作品タイトル不明
103話 プッさんの言い分
元祖蒸気機関の発明者ヘロンの手により、機関車を始めとした謎発明がオートで進みつつあるという衝撃の展開を目のあたりにした今日この頃。
時刻は既に夕刻に差し掛かり空が茜色に染まりつつある中で、一旦入浴のために浴場へ向かったドミさんと別れ、俺は買い物を満喫したらしいルクレティアお嬢様とルシアに合流。
山のような荷物をデキムス邸(いつの間にか立ってた)に預けた後に、その足で北ポンペイの海沿いに建てられた出来立てホヤホヤの豪奢なプッさんの 別荘(ヴィラ) へと招かれていた。
どうでもいいけどこういう宴に俺が二人を連れていくことにだれも違和感を感じなくなってるのは良いのか? まあそこはお嬢様とルシアがなんかしてるのか。まあいいか。
「ねぇねぇルシウス君!! 私の パッラ(外衣) どう!? この鮮やかなピンク色すごくない!?」
「私の薄黄色の パッラ(外衣) の感想が先でしょう?」
「あ! そうだよ! ほらルクレティア様と私の服の感想! ほらどうぞ!!」
服飾品街で買いそろえたと思われる、この時代で考えれば明らかに発色の良いパッラをはためかせながらお嬢様の後ろに回り、ルシアは感想を要求してくる。
「二人ともとても似合ってると思うよ」
「ふへへへぇ……ルシウス君もっと! 具体的に!」
「ルシアのピンク色のパッラはルシアの明るい性格にぴったりだと思うよ。女神フローラに花にされちゃわないか心配になっちゃう」
「きゃ~! そんなルシウス君! 歯が浮きそうなセリフをスラスラと! もー!」
「ルシウス、私は?」
「お嬢様の装いはトゥニカの茶色と緑の刺繍と合わさって木に咲いた花みたいな印象で、何というか知性を感じます」
「ふふん、当然ね」
無事、宴の前の二人の装い感想試験は通過したようだ。
だが今日のメインディッシュはこれから。
昼間になあなあにされた、ドミさんによるプッさんへの詰問がこの宴で再開されるのだ。
昼の一連の騒動をお嬢様に共有した結果、お嬢様曰く「大丈夫よルシウス。あとはもうどうせプリニウス様と殿下の間で勝手に進むんだから」とのことなので穏便に進むことを期待したい。
まあなんやかんやで結局あの後ドミさんも蒸気機関に試乗してキャッキャしてたし大丈夫だよね? それのせいでプッさんとヘロン同様に煤だらけになって、風呂に入ってから来る事になったから頭も冷めてるだろうし。
「また昼の執務室のようなパワハラ下問が開催されるのは飯が不味くなるので正直勘弁してほしいなぁ」
そんなことを考えながら、柱廊を進み、中庭の先の川を見渡せる位置にある食堂の入り口まで来る。
「あ、ドミティアヌス殿下」
「む? おぉ、ルシウスも今来たところか」
そこでは、さっぱりした様子のドミさんがちょうど食堂に入ろうとしているところだった。
「おぉ! 殿下に友ルシウス! おそろいのようですな! さあさあ、用意ができておりますぞ。どうぞ、こちらの 寝椅子(レクトゥス) へ!」
そしてそのまま食堂に入ると、ドミさん同様、ドミさんよりも一足先に工廠の方の浴場でさっぱりしたと思われるプッさんとヘロンが満面の笑みで待ち構えていた。
とてもじゃないがこれからワックラやシリクスの時のように詰問される側の人間とは思えない顔である。肝が太い。
目線をテーブルの上に移すと、ローマ版カラスミであるボッタルガやウナギなどのオルベテッロ近郊で採れる新鮮な魚介を中心に、生ハムやベーコン、腸詰料理などが並んでいる。
「塩漬け肉の種類が多いな? ここの名産なのか?」
「えぇ、ここの職人は高給激務。そして他の街と比較しても体力勝負でしてな。金の使い先として肉に殺到した結果、食肉加工業についても急激に発展しつつあるのですよ殿下」
若干上流階級の宴としては毛色の違うメニューに疑問を投げかけるドミさんにプッさんが説明する。
「視察にいらっしゃったのです。せっかくですからこの街の産業に関わるものを多くお出ししようという趣向になります」
「ふむ……美味いな、これ」
「でしょう?」
「……で、だ。食事も良いが、まずは昼の件について弁明を聞かせてもらおうか?」
プッさんに勧められた コッパ(生ハム) を口にしつつ、ドミさんはさっそく本題に切り込む。
昼に比べればだいぶ口調に棘はないが、それはそれとしてしっかり詰める気ではいるようだった。
「私が次期皇帝となるためのダキア遠征の要、銃火器の生産に充てるべき鋼鉄を私的に流用した件については、どう言い訳をするつもりだ?」
それに対し、プッさんは全く悪びれることなくボッタルガを口にしてグラッパの果実割りを飲みながら答える。
「殿下。工廠に関しての稼働は私に一任されているのです。私は稼働のために必要なことをしているにすぎませんぞ? それに武器製造について後回しにしているのも、最終的なダキア遠征成功のために優先すべき案件を着実にこなしているにすぎません」
「……どういうことだ? 馬がなくても走る鉄の荷車、鉄の船、そしてよくわからんガラクタの山。あれらはお前やそこにいるヘロンの知的好奇心を満たしたかっただけではないと?」
「技術という物はですな、殿下。最初から最短で最適解にたどり着けるものではないのですよ」
「失敗を繰り返し、寄り道をすることで、初めて見えてくる真理がある。技術とはそういう物ですぞ」
ドミさんの追及に飄々とした声色でプッさんが答え、それに対してヘロンが補足する。
ヘロンの言うことは至極まっとうだ。
ドミさんは俺のいわゆる『巨人の肩の上』に乗ったインチキ、最適解での技術開発に慣れ過ぎているから不審に思うだろうが、大体の技術開発には膨大な失敗が埋まっている。
というか冷静に考えなくても数か月で実用的な蒸気機関にたどり着くヘロンも大概なのだ。
現代知識がなければ俺は無理だぞ。
まあ、ヘリコプターっぽいモノや飛行機っぽいモノや謎物体を作ってる理由は謎だけど。
「で? それのどこが稼働のために必要なことにつながるのだ?」
だが、そんな前提の認識が薄いドミさんは追及の手を緩めない。
「この蒸気機関と鋼鉄の船を合わせて作る蒸気船で、初めてこの工廠への石炭供給の安定性が保てるようになるのですよ。これがなければ春ごろには操業が止まっていた可能性が高いでしょうな」
「なっ!?」
「え゛?」
プッさんの衝撃の一言にドミさんは目を見開き、俺は掴んでいた生ハムを落としかける。
ちょっとまって、それどういうこと!?