軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夫はとにかく妻を愛でたい

騎士団の執務棟には、騎士が使用する食堂がある。

私はそこで食事をしながら、会議が終わるアレンを待っていた。

金庫番の仕事は早退させてもらい、ニーナのために早めに邸へ戻る予定にしていたけれど、ローズ様への贈り物がキノコの魔除けだった問題に直面してしまったがゆえにアレンに会わなければいけなくなったのだ。

邸で待っていれば夜には戻ってくるけれど、一体どういう事情なのかすぐに知りたくてこんなところまで来てしまった。

ドレス姿の私は、騎士ばかりの食堂では少々浮いている。

ただし、将軍の妻として有名人になってしまった今、誰も話しかけたり不躾な視線を送ってきたりはしない。

「ローズ様が特に嫌がっておられなかったのが、まだ救いでしたね」

隣で一緒に食事をとるユンさんが、空になったシチューの器を片付けながらそう言った。

あの後、着替えて戻ってきたローズ様は魔除けを見て「これが、噂の……」と驚いていたけれど、嫌悪感はないようだった。

ローズ様いわく、アレンに「誕生日の贈り物で欲しいものはありますか?」と聞かれて、「ソアリスさんが気に入っている物が欲しいです。お揃いにしたいです」と答えたのだという。

きっとアレンは、街育ちのローズ様が本当に欲しい物があるなら秘かに調達してもいいという意味で尋ねたんだろう。王族になってしまえば、街で人気の物や定番の物は手に入らないから。

アレンはアレンなりに、王妹殿下のことを気遣っていて要望通りにしたはずが、まさか「私が気に入っている物」の認識がずれていたなんて……。

「私が気に入っている物=キノコの魔除けっていう図式がどうしても納得できません……」

左手首につけている、翡翠のブレスレットを見ながら私は嘆く。

「アレン様は思い込みが激しいですからね。はっきり伝えなければいつまでも気づかないでしょう」

ユンさんは呆れて苦笑いだ。

「手触りは確かにとてもいいですが、人に勧めるほど気に入っているかと言うとそうでもないと言いますか」

「アレン様と寝室を共にするようになってからは、部屋の隅に飾っているだけですものね」

さらりと寝室を共にしていることを口にされ、私は一拍置いてから気を取り直して話を続ける。

「実のところ、あれをどうしていいかわからないんです。アレンからの贈り物だから大事にしたいけれど、ほかの贈り物よりも気に入っているとは言い難く……。何より魔除けをぞんざいに扱ったら、何か不幸があるのではって秘かに心配しています」

抱き締めて眠っていた時期もあったけれど、なければ眠れないというわけでもなく、可もなく不可もなくというのが正直なところであった。

ユンさんと話していると、食堂の扉がギィと開く音がした。

大勢の騎士たちが一瞬にしてざわめくのを感じ、振り返るとそこにはアレンが立っているのが見える。

「将軍だ……!」

「すげぇ、迎えに来てる……!」

「やっぱり本物の奥様だったのか」

羨望の眼差しを向けているのは、おそらく下級兵だ。あまり接点がないみたいで、その動揺が伝わってくる。

「ソアリス」

彼は私を見つけると、うれしそうに目元を和ませた。

その様子を見た騎士たちが再びはっと息をのみ、広い食堂の中が一気に静まり返る。

「連絡をもらったときは、驚いた。急に会いたいだなんて、どうしたんだ?」

足早に駆け寄るアレン。

その眼差しが、愛情と期待に満ちている。

会いたい、というのはそういう意味での会いたいではないのでちょっと申し訳なくなった。

「突然訪ねてきてすみません」

立ち上がった私の正面にきたアレンは、すぐに右手を取って顔を綻ばせる。

ううっ……!

今日も夫が眩しい!!

