作品タイトル不明
これは違います
ローズ様の私室は、アイボリーの壁紙に暖色系の装飾が揃えられていて、かわいらしい雰囲気にコーディネートされていた。陛下が豪華で煌びやかなものを揃えようとしたところ、王妃様に全部却下されてこうなったと聞いている。
使用人たちがお茶を淹れてくれて、私たち三人は白い丸テーブルを囲んで座った。
マルグリッド様は筆頭侍女で、ほかの侍女たちより格上。姉妹や従姉のような待遇を受ける方なので、私たちと共にテーブルについている。
ローズ様はほどよい温度の紅茶を大胆にゴクゴクと飲み干すと、世話役の女性に急かされて席を立つ。
「ローズ様、お召替えを」
それもそのはず、庭園から戻るときに躓いてしまい、ドレスの裾に泥がついてしまっていたから。近衛の隊長さんがその手で丁寧に掃ってくれたけれど、レースや飾りに入り込んだ砂はきちんと手入れしないと取れるはずもない。
喉が渇いていたので一杯だけ飲んだ後、すぐに着替えのために衣装室へと向かうことになった。
「すみません、着替えてすぐに戻ります」
「はい」
恥ずかしそうに去って行くローズ様。私は笑顔で見送った。
「「………………」」
今思えば、こうしてマルグリッド様と二人きりというのは初めてだ。
お披露目の前日やその前にも晩餐を共にしたけれど、大勢の中の一人という状況でじっくり会話なんてしたことがない。
優雅な所作で紅茶に口をつける彼女は、マナーも姿勢も模範的な美しさを感じさせた。
それにしても気まずいわ。
何か話をしなくては、と焦った私は和やかな笑顔を心がけて口を開く。
「さすが、王族のお世話をなさる方々の淹れるお茶はおいしいですね」
「そうですね」
マルグリッド様も同意を示す。
目を見合わせ微笑み、会話の滑り出しは好調かと思われた。
そう、思われたんだけれど……。
「ローズ様、早くお元気になられるといいですね。お誕生日も近いことですし」
私のこの一言で、マルグリッド様は纏う雰囲気を変えた。
「元気になっていただかなければ困ります。王族ともあろうお方が、いつまでもお心を乱し、それを態度に出されるのはいけませんので」
棘のある言い方だった。
「「…………」」
しんと静まり返る部屋。
扉のそばに立って控えているユンさんが、心配そうに視線を送ってくる。会話が聞こえる距離なので、私が焦っていることも感じ取っているだろうな。
マルグリッド様の言葉には驚いたけれど、私は波風が立たないように取り繕おうとした。
「ローズ様は、まだお城に来られて間もないですから。それに素直で愛らしいところも、また魅力だと思います」
私の焦りを察し、マルグリッド様はくすりと笑って言った。
「寛容ですのね、さすがは英雄の妻」
なんだかバカにされている?
「どういう意味でしょう?」
崩れそうになる笑顔をどうにか貼り付け、マルグリッド様を見つめて尋ねる。
彼女は、優雅な笑みを浮かべたまま答えた。
「そのままの意味ですわ。強大な権力に守られた奥様は、寛容でいられて羨ましいですこと」
妙につっかかるのは、マルグリッド様らしくない。
これまで完璧すぎて怖いほどだったのに、今の彼女は普通のご令嬢みたいだった。
ただし、恐ろしいことに顔つきはずっと笑顔なんだけれど。
言葉を選んでいると、マルグリッド様はにこりと笑みを深める。
「どうなさいました?」
「権力と申されましても、私はただの文官ですので」
考えている時間がなく、私は思ったままを伝えてみた。
「ふふっ、英雄の妻がそのようなお戯れを」
四つも年下なのに、マルグリッド様の方が社交慣れしていて年上のような余裕を醸し出している。
王太子妃候補だった人はさすがだわ。
「ご自分はただの文官だなどと、そのようなことが通用すると本心からお思いですか?ふふっ、労せずしてその座を得たお方は考えが優しくていらっしゃいますね」
「労せずとは?」
「その通りでございましょう?困窮していたヒースラン伯爵家との縁を、金銭の援助と引き換えに得たのですから」
悪意のある言い方だけれど、事実なのでそれだけはどうにも否定しようがない。
そう、マルグリッド様は事実を述べただけ。
他人から見た私たちの結婚がどういうものなのか、思い知らされる。
この事実をあえて口にする人はめったにいないけれど、心の中では私たちの結婚に疑問を抱いている人は少なからずいるだろう。
マルグリッド様が私を挑発しているのか、傷つけたいのかはわからない。
ただ、ここで憤ったり泣いたりしても意味はないので私は受け流すことにした。
「ええ、その通りです。私たちはお金の絡んだ政略結婚ですので。だからこそ、大事にしてくださるアレンディオ様にはとても感謝しています。このような巡りあわせを得られて、本当に幸運です」
私の返答に、マルグリッド様が少し目元に悔しさを滲ませる。
その目を見れば、「あぁ、この方は私のことが嫌いなんだ」とわかってしまった。
それ自体はショックなんだけれど、それでもこんなことくらいで笑顔は崩せない。にっこりと微笑んで、平静を装った。
すると次第にマルグリッド様の笑みは消え、かすかに憎しみの感情が窺える目を向けられる。
