作品タイトル不明
言えなかった告白 ジュードside
扉を背にしたまま、ジュードは力が抜けて石畳の上に崩れ落ちた。
「最悪だ……」
両手で顔を覆い、深く頭を抱え込む。勇気を振り絞り、あと一歩、あと一言まで迫った告白だったのに。
『俺……リーナのこと――』
そこまで言ったのだ。なのに……アデラインが飛び込んできて、ハルトの正体が明かされて、リーナは混乱して。結局、自分は何も伝えられなかった。
それどころか困惑するリーナを前にして、自分から逃げてしまった。
『さっきの話、また今度でいい?』
今度でいい……だと? 本当は今日じゃなきゃだめだったのに。今日を逃したら、またいつになるかわからないのに。
リーナの困惑した表情が、脳裏に焼き付いている。もし、あのまま続けて告白していたらどうなっていたか。嫌われていたら。今までの関係が壊れてしまったら。
考えるだけで、胸が締めつけられる。心臓が訓練後のように激しく脈打っている。冷たい夜風が頬を撫で、石畳のひやりとした感触が膝から伝わってくる。アンナの食卓の扉に背を預けたまま、しばらく身動きができなかった。
どれくらいそうしていただろうか。
「あら、ジュードさん? どうしたの?」
突然、頭上から声がかけられて、彼はバッと顔を上げた。
街灯の明かりの中に、パン屋のソフィアが立っている。頭上からの光が、膝についた土埃や汗の筋をくっきりと照らし出した。
「何でもないです!」
ジュードは慌てて立ち上がった。膝についた埃を払い、無理に口角を上げる。
「ちょっと、疲れてただけで。それじゃあ、失礼します!」
早口で言い放つと、彼は逃げるようにその場を離れた。背中にソフィアの視線が刺さるのを感じながら、騎士団の寮へ足を速める。 ソフィアの小さな呟きが聞こえた。
「……何かあったのかしら?」
ジュードは足を止めることなく、闇の中へと消えていった。
騎士団の寮に戻ると、廊下でアデラインが待ち構えていた。
「お帰りなさい、ジュード」
彼の声には、獲物を前にしたときのような、明らかに何かを企んでいる響きがある。嫌な予感に、ジュードは何食わぬ顔で通り過ぎようとした。
「ああ、ただいま……」
素通りしようとした彼の腕を、アデラインがすっと掴んだ。その手つきは、逃がす気など微塵もないと言っている。
「ちょっと待って。話があるの」
「疲れてるから、また明日に……」
「だめよ。今聞きたいの」
有無を言わさぬ口調で、彼を空いている談話室へと引っ張っていった。扉が閉まる音が、やけに重く響く。
アデラインは腕を組み、鋭い目で彼を見据える。逃げ場はない。
「ねえ、さっきの雰囲気。何があったの?」
「雰囲気って……」
「とぼけないで。私が入る前、あなたとリーナ、二人きりで何話してたの?」
ジュードは視線を逸らした。だが、アデラインの追究は容赦ない。
「もしかして……」
アデラインの声のトーンが変わった。
「告白してた?」
その言葉に、ジュードの顔がみるみる赤くなる。
「ち、違う! そ、そんな……!」
「図星ね!」
アデラインが机を叩き、にやりと笑った。観念したジュードは、肩を落としてソファに沈んだ。革張りのソファが小さく軋む。もう隠しても無駄だ。どうせアデラインは騎士団中に言いふらすだろう。それなら、最初から正直に話した方がまだましだ。
ジュードは深く息を吐き、言葉を選ぶ。
「……言おうとした」
「うん」
「でも、言えなかった」
「うん」
「お前が来たから」
「あら、私のせい?」
悪びれるどころか、アデラインはますます楽しそうだ。
ため息をつきながら、ジュードは頭を掻いた。そして、諦めたように口を開く。
「実は、な……」
ジュードは、リーナとの二人きりの時間で何を話したのか、どこまで言えたのか、どう逃げてしまったのかを包み隠さず話した。
話しているうちに、廊下から複数の足音が聞こえてきた。
