作品タイトル不明
白いプリン
「カタクリコ……? なんだ、それは」
バルトロメオが手元の書類から顔を上げ、怪訝そうに眉を寄せる。
(まずは否定から入らないと。変に期待させても困る)
「ジャガイモから作る粉です。ですが、小麦粉のようにパンが焼けたりとかパスタになったりはしません」
予想通り、団長の表情が曇った。
「同じ粉だろう。なぜパンにならん」
「小麦粉は、こねると粘りが出ますよね。あの粘りがあるから、形が作れるんです」
「ふむ」
「でもこの粉には、その粘りがありません。こねてもまとまらないし、焼いても固まらない。だからパンや麺にはなれないんです」
「では、芋のまま食べればいい。なぜわざわざ粉にする」
「おっしゃる通り、食事として食べるなら芋そのものが一番です。体に必要なものが色々入っていますから」
炭水化物、ビタミン、ミネラル……そんな言葉を並べ立てても、彼を混乱させるだけだ。喉まで出かかった専門用語をぐっと飲み込む。もっと直感的で、説得力のある表現はないか。リーナは必死に言葉を探った。
「この粉は、芋から『元気のもと』になる部分を取り出したものなんです。食べれば元気は出ますが、体を作る材料がほとんど入っていません。だから主食にはなれない」
「主食にもならん粉を、わざわざ作る意味はなんだ」
「小麦粉にはできないことができるんです」
ここからが勝負だ。リーナは一歩、机に近づく。
「この粉は、料理に透明なとろみをつけられます。小麦粉だと白く濁りますが、この粉なら料理の色を邪魔しません。とろみがつけば熱が逃げにくくなって冷めにくくなりますし、味も絡みやすくなります」
「……」
「揚げ物の衣に使えば、カリッと軽やかな食感に変わります。肉汁を閉じ込めてジューシーに仕上げることもできます」
気がつけば、声に熱がこもっていた。
「主役にはなれませんが、どんな料理も一段階上の味に引き上げることができる。まさに『魔法の粉』なんです」
一気にまくし立てたせいか、息が少し上がっている。
団長は腕を組み、執務椅子に深く背を預けた。
「……その粉、カタクリコにするには? どのくらいかかるのだ?」
「はい。ジャガイモをすりおろし、何度も水にさらして沈殿物を乾かす必要があります。取れる量も、芋の重量に比べればごく僅かです」
「ふむ……効率が悪いな」
低い声が、事実を突きつけてくる。
やっぱり、そうだ。採れる量が圧倒的に少ない。贅沢な粉だと思う。
「主食にもならず、手間がかかり、収量も少ない。一段階料理の質を上げると言われてもピンとこないな」
もっともな指摘だ。けれど、ここで引くわけにはいかない。
「おっしゃる通りです。ですが団長、この国は近年豊作続きでジャガイモが余り気味だと伺いました。廃棄するくらいなら、保存が効く粉にして備蓄するのも一つの手ではないでしょうか」
「……」
「レオンハルト王子が広めた作物を、余すことなく生かしたいのです」
言い切って、口を閉ざした。
響いただろうか。団長の表情からは、何も読み取れない。
机の上をトントンと叩く音だけが、執務室に響く。規則的な音が止まり――やがて、団長が口を開いた。
「……その口ぶりだと、策は『粉』だけではないのだろう?」
「え?」
「余すことなく生かすというからには、ジャガイモそのものの『新しい食べ方』もすでに考案済みなのではないか?」
鋭い。どこかから匂いでも漏れていたのだろうか。
しょうがない、白状しよう。
「実は……今日はロドリックさんと一緒にジャガイモ料理の試作と片栗粉を使った料理もご用意いたしました。そろそろ持ってきていただけるかと」
「ならば、その出来を見て判断しよう」
(良かったぁ。先にロドリックさんに相談しておいて正解だったわ)
「あ、ありがとうございます」
「礼は早い。あくまで検討だからな」
「はい、十分です!」
一度深く頭を下げ、それから顔を上げる。実はここからが本番だったりする。
「判断材料をもう一つ、よろしいでしょうか? その片栗粉を使ったお菓子をお持ちしました」
用意していた包みを解く。
白い陶器の器の中で、白と赤が揺れた。
瞬間、団長の目が釘付けになる。
「ミルクプリンです。卵は使わず、片栗粉でとろみをつけて冷やし固めました。上にかかっているのはラズベリーのジャムです」
真っ白なプリンの上に、とろりとした紅のジャム。小さなスプーンを添えて差し出す。
「どうぞ」
団長がスプーンを手に取った。
赤いジャムを避けて、白い部分だけをすくう。まずプリン単体の味を確かめるつもりらしい。
ほんの少し。小指の先ほどの量を、団長は口に運んだ。
咀嚼(そしゃく) というより、舌の上で転がしているような間。
飲み込んで、少し考えて――今度はジャムごとすくった。さっきより、量が多い。
気に入ったのだろうか。まだ分からない。
二口目を飲み込んだ団長が、目を閉じる。しばらく動かない。
やがて、ゆっくりと瞼が開かれた。
「……うまい」
それが団長にとって最大級の賛辞であることを、リーナは知っている。
「ありがとうございます。片栗粉特有の、すこし『もちっと』した食感を楽しんでいただけたかと」
「うむ。卵のプリンとは違う、不思議な食感だ」
団長の手が、三口目へ伸びる。今度はジャムを多めにすくっている。
いつものプリンにこだわりがあったらどうしようかと思っていたが、杞憂だったようだ。
「カタクリコ……前向きに検討しよう」
四口目を口に運びながらの言葉に、頬が緩むのを止められなかった。
持ってきた甲斐があった。
「よろしくお願いいたします!」
背後からは、カチャ、カチャと、リズミカルに皿とスプーンが触れ合う音が聞こえてくる。
気に入っている。絶対に気に入っている。
「では、ジャガイモ料理お持ちしますね!」
元気よく一礼し、踵を返す。今すぐにここを出ないと、耐えきれずに吹き出してしまいそうだった。