作品タイトル不明
開かれた大地の調べ
リーナは水で洗い、芽を取ったジャガイモをまな板に置くと、その両脇に木の棒を並べた。
「……何をするつもりだ?」
「切れ目を入れるんですけど、下まで切り離したくないんです。こうやって棒を置いておくと、刃が棒で止まるので」
包丁を手に取り、ジャガイモに細かく切れ目を入れていく。
「細かいな……なるほど開かせるのか」
(……見られてる。ものすっごい熱量で)
ロドリックが身を乗り出して、リーナの手元を見つめている。
熟練の料理長に至近距離から穴があくほど見つめられるのは、さすがに気まずくてやりにくい。
それでも手元が狂わないよう慎重に包丁を動かし続け、切れ目を入れ終えたジャガイモを、水を張ったボウルに沈めた。
「これはなんで水にさらしたんだ?」
「切った断面がベタベタしてるじゃないですか。これ、でんぷんって言うんですけど、これをそのままにしておくと焼いたときにくっついちゃうんですよ。軽くでいいのでさらしとくのがおすすめです」
水からジャガイモを上げ、布で丁寧に水気を拭き取った。
「今回はこの切れ目の間にオイルを塗っていきます。他にもこの間にベーコン入れたり、チーズ入れたりとアレンジがいっぱい出来ますよ」
「ほう……」
小鍋にオリーブオイルを入れ、バターを落とす。弱火にかけると、バターがじわじわと溶け始めた。
(やっぱり魔石コンロ、便利だな……いつか買おう、絶対に)
火加減の調整が楽だし、火の粉も飛ばない。薪を足す手間もない。
(いくらするんだろう。マルセロさんに聞いてみようかな)
商業ギルドに行けばいるだろうか……まあ、それは後で。今は目の前のことに集中しよう。
バターが溶けきったところで、メローの蕾を数粒落とす。
(前にロドリックさんに教えてもらったスパイス。角煮作った時に隠し味で使ったら最高だったんだよね。甘さの中にピリッとした刺激があって……お高いんだけど、これがいい働きをしてくれるのよ)
すりおろしたニンニクも鍋に落とすと、胃袋を直接つかみにくるような香りが立ちのぼった。
「……これは」
ロドリックは目を閉じ、深く香りを吸い込んだ。
「……甘く、重いが、それでいて鋭い。母親のような慈愛と父親のような厳格さが……荒ぶる子を一人前に育て上げている」
(どういうこと!? 慈愛がバターで厳格がメローとか? そうしたら子がニンニクってことなのかしら……合ってる? これで合ってます?)
ロドリックは目を閉じたまま、まだ何かを感じ取ろうとしている。
……考えても分からない。塩と黒コショウを振って火を止めた。
「これを、切れ目の間に塗り込んで焼くんですけど……石窯とか使ってもいいですか?」
「石窯か……あっちの厨房だな」
オイルソースの染みたジャガイモを鉄鍋に乗せ、二人は試作スペースを出た。
厨房に戻ると、さっきの惨状は片付いていた。床に転がっていた料理人たちが、調理台を拭いたり、鍋を洗ったりしている。顔色はまだ悪いが、動けるようにはなったらしい。
「あれ、戻ってきた」
料理人の一人が、リーナの手元を見て鼻をひくつかせた。
「……何すか? そのいい匂い」
「ジャガイモですか? 変な切り方……」
気づけば、その場にいた料理人たちがぞろぞろと集まってきた。全員が手を止めてリーナの周りに輪を作っている。
(え、ちょっと、近い近い)
「これどうやって切ったんすか? 下まで切れてないですよね?」
「この匂いなんだろう……バターとニンニク? だけじゃないよな」
質問が四方から飛んでくる。鉄鍋を抱えたまま身動きが取れない。
「あー……えっと」
「おい」
ロドリックの低い声が、厨房に響いた。料理人たちがびくりと肩を揺らす。
「あまり近づくなよ。ジュードにバレたら、お前ら何されるか分からんぞ」
周りにいた人たちの顔が一気に青ざめた。
「す、すみません」
「失礼しました!」
さっと石窯までの道が開いた。
(ジュード、そんなに怖がられてるなんて……何したの?)
