作品タイトル不明
03. サークル活動と友人
結局、勉強を教えてくれる学生を探すだけでなく、サークルにも入会した。『戦略的歴史研究会』、通称『戦略史研』は相続によって領主の正統性を問うような件から、局地的な小戦闘の結果、国が滅亡したなんて事まで、戦術や戦略に絡めて歴史を語る会だった。
実家のように国の端っこに近い――カルヴェント子爵家の隣にある男爵領の向こうは隣国である――といった土地柄、随分勉強になりそうだった。
家庭教師は教養学部として履修する自由七科のほぼすべてで教えてもらうことになった。吹けば飛ぶような弱小とはいえ貴族であったから費用を賄える。お陰で勉強は未だ落ちこぼれに近いものの、少しずつ理解できるようになった。寮の友人からは顔色が良くなったと喜ばれ、入学からの短い期間とはいえ、すごく居心地は良い。
――国も身分も違うけれど、みんな良い人で良かった。
寮の全員と友人とまではいかないけれど、学問を修めるという共通の目的がある上に、政治的な足の引っ張り合いがないから上手くいっているのかもしれない。
サークル内では、紹介してくれたエイレンと同い年で数学専攻のアレンという友人のほかに、法学部でそのまま大学で研究を続ける予定の先輩など、医学部以外のすべての学部の学生が参加していた。
「エイレンはイルターニア帝国出身なのね」
「本家はヘルンヴァール辺境伯だよ。俺は当主の甥でね、卒業したら領軍に入る予定なんだ」
「私はロナヴィエル王国出身なのに、ちっとも知らなかったわ。実家はカルヴェント子爵家なの」
知り合って半年たって、ようやく私たちは実家が馬で一日あれば移動できる距離にあると知った。しかも国境を挟んでいるとはいえ近隣の領地として交流のある家だというのに……。
アカデメイアは学問に貴賤無し、学徒に貴賤無しを謳っている。
だから身分がわかる家名は名乗らず名前だけ、もし複数いれば学部だとか出身地を付けて名乗ったり呼んだりするのだ。今みたいに親しくなれば家名を名乗ることもある程度。
――言葉の発音からイルターニア帝国の人なのはわかっていたけれど、想像以上に近い領地だったなんて。
新品のマントを羽織っているし、言葉の端々に貴族らしさがあるから、貴族だろうというのも容易に想像がついた。エイレンも私のことを初見で貴族の令嬢だってわかったみたい。だから家庭教師を雇うことを勧めてくれたのだろう。音楽以外のすべての教科を教わるため先生は二人。それ以外にも試験前はサークル内で先輩に教わった。お陰で最初の試験は余裕とは言わないけれど、及第点より少しばかり良い成績が取れた。
「頑張れば四年で卒業できるかしら?」
「ローザは哲学以外に学ぶ気はないのか?」
「勉強が目的じゃなくて、卒業が目的で入学したから……」
私はアカデメイアに入学した理由と、国内の学校で高位貴族にされた仕打ちなどを披露する。室内にはエイレン以外の人たちも大勢いたけれど、私にとっての醜聞ではないから気にならない。
「それは……」
「いっそのこと男爵家も巻き込んでロナヴィエル王国からイルターニア帝国に鞍替えしちゃえば良いんじゃないか?」
「王権が強いから難しいかしら……」
封建制の色濃く残る国から来た先輩が提案する。
でもロナヴィエル王国は国王の権力も高位貴族の権力も強すぎて、一筋縄ではいかなさそう。
そもそも下位貴族から見た平民よりも、王族から見た下位貴族の方が雑な扱いだ。
私のこともちょっとした戯れに使いやすい人形くらいにしか見ていなかった気がする。玩具にされかけた方からすれば、たまったものではないけれど。
「だったら……どうやってカルヴェント子爵家を円満にイルターニア帝国に編入させるか、過去の事例を洗って検討しようじゃないか」
ニヤリと最年長の先輩が不敵に笑った。
これこそ『戦略的歴史研究会』、通称『戦略史研』の本領を発揮する時だと言わんばかりだった。提案した先輩も賛同した人たちも、ロナヴィエル王国やイルターニア帝国に縁もゆかりもない国の出身だ。与しても旨味はないけれど、困っている後輩に手を貸すことは 吝(やぶさ) かではないのだ。単純に学術的興味があるというのもありそうだけれど。
私が持ち込んだ差し入れ――試験対策の勉強を見てくれたお礼の、蜂蜜とドライフルーツをたっぷり使った一口タルトを頬張りながら、というのが威厳もへったくれもないとはいえ、頼もしい先輩たちだった。
「差し入れを持ってきました」
部屋の入口で声をかけると、砂盤を見ていた数人が荷物持ちに来てくれた。エイレンだけでなく、他の研究会メンバーの分もあるから重いのだ。カッファ用の鍋は、階下で出くわした先輩が持ってくれたけど。
「私が無事、単位を取れたお礼です!」
