軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

騎士団長とプリン

「リーナちゃん、助けて!マヨネーズがドロドロになっちゃったの!」

朝いちばん、市場のベラが慌てた様子で店に飛び込んできた。手には、白く分離した液体が入った容器。

「わっ、これは……分離しちゃってますね」

中を覗くと、油と卵がきれいに分かれてしまっている。

「急いで混ぜすぎちゃったのよ。もうダメかしら?」

「いえ、大丈夫ですよ。新しい卵黄を少し足して、ゆっくり混ぜ直せば、ちゃんと戻ります」

「卵黄だけ?」

「はい。全卵でもできなくはないんですけど、黄身だけのほうがうまくいきやすいんです」

「なるほどねぇ……じゃあ、黄身だけでやってみる!」

リーナは手本を見せながら、分離したマヨネーズに卵黄を加え、少しずつ丁寧に混ぜていく。すると、ゆっくりと、とろりとしたクリーム状のマヨネーズが復活した。

「すごい……ほんとに戻った!ありがとう、リーナちゃん!」

「次は、慌てずに混ぜれば大丈夫ですよ」

ベラは「気をつけるわ!」と元気に手を振って帰っていった。

* * *

ほっと一息ついたのも束の間、今度はパン屋のソフィアがやってきた。

「リーナちゃん、ちょっと聞いて!今朝作ったスープが、どうにも味気ないのよ」

どうやら、出汁の旨みが足りなかったらしい。

「ツチタケとウミクサの量、少なめにしませんでした?」

「うっ……やっぱり分かる?」

「水の量に対して、これくらいの分量が必要なんです」

リーナは実際に計ってみせながら説明する。

「もったいないと思って、ケチっちゃったのよねぇ」

「分かります。でも、しっかり出汁を取れば、そのぶん料理全体が引き立ちますから」

「そういうことかぁ……よし、次からはちゃんと計る!」

* * *

その日、昼の営業前までに、すでに5人もの相談を受けていた。

「みんな、レシピ通りにやってるつもりなんですけどね……」

リーナがため息をついていると、厨房の奥からアンナが顔を出す。

「そりゃあ、文字だけじゃ伝わらない部分も多いわよ。火加減とか、混ぜ方とか」

「はい……私も実際に教わるまで分からなかったこと、たくさんありますから」

「だったら、直接教えたらどうだ?」

カウンターで昼食を食べていたトムが、口を拭いながら言った。

「一緒に料理するってこと?料理教室みたいに?」

「そうそう。リーナちゃんが実演して、みんなで一緒に作るのさ」

「ええじゃないか、それ。楽しそうじゃの」

マルクも大きく頷く。

「店の2階のリビングなら、10人くらいは入れるだろうし……小さいけど、キッチンもあるから、簡単な実演ならできるわよ」

アンナも早速、間取りを思い浮かべているようだった。

「でも、そんな大人数に教えるなんて、私……」

「リーナちゃんなら、きっとできるよ」

「そうよ、あなたの料理なら、誰でも習いたいはず」

みんなの期待に満ちた眼差しに、リーナはそっと息を吸って頷いた。

「……やってみます」

* * *

夕方。騎士団の面々がいつものように集まりはじめた頃、店の扉が重々しく開いた。

「失礼する」

低く落ち着いた声とともに入ってきたのは、鋭い眼光を持つ壮年の男性。短く刈り込まれた銀髪に、がっしりとした体躯。黒い制服の胸元には、金の徽章が輝いていた。

「だ、団長!?」

ジュードたちが慌てて立ち上がる。

「ご…ご紹介します。こちら、アードベル騎士団バルトロメオ・アッシュ団長です」

騎士団長……!?こんな小さな食堂に、まさか団長自ら来るなんて!

「い、いらっしゃいませ!」

リーナも慌てて頭を下げると、団長は少し居心地悪そうに店内を見回しながら椅子に腰を下ろした。

「君がリーナ嬢か」

団長の鋭い視線がこちらを射抜く。リーナは思わず背筋が伸びた。

「は、はいっ!」

「実は……相談があって参った」

団長は大きな体を小さな椅子に窮屈そうに収めながら、少し言いづらそうに口を開く。

「最近、ジュード、アデライン、ガレス、シリル、ルークの5名だけ妙に士気が高くてな」

「はぁ」

「魔物討伐から帰っても疲れた様子がない。戦闘力も目に見えて向上している。他の団員たちが『なぜあの5人だけ...』と不満を漏らし始めているのだ」

「ああ……」

リーナは思い当たる節に心当たりがありすぎて、つい苦笑いする。確かに魔物の肉は栄養価が高く、魔力回復効果もある。しかも、彼らは店の料理を頻繁に食べてくれていた。

「組織の統率を保つためにも、我が騎士団の料理人に、あなたの技術を教えてもらえないか?」

団長は真剣な表情でそう言って、深々と頭を下げた。が、そのときちらりと厨房を盗み見るような視線を送ったのを、リーナは見逃さなかった。

「もちろんです。喜んでお手伝いします」

「……感謝する。それと、もう一つ」

団長は急に声を落とし、ほんの少し身を乗り出してきた。

「最近、東方から入ってきた『コーヒー』という飲み物を知っているか?」

「はい、聞いたことはあります。苦いけど、目が覚めるとか」

「うむ。その通りだ。だが……あれは単体で飲むには、あまりにも苦い。何か甘いものがないと……いや、あくまで団員たちの士気のためだぞ?私の好みでは……決して、な……!」

最後のあたりは早口になり、明らかに動揺している。赤みを帯びた頬と、ちらりと視線を逸らす様子に、リーナは思わず口元を押さえた。

(……可愛い……)