美形の微笑みにあてられた食堂の給仕女性たちが、ぽかんと口を開けて動きを止めているのが見える。

アレンはめったに食堂へは来ないので、間近でその姿を見たのは初めての人も多いだろうな。

「まさか日中もソアリスに会えるとは……!」

「お話というかご相談というか、邸に戻る前に時間をもらいたいと思ったのです」

必死で手を引っ込めようとするが、アレンはその手をぎゅっと握りこんで離そうとしない。

注目を浴びる中、そっとそれを持ち上げてチュッと軽く甲にキスまでして微笑んだ。

「アレン……!困ります!」

「これくらいの数は、人目があるうちに入らない」

いえ、1人でも他者がいれば数に入ります。この環境で2人の世界に入れるだけの強い精神力はありません。

居たたまれずに真っ赤になって俯くと、アレンは私の背中に手を添え移動を促した。

「そうかわいい反応をされるとずっと見ていたくなるが、何か用事があるんだろう?執務室へ行こう。ここではゆっくり話ができない」

羞恥心から意識が遠ざかり始めていた私だったけれど、これ以上の長居は無用ということでアレンの申し出に従った。

執務室にやってくると、ルードさんがせっせと書類の仕分けを行っていた。

私の来訪は城内の伝令係によって手紙で知らされていたので、特に驚いた様子もなく「ようこそいらっしゃいました」と笑顔で迎えられた。

ソファーに腰を下ろした私たちは、隣同士で話を始める。

「ローズ様への贈り物についてなんですが……」

なぜ魔除けを選んだのか、と問う私に対し、アレンはローズ様から聞いたこととほとんど同じことを説明した。

「気に入っている物をと言われ、最初に思い浮かんだのがあれだったんだ。たまたまサミュエルが情報交換のために騎士団に顔を出していて、そのときにあれを貴族相手に売るつもりだと言っていたから一つ融通してもらいたいと頼んだ」

え、一つっていうことは、サミュエルさんは何体かキノコを持っているのね!?

「サミュエルさんのお商売はいいとして、実は私はその……」

もらった物を気に入っていない、とは言いにくい。

じっと隣を見つめると、アレンは柔らかい表情で私の次の言葉を待ってくれていた。

「えっと、そのですね。私が気に入っているかいないかですが……」

「うん」

あぁ、キラキラとした瞳を見ていると言葉が出てこない。

このうれしそうな表情を曇らせるのかと思うと、どうしても言えなかった。

どうしようと戸惑っていると、壁際に立っていたユンさんが見かねて助け舟を出してくれた。

「ソアリス様は、あれを人に贈るのはどうかと思っておられるのです。魔除けではありますが、とても女性が好むような見た目ではございませんので」

ユンさんの言葉に、私は力強く頷いた。

「そうか。それは気が回らなかった。確かにおかしな見た目ではあるからな」

「アレン様、それにいくら王妹殿下に頼まれたとはいえ、奥様に贈ったものと同じものを女性に差し上げるなんて普通は許されませんよ。女性というものは、贈り物を二人だけの思い出にしておきたいのです」

すごい。ユンさんがそれらしい理由を取ってつけてくれた!

私はここでもコクコクと頷き、ユンさんに同意した。

「そうか、わかった。すまない、ソアリス。もう二度と君に贈った物と同じ物は人にやらない。魔除けだからいいかと思ってしまった俺が軽率だった」

「いえ、軽率などと……。あの魔除けに関してだけでもいいので、絶対に人に贈らないでくださいね?」

「約束しよう」

よかった。

英雄の趣味が悪いなんて噂が広まったら、どうしようかと心配していたのだ。

安堵の息をついて油断していると、頭にキスをされて思わず飛びのく。

「なっ……!」

人一人分空いた二人の距離。

アレンは私を見つめ、幸せそうに微笑んでいた。

「すまない。つい」

「人目があるところでこういうことをされるのは……!」

やめてください、と口にする前に、ルードさんとユンさんが声を揃えて言った。

「「私たちのことはお気になさらず」」

止めて!!

誰か止めて!!

この場に私の味方はいない。

というより、今のところ誰もアレンの甘い行動を諫めない。

「本当にかわいいな、ソアリスは」

「っ!」

私にこの愛情を余裕で受け止められるだけの器があれば。

いちいち反応してしまう自分が恨めしい。

アレンはおもしろそうに口角を上げ、私の髪を撫でつつ言った。

「ほかにも何か話があったのでは?わざわざ騎士団にまで来てくれたのは、それだけではないんだろう?」

「あ、そうです…。よくわかりましたね」

マルグリッド様のことを一応報告しておこうと思ったのだ。

ルードさんも一緒の方がいいと思いここまで来たのに、すっかり忘れてしまっていた。

ローズ様の私室で起こった出来事を、アレンに少しずつ話し始めると、次第にその表情は曇っていった。

「マルグリッド様は、私のことをお嫌いなようです。苦労も努力もしていない女があなたの妻に収まっていることが許せない、というようなことを言われました」

アレンもルードさんも、意外だというように驚いている。

あの優雅で気品あふれるマルグリッド様が、私に対して敵意を向けてきたことが信じられないのだろう。私だって、今の今まで自分が嫌われていることに気づかなかった。

「仲良くする必要もない相手ですから、嫌われているからといって何をどうすることもないんですが、一応こういうことがあったとはお伝えしておこうと思いまして」

「わかった。話してくれてありがとう。対応はこちらで検討する」

「対応?いえ、女同士の些細な小競り合いに何かしていただくわけには……」

わざわざ動いてもらうなんてとんでもない、私が慌ててそう言うと、ルードさんが苦笑いで説明してくれた。

「女同士の些細な小競り合いで終わってくれればいいんですが、実はそうもいきそうにないんです。マルグリッド嬢のお父上であるヴォーレス公爵は、娘をアレン様の妻にと望んでおられるので」

