作品タイトル不明
郷愁の肉じゃが
ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン。そして、ストーンカウの薄切り肉。
ずらりと並んだ食材を見て、ロドリックが腕組みをした。
「今度はどんな料理なんだ?」
「煮物です! ジャガイモと一緒に甘辛く煮込みます」
リーナは鍋にツチタケとウミクサの合わせ出汁を注いだ。続けて、 醤(ジャン) 、美醂酒、砂糖を入れていく。
「全部入れてしまうのか……スープではないんだよな?」
「はい! ここに切った野菜たちを入れまして……最後に、このストーンカウのお肉を広げて乗せます!」
野菜の山を覆うように、肉を被せ、魔石コンロのスイッチを入れた。
「もしかして調理は、これで終わり……ですか?」
後ろで見ていた若手料理人の一人が、不思議そうに首を傾げた。
「そうなんです。あとは煮込めば終わりです」
「へえ~!」
「ちなみに、出汁がなくても水で作れますよ。お肉と野菜から十分に旨味が出るので。ただ、その場合は調味料の分量を少し変えてバランスを取りますけどね」
(前世でも、この『肉じゃが』には何度もお世話になったっけ)
仕事行く前に仕込んで冷蔵庫に入れておくと、疲れ果てて帰った後、絶品になってる肉じゃが。帰るのが楽しみになる一品だった。
ふつふつと鍋が沸き立つ音がして、甘辛い匂いが広がり始める。
リーナは浮いてきた灰汁を、お玉で丁寧に取り除いていく。煮汁をお肉にかけながら煮込んでいく。
醤(ジャン) と砂糖が溶け合った香りに、ロドリックの喉がゴクリと鳴ったのが聞こえた。
「……もう、食べられるのか? この……」
「だーめーでーす」
(みなさん、目がマジになってる! ちょっと怖いんだけど)
リーナは食い気味なロドリックのセリフを遮り、苦笑した。
「本当はこれ、火から下ろして一度冷ましたいんです。冷めるときに、具材の奥の奥まで味が染み込むので」
「なっ……冷めると、味が染み込む……だと?」
「そうなんです。でも、今日は時間がないので出来上がったら食べましょう。煮込んでる間に、もう一品作りますね」
小鍋を取り出し、ツチタケとウミクサの出汁を温め始めた。
「これは何だ?」
「卵のスープです。ここで片栗粉を使います」
片栗粉を水で溶いておく。
出汁が沸いたところで塩を少々加え、水溶き片栗粉を回し入れた。
「……おお」
ロドリックが、興奮気味に鍋を覗き込む。
「透明なままだ。とろみがついているのに、濁っていない」
「これが片栗粉の『とろみ』です。小麦粉だと白く濁りますけど、片栗粉なら素材の色を邪魔しません。どうです? 素晴らしくないですか?」
その場にいた全員が鍋を覗き込もうと、首を伸ばしている。
「へえ……本当だ。透明なままとろっとしてる」
リーナは溶き卵を細く流し入れた。
とろみのついた出汁の中で、卵がふわりと広がる。菜箸でやさしくかき混ぜると、黄色い花が咲いたように散らばった。
「卵の黄色が美しいな」
リーナは小さな器にスープを注ぎ分けた。
「どうぞ。冷めにくくなりますし、味も絡みやすくなります」
ロドリックが一口すすり、目を細めた。
「濁りを知らぬ透明な粉が、黄金の雲を支えている……なんという優しさか……」
「今日は濃い味のおかずがありますから、こういうあっさりしたスープがよろしいかと。軽い食事のときは、フェングリフの出汁でしっかり味をつけても美味しいですよ」
そんな風にみんなでスープを味わっていると、肉じゃがの鍋から、先ほどよりも一段と良い匂いが漂ってきている。
そろそろだろうか。ジャガイモに串を刺してみると、すっと通った。
「できました」
深めの皿に盛り付ける。煮汁を吸ったジャガイモと玉ねぎ、旨味たっぷりの肉。
「どうぞ、召し上がってください」
ロドリックが、まずジャガイモを口に運んだ。
何も言わないまま、食べ進めていく。
若手たちにも皿を渡す。一口食べると、全員が一斉に口を開いた。
「なん……だこれ」
「肉の旨味が全部染み込んでる……」
ロドリックがようやく口を開いた。
「舌の上でほろりと崩れる土の恵み。……この甘美な郷愁の揺りかごの中で、ただ静かに微睡んでいたい……」
