軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

01. 退学

「ローザ、さあ鞄をこちらに寄越して」

令嬢が百人いれば九十九人は見惚れてぼぅっとなるような、王子様スマイルを浮かべながら声をかけてくるのは、この国の第二王子だ。馬車留めではなく校舎に入ったすぐのところで、待ち伏せるようにいるのは毎朝の日課になっている。

残念ながら私は百人中の、たった一人の例外だ。

正直なところ、毎朝のこの日課がたまらないほど嫌。

そもそも親しくなっていないどころか、初対面で私の名――ロザリーナ――をローザと愛称で呼ぶほど馴れ馴れしいのも嫌。いくら貴い身分とはいえ、名ではなくカルヴェントと家名で呼ぶのが正しい。

入学式の翌日、偶然近くを通りがかったときだった。

「お前を俺の側付にしてやろう」

ニヤリと厭らしい笑みを浮かべた第二王子に指名されたのは。

当然だけれどお断りした。「恐れ多いです」と。「まだ至らぬ身では自分の勉学だけで手いっぱいで誰かに仕えることができそうにありません」と言えば、それ以上の追及はないはずだった。

しかし今度は学友として付きまとわれる羽目になったのだ。

溜息を押しとどめながら、憂鬱な気分を困惑顔で誤魔化す。

最初は殿下とその側近候補という名のオトモダチ二人も一緒だったから、一人きりで待つのはこれでも譲歩らしい。

「殿下、毎日申し上げているように、子爵令嬢如きに恐れ多いことでございます」

正直言うと迷惑極まりないのだけれど、下位貴族の立場では恐れ多くも王族に意見などできもしない。実家のカルヴェント子爵家は、吹けば飛ぶような小貴族なのだ。

「私と君の仲なのだから、遠慮することはない」

「遠慮ではございません。他者から誤解を受けるような真似を、したくないだけでございます」

二人の関係なんてただの王族と臣下でしかない。

王子のフレンドリー過ぎる態度が周囲に誤解を招く程度の、希薄なものであると遠回しに告げても気付かない鈍感さ。

私が学院に入るまで、一度として交流なんてなかった。もっとも田舎の子爵令嬢と王族なんて住む世界が違い過ぎるから、顔を合わせる機会は学院ですれ違うとか同じ教室で学ぶことでもなければ、あり得ないほど遠い存在。

何よりも殿下には国王陛下がお決めになった婚約者がいる。王子というだけで恐れ多いのに、婚約者のいる殿方と親しくなるなんて悪手でしかない。

――これが持てる者の鈍感さなのかしら?

周囲が王子の胸中を察して先回りするのが当たり前の日常だからこそ「相手を慮る」という人付き合いに一番大切なことができないのかもしれない。

王子の側近たちも、私が王子の意に沿い従うのが当然であり、求められるのは栄誉だと信じ込んでいるようだった。

だから引こうとする私の態度が理解できないでいる。

「殿下を従僕のように扱うのは、人目が気になって憚られるのです。お察しくださいませ」

仲良くないから……もっと言えば仲を深める気がないから構ってくれるなと、彼我の身分差に相応しい言い方で断った。

王子が気にしなくても、こちらは気にするんだと。

――嬉しいどころか迷惑に感じてるなんて、気付かないんだろうけれど。

溜息を我慢しつつ、困り顔のまま表情を固定した。

「言う方が悪いのだ」

「ではわたくしが一番の悪ですわね、他人の目を気にし過ぎるのも、わたくしが狭量で小心だから……」

「そんなつもりで言ったのではない!」

少し顔を伏せながら言うだけで、殿下は焦ったように声を荒げる。

――チョロいわ、王子……。

「わたくし田舎から出てきたばかりですから、目立たずのんびりと学院生活を送りたいのです。同じような家庭環境で育った同性のお友達が欲しい、背景が同じだからこそ判る話を楽しみたい、それは叶わぬ願いなのでしょうか?」