「え?でもマルグリッド様は」

まったくアレンに興味がなさそうだった。

他の女官やメイドみたく、キラキラした目でアレンを見つめていない。

私のことを疎ましいとは思っているみたいだったけれど、それがアレンへの恋情からとは到底思えなかった。

「マルグリッド嬢は、アレン様のことはどうでもいいんでしょう」

「その言い方は辛辣すぎるぞルード」

「だってそうでしょう?ですが、お披露目の前に例の女をアレン様の寝室へ迎え入れたのは、マルグリッド嬢の指示だと調査結果から見当をつけています」

「そうなんですか!?」

あの日、マルグリッド様は皆と一緒に街へ行かなかった。

だから、あの人を手引きできた可能性はある。

「直接彼女が何かしたわけではないですが、誰かに指示して邸に紛れ込ませるのはマルグリッド嬢ならできます。アレン様と結婚したいと思っていないので行動に一貫性がないなと思っていたのですが、奥様への嫌がらせという単純な動機なら理解できます」

「アレンに浮気させることで、私を傷つけたかったということでしょうか?」

「そこまでは何とも。アレン様が奥様だけを想っているのは有名ですからね。浮気なんてしなくても、寝室で彼女と二人きりになったという事実さえできればいくらでも噂を流すことはできます。何もなくても、奥様が疑心暗鬼になってしまうだけでよかったのかもしれません」

確かに、私の知らないところでアレンが寝室で裸の女性と二人きりに……なんて聞いたら、アレンのことを信じてはいるけれど悲しい気持ちにはなるかも。

「それに、もしかすると父親からアレン様を誘惑または懐柔するよう命令されているのかもしれません。伯爵領まで行ったのに何も行動を起こさなかった、では父親に咎められるから、何でもいいから実績作りをしたかった……という可能性もあります」

王太子妃になれなかったのは、マルグリッド様のせいじゃない。

国を取り巻く事情が変わったという、本当に仕方のないことが原因だ。

どんな気持ちで、父親からの命令を受けていたんだろう。

どんな気持ちで、私と王妹殿下のことをそばで見続けてきたんだろう。

逃げ出すこともできず、ずっと理不尽な命令を受けてきたのだとしたら……。あまりにも悲しいと思った。

黙り込んでいると、アレンが私の両手をそっと包み込むようにして握って言った。

「俺のソアリスへの気持ちは揺るがないが、公爵がどんな行動に出るかわからない。マルグリッド嬢に同情はするが、他者を傷つけていい理由にはならない。……俺は、ソアリスを守りたい」

「アレン」

あぁ、またこの目だ。

将軍の妻としての私に危険が及ぶたびに、アレンはこんな風に傷ついた目をする。

必死で私のことを守ろうとしてくれるのが伝わってくる。

アレンの憂いを取り除いてあげたい。

何の力もないけれど、アレンを安心させてあげたいと思った。

「私は大丈夫です。護衛の皆さんもいてくださいますし、それに」

まっすぐ見つめ返し、にこりと笑って見せる。

「アレンが守ってくださるのでしょう?何も怖いことなんてありません。私はずっと、あなたのそばにいます」

「ソアリス」

私に何かあれば、この人を悲しませてしまう。

警戒して過ごさなくては。

「邸や王女宮の警備を手厚くする。結婚式が終われば、国内外に俺の妻はソアリスだと知らしめることができるから、そうなるとさすがに手出しはしないだろう。それまでの辛抱と思って耐えて欲しい」

「わかりました。けれど、ヴォーレス公爵はそんなに危険な方なのですか?現在は貴族院の代表もお務めですし、かつては高名な医師であったはず。そのような方が、表立って悪いことをなさるでしょうか?」

まぁ、立派な身分の方が内面も立派だなんて幻想を抱いているわけじゃないけれど、国の重鎮ともあろう方が襲撃して来たりするのかしら?

私の疑問に対し、ルードさんが困ったように笑って言った。

「奥様が考えているような、正々堂々とした襲撃はありませんよ。さすがに」

正々堂々とした襲撃ってなんだろう。

小首を傾げる私。

「暗殺者を差し向けたり、使用人を買収して食事に毒を混ぜたり、やり方は色々とございます。ヴォーレス公爵に気に入られたいと思っている貴族もおりますから、その者を使って何かしてくるという線も考えられます。秘密裏に動かせる組織も持っているはずですから。とはいえ、私どもが奥様に願うことはいつも通り特務隊の騎士を連れて歩いてもらいたいということです。特別なことは望みません」

私にできることは特にないらしい。

へたに邸に篭って結婚式が終わるまで待つ、というのも周囲の不安を煽ることになるからよくないんだろう。

もちろん、二つ返事で了承した。

「夜会はどうしましょう?はじめの数回は、ニーナについて行きたいんですが」

「はい、予定通りで構いません。アレン様がいないときは、私たちがおそばにつきますので。ニーナ嬢にもそうお伝えください」

「わかりました。よろしくお願いします」

漠然とした不安はあるものの、私はこれまで通り生活することが決まった。