「茹でても焼いても揚げても煮ても美味しい。主食にもおかずにもなる。保存もきく。ジャガイモって、本当にすごい食材なんです」
「……すごいな。これほど底知れぬ可能性を秘めた食材だったとは」
「あ、それと! ジャガイモを潰して、衣をつけて揚げても美味しいですよ。今度、料理教室でやろうかな」
「つぶして、揚げる?」
「はい。外はサクサク、中はホクホクで……」
ロドリックの目が、爛々と光り始めた。
「それも食べたい」
「芋もちも作るので、また今度!」
リーナがなだめるように言うと、ロドリックはあからさまに残念そうな顔をした。
「そ、それより、芋もちを作りましょう。これも片栗粉を使った料理ですよ」
茹でて潰したジャガイモに、片栗粉を加えてこねる。小さく丸めて平たく成形し、フライパンで両面焼いた。
「これが芋もち……?」
「そうです。この芋もちも中にチーズ入れたりと色々アレンジが出来ますよ。今日はこれに 醤(ジャン) だれをかけて食べます」
小鍋に砂糖、美醂酒、 醤(ジャン) 、水、片栗粉を入れて火にかける。砂糖が溶けてとろみがついたら完成だ。
「このたれは、みたらしって言うんですけど」
「みたらし? 妙な響きだな。なぜそんな名前なんだ?」
祖母から聞いたことある気がする。 御手洗(みたらし) ……神社で何かお供えしてたのが由来だったような。
(……でもまさか、この世界の人に説明できるわけないし)
「えーっと、詳しい由来は分からないんですが、甘辛い 醤(ジャン) だれのことをそう呼ぶんです」
ロドリックは「ふむ」と頷いただけで、それ以上は聞いてこなかった。
作ったたれを、フライパンの芋もちに回しかける。
火はつけずに、菜箸でころころと転がしていく。照りのあるたれが、焼き色のついた表面を覆っていった。
「今日は団長のお好みに合わせて甘い物にしてみました」
ロドリックが芋もちを一つ、口に運んだ。彼は目を閉じ、何度も噛み締めた。
「……これは」
目を開けると、その視線はどこか遠くを見ていた。
「豊穣の秋を告げる満月。噛み締めるほどに、実りを喜ぶ農夫たちの笑顔が浮かぶな……これは団長が好きそうだ」
「ですよね? 絶対に気に入ってもらえると思うんです」
若手たちも、我先にと芋もちに手を伸ばした。
「うま……なんだこれ、もちもちしてる」
「甘じょっぱい。やばい、止まらない」
そのとき、厨房の入り口に人影が現れた。
「――リーナ」
聞き慣れた声に振り向くと、ジュードが立っていた。
瞬間、周りにいた料理人たちの顔から、サーっと血の気が引いた。さっきまで芋もちを嬉しそうに頬張っていた顔が引きつり、誰かが慌てて皿を台に置く音がする。全員が息を呑み、一歩、二歩と後ずさる。
「し、失礼しました……」
「俺たちはこれで……」
蜘蛛の子を散らすように、ロドリックとリーナを残し厨房から消えていった。
(えっ、みなさんどうしたの……?)
確かにジュードの目が冷たかったような気がするけど――。
「今日来るって言ってたから、探しに来た」
リーナの方を向いた顔は、いつものジュードだった。声も、目も、やわらかい。
(……あれ? さっきの怖い顔、気のせいだったのかな)
「あ、ごめん。ちょっと長引いちゃって」
ジュードがリーナの隣に来て、皿の上の料理を見下ろした。
「何作ってたの?」
(ポテチとハッセルバックポテトはもうないしな……今あるやつは)
「肉じゃがと、卵スープと、芋もち……食べる?」
「食べる」
ロドリックが盛り付けた皿を差し出す。ジュードは受け取ると、すぐに口へ運んだ。
「……うまっ!」
もぐもぐと止まらない様子を眺めながら、ふと思い出す。
「あ、そうだ。ジュード、団長のご予定って分かる? この料理を試食していただきたくて」
「団長の?」
ジュードが少し考える。
「今週は……どうだったかな。確認して、後で店に行くよ」
「ありがとう!」
「私にも予定を教えて欲しい。この料理がどう評価されるのか知りたい」
「ロドリックさん……じゃあ、その時もまたここで作ってもいいですか?」
「もちろんだ、手伝わせてくれ」
芋もちの最後の一つを飲み込んだジュードが、顔を寄せてきた。
「これ、また作って」
逃げ場のない距離で向けられたとびきりの笑顔に、リーナは一気に顔が熱くなるのを感じた。
「……うん」