軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

104話 それはそれ、これはこれ

「操業が止まる!? どういうことだプリニウス! 現状鋼鉄製造は問題なく動いているではないか!」

プッさんの厳しい未来予測にドミさんは声を荒げる。

それに対してプッさんは飄々とした表情を崩さずに事実の羅列をつづけた。

「まずですな、鋼鉄製造の前工程、 銑鉄(せんてつ) を作るために高炉に鉄鉱石と一緒に投入するコークスの原料となる石炭は陸路では到底輸送が間に合いませんので、冬の航海制限の原則の特例として交易商人に命じて海路で輸送させているところまではご存じですな?」

「あぁ、たしか冬の危険な時期に運行させるために方位磁針の貸与や今後の鋼鉄販売利権などを餌に商人を集めたと聞いているが……そこで問題か?」

「まーそこでも結構商人には無茶をさせました。が、問題の 根本(ねもと) はそこではないのですよ。……さすがに冬期の航海では通常の航海よりも時間がかかるらしく、大体 ブリタンニア(イギリス) の港を出港してからこの街まで1か月弱くらいかかるのですよ。が、その通常よりも長い航海がこの石炭には曲者みたいでしてな」

長い航海、石炭の特性……。

プッさんの説明により、俺はひとつの可能性に思い至る。

「――あ。もしかしてプリニウス様。船、燃えました?」

「さすが友ルシウス、この石炭の性格も知っていたのか」

「石炭が、燃える? 勝手にか? 火元の管理が甘かったとかでもなくか?」

「えぇ、そうなのですよ殿下。木材などと違い、この石炭という石はとても厄介でしてな、一か所に長期間――おおよそ3週間以上山積みしておくと勝手に燃え出すことがあるのですよ」

そう。石炭というのはきちんと踏み固めをしないで放置しておくと空気中の酸素と反応して酸化が進み、発火することがある。

そのため一定条件下では定期的な散水が必要なのだが……散水することによっても発火しやすくなったりもする。

産業革命期にガンガン使われていたので使いやすい燃料かと思いきや、結構癖の強い燃料なのが石炭なのだ。

それは俺も知っていたので航海期間等は安全マージンを取っていたが、冬期の航海期間を甘く見ていたのと、商人たちの『より多く船に積載して利益を取ろうとする』というという本能を甘く見ていた。

当然ながら石が勝手に燃えるという発想などない貿易商人は温度管理もしないまま、利益確保のために荷室に石炭を満載した状態でそのまま寄港時もろくな確認もせずに航海を続ける。

そうすると悪条件が重なった場合、石炭は容易に高温となり船の素材である木材を燃やし始めるだろう。

プッさんによると、大体この街の港に着く一個前の寄港地で発火する事例が数件、そして航海中の発火も数件。

大体はボヤで済んでそのまま納入されているものの、沈没事例も出てきているらしい。

「商人にとって現在の石炭輸送というのは単価そのものは安く、将来的な利権に食い込むための先行投資という意味合いが強いですからな。そして航海は風の都合で予定よりも長期にわたる可能性は常にある。冬期の航海リスクだけならいざ知らず、冬期以降も風の都合により火災リスクが発生しだす物品ということが知れるにつれて徐々に利権と天秤にかけても及び腰になりつつあるのですよ」

「それで、燃えづらい鋼鉄製の船を作ろうとしたわけか」

「えぇその通りです殿下。ですが……」

「熱した鉄の釘でつなぎ合わせて船そのものはできましたが、鉄で作った船は流石に重すぎて良い風がある時でないと動かない船になってしまいましてな! はっはっは」

笑いながらプッさんの言葉を補足するヘロン。

「で、それならヘロン殿が以前発明された蒸気で動く機械を改良すれば水車の逆の動きをさせることによって船を動かせるのではないかという話になって今に至るというわけです」

「ちなみに船以外の輸送手段と空で運んではどうかともワシは思いましてな? 『空を飛ぶ機械』も作ろうしたのですが、流石にあれは無茶だった!! 多分蒸気で風を吹かせるだけでは力の減退が激しすぎるのでしょうなあ。ガハハハハ!」

プッさんの説明に失敗品の開発経緯を補足するヘロン。

あの謎物体、やっぱりヘリコプターとか飛行機とか作ろうとしてたのか。

というかそもそも陸路による荷馬車輸送でもコスパが壊滅的なのに空路で石炭輸送して採算とれるわけないだろ。絶対趣味だろそっちは。

「……それで? そんな失敗も挟みつつ、本命たる蒸気機関の完成にこぎつけたのが、今日、というわけか? まあ、鋼鉄製造に関する重大な懸念を前にした現場判断としては貴様の職権の範囲内ではあっただろう……だがそれでも報告くらいはしてもらいたかったものだがな」