「そんなことはない!」

寂しげに問うと、間髪容れずに否定するけれど、どの口が言うのかしら? 諸悪の根源の癖に……。

「友人なら僕たちがいるじゃないか! なんでそんな悲しい目をするのだ!!」

同じような背景を持つ友人って言ったのは丸ごと抜け落ちた。同性の友人という言葉も。目立ちたくないというのだって無視だ。

結局のところ、やんごとなきお方というのは、下々が言われずとも意を汲み取り煩わせないものなのだろうと思う。

真逆の要望を口にした私に非があるのであって、聞く必要がない戯言なのだろう、きっと。

「僕が君を守るよ」

ふわりと王子様スマイルを決めた殿下が、両手で私の手をそっと握りしめる。

「ありがとうございます……」

手を振り払いたいのをぐっと堪えて、力なくされるがままになった。「くたばってくださらないかしら」と心の中で思いながら。

――学院入学する前の悩みは、顔を合わせる度に不愉快な言動を取る幼馴染と、毎日顔を合わせることくらいだったのに。

三男で継ぐ爵位がないからと、跡取り娘の私に強引な真似ばかりする、性格が悪く嫌な態度ばかりの勘違い馬鹿。

それが蓋を開ければ、幼馴染よりも凶悪な王子が待ち受けていた。

私の人生、受難続きねなんて、齢十五で思いたくはなかった。本当に……。

一人きりになってようやく、大きく溜息をついた。

玄関を入ったばかりだった。

高い吹き抜けと天井装飾が優雅だけど、上から狙われるには怖い場所だった。

そして案の定、大きな水差しが降ってきた。

令嬢であれば一人では持ち抱えられないほどの大きさ。

水が満たされていたらしく、無数の水の塊が見て取れた。

――避けるのは楽勝になったけれど。

当たれば死にそうなほど危険な代物とはいえ、避けるのは簡単だった。

ただし広範囲に広がった水まではむりだったけれど。

第二王子に目をつけられた一か月後――

私は絶賛、虐めの渦中に居る。

当然過ぎる結果なのだけど。

誰だって自分の婚約者が、自分以外の異性を侍らせていたら腹が立つのだから、ある意味仕方がない。

とはいえ侍らされる立場が嫌がり逃げようとしているのだから、虐めたところで溜飲が下がる以外の何物でもない。

――本当になんとかしたいなら、婚約者の方を何とかするべきなのに。

なんて正論を言ったところで、聞く耳は持っていらっしゃらないけれど。

第二王子が自分の欲望だけを優先させるように、婚約者の彼女たちもまた、下位貴族の私は八つ当たり可能な都合の良い存在でしかない。

「相変わらず薄汚い恰好ですのね」

嘲(あざけ) りと侮蔑を込めて話しかけてきたのは、第二王子の婚約者の お友達(とりまき) 。

確かに私は薄汚いというより、はっきり言って汚い。全身ずぶ濡れなのだから当然だ。最近は校舎の近くを歩かないように気を付けていたのだけど――何が降ってくるか分からなくて危険なのだ。

「死ぬよりはマシだと割り切っていますわ。二人がかりで持ち上げるような花瓶だとか、大きな石だとかがよく降ってくるのですも。頭に当たるよりは転んだ方がマシなんです」

心からの本音だった。

身の程知らずの心を折りに来るだけなら、まだ子供の悪戯で済ませられる。

だけど死んでもいいと思って何度も仕掛けてくるのは別の話。

もしかしたら思惑を持つ別々の人たちによる単独行動が重なった可能性もあるけれど。

どちらにせよ、直撃したら死ぬような物が何度も頭の上から降ってきたら、退学くらいしか助かる道は無い気がしている。

「まあ、田舎者は物を知らない所為か大袈裟ですわ!」

「最初は四階の廊下に飾られていた花瓶、二度目は人の頭ほどの大きさの石、三度目は外された三階の窓、当たれば死ぬ可能性のあるものばかりを大袈裟とおっしゃいますのね。さすが高位貴族の方々は下位貴族と違ってご苦労なさっていますわ」

「自業自得ではなくて?」

「なるほど、私は死んで当たり前の人間なんですね……事故死なんてよくある話、私がその中の一人になっても別段驚く話ではないという訳ですか」

初めて命の危険を感じた時、あまりに周囲が平然としているから調べてみた。

そして……愕然とした。学院の事故死した生徒数を知って。

結果は五、六年に一人の割合で死亡者が出ていた。怪我人に至ってはその数倍。中には本当の事故もあったと思う。

でも――

私みたいな権力者にとって不都合のある生徒を、殺している人間がいてもおかしくない人数だった。

今も目の前の令嬢たちは「死」という単語に 慄(おのの) くこともなく、当たり前のように聞き流している。日常に溢れている出来事だからなのか、殺そうとしている当事者だからなのかは判らない。

「私には分不相応な場所だったみたいですね……」

「判ればいいのよ、判れば」

高位貴族の令嬢たちが見せる嫣然とした笑い。

否定しなかった彼女たちは、事故として処理された一連の出来事の一回くらいは関わっているのかもしれなかった。教師たちも慣れたもので、怪我は私の不注意として、身の危険を訴えたら逆に説教された。曰く「不注意が過ぎる」と。

どうやったら第三者行為が不注意になるんだろう? 悪意をもって落とされる、当たれば致命傷になりうるようなもので怪我をするのが。

――もう無理。

命を賭してまで、通う価値が学院にあるのかしら?

