作品タイトル不明
妻は心配する
午後、金庫番の制服姿の私は、ユンさんと一緒にローズ様の部屋へ向かった。
再会するのは領地に来ていただいて以来。ローズ様への書き取りの指南のためだ。
廊下を歩いていると、近衛騎士の他に何人ものメイドとすれ違う。
「さすが王族の誕生祝いですね」
まだ一週間はあるというのに、ローズ様への誕生日の贈り物が続々と運び込まれていた。
私たちを含め、特別な関係でない貴族や関係者からは何日も前に贈り物が届くのが慣例だ。
当日に贈り物を届けられるのは婚約者か親族だけだから当然とはいえ、それにしても量がすごい。
大きな荷物を抱えた使用人を見て、騎士服のユンさんは秘かに教えてくれた。
「王妹殿下はまだどの派閥にも属していないと言えますので、繋がりを持ちたいと思う貴族は多いですから。贈り物で好印象を与えたいという心の表れでしょうね。それに、一人の贈り物が一つとも限りませんし」
「そうなのね」
財力のある家からは、たくさんの贈り物が届くこともあるという。
異国風の柄の大きな絨毯は三人がかりで運ばれていて、透明度の高い水晶でできた女神像や動物の像なんかも私たちの横を通って運ばれて行った。
ローズ様の部屋の前に到着すると、近衛の隊長さんが軽く会釈をして迎えてくれた。私は笑顔で返し、中へと案内を受ける。
「ソアリス・ヒースランでございます。お久しぶりでござ……います?」
語尾がおかしくなってしまったのは許して欲しい。
だって、席に座っていたローズ様があまりにも暗い雰囲気を放っていたのだから。
「お久しぶりです、ソアリスさん。お元気そうで何よりです」
少し痩せたかしら?
悲壮感漂う顔つきに、私は驚いて何も言えなかった。
ちらりと使用人の皆さんを見ると、さすがは王家の使用人。いつも通り澄ました表情で、背筋を正して並んでいる。
「ローズ様、どうかなさいましたか?私でよければ、お話を伺いますが」
聞いていいのか躊躇ったけれど、何も触れないのもおかしいし、そんな精神的な強さがなかっただけとも言える。
ユンさんは護衛なので壁際に立ったまま、こちらの様子を不安げに窺っている。
「ソアリスさん……」
ちらりと教科書に目をやるローズ様。どうやら、今日の授業を気にしているみたいだった。
私は口元に笑みを浮かべ、「大丈夫です」と告げる。
「随分と進んでいますので、今日一回くらいお休みしても問題ないかと。よろしければ、一緒に散歩でもなさいませんか?気晴らしになるかもしれません」
「わかりました。お願いします」
立ち上がったローズ様の足下に、使用人が無言でヒールの高い靴を置く。
部屋から出るなら、ラクな室内履きはダメだということだろう。
ローズ様はそれに履き替え、近衛騎士と私と一緒に部屋を出た。
「ご一緒いたしますわ」
マルグリッド様が静かにローズ様の後ろに続く。
騎士をぞろぞろと引き連れて歩くのは初めてで、私は居心地の悪さに小さくなってしまった。
城内から出ると、ローズ様のために新しく作られたという庭園へやってくる。
この庭園では、近衛騎士が入り口に配置されるだけで自由に移動できるらしい。
ようやく大行列ではなくなり、私はホッと胸をなでおろす。
「ちょうどバラが見頃を迎えているんです」
「とても美しいですね。冬バラでしょうか」
「はい。陛下が私のために、わざわざ同盟国から取り寄せてくださいました」
「まぁ、陛下が」
まだまだ兄妹らしさはないものの、少しずつ距離が近づいているという。
ローズ様は慈しむようにバラの花を見つめていた。
「陛下はどのようにお過ごしですか?」
体調についてはこんな場所で質問できないので、遠回しに聞いてみる。
「昨夜は一緒に食事をとりました。王妃様にはお酒はまだダメって止められて、なんだか可愛らしく思えてしまいました」
「そうですか」
一緒に食事ができるくらい回復なさったのは、とてもいい兆候だと思える。
倒れたまま寝着いてしまう人もいると聞くから、安心した。
ゆっくりと歩くローズ様。
その後ろを私とマルグリッド様が歩き、そのさらに後ろにユンさんがついて来ている。
しばらく花を眺めながら歩いていると、ローズ様がふと思い出したかのように振り返った。
「ソアリスさん、お披露目とても素敵でした。本当にお幸せそうで、お二人は理想のご夫婦だと思いました」
「ありがとうございます。初めての旅でお疲れになられませんでしたか?」
「はい、あの、元気です。大丈夫です」
今にも倒れそうな顔でそう言われても、信じることなどできない。
これって何も聞かない方がいいのかしら!?
