軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十四話(カイル歴506年:13歳)般若の降臨

それは、合同競技大会が終わり、翌日の事だった。

辺境伯や、王都からの来賓も帰路につきひと段落した夜のこと。

家族水入らずの夕食会……、の筈だった。

遅れて夕食を待つ居間に入った俺は、予想していた、でも実現して欲しくなかった光景を目にした。

「タクヒール、お疲れさま。夕食の前に大事なお話がしたいと思ってたのよ」

笑顔で迎える母、横に座っている妹、そして……、正座し項垂れている2人の男たち。

父と兄がそこに居た。

「さあ、今回1番の功労者だった貴方は、ここに座ってね」

捨てられた子犬の様な目で、此方を見る父と兄の前では、ソファに座るのは遠慮したい気分だったが、母には逆らえないので仕方がない。

「さて、タクヒールも揃ったことだし、お話を始めましょうか。

息子、弟が大会の運営やもてなしに、走り回っているなか、貴方たちは一体何をしていたのですか?」

「いや、儂もダレクも来賓の方々の、もてなしや案内を……」

「そうですか? 主賓である、ハストブルグ辺境伯を迎賓館に残して、【夜の視察団】のご案内は、さぞお忙しかったことでしょうね?」

「!」

淡々と母のクリティカルヒットが入り、父は固まる。

「いや、誤解だ。来賓の皆さまをもてなす、これも大事なことなんだ。

儂等は道中の安全を確保し、ご案内したまでで……」

父さん、ダメだよ。

母さまは全て把握した上で追い込んでるんだ。

嘘は墓穴を掘るだけだよ。

俺は心の中で、この後の展開に合掌した。

「金髪の娘さんは、エレナさんでしたっけ? そして赤毛のカレンさん、この若く、可愛いお二人には、特にご執心だったようですよね?」

「な、な、何故っ……?」

「あと、宿場街での武勇伝もこの場でお話ししましょうか?」

「は、話せば分かる、頼む、儂の話も……」

「お黙りなさいっ! なんならこの場で、全ての娘さんの名前を挙げても良いのですよっ!」

「お父さま、お兄さま、お母さまが何故お怒りか、分かってらっしゃいますか?」

うわっ! 妹まで参戦して来た。

「……」

「タクヒールお兄さまが、毎日必死に走り回っているのに、お二人がずっと遊び呆けていらしたからです。

単に娼館通いを仰っているのではありません。

お母さまも最初は……、『今回は仕方ないわね』、そう仰って目を瞑っていたのですよ!」

この2人に責められ、縮こまる2人の姿は、もう見てられない。

「本来、この競技会を行うのはエストの街だった筈です。

貴方もテイグーン開催に賛成されたのでしょう?

なら、何故、貴方たちの決定で振り回され、寝る間を惜しんで働く息子の事を考えないのですか?

何故、貴方もダレクも、お客様気分で毎晩毎晩、遊び惚けているのですか?

貴方の息子、弟は毎日、誰よりも遅く床に就き、誰よりも早く起床し、働いていたのですよ!

貴方たちは、何故、それが見えないのですか?

私はその事が情けなくて、仕方ありません!」

やっぱり……、父と兄は完全にうなだれている。

「母上、今回は無事に大任を果たせた事ですし、父上も、兄上も、反省しているご様子。

少し大目にみていただくことはできませんか?」

「ダメよっ、本題はこれからだから。

そして、私が依頼されたこともあるの。だから貴方もここに居て、最後まで話を聞いて欲しいの」

その瞬間、般若からいつもの顔に戻った母がいた。

「先ずダレク、フローラさまが王都の学園に入学される際、貴方との婚約を発表します。

なので、以後、厳に身を慎むのよ」

「何っ! ちょっと待て!

そんな大事な話、儂は聞いとらん! いつの間に」

ここで初めて父は声を荒げて立ち上がった。

「お座りっ!」

再び般若が降臨する。

「立って良いとは言ってません!

