軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

間話3 その男、ゴーマンなり

「もう、あれから12年か……、子爵家を継ぎ、その後、儂自身があれほど嫌っていたソリス家の男に、最愛の娘を娶って欲しいと望むとは、これも数奇な縁というものだな」

ゴーマン子爵は、ふと自室で呟いた。

思い返せば、私が子爵家を継いだ年と、娘のユーカが生まれたのは同じ年であった。

もともと私は、ゴーマン子爵家の3男で、後継者となるには程遠い位置にいた。

そのため、堅苦しい貴族の習わしや、しがらみとは無縁でいることができた。

ところが、カイル歴487年、私が21歳の時に、国境を接していた南の隣国が、グリフィニア帝国の侵攻にあい、攻め滅ぼされてしまった。

この時より、運命の歯車が狂ってしまった気がする。

隣国が帝国に滅ぼされるまで、かの国との関係は良好で、カイル王国は永きに渡る平和を謳歌していた。

そのため、平和ボケしていたと言っていい。

だから、その危機に及んでも、誰もが楽観的でいた。

だが、現実は甘くなかった。

グリフォニア帝国と直接国境を接するようになり、南の国境線はすぐに緊張状態になった。

友邦国の滅亡から2年後、戦乱の兆しも、いよいよ本格的になってきたころ、私はとある騎士爵の娘と結婚した。

貴族の子弟に対し、貴族同士の婚姻を定めた王国の法も、子爵家の3男であり、爵位も持たない自分には、全く関係ない、そう思っていた。

事実、例え貴族であっても、領地を相続する予定もない次男、三男で、爵位すら持たない者には、王国の法も極めて寛容だった。

私が結婚した年の末も押し迫るころ、遂にグリフォニア帝国が国境を越え、カイル王国へ侵攻してきた。

それに対し、長兄と私は、軍を率い、国境の防衛戦に参加し懸命に戦った。

それは酷い戦だった。永きに渡る平和を謳歌した、カイル王国軍は、戦慣れした帝国軍に対し大いに苦戦し、至る所で戦線は崩壊した。

王都騎士団が前線まで駆け付け、何とか侵攻は阻止したものの、子爵家の当主であった長兄も、この戦いで命を落とした。

それでもゴーマン子爵家は、病弱ではあるが、内治に才のある次兄が継ぎ、なんとか立て直しを図った。

ゴーマン家の当主であった長兄が、その命を失った戦場で、ひとり名を上げた騎士爵の男がいた。

私が納得できなかったのは、その男が、戦功により男爵へと昇爵し、当主一族が戦死し断絶した、隣領の領主となったことだ。

長兄が命を賭して戦い、国を守った栄誉を、この成り上がりの男に奪われた、そんな思いでいた。

あの男に罪はない、そう思いつつも、私は素直に事実を受け入れることができなかった。

その後、ゴーマン子爵家には、更に不幸が襲った。

元々身体の弱い次兄が、流行り病で亡くなってしまった。

後を継ぐべき者は、もう私しか居なかった。

長兄や次兄には、後継者たる男児がいなかった。

当然ながら、ゴーマン家は混乱した。

私が子爵家を継ぐには、王国の定めた法により、新たに貴族である正妻を娶らなければならない。

だが私は領主になるよりも、妻を選びたかった。

ゴーマン子爵家を継承できなくとも、妻と産まれてくる子供、私にとってはそれが一番大事だった。

この騒動により、家臣たちの意見が割れ、ゴーマン家が混乱する事態になった。

そしてついに、ゴーマン子爵家にとって、本家筋である伯爵家が、事態の収拾に介入してきた。

ここに至り、ゴーマン子爵家と、私の未来の足枷になることを憂いた妻は、ひとりで決断し、黙って、身重の身体で、私の元から去っていった。

伯爵家からは、妻となるべく、息女のひとりが送り込まれ、私はゴーマン子爵家を継ぐことになった。

そしてその年、私の元を去った先妻は、わが娘ユーカを人知れず出産した。

私は、自身の不甲斐なさを呪い、理不尽な貴族としての定めを、このしがらみを作った王国を恨んだ。

その反動でいつか私は、傲慢で貴族としての形に拘る狭量な男、常に感情を隠し、不機嫌なしかめっ面をした男になった。

その時から私は変わってしまった……傲慢へと。

そして、孤独になった。

それから数年後、元妻が病でこの世を去った。

私はその訃報を聞き、居てもたってもいられなくなり、彼女の実家へ馬を走らせた。

そして、彼女の亡骸を前に泣き崩れた。

「おじしゃま、どこかいたいの? だいじょうぶだよ」

泣き崩れていた私を慰めてくれたのは、まだ幼い、少しだけ元妻の面影を残したユーカだった。

その時、私は決意した。

母もなく、既に祖父と祖母も他界し、頼るべき身寄りのないユーカを引き取ることを。

子爵家の娘として、立派に育てることこそ、亡き元妻から託された役目であると。

もう私には怖いものは無かった。

今の妻からは拒絶されても、実家の伯爵家から苦言を呈されても、傲然と断った。

そしてついに、彼らは折れた。

子爵家で養育することは認めるが、固有スキルのない娘は、家族の一員として認めない。

