軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

理性が働きすぎる妻

グレナ嬢の取り調べは3時間ほどで終了した。

彼女の目的はアレンを害することではなく、身体で誘惑して妻の座に収まりたいということだったので、騒ぎは秘密裏に処理された。

私への贈り物もグレナ嬢の仕業だと判明し、その責任は野放しにしていたご両親が負うことになるという。

アレンも私も取り調べには入らず、直接グレナ嬢と話をすることはなかったが、彼女はしきりに「アレンディオ様に会わせて!」と喚いていたとユンさんから聞いた。

会って話をすれば、きっと自分の魅力に気づくはずという考え方は最後まで変わらなかった。これまでたくさんの男性に傅かれ、従兄にアレンディオ・ヒースランという将軍が誕生したことは運命だと思ったらしい。

お披露目パーティーの前に将軍に抱かれれば、自分にもチャンスがある。

そう思ったグレナ嬢は、使用人に金を渡してアレンの予定を探り、まんまと寝室に忍びこんだ。

ただ、そこまで正確な予定を把握できず、夕方前には戻ってくるだろうというおおまかな予定しかわからなかったため、ずっと部屋で待つことになってしまったそうだ。

私が見つけたお香は、男性の性欲を高める効果があると言われているものだと判明した。

一人で戻ってくるはずのアレンが私を伴って私室に入ってきたので、いったんクローゼットの中に隠れようとしてうっかりお香を落とした……という顛末だった。

誘惑に失敗したグレナ嬢は、迎えに来た叔母様によって連れて帰られた。まさか自分の娘が全裸で誘惑しようとするとは、さすがの叔母様も予想外だったらしい。

ルードさんによると、グレナ嬢は数日間の謹慎ののち、罪を犯した貴族女性の更生施設へ送られるそうだ。そこで1年間、奉仕活動を中心とした暮らしを送って禊をするとのこと。

「ルードさん、グレナ嬢を手引きした使用人はどうなったので?」

私はあまり詳しいことを教えてもらえなかったけれど、下働きの男はそれ相応の罰を受け、クビになると聞いた。けれどまだいるであろう協力者については言葉を濁された。

「残念ながら、まだ調査中です。解決しましたらご報告いたします」

「わかりました」

教えてくれる気があるのかないのか、ルードさんはにっこりと笑みを深める。追求しても仕方ないので、私は同じように笑って黙ることにした。

夕食が終わり、私はローズ様やニーナと一緒にサロンでお茶をすることに。

もちろん、あんなことが起こっていたなんてローズ様は知らない。

薄紫色のドレスを着た王妹様は、ニーナと仲良くなったようで楽しげにお喋りをしている。

「ニーナさんは、いつもどんな風に過ごしているんですか?貴族令嬢がどんな暮らしをしているのか知りたいです」

「貴族令嬢の暮らし……?」

ニーナは私と顔を見合わせる。

ローズ様曰く、マルグリッド様は筆頭侍女であり公爵令嬢で、遥か雲の上の存在すぎてその暮らしぶりがいまいち理解できないんだそうな。

ニーナは困った顔で笑ったものの、正直に話した。

「うちはちょっと普通じゃないって言いますか、一度没落して浮上しかかった状態なんで、私も弟もつい最近まで市場で仕事をしていました」

「そうなんですか?」

目を丸くするローズ様。

貴族は全員お金持ち、そんなイメージがあったんだと思う。

「そういえばソアリスさんは、金庫番で働いておられますね」

「ええ、そうです。今では仕事にやりがいを感じていますが、6年前は出稼ぎのつもりで王都へやってきたんです」

「色々とご苦労なさっているんですね。貴族のご令嬢は、皆ドレスで着飾っていて、お茶会をしているんだって思っていました」

「皆さん、立派な淑女になるためにお茶会で情報交換をしたり、習い事をしたり、毎日お邸で過ごしているご令嬢は多いと思いますよ」

家庭教師の先生から教養を学んだり、アカデミーへ通ったり、楽器や刺繍などの習い事をしたり……

そこに労働はない、というのは私にもわかる。

ローズ様はふと思いついたように、キラキラした目でニーナに尋ねた。

「ねぇ、ニーナさんは好きな人はいらっしゃらないの?ジェイデン様、とっても素敵じゃないかしら?」

ニーナはあっさりと返事をする。

「お金のことしか考えてこなかったから、好きな人っていうとお給料を多めにくれる雇い主さんですね」

それは私も同感だけれど、はっきり口に出されると姉としては何とも言えない気持ちになる。

「ジェイデン様はとても素敵ですが、遠い存在なので神様みたいな感じです。もうそこにいらっしゃるだけで、ありがとうございますって思っています!」

妹が王太子殿下を崇めていた。

どうやら、盲目的に恋に落ちることはないみたい。安心したような、もう少し夢を見て欲しいと思うような。

しかしここでニーナが、ローズ様に質問をし返す。

「ローズ様は気になる人はいらっしゃらないのですか?あのかっこいい騎士様とか」

王太子殿下の護衛として帯同している、ゼス・ポーター様のことをニーナは話題に上げる。

けれどローズ様は、浮かない顔になって目を伏せた。

「素敵すぎて、とてもお話できないんです。婚約者候補だなんて言われても、貴族の方とお話したことなんてこれまでほとんどなかったから、何か話しかけられても『失敗しないかな』とか『マナーは間違っていないかしら』って、その方が気になって……。しかも、同世代の男性なんて花屋には来なかったし慣れていないんです」