その大事なお話を行う機会を、【夜の視察】と称して毎夜、不在にしていたのは誰ですかっ!」

父はまた子犬に戻り正座した。

「そんな事だから、辺境伯は仕方なく、ご存念を私にお話しされたのですよ」

「ちょっと待ってください。俺はまだ結婚とか……」

「ダレク、貴方はまだ分かってない様ですね。【ソリス家の若き雄】と呼ばれている、貴方の通り名に、【夜の】と言う言葉が新たに付いても良いのですか?」

「全くです。

お兄さまが一晩で娼館を何件も梯子された件、それを聞いて、私は恥ずかしくて仕方ありませんでした」

「ク、クリシア、何故それを?」

「投票券を買うために並んでいた時、後ろに並んでいた方々が話してましたわ。

幸い、フローラさまは気付いてなかったようですが。

そんな事、もう2度と聞かせないでくださいっ!」

「ダレク、貴方はこのままだと武勲ではなく、夜の豪のものとして、貴族の間でも噂に登る事になります。

既にこの町の人々の噂になっているように……

そんな事になってもいいのですか?

王都での貴方の行い、私が知らないとでも思っていますか?」

「えっ! どうしてそれを……、まさか お前(タクヒール) っ……」

「オレデハアリマセン、ハシゴノハナシモ、オウトノコトモ、イマハジメテキキマシタ」

事実、俺ではない。でも、俺には推察できる。

以前、娼館にいた、ヨルティアの情報網を手に入れた母は、もう無敵だ。

王都のことも、何らかの手立てを持っていたに違いない。

「辺境伯もご心配されていました。

大事な娘を預ける貴方が、良いところも悪いところも父親譲りである事を……」

兄は小さくなってしまった。

父も更に小さくなっている。

「辺境伯は貴方を婿として迎え、直系男子がいない、ハストブルグ家の、将来の後継者候補としてもお考えです。教育をよしなに頼む、辺境伯からはそう言付かっております」

「……」

兄は黙ってうな垂れる。

「ダレク、貴方は暫くそこで我が身を省みてなさい。

因みに……、王都にも私の【耳】はありますからね」

「さて、タクヒール、貴方のお話です」

優しい笑顔の母が此方に向き直った。

「この度の武勲、テイグーンの開発などの内治の功績、今回の合同最上位大会の運営や差配など、辺境伯だけでなくゴーマン子爵からも、お褒めの言葉をたくさんいただきました」

「ありがたいお話です」

「ゴーマン子爵からは、愛娘のユーカさんを頼む、そう言付かっているのよ。

貴方も薄々は気付いているでしょう?」

俺は無言で頷いた。

「合同競技大会、1日目の夜のことでした。私は貴方たちの事をおふたりから聞かれ、私は、自身の存念をお話ししました」

〜合同競技大会、1日目の夜のこと〜

「では、お言葉に甘え、子爵家の意向ではなく、2人の母親として、お話し申し上げます」

頷く2人に 母(クリス) は続けた。

「ご存じかも知れませんが、ダレクは、先の戦でかけがえのない友と、彼を慕う配下を失いました。

私にはあの子がまだ、深い悲しみに包まれていること、悲しみを振り切るために、一時の享楽に身を置いていると考えています。

時が経てば、息子も立ち直り、落ち着くと思います。私はダレクを信じています。

ですが、残念ながら今、ダレクの傍には、支え、癒やしてくれる存在がおりません。

少しだけ、ダレクに時間をください。

私も息子を導いていきたいと考えています」

ここでクリスは言葉を切った。

「タクヒールについては、もう少し複雑です。

息子は母である私から見ても、不思議な子供でした。

同じ年頃の子供と比べ、幼い頃から母に甘えることもなく、彼は独りで戦っていたように思えます。

誰にも本心を打ち明けることもできず、孤独に戦うあの子の心は、安らぐことなく消耗し続けていった筈です。

私は、息子を守るべき母として、彼と心が通じている味方を、素直に気持ちを吐き出すことができる、そして、安らぎをもたらしてくれる、そんな存在になってくれる女性達を、タクヒールの傍らに付けました。

今、あの子は心身ともにもう大人です。

そして傍には、心も身体も寄り添うことができる女性がいます」

「では、彼には妻となるべき女性が既におると?」

ゴーマン子爵は驚きと失望のあまり、思わずテーブルに手をつき、前のめりになった。

「いえ、私も彼女たちも、正妻となることは望んでおりません。

例え望んでも、この国では貴族として抗えない定めもあります。

息子(タクヒール) は既に男爵家の当主です。貴族としての務め、これは皆が理解しております。

ゴーマン子爵さま、そんな息子でも、ユーカさまのお相手は務まりましょうか?

