軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

舞踏会に行く英雄とその妻

「とてもお美しいですわ、奥様!」

午前の仕事を終えた時点で邸へ戻り、私は舞踏会の準備を始めた。

全身をつるつるに磨き上げられ、肌がキラキラと光る謎のパウダーとクリームで入念にマッサージもされ、髪には甘い香りのする香油をほどよく擦りこまれ……

紺色に金の差し色が上品なマーメイドラインのドレスを纏った。

コルセットの紐をこれでもかというほど締め付け、内臓が押しつぶされてる感じがする。

でも苦しい顔はできない。

今日の私は、アレンディオ・ヒースラン将軍の妻として挨拶に回らなくてはいけないのだから。

相変わらず私たちのことは、真実の愛に出会った政略結婚として認知されている。世間の勘違いは続行中だ。仲睦まじい夫婦でいることが求められている。

とはいえ、やり直すことを決めてからというもの、私たちは本当に仲良く過ごしているので喧嘩をすることもないわけで。

普通にしていればいいんですよ、とユンさんには教わった。

「思ったよりも派手じゃないのね」

スカートに触れると、とてもなめらかに指が滑る。光の加減で煌めく素材は、アルノーのお姉さんが営むドレスサロンの特注生地だ。

「実際に着てみれば、お顔色に馴染んで落ち着いた印象になりますわ」

手伝ってくれたリルティアにお礼を言って、私は支度部屋から隣の居室へと出る。

リルティアは16歳の使用人で、アレンの特務隊にお兄さんがいるらしい。

見目麗しい主人にときめかない、変わった好みを持つ使用人女性の1人である。

『わたくしは、がっちり筋肉系が好みなのです。騎士より山賊、傭兵に憧れます』

『は、はぁ……?』

ルードさんとヘルトさんが選んだ使用人は、主人に惚れないという基準で選ばれている。

その結果、極端な好みを持つ娘たちが集まり、あのキラキラした笑顔にもときめかずにいられるらしい。

リルティアは若いけれど手先が器用で、ドレスの着付けや手直し、スタイリングが得意。

今日の私はサイドを編み込んでアップスタイルにしていて、しっかり結んでいるのに痛くなくてとても快適だ。

化粧もナチュラルに見えるのに目を大きく錯覚させる細かいテクニックが散りばめられていて、なんと1時間半かけて顔面の細工が行われた。

平凡顔はリルティアいわく「お絵かきしやすい」そうで、化粧のしがいがあるらしい。

確かに今日の私は、普段より華やかになっていてすっきりした印象だ。

大人っぽいマーメイドラインのドレスと化粧がよく合っていて、心がうきうきするので自然に口角が上がる。

「「「いってらっしゃいませ、奥様」」」

「ありがとう。留守をよろしくね」

控えているリタは、自身は20歳なのに50歳以上でなければキュンとこない。

マーシェは30歳の未亡人で、お腹ぽっこりの男性が好み。

スカーレットは15歳だが、毛深くてがっしりした男性に憧れると言っていた。

ここまで好みが異なる使用人がいると、恋話が特殊すぎてなかなかに興味深く、先日は皆でティーパーティーをしてしまった。

今ではすっかり仲良しである。

ちなみに、アレンの容姿について尋ねてみると「素敵だとは思います、一般的には」と口を揃えていた。

絶対的に好みからは外れているらしい。ちょっとだけホッとしてしまった私は、心が狭い妻かも知れない。

サロンに到着すると、すでに準備の終わったアレンが私を待っていた。

「お待たせいたしました」

彼は私を見るとすぐに席を立ち、幸せそうに微笑む。

「ソアリス!いつもきれいだが、今日は一段ときれいだ」

「ありがとうございます。でもあなたも、というより……あなたがきれいだわ!」

「それは複雑だな」

お世辞抜きで、本当にアレンはきれいだった。隊服も凛々しくて素敵だけれど、今日の正装は華やかな青で精悍な顔立ちによく似合っている。

これはご令嬢が何人か倒れるのでは、と本気で心配になってきた。

「…………」

「どうした?」

見れば見るほど美しい夫。

彼と再会したときは、誰かこの人のことを好きになって、恋に落ちて離婚してくれればって思っていた。

けれど今そんなことになったら、目も当てられない。不安が胸に巣食う。

つい無意識のうちに、アレンの左腕にそっと自分の手を添えた。

「ソアリス?」

急に腕を引かれたアレンは、驚いていた。ヒールを履いているので、いつもより目線が近い。

「私、がんばりますから」

将軍の妻としてしっかり役目をまっとうし、アレンの役に立ちたい。

ほかの女の子がアレンに恋をしたとしても、私を選んでって堂々と言えるようになりたい。

10年間も私を想ってくれていた彼が浮気をするとは思えないけれど、でももしも容姿も家柄も性格も何もかもが揃った相手がアレンを好きになったらとたまに想像してしまうことがある。

「大丈夫」

アレンは優しく言った。

「ダンスは徹夜で覚えた。今日こそはリードしてみせる」

「えっと、そうね。それも大事ね」

私の不安は、別の方向に受け取られたらしい。

そういえばダンスという難関が待ち受けているのだ。アレンを誰かに取られたらって、そんな心配をしている場合じゃなかった。

今だけはそれどころじゃない。

「昨夜、魔除けのキノコにも祈った。ソアリスの足を踏まないようにって」

「アレン、あなた私の寝室に入ったの?」

「…………ソアリス、手首はもういいのか?」

都合の悪いことは流したわね!?

「捻挫はおかげさまで、普通にしている分には平気です」

「それはよかった」

アレンは目を逸らしつつ、苦笑いをする。

あのキノコについてはルードさんが調べ直してくれて、どうやら山嶺にある薬師の村で魔除けの置き物として崇められていることがわかった。

祟りや災いを退ける、神の使いだという。

見た目は怖いんだけれど、もふもふで気持ちいいので私は毎日のようにキノコと一緒に寝ていた。最初こそ気持ち悪いと思ったけれど、今ではもうなくてはならない存在である。

アレンはたまに深夜に帰ってきたとき、こっそり私の寝顔を見に来ているのは知っている。寝たふりをしていると、そっと手を握って、おやすみのキスをしてすぐに出て行くのが一連の流れで。

寝顔を見られたくないので、やめて欲しいと思っていたところだった。

昨夜は熟睡していて、アレンが来たことに気づかなかったんだわ。

侵入について、今ここで問い詰めるべき……?

でもここまで露骨に話を避けられたら、問い詰めるのはやめた方がいい気がする。

「アレン、帰ってきたら話し合いましょうね?」

「…………わかった」

できればもう忘れてくれ、とでもいうような雰囲気のアレンは苦い顔で返事をした。

誤魔化し方がヘタというか、何というのか。思わずクスリと笑ってしまう。

「旦那様、奥様、いってらっしゃいませ」

サロンを出て、皆に見送られて馬車へと向かう。馬車の前には、騎士服のユンさんやルードさんら特務隊の一部が警護のために来てくれていた。

この方々は、「本来なら参加すべきなのに参加したくないので仕事を無理矢理入れた人たち」だと聞いているから気を遣わなくていいそうだ。

私は彼らに少しだけ挨拶をして、すぐに馬車に乗り込む。

ゆっくりと進み出す馬車の中で、私たちは2人きりの時間を楽しむーーーーことはなく、ダンスのイメージトレーニングに必死だった。