「お花を買いに来るのは、恋人のいる男性だけだったんですか?」

「ええ、ほとんどそうです。恋人や想い人がいる男性か、格式高いレストランでお花を扱う担当の人とか」

「それなら、ローズ様はどんな方が理想ですか?顔とか性格とか」

ニーナがぐいぐい質問し、ローズ様も普通にそれに応えている。

妹の社交性には、驚くばかりだった。

ローズ様はしばらく悩むと、ちょっと頬を染めて言った。

「と、年上で、その、素敵な人が……」

明らかに意中の人がいる反応で、私とニーナは目を丸くする。

「素敵な人って、範囲が広いです。もっと具体的には?何歳で、どこの出身で、どんな性格の方?」

前のめりのニーナを私は制した。

「いきなりそんなに聞いたら失礼よ、もうそのあたりで」

「えー?いいじゃない、女の子同士の話なんだから。公式な場でもないから、何でも聞いてってローズ様が最初に言ってくださったわよ?」

「何でもって言っても、それは常識的な範囲内でよ」

不満げなニーナだったが、目の前の方が王妹殿下だったと思い出し、慌てて姿勢を正しておとなしくなった。

「すみません、私ったら図々しく」

ローズ様はそんなニーナを見てクスリと笑った。

「いいの。うれしいです、こんな風に普通に話ができる相手がこれまでいなかったから」

「そうおっしゃっていただけるとありがたいです」

話題が変わり、私はホッと胸をなでおろす。

年上が好き、という言葉はひっかかるものがあったけれど、ローズ様の周囲には年上しかいないので別にアレンだけが対象じゃない。

ただ、ローズ様がふいに私に向かって質問をして、胸がドキリと跳ねた。

「あの……ソアリスさんは、もしヒースラン将軍が第二夫人を娶るとなったら、反対なさいますか?」

「第二夫人、ですか?」

思わずじっと空色の瞳を見つめ返してしまう。

「その、もちろん知ってはいます。ヒースラン将軍が第二夫人を持たないとしていることは。ただ、それでも何らかの断れないことが起こって、第二夫人を迎えるとなったら……」

「何らかの、断れないこと、ですか」

「はい」

どうしよう。

将軍のアレンでも断れない縁談って、それはもう一つしかない。

王命。

陛下が直々に、どこかのご令嬢をアレンに下賜すること以外には考えられない。

「第一夫人からすると、どんな気持ちなのかって思って」

伏し目がちにそう尋ねるローズ様は、私に何かの答えを期待しているように思えた。

第二夫人を迎えても気にしません、と言って欲しいと思っている?

まさかご自身がアレンと……。

「「………………」」

長い沈黙が続き、私はどう答えていいのかわからずにいた。

模範解答は、わかっている。

ただ、それを口にするのは勇気がいることだった。

「そうですね、第二夫人ですか……」

将軍の妻として。

いずれ、そう遠くない未来にアレンは侯爵を拝命するとも聞いている。

自分だけを見て欲しいなんて言ってはいけない。

陛下から縁談が来て、私の一存で「嫌だ」なんて言えるわけがない。

アレンなら断ってくれると信じているけれど、それだって貴族社会の大きな波の中でどこまで断り続けられるか。

まだ想像の段階でも、胸が押しつぶされそうになった。

じっと私を見つめ、答えを待っているローズ様。

その真剣な目には心の内を見透かされそうで、私は伏し目がちに言った。

「……将軍の妻ですから、第二夫人が必要だとアレンディオ様が決めたのなら受け入れます」

うまく笑えているかはわからないけれど、今できる限りの笑顔でローズ様に答えを告げた。

「そうですか」

「はい。そのようにしたいと、思っております」

現に、アレン以外の騎士や高位貴族の当主たちは、第二夫人どころか第三、第四夫人を養っている人もたくさんいる。彼らは女好きというよりも、家同士の繋がりや社会的な立場を考慮して、そのように選択していると言えるだろう。

改めて考えると、アレンが特異なのだ。

ヒースラン伯爵家のことを考えるなら、領地が近い貴族やこれから交流を深めたい大商家の娘さんを第二夫人に迎え、家の権威や勢力を伸ばすのは必要だろう。

リンドル家では、残念ながら後ろ盾にはなれない。

アレンの親族がこぞって娘を推してきたのも、十分すぎるほど理解できた。

アレンが私を好きだと言ってくれなければ。

私がアレンを想うようにならなければ。

幸せを知ることはなかったけれど、同時に苦しい気持ちになることもなかっただろうな。

ぼんやりしていると、ニーナが私の顔を覗き込む。

「お姉様?」

「えっ?あぁ、どうしたの?」

「ダメよ、言いたいことは言わなきゃ。アレン兄様ならきっとわかってくれるわよ?」

「何言っているの……」

「もうお金のことは考えなくていいんだから、アレン兄様のことだけ考えて生きて行こう?」

「いったんお金のことから離れてくれるかしら!?」

私たちのやりとりを見て、ローズ様がくすくすと笑った。

「本当に仲がいいんですね。姉妹って羨ましい」

それからしばらくして、明日のお披露目パーティーのために早めに就寝をと促され、お茶の時間は終わった。