ユーカさまは、それをお許しになるでしょうか?」

「ふむ、儂は娘が不憫な思いをすることがないよう、それだけが心配でな」

ゴーマン子爵も遠い目をして語る。

「お恥ずかしいことながら、我が領内で、娘は決して幸せとは言えんのだ。

だが、そんな環境に居ても、いつも明るく、こんな儂にも気安く話しかけてくれる。

お主の息子も同じだ。

この2人がいる時だけ、儂は自分に素直になれる。

だからこそ、お主の息子なら、娘を安心して任せられる、そう思ったのじゃ」

「では、ユーカさまが、事情を知った上でご承知くださるのであれば、そういう事でどうでしょうか?」

「ふむ……」

「ソリス家では、ユーカさまが不憫な思いをされる事は決してさせない、それはお約束いたします。

私が目を光らせておりますし、タクヒールの周りの女性たちも、道理を弁えた、性根のしっかりした者ばかりです。

それは私自身が会って話をして、確認しております」

「ほっほっほ、ものには順序もあろうて。

先ずは兄の話が公になった後、それでどうじゃ? 本人たちの思いもあるしの」

「御意のままに」

「仰せの通りに」

「タクヒール、今すぐ婚約、そういう事にはならないわ。

でも覚えておいて、いずれそうなる前提として、私たちは考えていることを」

「母上、ゴーマン子爵は、その……、4人の事を、ご存知なのですか?」

「ご存知ですよ、流石に4人も妻がいると申し上げた時は、非常に驚かれていたわ」

やっぱり、ですよね……

「でもね、その後は、『流石! いつも儂の想像の上を行く奴デアルっ!』と、笑っていらっしゃったわ」

カイル王国では、貴族が、特に優秀な当主が複数の妻を迎えることに、比較的寛容な文化を持つ。

これは、少ない配下と領民とともに、この地を切り拓き、王国の礎を作った、初代カイル王からの伝統だ。

だが後年、貴族の血を薄めないよう、当主の正妻は必ず貴族同士の婚姻を定めた悪弊も残している。

騎士爵や準男爵は、あくまでも一代限りの準貴族であって、婚姻に関して、貴族同士の対象として認められていない。

それらが、法によって定められている。

「ま、待てっ!」

ここで再び父が参戦した。

「クリス、4人の妻だとっ! 儂は知らんぞっ!」

「以前にも申し上げた筈です。子供たちには、私がふさわしいと思った女性を付けると」

「だが、よ、4人とは、うら……、由々しき話ではないかっ!」

「タクヒール、お前いつも、ずるいなぁ」

この2人、やっぱりブレないよなぁ。

心には思ったが、ここは神妙に無言でいた。

「節操のない貴方がたは黙ってなさいっ!

タクヒールを大切に見守りたい女性たちがいて、タクヒールも彼女たちを頼りに、そして大切にしている。

ただそれだけです!」

「お兄さま、私はフローラさまに続き、ユーカさまがお姉さまになること、大賛成です」

え? 妹は4人の件、全くスルーなのか?

そこは少し驚いた。

「では、お話は以上です。

今日は家族だけが揃っていただく、久しぶりの団欒です。凄く楽しみだわっ!」

母はいつもの顔に戻っている。

安堵のため息をつき、立ち上がった2人に向かい、声を掛けた。

「そこの2人! 食事後に、お話はゆっくりと……」

この日、ソリス子爵家では、久しぶりに家族全員が揃った、夕食をゆっくり楽しんだ。

来賓への対応の気疲れか、当主と長男だけは、青い顔で食が進まなかったようだが……

後日になって、母と妹が起こした【断罪イベント】は、結果として、兄の命運を救うことになる。

兄や俺を取り巻く陰謀は、今後、王都で蜘蛛の巣のように張り巡らされ、俺たちを陥れようとする者たちは、虎視眈々とその口実を窺っている。

兄も俺も、結果的に母に救われている。

俺たちは、後になってそのことを改めて感じた。