軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

目覚めのあとで

重い。

身体が起きるのを拒むように、目が開かない。

まだ夢と現実の境目で、額にふわりと柔らかくて温かいものが触れた気がした。

……夢、だろうか。

ぼんやりした視界に、見慣れた天井が映る。自室のベッドだ。

鼻をくすぐるのは、夢の名残のような甘い香り……ではない。自分の髪や指先にこびりついた、すりおろしたジャガイモの青臭い匂いだ。

「……起きた?」

すぐそばから声がして、ビクリと肩が揺れた。

横を向くと、ベッドの脇に椅子を引き寄せ、ジュードが座っていた。

どこか不機嫌そうに見えたが、すぐに視線を逸らした。怒っているというより、居心地が悪そうだ。

「……ジュード?」

「おはよ。もう昼過ぎだけどね」

「えっ、昼?」

勢いよく起き上がろうとして、ズキッと腰と肩に痛みが走った。

「痛った……」

「バカ、急に動くなよ」

ジュードの手が伸びてきて、リーナの肩を支えた。その手は大きくて、温かい。

いつもの穏やかな笑顔はない。その代わりに眉間に縦線が入っていた。

(えーっと、なんでこんなことになったんだっけ?)

終わらないすりおろし作業。白濁した水。そしてその後の意識はない。

(やっちゃった……)

ベラさんに「ほどほどに」と言われていたのに。約束を破ってしまった。それでも、頭の片隅では――

(あの片栗粉もどき、どうなってるかな)

料理のことになると、他のことが見えなくなる。ベラさんの言葉は正しかった。

ふと視線を感じて顔を上げると、ジュードがじっとリーナを見ていた。

その目がひどく真剣で、リーナはぎゅっとシーツを握りしめる。

「あ、ご、ごめん。私倒れちゃったんだね」

恐る恐る口を開くと、ジュードの眉間の縦線がさらに深くなった。

「『ごめん』じゃないだろ」

「え……?」

「朝、店に来たら机に突っ伏してて。呼んでも揺すっても起きなくて」

ジュードがはぁっと息を吐く。

「あの数分で、俺の寿命は縮んだと思う、確実に」

「う……ご、ごめ」

「ベラさんもさっき来たんだよ。『ほどほどにって言ったのに』って言われて、返す言葉なかった。俺がもっと早く、それこそ昨日来てればって……ずっと考えてた」

ジュードの切なそうに見える表情や、後悔をにじませた言葉が胸に重く積もっていく。リーナはベッドの上でどんどん小さくなっていった。気づけば正座をしてうなだれている。

「ごめんなさい」

ジュードは大きくため息をついた。

「リーナがさ、料理を夢中になって作ってる姿、好きだよ。でも、それは元気ならって話。倒れるまでやるのは『熱意』じゃなくて『無茶』とか『無謀』って言うんだ」

「はい……」

「自分の体が一番の商売道具なんだからさ。料理の研究も大事さ。でも体調管理はもっと大事だ。それに、一人で抱え込み過ぎじゃないか? 俺もいるし、ベラさんやトムさんたちだっているのに」

ぐうの音も出なかった。リーナは何も言えずただただジュードを見つめる。

「だから次からは――あ、いや、違う」

ジュードが言葉を止めた。乱暴に頭をかく。

「……悪い。説教がしたいわけじゃないんだ」

「え?」

「要は、心配したってこと。すげぇ、心配した」

ジュードがへなへなと椅子の背もたれに寄りかかる。

「無事だと分かったら、急に腹が立ってきて……でも、安心したら力抜けた」

その飾らない言葉が、リーナの心を温める。

「……ごめんなさい。本当に、心配をおかけしました」

リーナはベッドの上で正座をしながら頭を下げる。心からの謝罪だ。

「……で? 何作ってたんだ?」

気まずい空気を破るように、ジュードが尋ねてきた。

「え?」

「あんなに俺たちを心配させて作ってた『あれ』は何? って聞いてるの。厨房にあった、あの白濁した泥水みたいなやつ」

どうせあれなんだろ? というジュードの言葉にリーナの背筋がピンと伸びた。

「泥水じゃなくって、お宝の 素(もと) だよ! 沈殿した塊を乾燥させれば、料理が劇的に変わるんだよ!」

「はあ? 倒れて起きた直後なのに、よくそんな熱弁できるな……あ、まぁリーナだからな」

ジュードが呆れ果てたように天井を仰いだ。でも、その口元は少しだけ緩んでいた。

「まったく……そんな元気があるなら大丈夫そうだな」

彼はサイドテーブルから、濡れたタオルを取って渡してくれた。

「ほら、手。カピカピだぞ」

「あ、ありがとう……」

「次は俺がやるよ」

「へ?」

タオルで手を拭いていると、思いがけない言葉が降ってきた。

「リーナ一人だと、加減知らずにぶっ倒れるまでやるだろ? 悪いが、信用はゼロだ。だったら、俺が見張りながら手伝う」

「で、でも騎士団の訓練が……」

「今日は休みだよ? それに……俺だって、リーナが作った美味いもん、一番に食いたいしな」

そう言って、彼はニカっと笑った。いつもの安心できる笑顔だ。

「……うん。お願いしてもいい?」

「おう! その代わり、休憩は俺が決めるから」

「あはは、厳しいなぁ」

「当たり前だ。これ以上心配させんな」

最後の一言と共に、ポンと頭に手が乗せられた。

大きくて、ごつごつしてて、頼もしい手。

その温かさに、ふと目覚める直前の感覚が蘇った。

(あれ……?)

今の――頭に乗せられた手の温かさと、さっき額に感じた温かさ。

似てるけれど、場所と感触が少し違うような。額に、何が……。

「……ジュード」

「ん?」

「私が寝てる間に……」

「っ! な、何もしてないぞ!」

聞き終わる前に、ジュードが慌てて否定する。

視線が泳いでいる。完全に怪しい。

(……絶対に、何かしたんだ)

リーナは追及するのをやめた。ジュードの慌てっぷりと、あの幸せな感覚を思い出して、口元が緩んだ。