軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5話 隠ぺいと圧と新たな出会い

「ん-……やっぱり朝の勉強のあとには 麦の蜜(麦芽水あめ) (メルフルーメンティ)を入れたカモミールのインフュージョンね」

コロコロと笑いながら大麦麦芽水あめ(あとからバレても問題ないように穀物のハチミツを意味するメルフルーメンティ、麦の蜜と名付けられた)入りのカモミールティを飲みながら勉強後のリラックスタイムを満喫するルクレティアお嬢様。

その様子を遠目で見ながら出来上がった今日製造分の大麦麦芽水あめを倉庫に運ぶ俺、その俺を凝視するフェリクスのおっちゃんと料理人のおっちゃん。

あと、お嬢様の脇に控える侍女奴隷の人もお嬢様にひきつった笑いを顔に張り付けていたが、俺に気づくと俺を真顔で凝視。

その理由は、今お嬢様が満面の笑みで食されている『大麦』麦芽水あめが原因だ。

大麦麦芽水あめをひと舐めしてすっかり気に入ってしまったルクレティアお嬢様。

何とかその事実をなかったことにしたい俺たち奴隷の説得に対して「私が大麦の蜜を食べられないのならこの水あめの存在をばらす!ついでに私が食べたこともばらす!」と全面抗戦の姿勢。

がけっぷちになった俺、フェリクスのおっちゃん、料理人のおっちゃん、侍女奴隷の人はあーでもないこーでもないと悩んだ結果……屋敷全体の奴隷を巻き込んで隠ぺい工作をするという結論になった。

もちろんルクレティアお嬢様にもいくつかのご協力はしてもらう前提で。

提案内容としてはこんな感じ。

・麦芽水あめを今後も作り続けるには料理人のおっちゃんを中心とした台所周りの奴隷の協力が不可欠。

・だが、それ以外にもルクレティアお嬢様が水あめを食されていることを知っている奴隷にも口止めを行う必要がある。

・そうすると結構な割合の奴隷に口止めが必要だ。

・それならばいっそのこと、この麦芽水あめは我がルクレティウス・フロント家の奴隷の『役得』にしてしまい、お嬢様のお小遣いの中でふるまいをしたということにしよう。

・その間に 俺(ルシウス) が夢の中でもう一度ミネルヴァ様に会うなりなんか閃くなりで小麦で蜜を作る方法を特定し小麦麦芽水あめを作るので、そうしたら小麦の蜜の方をはじめから食していたことにする。

そういう内容の説得に方向転換をした我々奴隷ズ。

お小遣いが減ることには若干の難色を示したものの、俺が「そんなに俺に鞭打ち罰を受けさせたいのですかルクレティアお嬢様……」と最終手段の泣き落としを突っ込んだことにより「ま、まあこの麦の蜜を作ったのはルシウスだし……わかったわよ!」と折れるルクレティアお嬢様。

なお、小麦で麦芽水あめを作るという部分は大人が勝手に決めた。

まあ奴隷全員を口止めするとしてもいつまでも隠しきれるわけではないし、お嬢様は最初から別のものを食べてましたよ的なのは必要なのだが、ほぼほぼ神頼み前提ってどうなん?と俺は正直思うんだけど。

まあ作り方は同じだから小麦麦芽作れればできるけど。

そんなわけであの日以降、フェリクスのおっちゃん、料理人のおっちゃん、侍女の人は俺を見かけるたびに『小麦麦芽水あめは?まだか?まだできないのか?どうなんだ!?』という圧をかけてくるようになった。

そんな見つめられちゃ出来るモンも出来ねえよ。

あの日以降さっそく着手した小麦麦芽づくりを1回失敗したからって睨まないで。

初回で成功してる大麦麦芽水あめの方がおかしいんだよ。

ローマの常識を取り戻して?

……しかし小麦麦芽作るの結構難しいわ。

大麦みたいに一日おきのチェックだとタイミング逃したりする。

多分麦芽としての歩留まりも悪そうだから麦芽の比率も上げた方がいいな。

小麦の方がでんぷん量多いからもしかしたら小麦の価格差考えても小麦麦芽水あめの方が安くなるんじゃね?と思ったけど多分必要な原材料の量は同じだな。

そんなとりとめの無いことを考えながら、今日も今日とて圧を無視して自分の仕事をする。

……。

そして時刻は数時間後。

今日の麦芽の様子を観察し終えた昼下がり。

「これなら今回は麦芽化は成功しそうだな……ん?」

普段、奴隷か決まった出入り業者しかいない裏口の通行口の端に、見慣れない影があった。

「だれだ……女の子?」

気になったので近づいて覗いてみると、そこには一人の少女。

年齢は俺やルクレティアお嬢様と同じくらいだろうか。

身なりは清潔だが決して裕福そうではない。

着ている羊毛のチュニカは茶色の安物だが、裏口とはいえ貴族の屋敷でつまんなそうにしてる様子を見るに、奴隷ではなさそう?

