軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アースボアの角煮と鑑定の謎

森での食材採集から一夜明けた朝、リーナは「アンナの食卓」の厨房に立っていた。目の前のまな板には、昨日持ち帰ったアースボアの肉塊が並んでいる。

今扱っているのは、質の良いもも肉。拳ほどの大きさの塊がいくつもあり、鮮やかな赤身の中に白い筋がうっすらと走っている。

一つを手に取ってみると、ずっしりとした重みが手のひらに伝わった。表面はきめが細かく、だが筋繊維は明らかに太くて硬い。普通に焼いたくらいでは、きっと噛み切れないだろう。

「でも、この肉なら……」

リーナが肉に目を凝らすと、視界に薄っすらと文字が浮かび上がった。

『アースボア』

『部位:もも肉』

『品質:上級』

『特性:筋繊維が太く硬質だが、長時間煮込みによってとろけるような食感に変化する』

「……角煮、だよね」

祖母の店で何度も作った、あの味を思い出す。豚ではない魔物の肉でも、基本の工程はきっと同じはず。

リーナはまず、大きな肉塊を包丁で三センチ幅ほどに切り分けていった。太い筋に刃が引っかかるたび、指に力を込めて押し切る。そのままでは獣臭が強いため、たっぷりの湯を沸かし、肉とシロネギの青い部分、皮付きのまま薄くスライスした生姜を加えて下茹でする。

ほどなくアクが浮き上がってきた。丁寧にすくい取りながら、コトコトと火を弱める。しばらくゆでたところで、肉をざるにあげて流水で洗い、ぬめりと脂を落とした。

「よし、ここから本番だ」

別の鍋に、下茹でした肉と、 醤(ジャン) ・砂糖・酒・水を合わせて注ぐ。ほのかに香ばしい発酵の香りが、調理場に立ちのぼる。

火加減は中火。ひと煮立ちさせてから蓋をして、ごく弱火にする。煮立たせずにじっくり――それが、角煮をとろけさせるコツだ。

「焦らず、ゆっくり……ね」

鍋の中で静かに揺れる肉の塊。時間をかければかけるほど、筋がほどけて、うま味が染み込んでいく。

昼の営業時間になると、ジュードたちが訪れた。

「よう、リーナ!今日は何かうまいもんあるか?」

ガレスが元気よく店に入ってくる。続いてジュード、シリル、アデライン、ルークも揃って席についた。

「いらっしゃいませ。今日は定食をご用意していますが……実は、ちょっと特別な料理を仕込み中なんです」

「特別?」

「昨日のアースボアの肉、煮込んでみてるんです」

「煮込むって……あの筋だらけの肉をですか?見ただけで分かります。歯が立ちませんよ」

「噛めたもんじゃねぇだろ、あんなの」

シリルが眉を上げ、ガレスは呆れたように首を振った。

「ちゃんと手順を踏んで、時間をかければ、とろけるような角煮という料理になるはずです」

リーナの自信に満ちた表情に、騎士たちは目を見合わせた。

「そういえばさ」

ジュードが思い出したように言う。

「リーナって、魔物の肉とか、山の食材とか、やたら詳しいよな。前に拾ったきのこだって、調理法とかまでピタッと言い当ててたし」

「僕も気になってました」

「鑑定ですよね?」

「……あ、はい。食材限定ですが、鑑定ができます」

「俺も鑑定使えるけどな」ガレスが手を挙げる。

「でもアースボアの肉見ても、ただの『アースボアの肉』って出るだけだぞ」

「私のも似たようなもの~、せいぜい価値の目安くらい?」

「僕の鑑定でも、『アースボアの肉』としか表示されません。それ以上の詳細は……」

「え? 本当にそれだけ?」

「リーナさんには、どう見えているんですか?」

シリルが身を乗り出した。リーナは厨房から肉の端切れを一切れ持ってきて、手のひらに載せる。そして表示され

た内容を説明した。

「『品質:上級』『調理時間:長め』『特性:長時間煮込むことで柔らかくなる』……って感じで、具体的な調理法まで出るんです」

「マジで……?」

「すげぇな、それ。まるでレシピみたいじゃん」

ジュードが感心したように口を開く。

「そ、それって、すごい特別な鑑定じゃ……」

ルークが真剣な顔で唸るが、リーナの内心はざわついた。

(やっぱり……私の鑑定って、普通じゃない? でも、なぜ食材だけ? 物とか武器には何も出ないのに……)

