作品タイトル不明
将軍と妻は災難に見舞われる
アレンの私室へ入ると、メイドたちがお茶と菓子の準備をしてくれた。
疲れて帰ってくるだろうから、甘さ控えめのレモンケーキを頼んでおいたのだ。
アレンはあまり甘いものは食べないけれど、嫌いなわけではなく、レモンケーキは特に気に入っているみたい。あっさりめの紅茶も淹れてもらい、私たちは並んでソファーに座った。
「お疲れになったでしょう?夕食までは短い時間ですが、ゆっくりなさってください」
「あぁ、そうさせてもらう」
腿が触れるくらい近くに座ったアレンは、私の腰に手を回して半ば抱えるようにした状態で離れる気配がない。
さすがにこれは食べにくいのではと思って困っていると、私の心を読んだのか彼はふっと意地悪い笑みを浮かべた。
「ソアリスが食べさせてくれる?」
「!?」
「疲れ果てて動けない。指先1本も動かせない」
ぎょっと目を瞠る私。
フォークくらい持てるはずで、それすらできなかったらもうベッドで休んで侍医を呼ばなくてはいけないのに、アレンはわざとそんなことを言う。
それに私の腰をしっかり捕まえていますよね!?けっこうな力で引き寄せてますよね!?
「冗談ばっかり……」
目を伏せてごまかそうとすると、アレンは私の頭の上に自分の頭をもたれさせ、大げさにため息をついた。
「妻に優しくしてもらえないと、ジェイデン様たちとの夕食を辞退してしまいそうだ。このままソアリスとこの部屋で朝まで引き籠ってしまいそうだ」
「えええ」
それは困る。
アレンがあまりに大げさに嘆くので、私は苦笑いを浮かべてゆっくりとレモンケーキの皿に手を伸ばした。
フォークを入れると、ふわふわの生地がさっくり切れる。
「ど、どうぞ」
フォークに刺したケーキを、そっとアレンの口元へ運ぶ。
ぱくりとそれにかぶりついたアレンは、もぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。
「どうですか?」
「おいしいよ」
一口食べると、次も当然のようにアレンは口を開ける。
なんだか餌付けしている気分になってきた。
「ふふっ、子どもじゃないんですから」
もう一度同じようにして食べさせると、アレンはそれもゴクンと飲み込んだ。
「これならいくらでも食べられる」
「困った人ですね、アレンは」
「それはもう知っているだろう?」
私は呆れて笑い、そうですねと答えた。
するとアレンは私の手を掴み、一体何かと見上げたところにそっと唇が重なる。
ほんのりと甘い香り。
すぐに離れたアレンは、幸せそうに目を細めた。
「披露目が終わったら、帰る前に二人で街を歩こう。ソアリスに見せたい景色がたくさんあった」
私は微笑み、小さく頷く。
「楽しみにしています」
「あぁ、俺も楽しみだ」
お皿とフォークをテーブルに置くと、アレンは自分の手でお茶を飲む。
「手、動きましたね」
「そうだな」
「続きはご自分で食べられますか?」
「いや、また倒れそうなくらい弱ってきた」
「そんなバカな」
クスクス笑っていると、アレンは私の髪を撫でて少しだけ笑った。
将軍として過ごしている時間には、決して見せない穏やかな笑顔。こうして一緒にいられる時間が、とても幸せに感じた。
だが、来訪者によってアレンは一瞬で鋭い顔つきに変わる。
――コンコン。
「誰だ」
寄り添うような密着状態から、私は慌てて姿勢を正す。
扉の向こうにいたのはルードさんだった。
「アレン様、少し見せたい物がございます」
ルードさんがこうしてここに来るということは、至急の用事だろう。アレンもそれがわかっているから、すぐに席を立つ。
扉を開けると、ルードさんが何かの書類の束や小さな箱を持っていた。箱の中身は、茶褐色の液体が入った瓶が見えた。
おそらく、また私宛の嫌がらせプレゼントだ。
アレンは振り返り、私を安心させるように言う。
「少しここで待っていて」
「はい」
パタンと閉まる扉。
アレンとルードさんは廊下で話をしているみたい。
えっと、ここはアレンの部屋なんだし、私が席を外せばいいのでは?ちょっと居たたまれない気持ちになる。
とはいえ、わざわざ出て行って話の腰を折るのもどうかと思うので、おとなしくこの部屋で待つしかないか。
紅茶に口をつけ、じっとアレンの戻りを待つ。
ところがそのとき、続き間になっている寝室の方からガタガタッと何かが崩れる音がした。
「え?」
何だろう。