常勤の家庭教師だけでは足りなかった分を、研究会の先輩たちが見てくれたお陰で、留年の可能性が遠のいた。まったく勉強についていけなかった状態からの大きな一歩だ。
特にエイレンはサークルを紹介してくれたり、家庭教師を頼むきっかけを作ってくれた後のアフターフォローも完璧で、いつも細やかな気配りをしてくれている。周りの学生たちもみんな優しい。
だから少し奮発して食材を選んだ。
十人ほどのお腹を満たすには少々足りないけれど、ちょっと豪華な食材を使ったサンドウィッチと果物や焼き菓子は、バターと砂糖をたっぷり使っている。
カッファ用の蜂蜜は部屋に常備されているから甘味も十分。
「エイレン、食事がありますよ。アレンもどうぞ」
長椅子で寝ている先輩を起こす。朝方まで天体観測をしていた日は、よく仮眠を取っている。もう一人は数学科で徹夜の必要はないのに、気付いたら朝だったと言いながら眠そうな顔をしている。
「朝……じゃないな、おはようロザ」
上体を起こすとカップを受け取る。蜂蜜の入っていないカッファは酷く苦いけれど、起き抜けには良いらしい。飲み終わったら伸びをして立ち上がった。
「美味しそうだ」
エイレンを起こしに行っている間に、持ってきた食器が机に並べられている。チーズや鴨、ハムが乗ったパンに、先輩たちの目が輝いている。
私は一足先に女子寮で食べているけれど、美味しそうではなく実際美味しかった。
「もう少し領地が大きかったら、もっと贅沢なものを用意できるのですが……」
子爵家としては可もなく不可もない税収ではあるけれど、贅沢に何人もの家庭教師をつけられるほどではない。たかが学生とはいえ優秀な人たちで、学業を続けるための収入を欲しているから安売りはしないのだ。
「子爵家の懐事情くらいわかるよ」
「気持ちが嬉しいんだから」
研究会メンバーの言葉はいつも優しい。試験直前の勉強を見てもらったら、本来なら家庭教師代を払って然るべきなのに、こうした差し入れだけで済むこと自体、甘い対応だった。
少ししたら長期休暇に入る。復習と予習を頑張れば、もっと学力が上がるかもしれない。
――頑張らないと。
大変だけれど、身の危険がなく勉強に集中できる環境をありがたく思いながら、どれだけ努力しても足りないと気持ちを引き締めた。
* * *
アカデメイア二年目、研究会の先輩たちは誰一人卒業せず学業を続けていることもあって、年度が変わった実感はあまりなかった。
卒業できるだけの単位を取り終わっても、経済的な余裕があれば満足いくまで残るのが普通らしい。否、余裕がなくても家庭教師などで稼ぎながら残るのだとか。
私のように学歴を目的として入学する方が圧倒的に珍しいらしい。
学力は少しついてきて、睡眠時間を削って勉強する必要はなくなったけれど、相変わらず家庭教師を二人つけてどうにかついていく状況。独学だけで授業についていくのはまだ難しかった。
実家からはカルヴェント子爵家とイルターニア帝国の国境までの間にある男爵家が二つ、我が家の領地に組み込まれたと連絡があった。次期当主不在が理由だ。
相変わらず王都は田舎の下位貴族なんかどうでも良いらしく、領地の再編に興味を示さなかったらしい。
ただイーヴァルとその実家だけが我が家に秋波を送っているとか。
王都での社交シーズンが終わると、寄親の侯爵家が寄子を集めたガーデンパーティを行う。中央にしか注力しない侯爵家の意向なのか、集まりは年々規模が小さくなっている。
それでも寄親が集まれと号令をかければ、寄子たちは行かざるを得ない。足りない食事は、控室に持ち込んだ軽食で誤魔化しているらしい。
昨年は水で薄めた酸っぱいワインが酷く不味かったと手紙にあった。流石に飲めなかった高位貴族の出す酒とは思えないとお父様がぼやいていた。今年はもっと悲惨な結果に終わるのだろうか?
「それで寄親は何も言わなかったんだ?」
「ええ、まともに寄子の対応なんてしていないもの。帳尻さえあえば何も言わないわ。もしかしたら頭数が減った分楽になったと思っているかも……」
「国境防衛を考えたらその通りなんだけど、全然考えていないみたいだね」
実家からの手紙をかいつまんで戦略史研の面々に話したら、意見がいくつか出た。みな呆れを伴っていたのは当然かもしれない。
「元男爵は……?」
「今もそのまま領地を治めていただいているみたい。当主としての手腕が爵位返上の理由ではないもの。元から親しい付き合いをしていたし、立場が変わっても同じように付き合っていくわ。田舎は隣人との付き合いがとても重要なの」
我が家が侯爵家の庇護下から抜けようと考えている最中だった。事情を察して行動を共にしようと声をかけてきたのは元男爵家。事が終わればまた子爵家から独立して男爵家が立つ。爵位を一時的に預かっているだけ。
国替えをする準備は着々と進んでいる。