「ま、何でもいいじゃん! うまいもんが食えるならそれで十分だろ」

ジュードの言葉に、リーナの胸がふっと軽くなった。

(そうだよね。誰かを喜ばせられるなら、それが一番)

昼過ぎ、鍋の蓋をそっと開けると、甘く香ばしい香りが立ちのぼった。とろみのついた煮汁がゆらゆらと揺れ、肉の表面は琥珀色の艶を帯びている。ナイフを軽く押し当てると、抵抗もなくするりと通った。

「うん、もう少し……」

リーナは大根と人参を切って鍋に加えた。

大根は、火を通すと甘みが増して煮物にぴったりの根菜だ。人参のやさしい甘さも合わされば、角煮全体の味わいがより深くなる。

火加減はそのまま、さらにじっくりと煮て、野菜にも味をしみ込ませていく。

煮汁は時間をかけて煮詰まり、深い甘みを含むようになった。厨房いっぱいに芳醇な香りが広がり、静かな火加減でとろとろと煮え続ける角煮の鍋からは、まさに至福の香りが漂っている。

――しばらくして。

「よし、完成」

鍋の中には、艶やかに照り光る肉と、出汁の色に染まった野菜たち。煮汁はとろみを増し、まるで蜜のように肉に絡んでいる。

夕方、ジュードたちがふたたび集まった。

「リーナ、来たぞー!」

「例の煮込み、できたのかしら~?」

「お待たせしました。アースボアの角煮、完成です!」

大皿に盛られた肉は、ほろりと崩れそうなほどやわらかそうで、煮汁がきらきらと光を反射している。そのまわりには、大根と人参が彩りを添え、湯気の中に甘辛い香りが漂っていた。

「おお……これは期待できそうだな」

ガレスがフォークを手に取り、一切れを口へ運ぶ。そして――

「うっまあああああっ!!」

叫びにも似た声を上げ、目を見開いた。

「なんだこれ……噛んだ瞬間、ほろっと崩れて、口の中で溶ける……!」

「ほんと~?」とアデラインもフォークを伸ばす。

「……うわ、これ、すごいわ。柔らかいだけじゃなくて、味の深みがすごい」

「調味料の香ばしさと、肉の旨味が見事に溶け合ってる……まるで高級料理ですね」

シリルが驚いたように呟く。

「煮汁もすっごく美味しいです!野菜にまで味がしみてて……」。

「このニンジンも甘くてとろける~」

皿を囲んだ一同は、言葉も忘れて夢中でフォークを動かしていた。静かだった店内は、あっという間に喜びと驚きの声で満たされる。

「捨てられてた肉が、こんなになるなんてな……料理って、すげぇよ。魔物の肉でも、こんなに化けるんだな」

「それも、リーナさんの鑑定があったからですよ。普通だったら、こんな調理法、まず思いつきません」

リーナは少し戸惑いながらも、皆の笑顔に頬がゆるんだ。

(この力……やっぱり特別なのかもしれない。でも、どうして私だけ? なぜ食材だけ?)

ふと、アンナがそっと声をかけてくる。

「リーナちゃん、どうしたの? 元気がないみたいだけど」

「あ……いえ。ちょっと考え事をしていただけで」

「理由はなんであれ、美味しい料理をありがとうね。みんな、すごく幸せそうじゃない」

「はい。そうですね」

その夜、リーナは自室で窓辺に腰を下ろし、今日のことを振り返っていた。

アースボアの角煮は大成功だった。硬くて食べられないと思われていた肉が、時間をかけた調理で絶品料理に変わった。そして、自分の鑑定能力についても、少し理解が深まった。他の人より詳しい情報が見える。でも、なぜなのかは分からない。

(きっと、これから少しずつ分かってくるのかもしれない)

窓の外に広がる街の夜景を見つめながら、リーナは心に誓った。

この不思議な力も、前世の記憶も、すべては美味しい料理を作るため。みんなの笑顔のために使おう。

フェングリフの唐揚げから始まって、出汁、蒸し料理、そして今日の角煮。まだまだ作ってみたい料理がたくさんある。

醤(ジャン) ベースの煮物、山菜の天ぷら、きのこ料理、魚の煮付け……

「料理の可能性は……無限大、かもね」

リーナは小さく呟いて、明日への期待を胸に抱きながら、静かに眠りについた。