製鉄プラントの操業危機という大義名分の前にドミさんはだいぶトーンダウンしつつも、報連相の面から恨みがましい視線をプッさんに向ける。

「やはり実際に実用的に動くものがあるとないとでは話は大違いですからな」

「ちなみにワックラとシリクスだが、あれらも蒸気機関については知っていたのか?」

「……」

「おい」

「ワックラ殿とシリクス殿には無茶を言ったとも思ってますぞ」

ワックラとシリクスはプッさんとプッさんが連れてきたギリシア人ガンギマリ団が謎の開発してるとしか知らなかったんか。

可哀そう。

「もう一つ、なぜ蒸気機関で馬車を走らせてるのだ? 蒸気機関を使って動かすものが船ならば、最初から船に取り付ければよいではないか?」

「「……」」

「おい」

ドミさんの追加の追及に今度こそ二人は目をそらす。

しかしそこは流石の歴戦の技術者と官僚。

すぐに技術的な言い訳を思いついたらしいヘロンからベラを回し始める。

「出力の問題もありますからのぅ。あの船を動かすには今日完成した蒸気機関を複数作る必要がございます。さすがに天才のワシとて完成してない機械は量産はしませんぞ。なので、最初のお披露目としてはやはり荷馬車に取り付けるのが最適解でしてな」

「それに、鋼鉄で作る鉄の道そのものも帝国の輸送能力を飛躍的に向上させることができるのですよ殿下。これはすごい事なのです」

ヘロンの説明に追加するような形で、帝国にメリットのある大義名分を思いついた様子のプッさんが言葉を被せてくる。

「理にはかなっているし、あれが今のローマ街道を沿うように走る様になればすごい事になるのは技術に詳しくない私でもわかる」

「やはり殿下もわかりますかの! あの蒸気機関がローマ全土を駆け巡る! そうすればちょっとした小型船並みの輸送力を帝国全土に行き渡らせることも可能なのですよ!! ワシ、想像するだけで頭が沸騰しそうですぞ!!」

「それはそれとして蒸気機関をお披露目するだけなら小型船に載せればよかったのでは?」

なんか変な方向にヒートアップしそうな気配を感じたので、クールダウンさせるために俺もマジレスをする。

「「……」」

「ちょっと??」

絶対思いついてたでしょ、それ。

「まあ、そう言う選択肢も……」「あったかもしれませんのぉ?」

「……ふー」

目を泳がせる二人を見ながら深いため息をつくドミさん。

製鉄プラントの操業危機への対処という妥当な名分はある。

そして皇帝直轄の工廠責任者であれば、ある程度生産物の用途についての独自判断権限はある。

そして生み出された蒸気機関、鉄道、蒸気機関車、そして鋼鉄蒸気船は将来的には帝国の支配力を飛躍的に上昇させることに疑いはない。

が、それはそれとして今日お披露目された鉄道と蒸気機関車は完全に趣味。大義名分があるけど趣味。

そのせいで武器製造は完全に遅延してる。

が、それも蒸気機関の高出力で旋盤を安定稼働させれば容易に挽回できる。

趣味と実益を並立させてる上に今後の帝国の事を考えれば厳しい罰は避けたい。

が、何らかの釘は刺しておきたい。

ドミさんの顔にはそんな相反する打算が渦巻いているようだった。

「殿下、ちょっとお耳を……」

「うん?」

そんなドミさんの顔を見て、俺の隣で我関せずの姿勢でいたルクレティアお嬢様が動く。

そしてドミさんに耳打ちをすると、ドミさんは見る見るうちにニヤニヤした顔になっていった。

「プリニウス、そしてヘロンよ」

「「っは」」

「蒸気機関の完成までこぎつけたこと。ご苦労であった。この発明は確かに帝国の未来を明るく照らすであろう」

「「おぉ! では!!」」

「あぁ、春の終わりごろまでは武器製造はノウハウの構築に必要な数に抑え、鋼鉄の増産を前提として輸送用との機械の製造に鋼鉄を回すことを許そう」

「承知いたしました殿下!」「いやぁ殿下は話の分かるお方ですのぅ!」

ドミさんの裁定に、詰問を乗り切ったと確信した二人の顔が明るくなる。

「それはそれとして私への報告なしに鋼鉄の九割以上を開発につぎ込んだのは許せんのでこの街に滞在中にルシウスが用意していたであろう、お前たちのルシウスへの質問用時間は没収するものとする」

「「な!?」」

「そ、そんなご無体な!! ルシウス殿との語らいをこのワシがどれほど待ち望んだかご存じでない!?」

「そうですぞ殿下! 私も今回の蒸気機関の件でルシウスに聞きたいことが山ほどあるのです!!」

「やかましい! 聞きたいことは書面にまとめて後で聞け!! 大義名分を盾に好き放題しすぎだと言ってるのだ!」

「「そ、そんな……」」

「少しは反省するのだな!! もうここに至ってはやるなとは言わんしどうせ止まらんから止まれとも言わん! が、きちんと情報の共有はしろ!」

ドミさんの至極もっともな怒りを受け、寝椅子から上体を起こして抗議の姿勢を取ろうとした二人は、そのまま崩れ落ちるように寝椅子に頭を沈めていった。