軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4話 麦芽水あめを作ろう!製造編

作業を開始してから1週間は針の筵だった。

お嬢様のお気に入りの奴隷が高熱から回復したと思ったらなんか家の大麦を水に浸し始めたらまあそうなる。

そして芽が出たら日光で乾燥させ始めると一部の奴隷は麦芽を知っているようで「あぁ、麦芽か」といった反応。

で、フェリクスのおっちゃんに許可を貰ってから1週間後、乾燥麦芽ができたので料理人と下働きの奴隷さんに大麦粥を作ってもらう。

10歳でもお嬢様の遊び相手以外の仕事も任される時はあるが火の管理などはまだまだ任せてもらえないのだ。

そしてここでも台所の奴隷からの視線は「え?この粥食べるわけじゃないの?なにやんの?」といった反応。

水あめ作業で作っているときに好意的な目線はルクレティアお嬢様からの興味津々の目線だけだった。

あれがなければ耐えられなかった。

ルクレティアお嬢様は俺の守護天使なのかもしれない。

守護(まも) らねば。まあ今は 守護(まも) られてる立場なんですけどね。

そんなアホな思考回避で屋敷内からの冷ややかな目線を受けながら保温作業まで済ませた後、翌朝。

壺を取り出してみると、昨日まではドロドロの大麦粥だったのが、糖化が進み大麦と液体が完全に分離している。

これを布で濾すと褐色の液体。

料理人奴隷のおっちゃんとフェリクスのおっちゃんが驚いている。

フェリクスのおっちゃんは「まさか本当にミネルヴァ様が……?」とか呟いている。

うん、半信半疑だっただよね。まあそうだわな。

それでよく材料出してくれたものだ。

まあルクレティアお嬢様主導だったしな。

やっぱお嬢様パワーって強ぇわ。

そんな感じで最終工程。アクを取りながら煮詰める作業を料理人奴隷のおっちゃんに任せること2時間。

「こんなもんですか?」

なぜか敬語で聞いてくる料理人奴隷のおっちゃん。

鍋の中を覗き込む。

余計な水分が飛び、液体がトロリと粘り気を持ち、 琥珀色(こはくいろ) に輝いている。

料理人奴隷のおっちゃんから木べらを受け取り鍋に線を書く。

うん。線が書ける程度の粘度ならOKだ。

「……完成だ」

慎重に料理人奴隷のおっちゃんと下働き奴隷の人が小型の壺に完成品を注ぎ込む。

確かあの壺は1セスタリウス――500ミリリットルくらいの壺のはず。

その壺に注ぎ終わってもなお少し鍋には水あめが残っている。

それを平たい皿に移し、冷ます。

無地の質素な茶色の皿の中で 琥珀色(こはくいろ) の麦芽水あめが怪しく光っていた。

フェリクスのおっちゃんを始めとする奴隷仲間とルクレティアお嬢様がかたずをのんで見守る中、俺は麦芽水あめ指ですくいひとなめし。

(甘い……ハチミツよりはあっさりとして少し甘さも弱めだけど……前世で食ったあの懐かしい水あめの味だ)

おそらく温度管理の問題だろう、記憶の中の麦芽水あめよりは少し弱いものの、この時代としては十分すぎる甘味。

「おいルシ坊……どうだ?ちゃんと蜜になっていたのか?」

無言で今から見たら未来、かつて俺が生きていた時代に思いをはせていると、それを何かに勘違いしたのかはわからないが、恐る恐るといった表情で問いかけてくるフェリクスのおっちゃん。

