軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

世にも不純な動機【前】

10年間も続いた戦。

ノーグ王国率いる5カ国連合軍と、徹底的な支配主義を貫くイヴィル帝国の争いは、連合軍の勝利で終わった。

帝国が事実上崩壊して属国となった今、ノーグ王国を揺るがす脅威はない。

つまり、これからは内政に重きを置いていくことになる。

圧倒的な強さとカリスマ性を誇る"将軍"は、飾りであればあるほど平和ということなのだが――

「本日はどのようなご用件で?」

漆黒の髪に、青い瞳。凛々しく勇ましい姿は、英雄と称されるにふさわしい風格。

黒い隊服に赤の勲章、腰に長剣をはくアレンディオは国王の前でいきなり本題を迫った。

(将軍など、お役御免になってもいいはずなのに)

平和そのもの。書類に埋もれる将軍は、ある意味で平和の象徴といえる。

そんなときに国家最高権力者に呼び出されたのだから、アレンディオはさっさと用件を聞き、すぐにでも下がりたいと思っていた。

早く帰りたい。

今すぐに帰りたい。

いっそ登城したくない。

その明け透けな本心に、国王は口元を引き攣らせる。

「そのような顔をするな。正式な謁見でないとはいえ、仮にも英雄が早く帰りたいと本心を見せないでくれ」

フィリップ・ルグラン、40歳。第12代国王として、近隣諸国からの信頼も厚い。

金髪碧眼の国王は、エラの張った四角い顔が威厳たっぷり。鋭い眼光はあまたの人間を怯えさせ、その内面とは裏腹に「眼力だけで竜を殺せる」などと言われている。

実はただの気のいいおじさん、というのが側近らの印象なのだが、アレンディオとはまた違った意味で顔面凶器である国王のよさは非常に伝わりにくい。

今もこうして威厳溢れる姿だが、普段は気の強い王妃の尻にがっつり敷かれている。

歴代の王は側室を多く持つ者が多かったが、稀代の女好きといわれた父親である先王のことがあり、フィリップ王は生涯ただ一人の妻しか持たないと宣言している愛妻家だ。

頭脳明晰、性格温厚。けれど運動神経はからっきしで、剣はまるで才能がない。どっしりと構えていて落ち着きがある、見た目にはそう見えるが実は運動神経が悪すぎて動きが鈍いだけということを知る者は少ない。

だが、フィリップ王が騎士に並々ならぬ憧れを抱いているのは、有名な話だった。

将軍・アレンディオのことを特に気に入っていて、彼が妻のために職を辞そうとしたときはあらゆる手を使って止めようとした。もっとも、自分がうっかりサインしてしまった書類がすべての原因であることは、深く反省している。

「急に呼び出すとは何事です?私は戦後処理と部下の育成で手一杯です。これ以上何かあったら、それこそ妻を連れて国外逃亡しなくてはいけません」

無表情で淡々と告げるその姿は、ソアリスと一緒にいるときとは大違い。

将軍を辞められなかったことがよほど尾を引いているらしい、国王はそう感じていた。

「そなたには負担をかけていると知っている。それに先日は王子が急に出かけたいと言って迷惑をかけた。あれも自分なりに、市井を知ろうとしているのだ」

「それはよい心がけだと思います」

立派な王太子がいるのはいいことだ、とアレンディオは思う。ソアリスが暮らす国をよりよくしてもらわなくては、というあくまで妻中心の考え方なのだが。

「それで陛下、ご用件は?」

遊び心のない男に、国王は苦笑する。

「もっと愛想のあることは言えんのか。ほら、武勇伝を聞きたいと前から言っているのにそなたはちっとも戦の話をしてくれぬ」

「戦の話は記録を文書で上げていますので、私が報告することはないかと」

楽しい話でもないしな、とアレンディオは心の中で呟いた。

「私はな……、もう疲れたんだ。近隣諸国の使節団とあれこれ交渉したり、王子に持ち込まれる縁談を吟味したり、王妃の宝飾品選びに付き合ったり。そなたの話を聞いて心を潤したいと思ったのに、付き合ってくれんのか」

幼子なら震えあがりそうな厳つい顔で、そんな泣き言を漏らす国王。

かつて王妃候補を探していたとき、その顔が怖すぎて候補者の辞退が相次いだ男とは思えない発言だ。

今も国王とアレンディオが向かい合う様子は、互いに睨み合っている風に見える。しかし彼らはいたって普通の状態で、世間話をしているにすぎない。

厳つい国王と凛々しい将軍の外面が、ただならぬ空気を感じさせるだけである。

双方とも顔はいい。だが、眼光の鋭さと固く引き結んだ唇が周囲の者に威圧感を与えてしまうのだ。

「で、ご用件は?」

アレンディオが帰りたいというオーラをさらに強く放ったとき、国王はようやく素直に本題に入った。

「実は、妹が見つかったんだ」

「…………妹?ですか」

アレンディオが驚くのも無理はない。

40歳の国王の妹が、今さら見つかるとは一体どういうことなのか。ルードもきょとんとした顔で国王を見つめる。

特大のため息を吐いた国王は、苦しげな声で事情を説明した。

「我が父がとんでもない好色だったのは、皆の知るところだろう?最も多い時で30余人の側妃がいて、子は15人。王位争いはそれはそれは凄まじかった。兄たちが自滅したおかげでこうして私が国王の座についたが、私は今でも父を恨んでいる」

