作品タイトル不明
05. 親戚
「港まで一緒に行かないか? 実家から色々と荷が届いてるんだ」
告白から二か月後だった。既にカルヴェント子爵家とヘルンヴァール辺境伯家の顔合わせは済んでいる。
もしかしたら私宛の手紙もあるかもしれない。少しばかり期待をしながら、ついて行くことにした。
「初めて二人だけの外出ですね」
普段は寮と教室や戦略史研の往復で、どこかに出かけたことはない。外出が大変だからという単純な理由で。
もちろん領地に引き籠っていることになっているから、人目に付く場所に行くのは憚られる。母国から遠く離れているとはいえ、商人はどこにでも行くものだから。
もっとも単純にアカデメイアは内海とはいえ孤島に作られていて、外に出るのは船に乗る必要があるから出づらいという理由もあるけれど。
エイレンの横に並んでのんびり歩く。
手を繋ぐ程度の身体的接触でさえ、アカデメイア内では良い目でみられない。何よりも勉学を優先させる気風が強いのだ。
門を抜け商店街に出る。学生や教職員向けの最低限の店しかないから、十軒ほどの本当に小さな街。
「こっちだ」
港に向かうと思ったら、少し手前で道を曲がる。
「どちらへ?」
「身内と面会するような建物があるんだ。そのまま港に出ると人が多いから」
どうやら人混みなどを避けて外部の人と会う施設があるらしい。
入学のためにアカデメイアの門をくぐってから、一度として外に出たことがなかったから知らなかった。私への面会も緊急時以外は控えることになっているし、島内で買い物ができるから港まで出る必要もない。
門を抜けて三階建ての建物に入る。
――面会をするだけにしては少し広めね。
もしかしたら宿泊も可能なのかもしれない。
「港に出たの?」
「いや、塀が二重になってる。王族みたいな、狙われやすい学生が利用することもあるから、完全に外には出ないようになってる」
「 子爵令嬢(わたし) には縁がなさそうね……」
「あるだろう? 爵位を狙う阿呆に絡まれてるんだから」
イーヴァルのことだ。お父様からの手紙では、相変わらず我が家の爵位を諦めていないらしい。今はすこしばかり自重しているらしいけど。
学院卒業が当主になる条件だから、学生の今、あれこれ派手に動けないと言うだけ。
まあ卒業してからだと、我が家が既に手をまわしていて手遅れになるのだけど、知らないから一人で勝手に踊っている。
「応接間は二階なんだ」
階段には音がしないような厚手の絨毯が敷かれている。二階の床も同様にふかふかの絨毯。
一階が木の床なのは、荷運びを考えて補修しやすさを優先しているからかもしれない。
扉を叩いて入室すると、エイレンとさして歳の変わらない青年がいた。
「久しぶり、元気そうじゃないか」
親しげに肩を叩き合う。
目鼻立ちが似ていて、兄弟か従兄弟っぽい見た目。
「紹介するよ、彼女がローザ、カルヴェント子爵家の跡取り娘だ。こちらはフェルディオ・ドラウベルク。男爵家の次男で、同じヘルンヴァール辺境伯家の親戚になる。俺とは従兄弟だ」
予想通り従兄弟だった。兄弟と言っても通じそうなくらい似ている。気の置けない友人でもあるのか、お互いにバンバンと背中を叩いたりスキンシップが激しい。普段のちょっとクールで貴族っぽいエイレンとは全然違う。
――男の子って感じ。
可愛いと思ってしまった。一歳だけとはいえ年上なのに。
「初めまして、ドラウベルク様。私の事はローザとだけ。カルヴェント子爵家の娘です」
下手に書類を偽造されないよう、王都から領地に戻ってしばらくした後、改名している。愛称のローザは一緒だから、気付かれにくい。私や家をどうこうしようとする人たちなら、調べることはできるけど、少しばかりの時間稼ぎと嫌がらせにはなる。
そんな訳で正式な個人名を名乗るのは控えている最中だ。
「事情は伯父上たちから聞いているよ。だから俺が来た。繋がりがあるとはいえ男爵家の次男だからね、さすがに我が家までは目を向けられないから」
以前聞いた話では、エイレンの実家はヘルンヴァール辺境伯家に隣接。ドラウベルク男爵家は父方母方双方の親戚で、辺境伯とエイレンのお父様の妹にあたる叔母と、お母様の従兄弟が結婚したらしい。領地を行き来するのは馬車で二日ほど。砂盤で領地の大雑把な地図を描いてもらったことがある。
「辺境伯家から結婚祝いだよ」
そう言いながらエイレンに渡すのはそれほど大きくない木箱だった。近寄ると香ばしさが漏れてくる。
「カッファか!」
「うん、アカデメイアで流行しているって聞いてね。それと砂糖と領で採れた蜂蜜。エイレンたちへの祝いの品は帰ってからの楽しみらしい。高価なものを持ち込んでも困るだろうからって」
確かに着飾るようなものをもらっても困る。もしドレスなんかだったら置く場所にも困るし。盛装用なんて着る機会すらないし、外出着だって入寮の日に着て以来一度もない。普段は子爵家で着ていた部屋着よりもさらに飾りがない、ちょっとばかり質が良いものの庶民っぽいシンプルなドレスばかり。
「ローザさんの方はカルヴェント子爵家から」
