軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

02. アカデメイア

――頑張って入学したけれど。

入学試験には通った。

でもローザは卒業までやっていけるか、早くも自信がなくなっている。

まだ授業を受け始めて半月も経ってないというのに。

元々、大陸最高峰を誇る学園都市アカデメイアに入学する予定はなかったのだから、当然といえば当然だった。国内の貴族の子女だけが通う学校の卒業レベルよりも、ずっと難しい授業が続くのだ。

終わったばかりの授業も、すごく難しかった。溜息を堪えながら席を立つ。

これから昼食のために寮に戻るけれど、それがすごく苦痛で仕方がない。新入生を勧誘するサークル活動で賑やかな中を歩くのが辛いのだ。

――楽しそうだとは思うけれど。

賑やかな周囲とは真逆の、鬱々とした気持ちでいっぱいだった。

「あっ!」

周囲に気を遣わなさすぎた結果、教室の出口付近で人とぶつかる。不注意であり無作法だ。郷里にいたときには、こんな無様を晒すことはなかったというのに……。

「ごめんなさい……」

「君はもうサークルを決めたの?」

謝罪の言葉に返ってきたのは、全然違うものだった。

朗らかと言えば聞こえは良いけれど、能天気とも取れる声に少しだけ腹が立つ。

――そんな余裕がないことくらい、見ればわかるでしょう!?

声に出さなかっただけ自分を褒めてあげたいと思うほど、ヤサグレていた。見ず知らずの相手に八つ当たりしてはいけないと自制したけれど、でも怒りをぶつけてしまいそうだった。

「いえ、勉強で手いっぱいで……」

「だったら、どこでも良いから入るべきだよ。勉強を教えてくれる先輩たちと知り合う場でもあるから」

「え……?」

意外な言葉に、思わず相手の顔を見る。

人好きのしそうな柔らかな笑みが、金茶色の髪に彩られている。男性にしては長い髪。アカデメイアではよくみかける風貌だ。勉学を優先するあまり身だしなみに手をかけない学生どころか、教職員の中でも割とみかける。

「 アカデメイア(ここ) に入学する学生がみんな授業についていける訳じゃないからね。寮でも教えてくれる先輩はいると思うけれど、足りないなら他所でも教えてもらえば、ってこと。君が思っている以上に、勉強を難しく感じている学生は多くて、先輩たちによる個人学習の機会は多いってことだよ」

「……本当ですか?」

見ず知らずの男子学生相手に弱みをさらけ出すみたいで、それは危険だと母国での短い学園生活で学んでいる。

でもそれ以上に授業についていきたい欲求が勝った。

―― 高位貴族(あのひとたち) みたいに押しつけがましくないし、私の言葉を聞いてくれるし大丈夫よね。多分……。

一抹の不安を覚えながらも、せっかく入学したアカデメイアから早々に退学しなくて済む提案に飛びつくしかなかった。

「詳しく教えていただけるでしょうか?」

「もちろん」

二つ返事をした相手の顔を覗き込むように眺めた。

深い湖のような翠の瞳は穏やかそう。でもアカデミックマントに包まれた身体はがっしりとして、よく鍛えているのがわかる。勉強一辺倒ではなさそうな感じ。

年の頃は自分より一歳か二歳上。アカデメイアに詳しいということは新入生ではなく多分先輩ね。

「話は外のベンチでしようか」

「え……?」

わざわざ移動しなくても、と思う。教室は出入口が開放されているし、大きな窓もある。密室とは言い難い。

「授業の無い教室は人が来ないからね。男女が二人きりは緊張するだろう?」

紳士的な提案だった。

世慣れた男性なら、こうやって女性の警戒心を抑え込む典型だと思う反面、母国の男子生徒の強引さを考えると、案外悪い人ではなさそうだと感じた。

「俺はエイレン、入学二年目、天文学部だ」

「私はローザ、見ての通り新入生よ」

私たちはサークル勧誘の人たちから少しばかり離れたベンチに座った。人目にはつくけど、喧騒からは離れているから落ち着いて話せるちょうど良い塩梅の場所に、エイレンの気遣いを感じる。

