軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レシピ公開と新たな挑戦

「申し訳ございません、今日も満席で……」

リーナは店の前に並ぶお客たちに頭を下げた。入り口にはいつものように人だかりができている。

「また明日来るよ。リーナちゃんの料理が食べたくてな」

大工のトムが肩を落としつつも、優しく笑って手を振る。

「ったく、胃袋がリーナちゃんの味に慣れちまったせいで、家の飯が味気なく感じんのよ」

常連のハンスも苦笑まじりに言って、のそのそと帰っていった。最近、こんな光景が日常になりつつある。

「リーナちゃん、申し訳ないねぇ」

アンナが心配そうにリーナを見つめる。小さな店では、とてもみんなの期待に応えきれない。

魔物料理の評判が広まれば広まるほど、入れない人が増えてしまっていた。

「いえ、嬉しい悲鳴ですよ」

そう言って笑ってみせたものの、リーナは常連に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

夜の営業が始まると、店にはおなじみの顔ぶれがそろう。この時間帯は、騎士団のいつもの人たちと近所の者だけに開かれた特別な席になっている。昼間は剣を振るい、夜はこの店で疲れを癒やしていく彼らに、リーナは温かい料理を出したいと思っていた。

今夜のメニューは、アースボアの赤ワイン煮込み。大きな鍋でことこと煮込まれた肉から立ち上る湯気が、香味野菜の甘い香りを運んでくる。スプーンでそっと押すだけで、ほろほろと崩れるほど柔らかく仕上がった。

「……この煮込み、たまんねぇな……」

ガレスが皿をじっと見つめながら、うっとりとつぶやく。フォークで肉を持ち上げると、とろりとした煮汁がした

たり落ちる。

「やだもう、煮込み料理って最高よねぇ! お肉がとろっとろで、歯いらないんじゃない?」

アデラインが目を細めて、フォークですくった肉を口に運ぶ。噛むたびに濃厚な旨味が口の中に広がって、満足そうなため息を漏らす。

「……前の角煮も美味かったけど、こっちはまた違うな」

ジュードが一口噛みしめながら、うなずくように言った。

「赤ワインで煮ると、香りとコクが深まるんです。お肉も味が染みやすくなるので、角煮とはまた違った仕上がりになりますよ」

リーナの説明に、みんながうなずきながらスプーンを進めた。そのとき、トムがコップを置きながらぽつりとつぶやく。

「なあ、リーナちゃん。最近、入れねぇ客、多いだろう」

「……はい。せっかく来てくださったのに、お断りしなきゃいけないのが、心苦しくて」

「今日な、市場で小さい子に声かけられたんだ。『またリーナちゃんのお店、入れなかった……』って。親御さんも

困ってたよ」

「…………」

リーナは何も言えなかった。トムは軽く息を吐いて、続ける。

「そういうの見るとさ、リーナちゃんの料理、もっと広まってほしいって思っちまうんだよ」

そして、まっすぐにリーナを見て言った。

「だからよ、レシピを教えちまったらどうだ?」

一瞬、取り分け用のスプーンを持つリーナの手が止まる。店内が静まり返った。

「レシピを……?」

「そうじゃよ、リーナちゃん。みんなが家でも作れたら、それだけ幸せが広がるってもんじゃ」

マルクが温かくうなずいて、手をぽんと叩く。

「でも、それって……」

リーナは戸惑った。商売的にはどうなのか。レシピを公開したら、店の価値が下がってしまうのではないか。

「リーナ」

ジュードが、珍しく真剣な顔で口を開いた。

「俺は、すごくいいと思う。リーナの料理が広まれば、この街全体が間違いなく豊かになる」

「そうそう!リーナの料理、私たちだけが独り占めなんてもったいないわ!」

アデラインも嬉しそうに手を振りながら賛成する。前世では、小料理屋を営んでいた祖母のそばで育った。いつか一緒に店に立ちたい、自分の料理でお客さんを笑顔にしたい。それが彼女の小さな夢だった。けれどレシピを公開することで、誰かの食卓にまで笑顔を届けられるなら、それ以上に素敵なことはないかもしれない。