窓が開いていて、風で何かが倒れたのかもしれない。
特にすることもなかった私は、何の警戒もなく音のした方へ向かう。
――キィ……。
寝室の茶色い扉を開けると、やはり窓が開いているのが見えた。
夕方まではこうして窓を開けていることはめずらしくなく、私は窓辺に近づき施錠をした。そして白いカーテンを引くと、何が落ちたのか音の原因を探し始める。
ベッドサイドにある小さなテーブルには、水差しとグラスがあった。本があるのは、アレンが読んでいたものだろう。
そのすぐ下に目をやると、お香のようなものとそれを入れる四角い鉄製のケースが落ちているのが見えた。
アレンがこんなものを使うとは思えないから、メイドが気を利かせて安眠効果のあるお香でも用意したのかしら?
私はそれを拾おうと、一歩足を進めたときにようやく大きな異変に気づいた。
「っ!?」
薄手の毛布と厚みのある掛布。それが違和感があるほどに盛り上がっている。
まるで誰かがそこにもぐっているように……。
いやいや、まさかね?
ベッドを温めるための保温袋にしては大きすぎるような気もするけれど、それじゃないとも言い切れない。
ドキドキする胸を手で押さえ、深呼吸した私はおそるおそるベッドに近づく。
きっと、大きめの湯たんぽだ。そうに違いない。そう思おうとして、そっと掛布に触れた。
――バサッ!!
勢いよく、掛布をめくる私。
心臓がバクバクと激しく鳴っていて、限界に近いくらいだった状況で目に飛び込んできたのは、白い肌の全裸の女性だった。
「「!!」」
パチッと目が合い、二人してほぼ同時に息を呑む。
シミ一つない肌は、ハリがあって美しい。掛布に引っ張られて毛布がめくれ、プリッとしたお尻やなまめかしい腿が丸見えになっていた。
「「……………………」」
思考が停止しているのは、相手も同じだろう。
なぜここに女の人が!?
なんで裸なの!?
混乱を極めた私は、吸い込んだ息を一気に吐き出した。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
本館中に響き渡る悲鳴。
自分でもこんなに大きな声が出るんだと、初めて知った。
「ソアリス!!」
扉を開けっ放しにしてあった寝室に、アレンが一瞬のうちに駆けつけてきた。
「どうした!?何があった!」
「アレンッ!ダメです!見ちゃダメです!」
飛び込んできた夫に、私は反射的に抱きつく。
見るなと言ってはみたものの、そんなことができるわけもなく、アレンはベッドの上にいる女性を見るなり叫んだ。
「ルード!痴女が出た!!」
「は!?痴女!?」
アレンの言葉に、ルードさんもぎょっと目を瞠る。
二人の視線は毛布を体に巻き付けて怯えた顔をする女性に向かい、彼女は必死で訴え始めた。
「アレンディオ様、わたくしです!グレナです!!」
私を抱き締めるアレンの腕に、一段と力が篭る。
アレンに痴女だと言われた女性は、叔母様に連れて来られていたグレナ嬢だった。
「わたくし、アレンディオ様をお慰めしようと……!ただそれだけで……!」
アレンは鋭い目で彼女を睨みつけ、私を左腕で支えながらも右手で剣を抜いた。
「誰の差し金だ。いくらもらった?本当の目的はなんだ」
切っ先を向けられたグレナ嬢は蒼褪め、ガクガクと震えはじめた。
「ち、ちがうんです、わたくしは、その、わたくしは、悪くない……」
ついに泣き始めた彼女を見て、ルードさんが白けた顔で言った。
「将軍の寝室に侵入しておきながら、自分は悪くないと?ここにいるだけでも不敬罪やわいせつ罪ですが、間諜として捕縛されて国家反逆罪ということになっても仕方ありませんよ?」
「そんなっ!」
そのとき、廊下からバタバタと複数の足音が聞こえてくる。
それらは迷いなくこの部屋に向かっていて、ユンさんやジャックスさん、特務隊の面々がなだれ込むように押し寄せてきた。
「ソアリス様!どうなさいました!?」
騎士服のユンさんは、アレンと同じく剣を抜いていた。
私の悲鳴を聞き、緊急事態を感じ取ったのだろう。
ジャックスさんは寝室へ入るなり、グレナ嬢を見て「あ、こないだのケバイ女だ」と呟く。
「いやぁぁぁ!見ないでー!!」
グレナ嬢は大勢の男たちが押し寄せたことで、パニック状態になってしまった。
アレンに夜這いならぬ夕這い?を仕掛けようとしたんだろうけれど、仮にも伯爵令嬢がこんなにたくさんの騎士の前で半裸をさらすことになるとは……!