骨肉の争い、とはよく言ったもので、本当に相手が骨になるまで争ったのがフィリップたちだった。第四王子だったフィリップは、正妃の子では長子。多くの貴族の支持を集め、20歳で即位した。

女好きが原因で国に大きな混乱をもたらした先王は、もうなくなって15年になる。

が、ここにきて娘が発見されたというのだから穏やかでない。

「私の妹は2人ともすでに降嫁している。生きている 異母弟(おとうと) も、同盟国に婿入りして元気にやっておるから、まぁいい。ここに妹が1人増えたくらい、政権争いのもとにはならんから排除するようなものでもない」

「ならばどこに問題が?」

そして、なぜ自分が呼ばれたのか。

アレンディオは怪訝な顔をして尋ねた。

「見つかった姫は、まだ16歳でな。城のお針子が先王の隠居先の離宮で手つきになり、身ごもった子だ。お針子は身ごもってすぐに実家へ戻り、市井で人知れず育てていたらしい。今はもう彼女は亡くなっていて、残された姫は祖父母とともに花屋を営んでいるという。かつて先王の補佐官だった男が偶然そのことを知り、先月報告を寄越したのだ」

「そうですか」

「名は、ローズだ。自分が先王の子だとは夢にも思っていなかったらしく、未だに信じられないと半信半疑らしい」

「それはわかります。いきなり王妹だと言われても、さぞ困惑するでしょうね」

国王は妹を引き取り、王女として当然の教養を身につけさせ、然るべき相手に嫁がせたいと考えていた。

政略結婚の道具にしようという思惑はない。

王妹とわかった以上、平民としてそのままにはしておけないというだけの話だった。

「平民として育てられたローズが、王妹として生きていくのは何かと苦労が多いだろう。血筋を重んじる我が国だが、血だけで教養や能力が身につくわけではない。信頼できる教育者や姫の身の上に理解ある者をつける予定だが、近衛や文官の一部には平民として育ったことを下賤だと蔑む者も出てくるはずだ」

人の考え方は、急には変えられない。

口には出さなくても、その目は露骨に敵意や侮蔑を伝えてくる。

かつて政略結婚しなくてはならないほど困窮していたアレンディオは、そうした差別や嘲笑を身をもって知っていた。『貴族気取り』とバカにされても言い返せない、子どもの頃は悔しい思いをした。

「そこで、そなたの力を借りたい」

「お断りします」

「…………」

絶対に面倒ごとだ、そう予感したアレンディオは即座に断る。

「将軍である私が姫の警護に当たれば、誰も表立って批判してこないと思っておいでなのでしょう?」

「そこまでわかっていてなぜ断る!?」

うろたえる国王は、前のめりで尋ねた。

アレンディオは死んだ魚の目をして、きっぱりと言い放った。

「私がそばにいたら、それこそ権力を使って将軍を護衛に据えたと陰口をたたかれます。国王陛下のご命令とあっても、それは姫の評判にすり替わるでしょう。私が姫の警護に当たることは、いいことばかりではありません。それに何より私は忙しい。私でなくてもいい仕事でしょう、姫の警護は」

王位争いにまったく関係のない姫に、どんな危険があるというのか。

命を狙われているというならばさすがに断りはしないが、平和そのものの暮らしになぜ将軍をそばにつけなくてはいけないのか。

「騎士は戦ってこそ、力を奮ってこそ意味があります。単なる威圧や飾りに使われるのは、喜ばしいことではありません。それに近衛からの反発も予想できます。それはどうなさるおつもりで?」

王族の護衛をする彼らは、それ自体を誇りに思っている。

いくら将軍でも、彼らの領分にいきなり踏み込んでは反発が起こる。

それはアレンディオが一線を退いた後も残る可能性があり、彼はいらぬ諍いを生むのではと危惧していた。

(陰険な奴も多いしな)

アカデミーの合格発表でアレンディオが揉めた貴族令息たちも、今では各部署の中堅になっている。もう顔も名前も覚えてはいないが、自分より優秀な者が許せないと敵視する人間はどこにでも一定数は存在するのだから面倒である。

「姫の警護は、近衛に一任してください」