「ん……」

それに対して俺は無言で麦芽水あめ入りの皿を差し出す。

「なめろってことか……どれ……んんっ!?」

俺と同じように指に麦芽水あめをつけてひと舐めした途端フェリクスのおっちゃんの目が見開かれる。

そして無言で料理人奴隷のおっちゃんにも皿を差し出し、料理人のおっちゃんもひと舐めして同じ反応。

そして焦点の定まっていない目で俺に皿を返した直後正気を取り戻したかのようにまくしたてる。

「な、なんだこれは!? 甘い……ハチミツよりは控えめだが、ハチミツよりも食べやすいぞ!?」

「 癖(くせ) が少ないな……これは調味料として見たらむしろハチミツよりも使いやすいぞ!?あ、いや……しかし」

単純に甘さに驚くフェリクスのおっちゃん。

フェリクスのおっちゃんと同じような反応で即座に料理への活用を考え始めたかと思うとすぐ悩むような表情になっていく料理人奴隷のおっちゃん。

「お、俺にもなめさせろ!」

「俺もだ!」

後ろで様子を見守っていた協力させられていた奴隷たちも次々に水あめを要求しだす。

「ルシ坊?」

「ミネルヴァ様にお供えする分を除いたらいいよ。作り方はこれで確信を持てたし」

そう言ってミネルヴァ様へお供えする分を盃に青銅製のスプーンで取り分けた後、皿ごとフェリクスのおっちゃんにわたして分配を丸投げする。

フェリクスのおっちゃんによる分配を受け次々になめ、一瞬で顔を輝かせる奴隷仲間。

古代ローマにおいて甘みは超高級品だ。

俺がミネルヴァ様から授かったという情報もあり、彼らにとってはこれは文字通りの「神の食べ物」に感じたのだろう。

誰がやるのではなく食べ終わった奴隷たちが祭壇のある方向に祈りを捧げだしていた。

「ちょっと!?私のは!?」

そして放置されていたルクレティアお嬢様がぶちぎれれだす。

そうだ。

フェリクスのおっちゃんを説得したのはルクレティアお嬢様だし、取り置いておいた壺の方からルクレティアお嬢様の分を……。

そう思って壺とスプーンに手を伸ばすと、微妙な表情をしたフェリクスのおっちゃんに制止される。

「……フェリクスのおっちゃん?」

「ミネルヴァ様はお前にそのように要求したのだし良いと思うんだが……その、お嬢様が大麦で作ったものを食すのは……なあ?」

「ちょっと、その……我々奴隷であればいざ知らず、ルクレティウス家の令嬢たるルクレティアお嬢様にはふさわしくないものかと」

言いよどむフェリクスのおっちゃんとそれを補足する料理人奴隷のおっちゃん。

そうだった。

ローマにおいて大麦とは奴隷や身分の低い人間が食べるものとみなされており、貴族から見たら家畜のえさ同然の分類になる。

何せ兵士に対しての罰として大麦糧食というものがあるレベル。

この時代の大麦とはそういう扱いだった。

そんなものを名家のお嬢様であるルクレティアお嬢様に食わせたなんて万一家長であるマルクス様に知られたら、止めなかった奴隷は一人残らず軽くても鞭打ち程度の罰を受けることになるだろう。

「なによ?早く私にも頂戴?」

「あの、お嬢様……これは大麦で作られてまして……」

「知ってるわよ。見てたもの」

「そんな奴隷が食べるもので作られたものをお嬢様に食べさせたとマルクス様に知られでもしたら……」

「じゃあこれは私と貴方達の秘密ってことね――――隙あり!」

「「「あ!!!!」」」

そう言って俺からスプーンと壺を奪い、素早く壺から水あめを掬ってそのまま口へ。

「……ん、っ!……おいしいわ!これ、すごくおいしい!はちみつよりあっさりしてていっぱい食べれそう!風味が少ないからカモミールのインフュージョンとかに入れてもいいかも!」

ルクレティアお嬢様、大興奮である。

我々大絶望である。

「ねえ?これお母様にもお渡しするのはどうかしら?」

「「「お嬢様!それだけはご勘弁を!!!」」」

食べ物の原材料にまだ社会的な偏見の薄いルクレティアお嬢様ならまだしも、奥様は名門ピソ家 傍流(ぼうりゅう) のローマ出身の超上流階級出身。

家長であるマルクス様にばれるのとほぼ同じことを意味する。

つまり鞭打ちである。

俺たち奴隷は必死にルクレティアお嬢様の説得に取り掛かることになった。