軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

金庫番は繁忙期です

「それじゃ、ソアリス。いってらっしゃい」

「ふふっ、ありがとう。いってきます」

馬車を下り、王城の使用人通用門でアレンと別れる。

騎士団の方が少し遠いので、私はここで彼に見送られるのはいつものこと。

「アレンもいってらっしゃい。気を付けてね」

「あぁ、なるべく早く帰れるようにうまく陛下をやり過ごすようにする」

「またそんなこと言って」

今日は軍議の後、陛下からお呼び出しがかかっているのだ。

英雄の彼は、陛下のお気に入り。本当かどうかはわからないけれど、陛下には剣の才能がまったくないから将軍や騎士に憧れがあるらしい。

アルノーがいうには、第一王女殿下がまだ10歳だったからアレンは私と結婚したままいられたって。もしも年頃の姫がいたら、絶対に縁組をさせただろうなと笑っていた。

ちなみに王女殿下には、すでに同じ年の婚約者がいる。副宰相の孫で、とても賢く優しいと評判の公爵令息だ。私も何度かお二人の姿を見かけ、仲睦まじい様子が微笑ましいと思っていた。

アレンは名残惜しそうに私の手を握り、馬車に戻ろうとしない。

どこからどう見ても平凡な妻が、誰もが振り返る美貌の夫と出勤だなんて何か月経っても気まずい。

「アレン、もう私行かないと」

「あぁ。名残惜しいが仕方ない」

彼は当然のように私を抱き寄せ、頬にキスをして笑顔を見せる。

逃げるように離れた私を見て、面白がって笑うアレンがちょっとだけ憎らしい。

何もこんな風に、見せつけるようにしなくてもいいのに!門番がとても気まずそうに目を逸らしている。

私はバッグを抱き締めるようにして持ち、通用門を必死で駆け抜けた。ちらりと振り返れば、私が建物の中に入るまで見送っているアレンと目が合う。

夫は極端な心配性だった。

控室で着替えを済ませ、金庫番の制服姿になった私は業務室へと向かう。

すでにアルノーとメルージェが席についていて、私を見ると2人揃ってにやりと口角を上げた。

「「おはよう」」

「おはよう。………何?」

「「別に~?」」

あああ、遊ばれているのが見て取れる!

離婚するってあれだけ宣言していたのに、こうして夫同伴で出勤する私を面白がっているんだ!

「朝から将軍は情熱的だね。まさか今、婚約者ごっこ中だなんて誰も思わないよね~」

ものさしで肩とトントンと叩きつつ、アルノーが言った。報告書の束が彼の机には山積みで、今日は忙しいんだろうなってすぐにわかった。

結婚式まで婚約期間中だとしたことは、決して私がアルノーたちに喋ったわけではない。

私たちが和解した後、アレンからアルノーたちに分厚い報告書が届いたのだ。「協力してもらったので、報告を」とアレンは言っていたが、アルノーによると「半分以上が惚気だった」らしく私は怖くてそれを見ていない。

「結婚式の日取りがいつになるか、決まったら教えてね?私も夫と一緒に参列するつもりだから」

メルージェは、ほほほと上品に笑って私のことをからかう。

彼女の机にも書類の山ができていて、きっと忙しいから少しでも遊びが欲しいんだろうなと思った。

「結婚式のことはともかく、7日後の舞踏会の手配よね。同盟国の使者も来るから、宿の手配や請求書の最終確認をしなきゃ。あとは3か月後の王女様のお茶会と親睦会に、お従妹へのお誕生日の贈り物やお手紙の手配も……。予算と実際の支出が違い過ぎたら面倒ね」

親交費、服飾費、移動費、警護費など、王女様のための予算は細かく分けられているが、どれも見積りと実費の差額が必ず発生する。それをすべて確認して予算を組み直さないといけないので、半年に一度の割合で繁忙期がやってくる。