扉が開き、ガレスの大きな体躯が入ってくる。続いてシリル、ルーク。彼の声が大きすぎたのか、他のメンバーたちが、いつの間にか談話室に集まっていた。
「おう、何の話だ?」
「……お前ら、聞き耳立ててたのか」
誰も否定しない。ジュードは諦めたように、もう一度最初から話し始めた。
全員が、呆れと期待の混じった視線を彼に投げかけている。
話が終わると、ガレスが大きな身体を揺らしながら呆れたように言った。
「お前、まだ言ってなかったのか!」
シリルは眼鏡を直しながら言う。
「言ってないでしょうね。ジュードですから」
ルークも真面目な顔でうなずいた。
「そうですね。先輩はそういう人です」
「お前ら、俺のこと何だと思ってるんだ……」
ジュードは頭を抱えた。仲間たちから、これほどまでに諦められているとは思いもしなかった。
アデラインがソファの背もたれに肘をついて、意地悪く笑う。
「で? ちゃんと言えたんだっけ?」
「……言えなかった」
彼の諦めにも似た告白が、室内のかすかな冷気の中に吸い込まれていく。
一瞬、静寂が部屋を支配した。
ガレスとシリルが顔を見合わせ、ルークが天を仰ぐ。アデラインは大げさに肩をすくめた。
そして――
「「「このヘタレが!」」」
部屋の空気がどっと揺れた。ガレスが立ち上がり、ジュードの頭をがしがし撫で回す。いや、撫でるというより、ほとんど叩いている。
「痛い、痛いって! だってさ……」
彼は弱々しく反論を試みる。
「嫌われたら、どうするんだよ」
「はあ?」
ガレスが眉をひそめる。
「今の関係が、壊れたら……」
「そんなんだからいつまでも進展しねえんだよ!」
ガレスの大きな手が、再びジュードの頭を襲う。今度は本気で痛い。
「お前な、いつまでウジウジしてんだよ。リーナはそんなこと気にするような奴じゃねえだろ」
「でも……」
「でも、じゃないわよ」
アデラインが割って入る。
「あなたがもう一度、ちゃんと向き合えば、リーナだってちゃんと答えてくれるわ。きっとね」
シリルが腕を組んで付け加える。
「確かに、逃げていては何も始まりませんよ」
ルークも真剣な顔で頷いた。
「先輩、頑張ってください!」
ジュードは仲間たちの顔を見回した。
ガレスの豪快な笑顔。めったに見せない優しい表情のシリル。ルークの真っ直ぐな瞳。アデラインの少しからかうような微笑み。
彼らは皆、からかいこそ混じっているものの、本気で彼の背中を押してくれている。
「次こそちゃんと言えよ!」
ガレスがジュードの肩を力強く叩く。アデラインはウインクして見せる。
「期待してるわよ、ジュード」
ジュードは深く息を吸い込んだ。
そうだ、次こそは。次こそちゃんと、リーナに自分の気持ちを伝えよう。もう逃げない。
仲間たちの励ましの声が、胸に染み込んでいく。
でも――。
胸の奥に、まだ小さな不安が残っている。もし嫌われたら。もし関係が壊れたら。考えるたびに、心臓が嫌な跳ね方をする。それでも、やるしかない。ジュードは自分の拳を握りしめた。仲間たちの笑い声が響く談話室で、彼は小さく決意を固めた。
一方その頃、アードベルの街では。
ソフィアがパン屋の店先で、八百屋のベラと話していた。周りの商人たちは店じまいの準備をしながら世間話に花を咲かせている。
「ねえ、聞いて。さっき、リーナさんの店の前で、ジュードさんが頭を抱えてしゃがみ込んでたのよ」
「まあ!」
ベラが目を丸くする。手に持っていた野菜を籠に置いた。
「それで?」
「声をかけたら、慌てて逃げていったの。何か、すごく動揺してて……」
「もしかして、リーナちゃんと何かあったのかねえ」
ベラが意味ありげに笑い、ソフィアもうなずく。
「若い二人のことだから、色々あるんだろうよ」
二人の会話は、近くを通りかかった他の商人たちの耳にも入っていった。
アードベルの街に、また新しい噂の種が撒かれる。それは、翌朝のパンの香りより早く街中へと広がっていくのだった。