軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

踊れない2人

「はい!お二人とも最初から!」

「「っ!」」

広い邸の中にある、これまた広いダンスホール。

煌びやかなシャンデリアの下で、この10年戦うことだけに身体を使ってきたアレンと、机に座って勉強や仕事に打ち込んできた私が必死でダンスに挑んでいる。

「はぁ……はぁ……」

私はもうダメかもしれない。

早々に息が上がってしまい、情けなくもアレンの腕に縋ってぐったりしてしまう。

「ソアリス、大丈夫か?」

アレンは体力があるので疲れてはいないようだけれど、その表情は硬い。どちらか一方でもダンスが得意であればまだ踊りやすいのだろう。けれど残念ながら、私たちは2人揃って似た者同士らしい。

「だ、い、じょうぶ……じゃないみたいです……」

これは練習ではなく、訓練だわ。肩や二の腕、ふくらはぎがパンパンに腫れているような気がする。それに首も痛い。

「ソアリス様、休憩にいたしましょう」

まず最初は、ヘルトさんとユンさんが手を叩き、リズムを取ってくれるところから始まった。

30分以上それで練習をして、そこからは侍女長がピアノを弾いて伴奏してくれて1時間が経過した。

あまりの出来の悪さに、ユンさんは2曲だけに絞って練習しようと変更する。

私たちが歓喜に震えていると、ヘルトさんが思わずといった風に噴き出していた。

こんなに踊れない夫婦はめずらしい、ということらしい。

「ごめんなさい、私の体力がないばかりに……」

文官は、通勤以外の運動はしないのだ。

少なくとも、金庫番では異論は出ないと思う。

「衣装が重いし、動きにくいだろう?女性は大変だな」

アレンは私を支えつつ、優しく気遣ってくれた。しかも休憩用のソファーまで、私を横抱きにして運んでくれるという至れり尽くせりですみません……!

本番に近いドレスは、淡い水色。ドレープは少なめで、マーメイドラインのスレンダー体型に見えるデザインだ。首元はレースになっていて、運動を続けるとこれが地味に暑くてますます息が上がる。

アレンはタイこそ着けていないものの、正装の上着とシャツ、トラウザーズ姿だ。目が眩むほどカッコイイ。どうしよう、当日はこの人の隣にずっといるんだわ。直視したら目がやられるかもしれない、本気で心配になってくる。

「ソアリス、水を」

ソファーに降ろされた私は、甲斐甲斐しく世話をしてくれるアレンを頼りっぱなし。

そもそもダンスでホールドするとずっと密着状態で心拍数が異様に上昇するし、緊張して喉が渇くし、目が合うとそれこそ息が詰まる。

見つめ合って踊らないといけないなんて、私にはハードルが高かった。

でも私の気も知らず、アレンは麗しい笑みを惜しみなく披露してくる。

「ソアリスは、疲れていても可愛らしいな」

「…………そんなわけがありません」

汗だくです。

アレンみたいに、一滴も汗をかかずに涼しい顔をしていられません。

「ダンスは苦手だが、一緒にいられるならこの時間もいいものだ」

微笑まないで!

これまで戦場にいたから無事でいられただけで、もしアレンが社交界デビューしていたらご令嬢方に囲まれて舞踏会中ずっとダンスをしなきゃいけなくなっていたんだろうな。

遠慮なく水をごくごく飲み、ひと息つくとアレンはなぜか懇願するような目で私を見つめた。

「君と踊るのは、一生俺だけにして欲しい。ソアリスに俺以外が触れるなど、想像しただけで気が狂いそうだ。他の男とは絶対に踊らせたくない」

「誰からのお誘いもないと思いますよ?踊るとしても父かエリオットくらいでしょう。あぁ、それにヒースランのお義父様とか」

「全員却下」

「全員!?」

思わず苦笑いをすると、背後からユンさんが鬼指導員として注意を促してきた。

「アレン様!君と踊るのは俺だけって、現状まったく踊れていませんからね?せめて完璧に踊ってからソアリス様を口説いてください!」

ユンさんはとても厳しかった。

最初に比べると随分と足が止まらなくなったのに、アレンに対して「優雅さが足りない」「もっと奥様の身長に合わせた角度で足を運んで」と指導は無限に出てくるのだ。

「アレン様は、一歩が大きすぎます。ソアリス様のお身体に負担をかけないよう、優雅にリードしてください」

「わかった、やってみよう」

「それにリズム感がまるでございませんので、できるだけ一つ一つの動作をなめらかに柔らかく持っていくよう心がけてください。冒頭は特に左、右、左、右と単調ですから、斬るべき敵が交互に出てくるイメージで足を運んでください」