ローズ様の体調を案じていると、次第にその大きな瞳に涙が溜まり、泣くのを堪えているのがわかった。
「……ごめんなさい」
そっと背中に手を添え、黙ってさすってみる。
本当はこんなことするべきではないけれど、ここはローズ様のプライベートな空間ということでこれくらいは許されるだろうと思って接した。
両手で顔を覆い、涙するローズ様。
どうしたものかと思っていると、マルグリッド様が相変わらず淡々とした口調で言った。
「わたくしは、目を冷やすものを持ってきます」
「え」
礼をしてスッと下がるマルグリッド様。
もしかしてもう何度もこうして泣いているんだろうか。あまりにスムーズな動きに、ローズ様が泣くのが初めてではないと感じさせられる。
ぐすっと鼻をすすったローズ様は、空色の澄んだ瞳で私を見つめた。
泣き顔までがこの世のものでないようなほど美しく、男性なら一瞬で恋に落ちてしまいそうだなと不謹慎にも思ってしまった。
「すみません、泣いたりして」
「いえ、私のことはお気になさらず」
ローズ様は、この数日で何があったかをぽつりぽつりと話し始めた。
意中の方に思いきって気持ちを告げたローズ様だったが、お相手はいつもと何ら変わらない笑みで「それは光栄なことですね」と言うだけだったらしい。
要は、まったく相手にされなかったのだ。
「私にとっては、お城に来てからずっと支えになってくれていた人です。三十歳も年齢が離れていても、身分が違っても、大好きだったんです」
「そうでしたか」
「まるで子ども扱いで、孫から好きだって言われたおじいちゃんみたいに喜ばれて」
「そ、それは切ないですね……!」
私からすれば、お相手の方はきっとまともな方だったのだなと思うけれど、ローズ様は本当にその方が好きで傷ついていた。心の支えになっていた人に、どうあがいても恋愛対象に見てもらえないのはつらいだろうな。
「あの、このことを陛下は」
知ってるのか。と言い澱むと、ローズ様は静かに首を左右に振った。
お相手の立場もあるので、一方的な想いとはいえ陛下にはとても言えなかったらしい。
「彼を困らせたくはないのです。奥様もいらっしゃる方ですので、これ以上は……。諦めるしかありません」
陛下に話したとして、王命で結婚となってもそうでなくてもどちらにせよいいことはなさそうだ。
諦めるしかないというのはすぐにわかることだった。
「もしやそれで、私に『第二夫人を迎えることになったらどう思うか』と尋ねられたのですか?」
領地でのお披露目の前、ニーナと三人で話をしていたときの記憶が蘇る。
『……将軍の妻ですから、第二夫人が必要だとアレンディオ様が決めたのなら受け入れます』
建前でそう言った私だったけれど、結果的に心では拒否していることがはっきり自覚できた。
「ソアリスさんには不躾なことを聞いてしまいましたね……。もしかして、貴族のご夫人方は第二夫人がいても平気なのかなって知りたかったんです。私とはあまりに常識や価値観が異なる世界なので。けれどソアリスさんは、受け入れると言いながらもどこか寂しそうで、貴族のご夫人でもやはり受け入れたくないことなんだなって思ったんです」
バレていた。
うまく笑って平静を保てたと思っていたけれど、やはり私は感情を隠したやりとりが苦手らしい。
「ヒースラン将軍は、陛下に願えば断れる人間はいないとおっしゃいました。……その通りだと思います。でも権力で無理やり恋心を叶えようとしてしまえば、平民だった私を無理やり愛人にしようとしたある貴族の男性と何ら変わらないんだって気づいたんです」
そんな人がいたなんて。
ここで王妹殿下として暮らしているということは、その人は諦めたんだろう。
無理やり愛人になんて、とんでもないことだわ。
「私は、ただ愛されたかっただけで、すでにいらっしゃる奥様を傷つけてまで自分だけ幸せになりたいわけじゃないんです。結婚するならヒースラン将軍とソアリスさんみたいに、みんなに祝福される幸せな夫婦になりたかったんです。だから、私のこの気持ちはあってはいけないものなんです」
「ローズ様……」
民衆の間では、花屋の娘だったローズ様が王妹とわかってお姫様暮らしになったことを夢物語みたいだと、多くの人が羨んで憧れている。
けれど現実は、慣れない環境で心をすり減らし、ひたむきに王女教育を受けて何度も挫折して、恋をした人にはすでに奥様がいて。
美貌と身分のどちらも得ていても、思い通りにいかないことばかりだ。
私は涙するローズ様を、そっと抱き締めることしかできなかった。
「ひっ……ううっ……おぇっ」
「ローズ様!?こ、こちらのハンカチをお使いください」
過呼吸にならないか心配だったけれど、さすがにそこまでにはならずに済んだ。
「落ち着かれましたか……」
「はい。ご迷惑をおかけしてすみません」
しばらく泣いていたローズ様だったが、泣いてすっきりしたのか、マルグリッド様が戻ってきて目元を冷やせば、少し明るい笑みを見せてくれた。
「喉が渇きました。散歩が中途半端になってすみませんが、お部屋に戻ってもいいでしょうか?」
「はい、もちろんです。お茶にいたしましょう」
私たちは揃って庭園を出て、ローズ様の私室へと向かった。