今日から見事にその繁忙期で、アレンも忙しいが私も忙しい。

10日間ほどの間は、残業も覚悟で仕事に没頭することになるだろう。

ただし、問題は7日後の舞踏会だ。

私は将軍の妻として、アレンと共に舞踏会へ参加しなくてはいけない。

「ねぇ、ダンスの練習はした?」

メルージェが恐ろしいことを尋ねてきた。

私は手元の封筒を開けて中身を出しつつ、苦しげに答える。

「一応は、したわ」

そう、一応。

家令のヘルトさんや執事見習いのディトーくん、たまに訪れるルードさんを相手に練習はした。

動きやすい服を着て練習しても難しいのに、当日は窮屈なコルセットを締めドレスを着て、ヒールまで履いて踊るのだ。アレンの足を踏んでしまわないか心配だ。

「将軍がうまくリードしてくれるんじゃないの?」

アルノーが、目線を書類に落としたまま問いかける。

私だって実はそう思っていた。けれど、運動神経とリズム感はまた別物らしく、しかも彼の場合はずっと戦場にいたせいで私よりもさらにダンスの経験がない。

『私、ダンスなんて7年ぶりなの』

そうカミングアウトした私に、アレンは言った。

『大丈夫だ、ソアリス。俺は15年のブランクがある。最後に踊ったのは10歳で、大人が踊る曲では一度たりとも踊ったことはない』

どこが大丈夫なのか、まったくわからなかった。

もう踊らなくていいのでは、とさえ思う。

私は当日、陛下や王太子殿下へのご挨拶もあり、はっきり言ってダンスどころではないのだ。

「アレンも練習はしているそうなんだけれど、ユンさんが『想像以上に踊れなくて厳しく指導しています』って言っていたの。せめて私が負担にならないようにがんばらなきゃ」

3日後に、ようやくアレンと一緒に練習する時間が取れる。

そこでお互いのレベルを確認して、無難にまとめにいこうという作戦だ。

「でも練習時間を確保するには、まずこの書類を片付けないと」

「それよね」

「メルージェはダグラス様と参加するの?」

男爵位を持つ夫と一緒にメルージェも参加するのだと思っていたが、彼女はあっさりそれを否定した。

「忙しいらしいの。せっかく2年ぶりの舞踏会だって、ドレスを用意していたのに残念だわ」

アレンも多忙だけれど、司令官であるメルージェの夫も忙しいんだな。

私もしゅんとしていると、アルノーが顔を上げて顔を顰めた。

「ダグラスそんなに忙しいの?調整つけろって俺から言っておこうか?」

「いいわよ、仕事じゃ仕方ないもの。ソアリスの晴れ姿は見たかったけれどね?」

メルージェはそう言うと、また手元に視線を落とす。

アルノーとダグラス様は、アカデミーの同級生で幼なじみ。

商人の三男と男爵家の長男である2人は、子どもの頃からよく遊んでいたという。

アカデミー卒業後、アルノーは城の文官に、ダグラス様は騎士団へ入団したが仲の良い関係はずっと続いていて。メルージェとダグラス様が出会うきっかけとなったのもアルノーなのだ。

それ以来、3人は家族ぐるみの付き合いをしている。

でもアルノーが、メルージェを大切にしないダグラス様に腹を立てるのはまた別の理由がある。それを知っている私は、ちょっと切ない。

『告白?しないよ。物事にはタイミングっていうのがあるからな~。俺はそれを逃したんだよ』

いつだったか、気持ちを伝えないのかとアルノーに聞いたことがあった。彼は合理的だから、玉砕するとわかっていて今の関係を乱すようなことは言わないと笑っていた。

アルノーの方が先に好きになったのに、とか私だってそんなことは思わないけれど、スタッド家のお家騒動で忙しくしている間に、親友と好きな女の子が付き合い始めてしまったのは不運だった。

作業を続けるメルージェは、アルノーの視線に気づかない。

私はこんな関係の2人を、もうずっと見続けている。

アルノーは26歳で、跡取りではないけれど大商会の息子だから今もひっきりなしに縁談が来る。

断っているのは、単に結婚したくないからかそれとも気持ちの整理がつかないからか。

私は案じるだけで、何かしてあげられることなんてない。

皆が幸せになるなんて無理なんだろうけれど、どんな形であれアルノーには幸せになってもらいたい。

もちろん、メルージェにも。

昼休憩を返上で仕事に励んだ私たちは、お茶も食事も手を動かしながら行った。

こんなときに限って予想外のアクシデントが発生したり、急に財務官が様子を見に来て作業がストップしたり、久しぶりの繁忙期はあっという間に時間は過ぎていく。

窓の外がすっかり暗くなるまで作業に没頭した私たちは、初日からぐったりした顔で王城を後にした。