軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

妻の不安と空回り

王太子殿下御一行は、朝早くから準備をしてルクリアの街へ出かけて行った。

私はジャックスさんや使用人たちと共に邸に残り、笑顔で皆を見送った。

ユンさんはローズ様の護衛として、令嬢らしいドレスでそばに侍っている。この姿なら女騎士だとわからないので、様々なシーンで護衛ができるという算段らしい。

「お姉様ぁぁぁ」

「ニーナ。いってらっしゃい」

王族とのおでかけに、ニーナとエリオットが半ば「心ここにあらず」状態であることは見て取れたけれど、残念ながら姉にしてあげられることはない。

がんばって、と心の中でエールを送る。

私の服はニーナにサイズがぴったりで、後ろ姿は本当にそっくりだと皆に言われた。レモン色のワンピースは、派手過ぎず地味過ぎず、それでいて王妹殿下の水色の衣装より控えめでまさにちょうどいい。持ってきてよかったとホッとした。

ガタゴトと車輪を鳴らし、一行を乗せた馬車が遠ざかっていく。

アレンたちは先に街へ向かっていて、近衛の待機している宿で合流する予定だ。

いくらお忍びとはいえ、事前に観光ルートを下見しておかないと不測の事態に対処できないということで、昨夜から出かけていた。

こうなるともう、アレンは休暇どころではなく、明日のお披露目の主役であるのに休息は存在しない。私は少しだけ淋しさを覚えつつも、嘆いても仕方ないので自分にできることをしようと思う。

ふとそばを見ると、侍女のマルグリッド様が遠ざかる馬車を眺めていた。

もう1人の侍女はローズ様と一緒に街へ出たが、マルグリッド様は邸に残って休息を取ると聞いている。

横顔も美しく、立ち姿は凛としていて、さすがは公爵令嬢という気品を備えていた。ついついその姿を見つめてしまうと、視線に気づいたマルグリッド様がふと口元に笑みを浮かべた。

「将軍がおでかけになられて、お淋しいでしょう」

もしかして顔に出ていたのかしら、と私は一瞬どきりとする。

「いえ、あの、私は大丈夫です。これまでも数日間、ずっと一緒でしたから」

「そうですか。明日のお披露目、楽しみにしておりますわ。なんといっても、英雄将軍ご夫妻のお披露目ですものね。お招きくださり、とても光栄に思っております」

どこか作られたように完璧な淑女の笑み。

非の打ちどころのないマルグリッド様は遠い存在に感じられる。

「では、わたくしは部屋で休ませていただきます」

「はい、また夕食の際に……」

スッと礼をして下がっていくマルグリッド様。お元気そうには見えるけれど、移動で疲れたのかもしれない。

顔に出さない、言葉にも出さない。王太子妃候補だった方は、まったく心の中が見えなかった。

この日、私はジャックスさん相手にダンスレッスンを行い、入浴後はメイドたちに全身くまなくマッサージをされ、野菜中心の昼食をとり、御礼状をしたためてから邸の庭を散歩した。

明日、いよいよお披露目だと思うとどうしても落ち着かない。

アレンは今頃どうしているかしら……、ニーナとエリオットはうまくお供できているだろうか、などぼんやりと考えながらゆっくりと歩く。

「お部屋に飾りましょうか、この白い花」

ジャックスさんが気を利かせて話しかけてくれた。

視線を落とすと、中央が黄色で花弁は白の清楚な花が咲いている。庭師に頼めば部屋へ運んでくれるというので、私はジャックスさんの提案を受け入れた。

「貴族の奥様方の間では、お風呂に花びらを浮かべて香油の香りと楽しむのが流行ってるらしいですよ~」

「まぁ、そうなの?よく知っているわね」

美しい庭は、その家の家格や財力を表す指標でもある。ヒースラン伯爵邸の庭はかつて荒廃しきっていたが、リンドル家の手が加えられて見事な薔薇が咲き誇っていた。十年前よりもさらに美しく飾られた庭は、まるで夢の世界にいるかのような華やかさだ。