毛布があることは唯一の救いだけれど、とんでもない醜態には違いない。
「どうします?アレン様」
ルードさんは困っているようだった。
それはそうだ、こんな人でもアレンの従妹であることには違いない。
投獄なんてことになれば、ヒースラン家の醜聞にもなりかねない……。
アレンはため息すら出ないほど呆れているようで、淡々と指示だけを告げた。
「ユンリエッタ、とにかくこいつに服を着せろ。見苦しい。それから拘束、事情聴取。ここまで一人で入りこめたとは思わん、誰か協力者がいるはずだ」
「わかりました」
特務隊は持ち場に戻るよう告げられ、女性騎士が2人呼ばれてユンさんと共にグレナ嬢の拘束を手伝うことに。
私はアレンに連れられ、自分の部屋に避難する。
「ソアリス、どこもケガはないか?」
二人きりになるなり再び強く抱き締められ、私はようやく自分の失敗に気づいた。
不用意にベッドに近づいたのは、絶対にいけなかった。
これがもしグレナ嬢ではなく、武器を持った侵入者だったら。
今さらながら、自分の軽率さにゾッとした。
「私は大丈夫です。ごめんなさい」
もう二度と、気になることがあっても一人では確かめない。
「無事でよかった。悲鳴を聞いたときは、生きた心地がしなかった」
「心配かけてすみません。軽率でした」
私も彼の背に腕を回し、目を閉じて安堵の息をついた。
長い指が後頭部の髪に差し入れられ、労わるように撫でられる。
「ソアリスは何も悪くない。警備の配置を決めたのは俺だ」
「そんな……」
連れてきた兵は、そのほとんどを東館の警備に割いている。王族の御二方と宰相様の警備のためだ。
それに、アレンは私の部屋の周りも警備を手厚くしているから、彼の自室周りに隙ができたのはわかる。アレンは自分のことは自分で対処できるからそうしたんだろうけれど、私が一人で寝室に入ってしまったからこんなことになったのだ。
「もう二度とこんなことがないよう、ここも王都の邸も警備を見直す。ソアリスには窮屈な思いをさせるかもしれないが、どうかわかってほしい」
「はい」
その後、アレンは私のことをジャックスさんとメイドたちに任せると、おそろしいほどの冷気を放ってどこかへ向かって行った。
その背中が見えなくなると、ジャックスさんがのほほんとした笑顔で言った。
「どうなりますかね~?あの娘の処遇。あ、木から吊るして親戚への見せしめにする刑に1票です」
「見せしめ!?」
笑顔と言葉が合ってませんよ!?
「あははは、冗談です。ささっ、奥様はのんびりお茶でもして、晩餐までここで休みましょう!」
部屋の中には、甘い紅茶の香りが広がる。
とてもそんな気分ではないけれど、皆に甲斐甲斐しく世話をされて、私は本当にゆっくり過ごしてしまうのだった。