「どうして……どうしてあなたのような人やローズ様みたいな人が、幸せになれるのでしょう。何の努力もしていないのに……」
意外な言葉に、私は目を瞬かせた。
まさかそんな風に思われていたなんて。
「どうして、と問われても人にはそれぞれ事情がありますので。努力をしていないというのは表面的な部分だけを見た、第三者の勝手な解釈でしかありませんので」
「まぁ、さもご苦労されたかのようなお言葉ですわね」
嘲笑うかのようなその口調に、私は大人げなくもちょっとムッとしてしまった。
ローズ様の私室で、喧嘩なんてしちゃいけない。
言い返してはいけない。
深呼吸をして落ち着こうとするも、つい一言漏らしてしまう。
「私にだって、苦労の一つや二つ」
没落して大変だったんだから。
不幸自慢をしても何もいいことなんてないけれど、苦労していない、努力していないと言われると腹は立つ。
マルグリッド様はご自分は王太子妃になるために苦労したんだろうけれど、私のそれとは種類が違う。どちらが大変だったかなんて、そんなものは比べる方法がない。
「「…………」」
睨み合っていると、突然部屋の扉がノックされた。
――コンコン。
びくりと肩を揺らす私。
ユンさんがすぐに扉を開け、メイドを迎え入れた。
年若いそのメイドは、ローズ様の靴を替えたり茶器を片付けたり、雑務を任されている女性だった。
彼女は大きな箱を持っていて、今にも泣きそうな顔をしている。
「あの……!ヒースラン将軍の奥様に確認したいことがございまして……」
何事か、と思った私はそっと席を立つ。
マルグリッド様も訝しげな顔で、静かに席を立った。
「どうかしましたか?」
「ご休憩中に誠に申し訳ございません!急ぎ、ご確認いただきたいものがございまして……!」
メイドの背後には、近衛騎士が二人もついてきていた。
一体何があったというのか。
私がそばへ寄ると、メイドが声を震わせて言った。
「実は、騎士団を通してこれが届いたのですが……」
木箱の中には、光沢のある布に包まれた何かがある。
ローズ様への贈り物だということはすぐにわかった。
「ヒースラン将軍からいただいた、王妹殿下への贈り物の一つであると」
近衛騎士が緊張の面持ちで布を取り払うと、その異形ともいえるそれとばっちり目が合ってしまう。
きらりと輝く二つの黒曜石。
どう見ても我が家にいる魔除けのキノコにそっくりのそれは、真新しい質感で私のものではない。
どうしてこれがここに!?
動揺した私は、絶句する。
メイドは私が怯えているのだと勘違いし、慌てて補足する。
「ローズ様への贈り物だと伺ったのですが、こ、このようなものが果たして本当に、ヒースラン将軍からの贈り物なのかと」
はい、本当にそうだと思います。
こんなものを手配するのはアレンしかいない。
アレン、あなたなぜこれをローズ様の贈り物に選んだの……?
サミュエルさんが「特殊な趣味の人に売る」というのは、私の夫のことだった。
隣にいたユンさんは、じとっとした目で魔除けを見ていた。「何をやっているのですか、アレン様」と目が言っている。
私たちの反応を見た近衛騎士は、何を勘違いしたのか慌てて言い訳を始めた。
「あああ、奥様!失礼いたしました!いえ、違うんです。将軍がよもやこのようなものを贈ってくると本気で信じているわけじゃないんです!ただ、一応、一応ですよ?確認のために」
彼の必死さが伝わってきて、申し訳なさがピークに達する。
引き攣る口元。けれど本当のことを言わないわけにはいけなかった。
「すみません、間違いなくアレンディオ様からの贈り物だと思います」
そもそも騎士団経由で届けられているのだ。間違いがあるわけがない。
「「え?」」
蒼い顔をして唖然となるメイドと近衛騎士に向かい、私は弁解する。
「見覚えがあります。うちにもありますので。いえ、趣味が悪いとかそういうことではなくてですね?これは魔除けだそうで、色々なご利益があるという風に聞いています。アレンディオ様もこれが気持ち悪いということは認識していますが、諸事情がございまして、色々な深い理由があってこうなったのだと……!」
「「……………………」」
誰も何も言ってくれない!
ちらりと振り返れば、マルグリッド様までが目を見開いて唖然としていた。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………マルグリッド様?」
ぱちりと目が合うも、私を見て何とも悲しそうな色を滲ませる。
「……………………」
「……………………違いますよ?」
私の苦労の一つや二つって、コレのことじゃありませんよ!?
絶対にコレのことじゃありませんよ!?
どうしよう。
完全におかしな趣味の夫と思われている。
「あの、これはですね?何度も言いますがこれは魔除けでして。趣味うんぬんの物ではないんですよ?」
「「はぁ」」
ううっ!
メイドも近衛も信じてくれていない!!
とにかくこれは嫌がらせでも危険物ではないということを説明し、どうにか納得いただいて木箱の中にまた収めてもらった。