諦めてしまっても良いのではない?

家を継ぐには学院卒業は必須。

でも別に国内でなくてもかまわない。

後継者の急逝によって他国から親戚を迎えることもあれば、留学によって国外の学校を卒業した貴族もいるのだから。

だから私も……別の、第二王子とその婚約者がいない国に行って卒業すれば良い。

もちろん同様の好ましからぬ学友がいない学校。

少しどころではなく実家に負担をかけてしまうけれど、でもここは甘えてしまうところと思わなくては。

――私が死んで後継者を親族から選ぶよりはマシなはず。

そう逡巡しながら、教育機関のある国と学校を数えた。

選択肢は片手で足りる。

実際的な選択肢は減るだろうけど。

――なんとかなりそう。

希望の光が見えたところで、気持ちが落ち着いた。

――くしゅん

濡れたまま、というのはいくら暑い季節でも身体が冷える。

「あら? 愚か者でも風邪を引くのね」

「下賎な者の病気が 感染(うつ) りますわ」

唐突なくしゃみに、令嬢たちは嘲笑うような声を残して去って行った。

――風邪を引きそう。でも話を途切れさせられたのは助かったかも。

でなければネチネチと半刻は嫌味を言われ続けるのだから。まあ私も言い返すけど。

――はあぁぁぁっ……!

腹が立つ!!

責任ある立場にもかかわらず身分的に拒否できない異性にちょっかいをかける王子も、追従する側近候補も、それを諫めることをせず相手側――状況的に被害者を虐める婚約者たちにも。

でもそんな生活ももう終わる。

お父様から学院を退学しても良いと許可を得たから。

一人娘の私は将来、爵位を継いでこの国の貴族になるけど、別に王都に行く必要もない田舎の小貴族。退学してしまえば王子にもその婚約者たちとも会う必要はない。

入学前は学院で婚約者を見つけようと思っていたけど、入学早々、第二王子に目をつけられてしまったから諦めた。

だけど結婚相手がいない訳ではない、親戚の中から適当に見繕っても良いのだし、他国の貴族の子息の中から探しても良い。退学して時間だけは余る状況になるのだから、ゆっくり勉強と婿探しができる。

それに――

隣国という制限さえかけなければ、この国の学院卒業程度の学歴を得られる国はほかにもあった。

私が当主になる道を諦めない方法なんて、まだ残っている。

「――ところでいつまでそうしているおつもりですか?」

振り向きもせずに声をかけると、背面の木陰から葉の擦れる音と草を踏みしめる音がする。

「想像以上に薄情な方でしたのね」

「一人で対処できたんだから、僕なんて必要なかったじゃないか」

姿を現したイーヴァルの悪びれない態度に、イラッとしても仕方がないと思う。幼馴染に対しての気遣いがまるでない。

「だから入学前に言ったじゃないか。君は学院に通う必要がない。僕を婚約者にすれば済むって。今更だけどね」

家を乗っ取る、というのを『婚約者』と綺麗な表現にしているだけで、相変わらずの屑っぷりだった。

私が学院に通わないことで自動的に家を継げなくする。代替わりした我が家はイーヴァルのものとなる。その後、私を離縁して追い出しても問題ないって寸法。

昔っから「婚約しろ」と迫ってきたり、親戚の男の子と話すのを邪魔したりやりたい放題だった。

でもイーヴァルは寄親が同じなのと領地が隣り合うだけの男爵家の三男というだけ。当然だけど、カルヴェント子爵家を継げるような血縁はない。

継げる家も爵位もなく、王宮に出仕したところで出世に繋がるコネも才覚もない。

たまたま、本当に偶然にも娘が跡取りの貴族家が同じ地方にあるから狙った不埒者。私だけでなく我が家の誰もが歓迎せず、何度も苦情を入れているにも拘わらず舐めた態度を変えないので、家ごと嫌っている。

「イーヴァルとなんか結婚しないって何度言ったら分かるの? それに私が後を継がなかったら、親戚から養子をもらう算段はついているのよ。うちには従兄弟が何人もいるんだから、わざわざ親戚でもないイーヴァルに爵位が回る筈ないじゃない」

「そんなことを言ってていいのかな? 殿下は君との仲を取り持てば、子爵家を継がせてやるって約束してるんだぞ。愛妾として召し上げられてから、実家を頼れなくなったら困るだろう?」

ニヤニヤ笑いながら言う内容に吐き気がした。

「下種ね! 最低っ!!」

吐き気がするほど酷い取引内容に、私は踵を返すと走ってその場を後にする。淑女にあるまじき行為と謗られてもしかたがないけど、どうしても我慢できなかったのだ。