「分かりました。コーヒーに合う甘いもの、作ってみますね」

「そ、そうか。うむ……頼むぞ」

小さく咳払いをしながら、団長は再び姿勢を正したが、どこか嬉しそうに見える。

* * *

リーナは厨房に向かい、久しぶりにプリンを作ることにした。この世界では焼き菓子が主流で、蒸して作るお菓子は珍しい。

まず、卵を丁寧に割ってボウルに入れ、砂糖を加えてすり混ぜる。きめ細かく泡立てていくと、だんだんと白っぽくふんわりとしてくる。別の鍋で牛乳をじっくりと温め、甘い香りが立ち上ったところで火を止めた。

「何を作っているのだ?」

興味津々の団長が、そろりと厨房を覗き込んできた。

「プリンです。卵と牛乳を使って、蒸して作るんです」

「蒸すのか?焼かないとは珍しいな」

温めた牛乳を少しずつ卵液に注ぎ入れ、リーナは泡立て器でやさしく混ぜ合わせる。この時、一気に入れると卵が固まってしまうので、慎重に、慎重に。

完成した液体を丁寧に濾してから小さな器に注ぎ、ムシキに並べる。蓋をして蒸気を立てると、しばらくして、ふんわりとした甘い匂いが立ち上り、店内にやさしく広がった。

団長の眉が、ほんの少し緩む。

「うむ……良い香りだな」

15分ほど蒸すと、表面がつるんと美しく固まったプリンが完成した。竹串を刺してみると、透明な液体が出てこない。完璧な仕上がりだ。

粗熱を取り、器を冷やしてから、リーナは団長の前にそっと差し出す。黄金色に輝く表面が、照明の光を受けてきらきらと美しい。

「お待たせしました。どうぞ、召し上がってください」

「これが……プリン……」

団長はスプーンを手に、慎重にひとすくい。黄色い生地がぷるんと震え、見るからに滑らかで、スプーンにとろりと絡みつく。

「……むっ……」

口に入れた瞬間、彼の目が大きく見開かれた。一瞬、言葉を失い——

「……これは……!なんと滑らかで、やさしい甘さだ……口の中でとろけて……」

感動を隠しきれず、表情がふにゃりと崩れていく。その表情はまるで、陽だまりの中でふとほころぶような、優しい微笑だった。

もう一口すくうと、今度は小さく「うむ……」と唸り声を上げる。

「……完璧だ」

つぶやきながら、さらにもう一口。止まらない。

「これなら団員たちの士気も……いや、戦闘糧食としても……いや、栄養補給の……その……!」

必死に言い訳をしながら、スプーンを止めない団長。

「……おかわりは……いや、味の確認のために、もう一つ……」

「はい、どうぞ」

微笑みながら、リーナは新しいプリンを差し出した。

店内の片隅、静かに食事をとっていたジュードたちは、誰一人声を発さなかった。だが、視線だけはしっかり団長に注がれている。

「……3つ目いくわよ、あれ」

アデラインがそっと呟くと、ジュードが神妙な顔で頷く。

「なあ、団長ってさ……実は甘いもん好きだよな?」

「おお。隠してるつもりらしいけど、もう隊内じゃ有名だぞ」

「この前なんて、干し果実をこっそり忍ばせてたの、見たもん」

「ジュード、あなた……それ本人に言ったの?」

「言えるかよ! 命が惜しいわ!」

団長がプリンを口に運ぶたび、全員の視線が揃って動く。そして誰も、止めようとはしない――その姿が、あまりにも楽しそうだったから。

* * *

「それで、料理指南の件だが——」

プリンを完食し、口を拭いながら団長は真面目な声に戻った。

「騎士団として正式に支援させてもらいたい」

「えっ?」

「技術指導料はこちらで持つ。もし必要なら、会場の手配もこちらで引き受けるつもりだ」

予想外の提案に、リーナは目を丸くする。

「そ、そんな大げさにしなくても……!」

「いや、これは街の未来のためでもある。『美食の街アードベル』などという名がつけば、観光客も呼び込める。経済効果は計り知れん」

さすが団長、スケールが違う。

「リーナ、これはチャンスだぞ」

ジュードも嬉しそうに言った。

「団長のお墨付きがあれば、参加希望者も安心できると思います」

「そうね~。公的な後ろ盾があれば、ぐっと広めやすくなるわぁ」

アデラインも大きく頷く。

「……分かりました。よろしくお願いします」

リーナが頭を下げると、団長の顔がぱあっとほころんだ。

「良かった……いや、街のためになって良かった。ところでこの『プリン』というものも、その教室で教えてもらえるのだろうな?」

まっすぐ期待の眼差しでこちらを見つめてくる。

「はい、もちろんです」

「そうかそうか。それは……団員たちも、喜ぶだろうな……」

(いや、きっと団長がいちばん喜ぶんだろうな)

そう思いつつ、リーナはそっと笑みを浮かべた。

* * *

その夜、店を閉めた後で、リーナはアンナとマルクと一緒に、料理教室の内容を話し合った。

「週に2回ぐらい、平日の午後に開くのはどう?」

「一度に10人くらいがちょうどいいかしらね」

「材料費とレシピ料は参加者持ちにしたほうがええじゃろう」

マルクがうんうんと頷きながら言う。

話がまとまった頃には、外はすっかり夜になっていた。けれど、リーナの胸の中はぽかぽかと温かかった。

「これで、もっとたくさんの人に、料理の楽しさが広がりますね」

窓の外では、街の灯りがやさしくきらめいている。

きっと明日から、たくさんの家庭で、美味しいご飯が食卓に並ぶ。そして、甘いものをこっそり我慢していた騎士団長が、堂々とプリンを楽しめる日が来る。

料理の力で、少しずつ街が変わっていく。その希望を胸に、リーナは明日の仕込みに取りかかった。