さっきまでの勢いはどこへやら、誰も目を合わせようとしない。
(……って、なんでみんな私たちのこと知ってるの!?)
リーナは顔が熱くなるのを感じながら、石窯へと向かった。
焼き上がりを待つ間、リーナはもう一つのジャガイモを手に取った。
「ロドリックさん。待ってる間にもう一品作っていいですか?」
「……何を作る気だ」
「ジャガイモを薄く切って、揚げるだけなんですけど……美味しいですよ」
皮を剥き、向こうが透けるほどの薄さにスライスしていく。
ロドリックが、スライスされた芋を指先でつまみ上げた。
「薄いな。これでは芋の味がしなくなる」
「これぐらいがいいんです。揚げると食感が面白いですよ」
切ったジャガイモを水にさらし、布で水気をしっかりと拭き取る。
(これが面倒くさいけど、しっかりやらないとね)
油の中に入れると、シュワシュワと音を刻み始める。
水分が抜け、泡が小さくなり、音が段々と静まっていく。
「……今だ」
ロドリックが呟いたのと、リーナが引き上げたのは同時だった。
油を切って、塩を振る。
リーナは一枚手に取って、口に運んだ。
パリッ。
(うまっ! 素材が良いから、こんなに薄くてもジャガイモの味がすごいする)
塩気と、ジャガイモの甘み。油のコク。そして何より、この食感。
リーナは小皿に盛り、一番形のいい一枚をロドリックに差し出した。
「どうぞ。美味しくて楽しいですよ」
ロドリックは受け取り、光にかざしてその薄さを確かめる。そして、口に運んだ。
乾いた音が、何度も鳴る。
彼は何も言わずに、二枚目に手を伸ばした。三枚目、四枚目。気づけば小皿が空になっていた。
彼は自分の指先に残った欠片を見つめた。
「手が止まらないのではない。砕け散る一瞬の音色。その連続が織りなす軽快な旋律を絶え間なく求め続けているのだ。……無意識のうちに器を空にさせる、恐るべき音楽……」
(えーっと……やめられない、止まらないってことかな?)
前世で有名だったお菓子のキャッチコピーが頭をよぎる。
「みなさんもどうぞ」
若手たちに皿を差し出すと、我先にと手が伸びてきた。
「うまいんだけど!! なんだこれ? おもしれー」
「料理長の言った通り、止まらないぞ」
あっという間に皿が空になった。
「もっと作れますか?」
「作れますが、その前に……そろそろ石窯の料理が出来上がるんじゃないかと」
リーナは石窯に向かい、中に入っていた鉄鍋を取り出す。
「おお……」
誰かが声を漏らした。
表面は焼き色がつき、切れ目の端がカリッと香ばしそうに焼けていた。
「これって……なんて料理なんですか?」
「ハッセルバックポテト、といいます」
ナイフで一つを半分に切ると、中は柔らかく、湯気が立っている。
まずは自分で一切れ、口に運ぶ。
外はカリッと、中はほくほく。オイルソースの塩気とバターのまろやかさ、メローとニンニクの香りが広がる。
「うん、上出来! みなさんも召し上がってください」
周りにいた全員が遠慮なく手を伸ばした。
「うま……」
「芋がこんなに美味くなるなんて」
ロドリックが一切れ、口に運び噛み締める。飲み込んで、ゆっくりと息を吐いた。
「開かれた大地の書物……そのページのひとつひとつに、父母の慈愛と厳格さが染み渡り、荒ぶる命が一人前へと至る壮大な歴史が綴られている……なんという奥深さだ……」
(え? さっきの続きだったりする……? なんだかものすごいスケールが大きくなったんだけど)
「あ……あの、ロドリックさん? まだ作りたいものがあるんですけど……」
「なに!?」
ぐるんと首がこちらを向いた。目が爛々と光っている。リーナは思わず半歩下がってしまった。
「まだあるのか」
「あ、はい。片栗粉を使った料理と、あともう一品……お時間大丈夫ですか?」
「もちろんだ」