「アレン様と二人でのんびり散歩したかった、って思っています?」

ジャックスさんが二ッと笑ってそんなことを言う。

「…………秘密です」

否定しない時点で認めたようなものだけれど、はいそうですとは言いにくかった。

「きっとアレン様も、早く奥様に会いたい、帰って来たいって思ってますよ」

「慰めてくれているんですか?もう、子どもじゃないんだから待っていることくらいできます」

一体、どんな淋しがり屋だと思われているのか。

苦笑いで言い返すと、ジャックスさんはあははと明るく笑った。

「私ったら贅沢ね」

あんなに素敵なドレスを贈ってもらって、夫から愛していると言ってもらえて、それなのにちょっとそばにいないだけで淋しく思ってしまうなんて。

もしかして、休暇と聞いてずっと一緒に入られると無意識に思ってしまっていたのかも。

期待していたから、それが叶わなくてがっかりしているのかもしれない。

この10年間、一度だって淋しいと思ったことはなかったのに。すっかりアレンのいる暮らしに染まってしまった。

ほんの少し、自嘲めいた笑みが浮かぶ。

「奥様は我慢しすぎですって。よそのご夫人は、もっと夫にあれしろこれしろってキレまくっていますよ?宰相様なんて、家庭の話になると愚痴が止まりません」

「そんな大げさな」

「アレン様だって、奥様のワガママならぜひ聞きたいって思っていると思いますよ~。休暇なんだから、もっと私のそばにいろって言ってみたらどうですか?」

ジャックスさんが、本気か冗談かわからないことを言う。

「もう、そんなこと言えるわけがないでしょう?アレンは将軍で、騎士で、誰からも必要とされる存在なんですから私がワガママを言ってはいけないんです」

我慢しているというつもりはないし、何より仕事は最優先だから仕方ないのだ。

夕暮れにはまだ早い時間。

頬を撫でる髪を手で押さえ、私はくるりと振り返る。

「もう戻りましょうか。そろそろジェイデン様たちが戻ってくるかもしれないわ」

「ですね」

薔薇のアーチを抜け、裏口からブーツの土を払ってもらって邸の中へ入っていく。

するとそこへ、カミラさんがいそいそと私を探してやってくるのが見えた。

「奥様、まもなく馬車が到着なさるそうです」

「あら、ちょうどよかった。すぐにお出迎えの準備を」

もうすぐアレンが戻ってくる。そう思うと心なしか笑みが零れた。

ここから正面玄関へは、東館を通って本館へ入り、角を曲がるとすぐだ。喜びを露にする私は、使用人たちに生温かい目で見守られていた。

どうしよう、ちょっと恥ずかしい。

でもここは心を強く持って、気づかないふりをして廊下を急ぐ。

最速で迎えに出たつもりだったが、私が角を曲がってようやく玄関が見える位置までたどり着いたとき、すでに御一行は玄関に入っていた。

荷物が運び込まれていき、ぐったりしつつも笑顔をキープする弟妹の姿が何だか微笑ましい。いい社会経験になっただろうな、と思っていたら、すぐ近くにアレンとローズ様の姿があった。

「アレン様、今度は王都も案内してくださいね!」

「はい。殿下とジェイデン様のご予定次第ではありますが、ご一緒させていただきます」

うれしそうに次の約束を口にするローズ様。天真爛漫でハツラツとした笑顔は、とてもかわいらしいと思った。

アレンはかすかに微笑み、ローズ様のお誘いを受け入れる。

絶世の美女である王妹殿下と、鋭くも優しい目で見つめるアレンは、思わず息を呑むほどお似合いで……。

親しげに愛称で呼ぶその様子に、胸がざわついて立ち止まってしまう。

落ち着いて!

私、落ち着いて!