新しい出入りの行商の娘か何かだろうか?

そう当たりをつけた俺は、とりあえず声をかけてみることにした。

「君、誰?なんか暇そうだね」

俺が声をかけると、少女はびくっと肩を揺らした。

「あ……えと」

「俺の名前はルシウス。君は?」

何を話せばいいか言いよどむ少女に、俺は先に名乗って話題を作る。

「私、ルシア。今、お父様が薪の取引の件でこのお屋敷のヴィリクス様とお話ししてて、でもやることないし……」

ルシアと名乗った少女は、大きな茶色の瞳を不満げにそらしながら話す。

どうやら、零細の薪商人の娘らしい。

お嬢様の召使としてそれなりの生活を送っている俺から見れば同じ子供でもずいぶん細い。

だがまあ、自由民か。

丁度いいな。

「そうか、ルシアか。……ねえ、これ食べてみる?」

俺は腰に下げていた小壺を取り出した。

中には俺の分の大麦水あめが壺一杯に入っている。

「なに、これ?……もしかして、ハチミツ!?」

「ハチミツじゃないけど甘いんだ」

俺はそう言ってスプーンで麦芽水あめをひと掬いし彼女に差し出した。

「ハチミツじゃない?でもずっと前に食べたことあるハチミツにそっくりだし……でもこんな色だったかなぁ?」

不思議そうにスプーンを見つめるルシア。

「いらないならスプーン返して」

「いらないとは言ってないもん!えぇい!」

俺の言葉に反応し、意を決してスプーンを口にするルシア。

「…………っ!!」

そしてその瞬間、彼女の目が見開かれた。

その反応は、数日前のフェリクスや料理人のおっちゃんと全く同じだ。

「あ、甘い……! なにこれ、覚えてるハチミツの味より優しくて、後味すっきり……!」

彼女は頬を赤く染め、夢中でスプーンに残った蜜をなめとった。

まあ奴隷と言っても下手な自由民よりいいもの食べてるフェリクスのおっちゃんであの反応だし行けるとは思ったが、実際行けるといい気分だな。

「おいしい……! こんなの、初めて食べたわ!」

「気に入ってもらって何より。退屈は消えた?」

「もちろん!ね、ね!それよりもこの甘いの!もっとあるの?」

「売るくらいにはあるよ?」

実際、フェリクスのおっちゃんの指示によりお嬢様のお小遣い枠以外にもちょいちょい作って備蓄している段階だ。

たぶん時期を見てフェリクスのおっちゃんが ペクリウム(へそくり) のための話を持ってくるだろうと推測している。

ヴィリクスであるフェリクスのおっちゃんであれば俺を無視して自分のものにするのは容易いが、この麦芽水あめはミネルヴァ様由来という 謳(うた) い文句な上、ルクレティアお嬢様も一枚嚙んでいる。

俺をハブってルクレティアお嬢様や最悪女神ミネルヴァ様の不興を買うより俺を噛ませて安全にぺクリウムを形成する法を狙うだろう。

「本当!?ちょっと、そこで待ってて!」

俺の売るほどあるという言葉に反応し、興奮した様子でどこかへ走り去るルシア。

「なんだぁ?」

不思議に思って見送っていると、数分後、彼女は中年の男を連れて戻ってきた。

「おい、ルシア!一体なんだ……商談は終わったが……そんなにすぐ帰りたいのか?」

「いいから!すごい商品見つけたのよ!これ知らないで帰るとか絶対後悔する!!」

乱雑に切られた髪と髭の赤茶けた顔のおっさん。

着ているチュニカの色はくすんでおり、全体的な身なりで言うとなんか俺の方が小奇麗な状態。

ルシアとのやり取りを見るにルシアの父親だろう。

「デキムスさん、娘さんはおてんばだねぇ」

そしてデキムスの後ろをゆっくり追うようにフェリクスのおっちゃんも裏口の通用路に現れる。

なんか変な組み合わせになったな。

いや、フェリクスのおっちゃんもいるし、行っちゃうか麦芽水あめの外販。