軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

農地と食卓

「リーナちゃん、ちょっと。……あぁもう、重たい!」

昼営業の片付け中、ドサッ、と床がきしむ音が響いた。

ベラが抱えていた麻袋を、投げ出すように下ろしたのだ。袋の口が緩み、中からゴロリと茶色い塊が転がり出る。

「どうしたんですか、これ」

「今年はジャガイモが大豊作でね。市場に山ほど出回ってるのよ。安いし日持ちはするけど……みんな持て余しててね」

リーナは転がり出た一つを拾い上げた。ずしりとした重量感。拳ほどの大きさがあり、皮には張りがある。中身が詰まっているのが手触りでわかる。前世で見慣れた野菜。こっそり『鑑定』するまでもない。

「使い方が分からないって……こんなに立派なのに?」

「立派になったから、みんな戸惑ってるのよ。昔とは全然違うものになっちゃったから」

ベラは複雑そうな顔で、ジャガイモの一つを指先でつついた。

「もともとこの国には、似たような芋があったの。でも小石みたいに小さくて、薬みたいに苦くて……家畜の飼料にしかならなかったのよ」

「家畜の……」

「ええ。人が食べるものじゃなかったわ。それを変えたのが、レオンハルト殿下なの」

聞き覚えのある名前に、背筋がすっと伸びた。

つい先日、身分を隠してこの店に来た青年。ハルトと名乗っていたが、その正体はこの国の第三王子レオンハルトだった。

品種改良は、気の遠くなるような作業だ。何年も、何十年も、地道に掛け合わせを繰り返して、少しずつ理想に近づけていく。リーナは前世で農業に詳しかったわけではないが、それくらいは知っていた。

王族という立場で、そんな地道な作業に没頭する。

「十年以上かかったそうよ。最初は誰も信じなかった。それどころか、導入された頃に食べて腹を壊した人がいてね。『毒の野菜』だってパニックになったわ」

「毒……」

(ああ、そうか)

ジャガイモの芽や緑色になった皮にはソラニンという毒がある。リーナにとっては前世での常識だったが、この世界の人たちは知らなかった。知らないまま食べて、苦しんで、恐怖だけが残ってしまった。

「でも殿下は諦めなかったのよ。毒があるのは芽と緑色の皮だけで、きちんと取り除けば安全だって、広場で自ら調理して食べて見せたんですって」

ベラの言葉に、リーナは息を呑んだ。

自ら、食べて見せた。レオンハルトもリーナと同じように知識を持っている。だから安全だと分かっていたのだろう。

けれど、他の人は違う。彼らにとってそれは「毒」だ。

王族が、多くの人の前で、忌み嫌われる「毒」を口に運ぶ。それがどれだけ勇気のいるパフォーマンスだったか。手にあるジャガイモが、急に熱を持ったように感じられた。

リーナはこの店を守ることで精一杯だった。前世の知識を使って、美味しい料理を作って、お客さんに喜んでもらう。それだけで満足していた。

でも彼は、国全体を見ていた。ジャガイモは寒さに強く、荒地でも育つ。冷害で小麦が不作になっても、この芋があれば民を飢えさせずに済む。そう信じて汗水たらして農民たちと共に野菜を作り上げた。

尊敬と、少しの悔しさ。相反する感情で、唇を噛みしめる。

「……でも、肝心の食べ方が広まってないんじゃ、殿下の苦労も水の泡ね」

ベラが悲しげに溜息をつく。その言葉に、リーナは顔を上げた。

――もったいない。

こんなに立派に育ったジャガイモを、「茹でるか焼くか」だけで終わらせてしまうなんて。彼が何年もかけて作り上げた野菜を、このまま埋もれさせてしまうなんて。

それは、あまりにももったいない。自分にだって、できることがあるはずだ。

彼が「農地」の革命を起こしたなら、リーナは「食卓」の革命を起こせばいい。

規模も影響も、彼の成し遂げたことには到底及ばない。でも――この無骨な茶色の塊が、どれほど美味しくて、どれほど人々を幸せにできるか。それを証明するのは、料理人であるリーナの役目だ。

「……ベラさん」

「ん?」

「そのジャガイモ、全部置いていってください」

顔を上げると、ベラが目を丸くした。

「えっ、全部? こんなにあるのよ?」

「はい。むしろ、足りないくらいです」

リーナは麻袋の中のジャガイモを一つ、両手で包み込んだ。ごつごつとした感触。それはレオンハルト殿下の努力の手触りだ。

「ジャガイモは、ただの野菜じゃありません。化けるんです」

「化ける?」

きょとんとするベラに、リーナは畳みかけるように言った。

「ただの野菜だと思ったら大間違いです。薄く切って揚げればカリカリのスナックに、茹でればホクホクの主食に。裏ごしすればクリームみたいに滑らかになるし、練ればお餅みたいにモチモチにもな……る」

言いながら、ふと気づいた。

(待って。モチモチ?)

ということは、この芋から「 澱粉(でんぷん) 」が取れるということじゃないか?

前世で使っていた片栗粉の正体は、ジャガイモの澱粉だ。これがあれば……。

餡かけの料理。サクサクの唐揚げの衣。将来的には、片栗粉を使ったお菓子だって!

興奮で指先が震えてきた。これはとんでもない宝を見つけてしまったかもしれない。

「そ、そんなに変わるの……?」

「はい! それに何より……油で揚げたジャガイモは、肉料理にも負けない ご馳走(モンスター) になるんです!」

脳裏に浮かぶのは、揚げたてのフライドポテトや、バターが染み込んだじゃがバター。あの背徳的な香りを思い出すだけで、喉が鳴る。

淡白な味だからこそ、どんな色にも染まる。脇役もこなせば、主役も張れる。さらには料理の「つなぎ」や「とろみ」という裏方までこなす、万能選手。

それがこの食材の真骨頂だ。

「任せてください。この国中の人が『ジャガイモを食べたい!』って行列を作るようなレシピ、私が考えてみせますから」

「リーナちゃん……!」

ベラが嬉しそうに目を細める。

リーナは腕まくりをして、山積みのジャガイモに向き直った。

(さあ、やるぞ! 同じ転生者として。料理人として。彼の努力を、無駄にはさせない)