。

「エイレンと結婚を決めました」

戦略史研の面子の前で公表した。

先ほど条件を詰め終わったばかりだけど、こういったことは早めに話をするに限る。恋愛は拗れたら厄介だから、早めに売約済だと宣言してしまった方が、三角関係などになりにくい。

もっともアカデメイアの学生は、恋愛などより勉学の方がよほど興味ある人たちばかりだけれど。

「確かに二人が結婚するのが、一番の近道だね」

先輩が納得したように返してくる。

「そうなりますよね」

エイレン本人は伯爵家の次男でしかないけれど、本家に当たる伯父の家に養子に入るだけで、辺境伯家と子爵家の縁組に早変わりだ。国替えした場合、寄り親になるだろう家門でもある。家柄的に軍閥でもあるから戦力も期待できた。

「寄り親と寄り子よりも、親戚関係の方が強力だし、確かに悪い案ではないのよね」

「実は以前、エイレンに提案したことがあってな……」

法学部の先輩が面白そうな目で話し始めた。

「――!!」

ちょっと驚いた。

まさかそんな突っ込んだ話をしているとは思わなかったから。

「その時は『ちょっと待て、簡単に自分の結婚を考えるのはだな……!』とか言い出して、相当焦っていたんだが」

ニヤニヤと面白そうな顔をする。対するエイレンは少し憮然とした表情だ。

「色恋に疎いどころか政略にも疎いなんて、貴族らしくないと思っていたが、いやはや案外、決めるときは決めたな」

「いえ、私の方から求婚しました。自分の手で国境線を変えてみないかと…………」

「傾国だな……!」

「いえいえそんな……、もっと言ってください。私の機略が勝ったと!」

美女でないのは残念……とはまったく思っていない。

それに私一人で国が傾くとは思ってもない。でも引っ掻き回す結果にはなると思う。

「まあ平民や下位貴族にとってロナヴィエル王国は居心地が良いとは言えませんから、イルターニア帝国に国替えするのは我が家だけではなく領民にとっても良い事だとは思います」

「そうだな、悪い噂は色々聞いている」

遠くアカデメイアまで母国の悪評が届いていたのかと、ちょっとばかり驚いた。

「有名だからね、ロナヴィエル王国の王族や貴族の横柄さは」

別の先輩からフォローが入る。

「おめでとう、多分最良の結果になると思うよ。後は二人が上手く行くことを願ってる」

先輩がすごく優しい。対するエイレンの方はと思って見てみたら、朴念仁と思っていたのにと 揶揄(からか) われつつも悪くなさそうだった。