「分かりました。やってみましょう」

翌日の昼営業後、リーナはカウンターに材料を並べて、店の常連たちに声をかけた。

「今日は、皆さんに料理のレシピをご紹介しようと思います」

トムやベラ、アンナたちが興味深そうに集まってくる。リーナはまず、乾燥させたツチタケとウミクサを手に取って見せた。

「これは出汁に使います。一晩水に浸けておくだけで、旨味たっぷりの黄金色のスープを取ることができます」

大きな鉢に水を張り、きのこと海藻をそっと沈める。水面に広がる薄い琥珀色を見て、驚きの声が上がった。

「ほんとにそれだけでいいのかい?」

「もちろん、火にかけても美味しいです。弱火でゆっくり煮出せば、香りもぐっと引き立ちます」

実際に鍋に火をつけると、ふつふつと小さな泡が踊り始める。やがて、きのこの香ばしさと海藻の磯の香りが混じり合った、食欲をそそる匂いが立ち上った。

「わー、すごくいい匂い! これはすぐ真似したくなるわ」

ベラが身を乗り出して、深く息を吸い込む。

「そして、出汁を取った後の具材も捨てません。ツチタケは細かく刻んで炒め物に、ウミクサは煮物に使えます」

「無駄がないのがいいわねぇ」

アンナも感心したようにうなずいた。続いて、リーナは卵を割り入れたボウルを取り出す。

「次は、卵と油と酢と塩で作る、魔法みたいな調味料です」

卵、酢、塩をよくかき混ぜ、少しずつ油を垂らしていく。

「ここがちょっと難しいところです。勢いよく混ぜすぎると分離しちゃうから、ゆっくり、丁寧に……」

リーナは少し手を止めて深呼吸した。

「焦らない、焦らない……」

再び、ゆっくりと混ぜ続けると、さらさらだった液体が徐々に白く濁り始める。油と卵が一体となって、とろりと

艶のあるクリーム状に変わっていく様子に、みんなが息を呑んで見入った。

「なにこれ……卵がこんな風になるなんて……!」

「ほんとに魔法みたいね!」

ベラやアンナが目を丸くして見守る中、リーナはスプーンですくってみせた。白くて滑らかな調味料が、とろりとスプーンから垂れる。

「これが『マヨネーズ』です」

リーナは心の中で前世の記憶を思い出す。確か、マヨネーズはスペインが発祥だったかな。

「野菜につけて食べると、すごくおいしいんですよ」

切った人参とトマトを皿に盛り、マヨネーズを少しつけて差し出す。野菜の鮮やかな色に白いマヨネーズが映えて、見た目にも美味しそうだった。ベラが恐る恐る口に運ぶ。

「……うっま! なにこれ、野菜がごちそうになってるわ!」

「これなら野菜嫌いな子どもでも食べられそうだわ」

「ちなみに、卵黄だけで作るともっと濃厚になるけど、全卵なら無駄もないし、失敗しにくいです」

「リーナちゃん、さすが無駄をしないのね」

アンナがうれしそうにうなずいた。さらにリーナは、細かく刻んだシロネギを用意する。

「今度はネギダレを作りますね」

シロネギの白い部分と緑の部分を分けて刻み、ボウルに入れる。そこに 醤(ジャン) をじゅわっと注ぐと、ねぎの香りがぱっと立ち上った。出汁と香味油を加えてかき混ぜると、ねぎの辛味と醤の香ばしさが合わさった、食欲をそそるタレが完成した。

「これは肉料理によく合います。アースボアの角煮にかけても美味しいですよ」

試しに昨日の煮込みの残りにかけて味見してもらうと、トムが目を見開いた。

「うっわ、これ肉が止まらんやつだわ……」

「それから、これも」

最後に、オリーブオイルにローズマリーの葉を漬け込んだハーブオイルを紹介した。透明なオイルにローズマリーの香りがふわりと移って、淡く緑がかった黄金色のオイルになっている。

「パンや焼き魚にも合います。香りが食欲をそそるんです」

一通り紹介し終えたあと、リーナは少し緊張しながら口を開いた。

「それで……レシピの値段についてですが」

皆が息をのむ中、リーナは言った。

「家庭で使う場合は銅貨一枚。お店で使う場合は銀貨一枚。……判別は、自己申告制にしようかと思います」

「自己申告って……大丈夫なのかい?」

「私は、この街の人たちを信じたいです。料理の喜びを、もっと広めたいから」

その言葉に、アンナがうるんだ目でうなずく。

「リーナちゃん……ほんと、いい子……」

「俺が最初の客だ!家庭用で銅貨一枚、レシピ全部な!」

「私も!」

「うちもお願い!」

次々と手が挙がり、リーナは笑顔で頷いた。

その日の夕方から、続々とお客がレシピを求めてやってきた。説明を聞きながら、みんな目を輝かせている。

「本当に水につけるだけでいいの?」

「ええ、一晩つけておけば美味しい出汁になります」

「マヨネーズって言うのね。覚えたわ」

「卵がこんな風になるなんて、魔法みたい」

嬉しそうに帰っていく客たちを見送りながら、リーナの心は温かい気持ちでいっぱいになった。

窓の外には夕日が差し込み、街の家々にも明かりが灯り始めている。きっと今頃、どこかの家庭では新しいレシピに挑戦している人もいるだろう。

「これで、もっとたくさんの食卓が明るくなりますように」

リーナは、心の中でそっと願った。