渡された箱を開けてみると所属学部がわかるアカデミックマントだった。次の年度から教養学部から哲学部になるから、どうしようかと考えていたところだった。家庭教師の費用が嵩んで新品のマントは難しく、状態の良い古着を買おうと思っていた。
荷物を受け取った後は三人で食事を摂る。
久々の貴族らしい食事は、懐かしさよりも緊張の方が強かった。
――アカデメイアに染まり過ぎかしら? 実家に戻ってから苦労しそう。
学力の方は染まったなんて口が裂けても言えないほどお粗末だけれど。
和やかな雰囲気のまま会食を楽しむ。かなり長めに時間をとったけれど、会話が弾んだせいかあっという間に時間が過ぎていく。
そろそろ暇を告げる頃合いになったけれど、今日が終わればまた二人は何年も顔を合わせられない。
二人はまだ満足できていないのでは、と思いながら話の流れのままに席を立つ。
「エイレン、帰ってしまって良いのかしら? まだ話し足りないのでは?」
外はまだ陽が高くて、寮に戻ったところで空が朱くなるほどの時間ではない。
「暗くなってから女性を連れまわすのは良くないだろう?」
「でも私の所為で、久々の再会を邪魔しているのではなくて? アカデメイア内なら危険もないし、一人で帰れますよ?」
「それは駄目だろう」
「駄目だな」
エイレンとドラウベルク様から同時に駄目出しされてしまった。
「帰郷したらいつでも会えるんだから、気にしないで」
申し訳ないと思いながら、差し出された手を取った。
アカデメイアでは男女の恋愛的な身体の接触は厳禁だ。腕を絡ませるどころか、手を繋ぐのでさえ駄目なのは、勉学に猛進し過ぎた結果、異性への耐性が全くない学生が一定数いるかららしい。
さすがに初心すぎると思うものの、生まれも育ちもアカデメイアという学者一家のアレンに言わせると、よくある話なのだとか。
そんな訳で交際後、初めてエイレンの手を触った。
「大丈夫かしら?」
「建物を出るまでなら」
それはほんの少し、二階から一階に降りる程度の僅かな時間だったけれど、ドキドキして息苦しかった。
「じゃあ、皆によろしく言っておいてくれ」
エイレンが握った手を離し、ドラウベルク様に軽く振った。
門を越えると、もう手を繋ぐこともできない。
――もう少し触れていたかった。
未練たっぷりなまま、寮まで送ってもらう。最短距離ではないのは講義の後と一緒。
それでもあっという間に寮に着く。
「これを……」
別れる寸前に小箱を渡される。
中身は髪飾りだった。薔薇の花のレリーフは丁寧な作りの金属だけれど、黒くて地味な作りだった。
「……もしかして銀ですか?」
「そう、華美なものや高価なものは身に着けにくいと思って。卒業して領地に戻ったら黒から銀に戻せる」
薄紅と金が混じったような私の髪には目立つけれど、黒というだけで地味な感じになる。鍵のかからない寮の部屋は安全とは言い難い。盗難が発生したという話はほぼなくて、何かあれば十年振りの大騒動になる。
とはいえ高価な貴金属をそこら辺に置くのは違う。
贈られたものは銀製品。
貴族の令嬢が日常使いする程度には安価だけれど、庶民には手が届かない程度には高価だ。でも黒化しているから、ある程度目利きができなければわからない。
「ありがとうございます。とても素敵……」
「本当は宝石を贈りたいけど、ここでは持て余すから」
「私は何も用意していないのに」
アカデメイアに不必要な貴重品を持ち込むことに躊躇いがあったのは事実。
それでも婚約が成立したのだから、何か贈り物を考えるべきだったと後悔が残る。
「婿に来ていただく立場なのに……」
「好いた女性に贈り物をするのは男の甲斐性だろう?」
「……!」
そんな甲斐性のある高位貴族の殿方なんて知らない。
いえ、下位貴族の中にも女性を都合の良い道具だと思い込んでいる男性も多かった。
――勇気を出して告白して良かった。
自分を褒めてあげたい気分だ。
「すごく嬉しいです。本当にありがとうございます」
つけてくださいとお願いしたいところだけれど、手を繋ぐ程度でさえ咎められるアカデメイアに居る限り難しく、卒業までお預けだ。
「本当は俺の手でつけたいけど……」
「……!」
同じことを思っていたなんて。
顔が赤くなるのを感じて、ドキドキが膨れ上がる。
そして――
「その顔は……! 駄目だ、思わず口づけをしたくなる」
少し困ったような、照れたような……それでいてすごく甘い笑顔だった。
「実は私も、同じ気持ちで……」
ねだるような自分の言葉に、顔が更に火照った。
「ここは理性でもって我慢を」
「ええ、最短の四年で卒業するために我慢します。でも卒業したら我慢の分だけ二人で一緒に過ごしたいです」
「そうだな、帰りの馬車で二人きりを楽しもう」
いつも誰かの目のある場所ではない、二人の空間。
まだ二年以上先の話だけれど、きっと我慢した分だけ甘やかで濃密な時間に違いない。
来年からはもっと勉強が大変になるけれど、エイレンが側にいてくれるからなんとかなる。
「大好きです」
「俺もだ、愛してる」
そう言うと自分の身体を壁にして、ほんの一瞬だけ唇を重ねた。