そう、お忍びで街へ出て、「将軍」なんて呼んでしまったらすぐにバレてしまうから愛称で呼んでいるだけのはず。

うん、それはわかる。

理解できる。

それなのにどうしてこんなに動揺してしまうの?

理屈はわかるのに、心が納得してくれない。

ローズ様は、お城にいるときよりもずっと楽しそうでそのお姿はキラキラと輝いているかのように見えた。

「あ、プラム通りの花祭りは恋人同士に人気のお祭りなんですよ?売られているパイを半分こして、中にチェリーが入っていたら幸せになれるって言われているんです」

「そうですか」

「はい、もう今年は終わっちゃったので来年になりますが。連れて行ってくださいますか?」

上目遣いのローズ様に、アレンは苦笑した。

「近衛に伝えておきます」

「アレン様も一緒に行くんですよ?絶対ですよ?私、それを目標にお勉強を頑張りますから!」

微笑ましい光景、きっと周囲にはそう見えているだろう。

アレンとローズ様は9つも歳の差があるし、兄を慕うような気持ちだと思いたい。

それに、ローズ様がアレンに心を開いているのはいい兆しのはず。

けれど、私はなんだかモヤモヤしてしまい、これじゃいけないと自分で自分を戒めた。

「奥様……?大丈夫ですか?」

なかなか動かない私を見て、ジャックスさんが心配そうに声をかけてきた。

「ええ、もちろん大丈夫よ」

金庫番として培ってきた愛想笑い。

にこっとわざとらしいほどに微笑むと、ジャックスさんは困ったように眉尻を下げた。

私は気づかぬふりをして、スッと一歩前に足を進める。

「おかえりなさいませ」

ローズ様は私に気づき、パッと顔を輝かせる。

その純真さが私には眩しかった。

こんなにかわいらしい姫様に、勝手に嫉妬するなんて。自分の醜さを実感して息が詰まりそうになる。

「ソアリスさん!ただいま戻りました!皆さんによくしていただいて、とても楽しかったです!」

「それはよかったですね。夕食の際には、ぜひお話をお聞かせください」

「はい!」

ジェイデン様やユンさんのお兄様も戻っていて、二人は何か難しい話をしているようだった。遊びとはいえ、領地視察も兼ねていたらしく、真剣な表情で話し合う彼らは他者を寄せ付けない雰囲気を放っていた。

「ソアリス、何事もなかったか?」

アレンはさっそく私を包み込むように抱き締め、頬に軽いキスをした。

人前で、とはいえこれくらいは私だってまだがんばれる。

「会いたかった」

「っ!」

蒼い瞳に、驚いた顔の私が映っている。

この一言がたまらなく幸せに感じてしまうのだから、本当にどうかしていると思う。

「お、おかえりなさい」

背伸びをして、私もアレンの頬にキスを返す。

今できる精一杯がこれだった。私も会いたかったとはさすがに言えませんからね!?

アレンは一瞬だけ驚いた顔になり、目を丸くして私を見つめていたが、突然弾かれたようにぎゅうぎゅうと抱き締めてきた。

「うぐっ!」

「ソアリス!もう今からはずっと一緒にいよう!夕食も部屋で二人でとろう」

そんなことできません。

私がアレンの腕の中でもがいていると、見かねたルードさんに無理やり引き剥がされて救出された。

「お披露目の前日に、奥様を殺す気ですか!?力加減っていうものを考えてください!」

「すまない。かわいすぎてつい」

私たちを見て、ジェイデン様が大笑いしていた。真面目な話をしていたのにすみません、と心の中で謝罪する。

アレンは少し反省したみたいだったけれど、すぐに私の手を取り、自分の部屋へ行こうと告げる。

「茶に付き合ってくれる時間はあるか?」

「ええ、もちろんです」

大丈夫、アレンはちゃんと私を大事にしてくれている。

だから、ローズ様へのおかしな嫉妬は忘れなきゃ。そう言い聞かせて、私はアレンと共に二階へ向かった。