「それなら何とか」

ここって騎士団の訓練施設だったかしら?新兵の養成所?空気が殺伐としているような。

とはいえ、ようやく休憩になったので、私はすり減った体力を今のうちに回復させなくてはいけない。

「足がつりそう……!普段から身体を動かしていないからこういうことになるのよね」

そう言ってふくらはぎを手で揉んでいると、ユンさんがお湯とタオルを取りに行ってくれた。座り仕事メインの金庫番に、2時間のダンスレッスンは過酷すぎたのだ。

全身が悲鳴を上げている。関節や筋が痛すぎて、今日は眠れるかどうかも怪しい。

満身創痍の私たちを見て、ヘルトさんはお茶と軽食の用意をと言って出て行ってしまい、広いホールの端で2人きりになった。

背もたれに身体を預け、目を閉じてぐったりしてしまう。素敵な奥様を演じる余裕なんてない。

脱力していると、アレンが申し訳なさそうな顔で口を開いた。

「無理をさせてしまったな、俺がリードできないばかりに」

「いえ、そんなことは」

「ソアリス、ご」

「ごめんはなしですよ?私だって踊れないのですから、アレンのせいじゃありません」

自分が悪いと謝ろうとするアレンの言葉を遮って、私は言った。

彼は一瞬驚いた顔になり、すぐにふっと笑って目を細める。

「うん。2人でがんばろう」

「はい」

左手を包み込むように握られ、私も少しだけ握り返す。

この2カ月余りで、手は緊張せずに握れるようになったのだから私も進歩した。

「あぁ、当日なんだけれど、陛下がぜひソアリスに会いたいって。本当に挨拶だけだから、ソアリスは俺のそばで笑っているだけでいいから」

「国王陛下への挨拶があるとは伺っていましたが、ぜひって……」

今度はどんな絶世の美女だと勘違いされているのか。イメージダウンは必至だけれど、私は私なりにがんばるしかない。

「あなたの妻をしっかりと務められるよう、がんばりますね!」

ふんっと気合を入れると、アレンは苦笑する。

「いいよ、そんなにがんばらなくて。俺はそのままのソアリスが好きなんだから」

アレンは常に私を甘やかしてくるけれど、これを受け入れていてはいけないと思う。気づいたときには勘違い妻、なんて末路は嫌だから。

それに、自信をもって彼の隣に立てるようになりたい。

「アレンのためというわけじゃなくて、私ががんばりたいんです。だって、その、私は」

「ん?」

じっと向けられる蒼い瞳が、私の羞恥心を呼ぶ。

ちょっと目を伏せた私は小心者だ。

「私は、その、アレンの妻なのですから。あなたが誇れるような妻になりたいのです」

苦手だなんだって言っていられない。

逃げるわけにはいかないのだ。

アレンの求婚を受け入れたからには、もう1度一緒にやり直すと決めたからには努力は惜しまない。

彼はちょっと驚いた顔をして、でもすぐに顔をくしゃりと崩して笑った。

「結局、俺のためなんじゃないか」

「あ……」

そういうつもりじゃないんだけれど、言われてみればそうなのかもしれない。

2人で笑い合っていると、大きな手が私の頬に添えられた。

そっと唇が触れ合い、しばらくは甘い空気に浸る。

「ずっと我慢していた。踊っているときも、何度もソアリスにこうしたかった」

2人きりならともかく、人に見られて平気なほど私は豪胆になれない。こうしてキスをされるのも、未だに慣れなくて逃げ出したくなるくらいだ。

それに今はダンスでへとへとになっていて、汗をかいている。

近づきたくなくて、私は座ったままじりじりと下がっていった。

「あの、今は……」

しかしアレンは逃げる私を追い、ズイッと遠慮なく距離を詰める。

「離れて」

「それはできない」

アレンは 箍(たが) が外れたのか、私の髪や瞼、頬や首筋にも次々に唇を落とす。

待って待って待って、私は今汗をかいているんです!

必死で抵抗するも、まるで敵わない。

「っ!」

腰や背中を撫でる手つきがあやしい。

顔を背けて逃げようとすると、追いかけられ唇を奪われた。

だんだんと身体が後ろに傾いていて、これはさすがにまずい……!

「ソアリス、愛してる」

「ひっ」

あまりの急展開についていけず、消え入りそうな悲鳴が漏れた。

あぁ、そろそろユンさんかヘルトさんが戻って来そう!

こんなところを見られたら、恥ずかしすぎて卒倒する。

「アレン」

「嫌だ」

まだ何も言ってませんよ!?

麗しい夫は覆い被さるようにして迫ってきた。

「もう離れてください……って、きゃっ」

逃げようと体を引くと、そのままソファーに倒れこんだ。無理に手をついて身体を支えようとした結果、左手首から嫌な音が……。

――グリッ!

「うっ!」

「ソアリス!?」

左手首に強烈な痛みが走り、私は呻き声を上げる。

「痛っ……!」

「どこだ!?どこが痛む!?」

アレンは慌てて私を抱き起こし、みるみるうちに赤く腫れていく手首を見てぎょっと目を瞠った。

そこへちょうど戻ってきたユンさんは、休憩中にケガをした私を見て悲鳴を上げた後、急いで手当てをしてくれた。

事情を話さずともだいたい予想がついたらしく、ユンさんは冷たい目でアレンを叱る。

「どこの世界に、レッスンの休憩中に奥様に襲いかかる夫がおりますか!いくらソアリス様が好きでも我慢なさってください!」

「すまない。本当にすまない」

「あの、別に襲いかかられたわけでは」

幸いたいしたことはなく、駆け付けた医師の見立てでは「2日ほどで痛みも腫れも引くだろう」とのことだった。

お医者様には、ダンスレッスンで転んで手首を捻ったと申告した。夫に押し倒されて捻りました、とはさすがに言えない。言えるわけがない。

「アレン、気にしないで。左手だから仕事にも支障はないし、大丈夫よ。すぐに治るわ」

「ソアリス、君にケガをさせてしまうなんて俺はなんて詫びればいいのか。首を捧げても謝りきれない」

「首なんて絶対にいりませんからね?」

落ち込んでいるアレンを見て、私はちょっとかわいいと思ってしまった。

怒りの収まらないユンさんは、アレンにだけ特別レッスンを科す。私は椅子に座ってそれを見守り、今日の練習はもう終了となった。