軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

森の恵みとサンドイッチ

市場での食材探しから数日が経ち、リーナは新しく手に入れた合わせ出汁を使った料理に夢中になっていた。ツチタケとウミクサの深いうま味は、どんな料理にも奥行きを与えてくれる。

「もっと山菜やきのこが手に入ったら、きっと料理の幅が広がるのに……」

昼の営業中、いつものようにジュードがやってきた。

「リーナ! 今日も何か美味いもん食べたいな」

「いらっしゃい。今日は手羽元と黒大根の煮物がおすすめだよ」

「おお、それでお願い」

湯気の立つ器を出しながら、リーナは思い切って相談してみた。

「ジュード、聞きたいことがあるんだけど……」

「なに?」

「もっと山菜やきのこが手に入れば、料理のバリエーションが増えると思うの。でも、市場では限られたものしかなくて……」

「ああ、それなら森に行けばいくらでもあるよ」

一瞬、手を止めたジュードが、振り返ってにやりと笑う。

「森……?」

「魔物討伐でよく入るしさ。食えそうなやつも見かけるし、案内するよ」

「本当? でも、危なくない?」

「俺がいれば大丈夫だって! 魔物も昼間はおとなしいし、安全なルートも知ってるしな」

リーナの目が輝いた。

「お願い!」

翌朝、リーナは早くから厨房で準備を始めていた。案内してもらうお礼に、お昼を作っていくことにしたのだ。

「さて、何を作ろうかな」

リーナはフェングリフの胸肉を木のまな板に乗せると、慎重に刃を入れた。厚みのある肉に縦に切れ目を入れて広げ、内側まで味が染み込むよう、木製の串で軽く突いて数ヶ所に小さな穴を開けていく。

次に、小さな鉢に塩、ニンニク、そして乾燥バジルとローズマリーを入れ、香りが立つまですり合わせる。香草の芳醇な香りが立ち昇る中、それを肉の表と裏にまんべんなく擦り込んだ。

「……このまま少し寝かせておこう」

仕込みを終えた肉は、香りが逃げないよう薄布で丁寧に包み、涼しい場所でしばし休ませた。

香りが馴染んだ頃、煮炊き鍋に湯を沸かし、包んだ肉をそっと沈める。煮立ちすぎないよう火加減を調整しながら、ぐつぐつと静かな泡が立つのを見守る。程よく加熱したら、火からおろし、蓋をして余熱でゆっくりと火を通していく。

鍋の中で静かに熱を含んだ肉は、香草の香りとともにしっとりと仕上がる。

十分に時間をかけて包みを解いた瞬間、バジルとローズマリーの清々しい香りが広がった。肉の中に閉じ込められていたうま味が、温かな湯気とともに立ちのぼる。

リーナはそれを薄く切り分け、試しに一切れ口に運ぶ。

「……よし、完璧!」

ジューシーで柔らかく、噛むたびに香草の香りが鼻をくすぐる。どんな料理にも合いそうな、万能の香草サラダチキンが完成していた。

ハードパンをスライスし、トマトの輪切り、チーズ、バジルの葉と一緒に挟んでいく。パンの皮はパリッと香ばしく、中はもっちり。具材を包み込むたびに、色とりどりの断面が目を引いた。

