作品タイトル不明
実りの先へ
執務室の一角にある応接用のテーブルへ四つの皿を並べ終えると、団長は眉間に深い皺を寄せたまま、じっとそれらを見渡した。
卵スープと肉じゃがから上へと昇っていく柔らかな湯気。 醤(ジャン) だれをまとった芋もちの艶やかな照り。そしてポテトチップスが放つ、揚げたての香ばしい匂い。
「こちらの――」
「待て」
リーナが料理の説明を始めようとした矢先、団長がすっと片手を上げて制した。
「まずは食べよう。せっかくの料理が冷めてしまうからな。悪いが、説明はそれからにしてもらえるか」
団長はまず卵スープを手に取った。一口すすった……かと思うと、あっという間に器が空になる。表情一つ変えずに視線は次の芋もちへ。
一つ、二つと、まるで吸い込まれるように平らげていく。
(……えっ、食べるの早っ!)
あっという間に、皿の上には最後の一つがポツンと残されるのみとなった。
そこで初めて団長の手が止まる。最後の一つを名残惜しそうに見つめ、それからチラッとリーナを見た。
「……これで全部か」
「あ……はい。そうです」
その返事を聞くや否や、名残惜しそうに最後の一つを口に含んだ。あっという間に平らげた先ほどまでとは違い、ゆっくりと時間をかけて味わっている。
空っぽになった皿を、団長はどこか未練がましそうに見つめた。
(……しまった、足りなかったかな?)
せっかくなら、もっとたくさん作っておけばよかった。次は絶対に倍の量を用意しよう。
やがて団長は諦めたように視線を動かし、肉じゃがを取る。
こちらは芋もちのときのような勢いはない。ジャガイモ一つ、肉を一切れと、丁寧に味わうように食べ進めていく。
残さずに食べきると、団長は「ほう」と小さく息を漏らした。
最後のポテトチップスにフォークを突き立てようとして――薄いジャガイモが砕けそうになり、動きを止める。
「団長、そちらは手でつまんで大丈夫ですよ」
リーナが慌てて声をかけると、団長は小さく咳払いをしてフォークを置いた。
気を取り直したように手で一枚つまんで口に入れると、ぱりっと小気味よい音が響いた。
「……酒に合うな。騎士たちも泣いて喜ぶだろう。これは流行ること間違いないな」
そして最後の皿も空になった。
四つの空の皿を前に、団長の視線がゆっくりとテーブルを一巡した。
「――それで、説明は」
リーナは小さく息を吸って、一歩前に出た。
「はい。卵スープと芋もち、芋もちにかかっていたタレに『片栗粉』を使っています。スープのとろみ、芋もちのあの独特なもちもちした食感、そしてタレが具にしっかり絡むのも――どれも片栗粉の特性なんです」
「ふむ」
「肉じゃがとポテトチップスには片栗粉は使っていません。芋そのものを、煮込んだり揚げたりして仕上げました」
団長は感心したように頷いた。
「粉にしても、芋のままでも……調理次第でここまで別の顔を見せるとは驚きだ」
「はい」
執務室に沈黙が落ちる。
開いていた窓の向こうから、訓練場で汗を流す騎士たちの号令がかすかに聞こえてきた。
やがて、団長がゆっくりと口を開いた。
「――全て美味しかった」
「ありがとうございます!」
リーナはほっと胸を撫で下ろし、深く頭を下げる。顔を上げると、団長は椅子の背に深くもたれかかっていた。
「……ちなみにだが、この『粉』にするというのは、他の野菜でも可能なのか?」
「ええーっと……トウモロコシでも作れるはずです。ただ……すみません。私にはトウモロコシから粉にするやり方が分からないんです。分かるのは、今のところジャガイモだけで……」
「トウモロコシから作るやり方は研究する必要があるか……。カタクリコと同じものが出来るのであれば、ジャガイモだけで十分……か」
「あ、出来上がる料理は結構変わります」
「ふむ……その違いとは?」
「カタクリコは冷めるととろみが落ちてしまうので、本来は温かいお料理向けなんです。逆にトウモロコシの粉は冷やしてもなめらかなままで、お菓子にも――」
「菓子?」
「そうですね。例えば、カスタードクリームなんかは、トウモロコシの粉で作ると軽い仕上がりに――」
「……軽い仕上がりのカスタードクリーム、か」
「なので本当は両方あると料理の幅がすごく広がるんですが……」
知識としては知っているのに、肝心の作り方が分からない自分がもどかしい。頭の中には、 コーンスターチ(トウモロコシの粉) を使う料理もはっきりと浮かんでいる。
美味しい未来を語るだけ語って、期待を裏切るような形になってしまった申し訳なさに、リーナは視線を落とした。
「……そうか。ならば、我々がその製法を見つけ出すしかないな」
団長は咳ばらいを一つして、居住まいを正した。
「……さて。トウモロコシの件は課題にしておくとして、まずはこのカタクリコだ。今年はアードベルに行き渡る程度を目標にしよう。備蓄としてではなく、この街の新たな『特産品』にするため、私の方で、専用の工房を設けるよう手配しよう」
「特産品、ですか?」
「ああ。一部の者だけが知っているのでは勿体ない」
団長の視線が、ふたたび芋もちの皿へと向く。
「特に芋もちだな。これは間違いなく売れる」
(……間違いなく売れるって確信してるの、おそらく団長だけだと思うんだけどな……)
そんな不敬なことを密かに考えていると、傍らにいたロドリックが口を開いた。
「……団長。肉じゃがを出せば、騎士たちでジャガイモの消費量は確実に跳ね上がりますよ」
「ポテトチップスもだな。酒と一緒に出せば、いくらあっても足りなくなる」
「街の食堂にレシピが広がれば、なおさらです」
三人の間に、同じことに気づいてしまったような沈黙が落ちた。
「……余りますかね、ジャガイモ」
リーナが呟くと、団長とロドリックが同時にバッとこちらを見た。
「今年は余るだろう。だが、来年は分からん」
団長は窓の外――晴れ渡った空へと目を向けた。
「レオンハルト殿下が広めた作物が、ここまで大化けするとはな」
ジャガイモの可能性を、自分の料理で少しでも広げられたのだとしたら――それは、何より嬉しいことだった。
「ひとまず今年は、余った芋で進めよう。工房の立ち上げと人員の確保は、職人組合のガードルートに任せるか。彼女のところで上手く生産が回るようになれば、来年は作付け量を増やすことも視野に入れる必要があるな」
「ありがとうございます」
「それと――今日の料理のレシピ、早めに商業ギルドに登録しておけ」
「承知いたしました」
「では、下がれ」
短い言葉に促され、リーナとロドリックは深く一礼して執務室を後にした。
廊下に出た途端、ロドリックが「ふうっ」と長いため息を吐いた。
「また何かあれば声をかけてくれ」
「はい。今日もありがとうございました」
ジャガイモ、本当に余るんだろうか。
……余ってほしいような、余らないでほしいような。
複雑な気持ちを抱えたまま、リーナは廊下を歩き出した。