「学生寮付きの 指導学生(チューター) だけでは足りてないんじゃないか?」

「ええ、一人占めするくらいでないと難しくて……」

寮には専門の違う指導学生が三人いる。一人は同じ寮に住む女子学生で、残り二人は男子学生だ。決まった時間に食堂隣の待機室にいて、わからないところを聞きに行く。

「元々アカデメイアに入学する予定はなかったから、全然勉強が足りてないの」

今の説明で訳アリだと思われただろうかと少し心配になる。厄介な学生の相談を引き受けたと思われないと良いけれど……。

「そういうことなら自由七科全部を教えられる学生か、数学部と法学部の二人から教わるのがオススメだな。学費に困っている学生なら、喜んで家庭教師を引き受けるよ」

心配事にはスルーだった。

その気遣いに少しだけほっとする反面、意外な気持ちになった。

「学費を稼ぐために家庭教師を? 学生なのに?」

「そう、学生と言っても出身階級は様々だし、実家の太さも違う。そもそも一度社会に出た後、またここに戻ってくる学生もいるから、年齢だって全然違う。十歳で入学する子供から、三十代、四十代で入学する学生もいるだろう?」

確かに教室には、一目で私より年上だとか年下だとかわかる学生もいる。母国ではほぼ一律に決められた年齢で入学していたから、初めて教室に入ったときは驚いた。

「寮費は貴族階級出身が負担してるけど、それだけでは足りないからね。ペンやインクは自前のものだし、アカデミックマントだって毎日着ていれば擦り切れる。どうしたって金は必要になるんだ」

確かに平民階級の学生のために、食事代を含む寮費は貴族階級の寮生が負担している。代わりに盛装が必要なときは侍女の代わりに着付けを手伝ってくれるらしい。ほかにも作法を学びたいときは、侍女として貴族階級の学生に付くこともあるとか。

まだ入学して日が浅いから、そういった事は経験していないけれど話だけは聞いている。

「数学部と法学部なら俺の入ってるサークルにいるから、そこで紹介してもらうと良いよ。別にサークルに入会を考えなくて大丈夫、今の時期は見学する新入生も多いし、君みたいに家庭教師を依頼するために訪れる学生も多い。ちなみに弁証や修辞のサークルもあるけど、法学部の学生に偏ってるから勉強を教わる目的ならお薦めしない」

なるほど、サークルによって入る学生が違うのか……って数学に弁証は必要なさそうだから、納得なのかしら?

移動しながら色々とエイレンに教わっているうちに、サークルで使っているという部屋に着いた。

「ようこそ『戦略的歴史研究会』へ!」

そう言いながらエイレンがドアを開けると、十人くらいの学生が一斉にこちらを見た。

「エイレン、入会希望者か?」

室内で一番年長そうな男子学生に声をかけられる。

「いや家庭教師を探してるんだ」

「そうか……残念だが、まあ自分と相性の良さそうなのに頼むと良いよ」

よくあることなのか、入会希望ではないと紹介されても落胆される気配はなかった。

「それで何を教わりたいんだ?」

「全部です……。全然、授業についていけなくて。でも我が家は貴族とはいえ子爵でさほどゆとりがないから、全教科頼めませんし」

「そういうことなら数学と法学の学生が良さそうだな」

エイレンと同じことを言った後で何人かの学生の名を呼んだ。全員が既に家庭教師のアルバイトとして生活費を稼いでいて、週の半分くらいは予定が埋まっている。ほかの学生に教えてばかりいて、自分の勉強はどうするのだろうと疑問が湧く。

でも私の理解が及ばないほど優秀な学生が多そうだから、きっと目の前にいる彼らも同類なのかもしれない。

最終的に算術と幾何学はサークル所属の上級生、天文学はエイレンに教わることに、修辞学や倫理学は同じ寮の法学を専攻している上級生に教わることになった。「いつも笑顔だったから大丈夫だと思っていたけど、全然余裕がないのに気づいてあげられなくてごめんね」なんて謝られてしまった。人を頼ることをしなかっただけなのに……。