「こうすれば、食べやすくて持ち運びにも便利」

前世では当たり前だったけれど、この世界では見たことがない食べ方かもしれない。

「リーナちゃん、珍しい料理ね」

アンナが興味深そうに覗き込む。

「森に食材を探しに行くので、お弁当代わりに作ってみました」

「パンに具を挟むなんて、面白いアイデアね」

約束の時間、ジュードが現れた。いつもの騎士装備よりは軽装だが、動きやすい服装に剣は腰にしっかり携えている。

「準備できた?」

「うん。あの、お礼にお昼作ってきたよ」

「マジ? 俺、何も持ってきてないから助かるわ」

「お口に合うといいんだけど」

二人は街の外れから森へと足を踏み入れる。

緑深い森の中は、街の喧騒とはまったく違う静けさに包まれていた。風が木々を揺らす音と、鳥たちのさえずりだけが耳に心地よい。

「ここ、いつも魔物討伐で来るの?」

「そうだな。でも昼間は静かなもんだ。夜になると話は別だけど」

ジュードが先頭に立ち、迷いなく森の奥へと足を進める。

「これは……!」

リーナが足を止めたのは、小さな沢のほとり。そこには爽やかな香りの葉が自生していた。

『ヤマミツバ』

『品質:上級』

『用途:香味野菜、薬味、お吸い物に最適』

「いい香り……これは薬味にぴったり」

「食べられるの? それ」

「うん。お吸い物や冷たい料理の風味づけにもなるよ」

倒木の根元には、茶色いきのこが群生していた。

『フサタケ』

『品質:中級』

『用途:炒め物、出汁に適している。香りが良い』

「きのこって、どれも同じに見えて全然違うんだよ」

「俺にはまったく見分けがつかないけどな」

さらに湿った岩陰には、ぬめりを帯びた白いきのこ。

『ヌメリダケ』

『品質:上級』

『用途:出汁、汁物に最適。ぬめり成分がうま味を増す』

「これは絶対スープに使える!」

食材を次々に発見し、目を輝かせて採集するリーナを、ジュードが感心したように眺めていた。

「リーナ?なんでそんな詳しいの?」

「え、えっと……昔から興味があって、色々と覚えたの」

一瞬、前世の記憶が口をついて出そうになり、慌てて誤魔化す。

昼が近づき、小さな開けた場所で休憩を取ることにした。

「そろそろ、お昼にしない?」

リーナがバスケットから取り出したのは、こんがりと焼き色のついたハードパンに、たっぷりの具材を挟んだものだった。

「これは……パンの中に肉と野菜?面白いな」

「持ちやすくて、いろんな味を一緒に楽しめるようにしてみたの」

「変わってるけど、うまそうだな。いただきます!」

ひと口かじったジュードの目が一気に見開かれる。

「……ヤバ、これうまっ! 肉がしっとりしててトマトの酸味も効いてるし、この香り……なんだ?」

「フェングリフの胸肉に、バジルとローズマリーっていう香草を合わせたの。サラダチキンっていうの」

「サラダチキン? 肉を茹でたのか?」

「うん、塩とにんにくで味付けして、茹で汁もちゃんと取ってあるよ。いいスープになる」

「うまいし合理的だな、これ。全部一緒に味わえるし、手も汚れない。……名前とかあるの?」

「えっと……前に作ったときはサンドイッチって呼んでいたんだけど……今日はパンが固めだから、カスクート……いや、やっぱりサンドイッチでいいかな」

「サンドイッチか。なんか洒落た名前だな」

リーナは、ふと記憶の中を探る。ふと脳裏に浮かぶのは、前世で聞いたどこかの伯爵の話。 たしか、カード遊びに夢中になりすぎて、手を汚さずに食べられるようパンに具を挟んだ――そんな逸話があった気がする。

(うろ覚えだけど……たしかサンドウィッチ伯爵って言ってたっけ。あれ、サンドウィッチ?サンドイッチ?)

自分でもちょっと混乱して、思わず小さく笑ってしまう。

(まあ、どっちでもいいか。この世界じゃ、私が初めてってことで)

そんなことを思いながら、リーナはパンをひと口頬張った。

午後も食材採集を続け、夕方前に街へ戻ることにした。

「そういえばさ」

帰り道、ジュードがふと思い出したように口を開く。

「この前討伐したアースボアってやつがいるんだ」

「アースボア?」

「土属性の猪型魔物でさ。体はでかいし、肉もたくさん取れるんだけど、硬そうで食べられそうにない」

「もったいない。それ、調理法次第では美味しくなるかもしれないよ?」

「そう?帰りに解体業者に寄ってみるか。実物見て判断してみてよ」

「お願い!」

街に戻ると、解体業者に立ち寄った。

「よう、ジュード。今日は持ち込みじゃなくて見学か?」

「おう。アースボアの肉、まだ残ってるか?」

「あるぞ。こっちだ」

運ばれてきたのは、赤身の多い大きなもも肉だった。

『アースボア』

『部位:もも肉』

『品質:上級』

『特性:筋繊維が太く、硬質ながら旨味が凝縮。煮込みによってとろけるような食感に変化する』『用途:煮込み料理、角煮に最適』

「これは……」

リーナの瞳が輝いた。

「どうだ?」

「すごく良い肉だよ。硬いけど、じっくり煮込めば絶対美味しくなる!」

「マジか。じゃあ持ってけよ、どうせ廃棄予定だったしな」

「ありがとう!必ず美味しく料理してみせるから」

その夜、「アンナの食卓」ではさっそく採集した食材を使って新しい料理が並んだ。

ヤマミツバはさっと湯通しして、冷水にとって色味を保ち、特製の合わせ出汁に浸しておひたしに仕立てた。爽やかな香りとほろ苦さが口の中に広がり、箸休めにぴったりの一皿になった。フサタケは香ばしく炒めて1品料理に。

ヌメリダケは合わせ出汁に加え、ぬめりと旨味の溶け込んだとろみあるスープに仕立てた。

「今日はなんだか、風味が深いねぇ」

夜の営業で常連のベラが顔をほころばせる。

「森で採ってきた、山菜ときのこを使ったんですよ」

「森で?危なくなかった?」

「ジュードに案内してもらったので、安全だったよ」

「あら、二人で森デートだなんて素敵じゃない」

「デ、デートじゃありませんっ! 食材採集ですから!」

真っ赤になって否定するリーナに、店中が笑いに包まれた。

「それより、このスープ……ほんっと美味しいわ。ぬめっとしてるのに、全然いやじゃない」

「ヌメリダケっていうきのこを使ってるんです。うま味を抱え込む性質があるんですよ」

「きのこでこんなに変わるなんて……奥が深いわねぇ」

営業終了後、リーナは2階の部屋で今日の収穫を丁寧に整理していた。

新しい山菜ときのこ。そして、サンドイッチを喜んでくれたジュードとのひととき。

「サンドイッチも喜んでもらえたし、アースボアも楽しみ」

アースボアの煮込み料理、どんな味になるだろう。ジュードの驚く顔が目に浮かんで、思わず頬が緩んだ。