万が一、ユーカが固有スキルとして血統魔法に目覚めれば、子爵家の一員、長女として認めると。

私はユーカが、日々の生活に困ることなく、安心して暮らせる様になるのであれば、それでも良いと思い、娘を正式に引き取った。

だが、後になって私は自身の迂闊さに後悔する。

ユーカを取り巻く環境は、優しいものではなかった。

私の気付かぬ所で、娘はひとり耐え、戦っていた。

今の妻は、伯爵家の出自で、その矜持も高い。

似たもの夫婦、そう言われれば身も蓋もないが、身分にこだわる、傲慢な女性だった。

私の聞こえぬ所で、下賤の者、身分卑しき生まれ、そう揶揄して、ユーカに辛く当たっていたそうだ。

同じく、妻に付き従い、子爵領へと移り住んだ家宰を始め、屋敷に住まう者の多くは、伯爵家の息が掛かっている。

ゴーマン子爵家の家中に、いや、屋敷を中心として働く者に、ユーカの味方は居なかった。

その頃私は、領内での穀物の暴落や暴騰などの対策で、手を尽くす事が多く、日々走り回っていた。

隣領の【商人男爵】は、商売人として、不幸な出来事を逆用し、益々商売に勤しみ、莫大な利益を上げていると聞いた。

「貴族の所業にあるまじき、卑しき行いデアル」

私は奴のことをそう評し、ますます嫌いになった。

もともと、思うところがあった私は、奴と話すことも不快だったので、隣領との対応は全て家宰に一任していた。

この家宰自体、いわくつきの男だったが……

どちらかというと、内政よりは軍事面を、得手としていた私は、伯爵家から押しつけられたこの家宰も、内心こそ忌々しく思っていたが、家宰に内政を任せる以外、方法もなかった。

それが後々の悪政と悪評の元凶となるとも知らず……

・私が漏らした言葉を、更に誇大した罵詈雑言の数々

・隣領からの支援に対する、尊大な対応と振る舞い

・領民に対する無慈悲な施策、失政による犠牲の数々

・隣領の発明(水車)への、勝手な模倣と言い掛かり

その他にも、一つ一つ挙げればキリがない。

自ら招いた事とはいえ、これらの傲慢な対応は、後日、私の知るところとなり、私は激怒し、かつ、自らの不明を恥じた。

だが、伯爵家の手前もあり、権限を縮小したものの、家宰を更迭するまでには至らなかった。

対処に困っていた家宰とその一派、彼らを排除するのに、救いの手を差し伸べてくれる者がいた!

調べてみると、隣領のまだ10歳にもならない小僧、いや、子供の行ったことが、私を手助けしてくれた。

何十年に一度の大水害、だが、結果として災害の規模に比べ、損害は非常に小さく、領地は救われた。

奴の子供が水害を予期し、その助言を我らまで届けてくれたからだ。

奴が、いや奥方のほうか? 我が領土のために、借り受けるべき、地魔法士まで譲ってくれた。

このことで、私は素直な目で、隣の領地を見ることができるようになった。

そして、水害対策で私の指示を聞かず、隣領の妄言として対策を怠り、一部農地と領民に被害をもたらした、家宰とその一派を、更迭することに成功した。

私は奴の子供に興味を持った。

そして彼について更に詳しく調べると、驚くべき事実が、次々と判明した。

私はそれ以降、彼の動向に注目するようになった。

サザンゲート殲滅戦で我らを助けた、クロスボウの大会が隣領で行われると聞き、私はこれまでの経緯もあったが、恥を忍んで参加した。

そこでの体験は、驚愕に値する出来事だった。

領民たちのクロスボウの技量の高さ、優勝した少女の射撃の精度、領民全体の戦力化や、それを定着させる仕組み、大会の企画と運営など、なにもかもが見事だった。

この大会を見て、ゴーマン家でも、この子供のやっている取り組みを、すぐに取り入れる決心をした。

大会の夜の晩餐は、いつもの如く私はひとりだった。

だが、誰からも相手にされない私に、その子供は自分から声を掛けて来てくれた!

常日頃、近寄ると大人の者でさえ、そそくさと逃げていくこの私に!

凄く……、嬉しかった。

その場で、水害の時の件について、礼を言いたかったが……、うまく言えなかった。

こんなにも私は不器用になってしまったのか、私は改めて、自らを恥じた。

この子供になら、私はもう少し素直になれるのでは、そう感じさせる不思議な出会いであった。

領地に戻ってからは、内政改革、クロスボウの活用などを必死に取り組み、信のおける人材も登用した。

その時になって、非常に喜ばしい出来事があった。

10歳のユーカが、ゴーマン家の固有スキル、血統魔法を行使できるようになったのだ!

私は何よりもこれを喜んだ。

「これでお父さまを、誰にも遠慮せずに、お父さまと、お呼びすることができますっ!」

喜びで泣く娘に対し、私はやっと、これまで娘の置かれた厳しい環境、彼女が黙ってそれに耐えてきたことに気付かされた。

これまでの私、皆が好んで近づこうとしない私にも、娘はいつも進んで、そして笑顔で接してくれた。

だが、この優しい娘が、いつも辛い思いをしているのに、私は気付かなかったのだ。

私の不甲斐なさを大いに反省し、改めて娘に詫びた。

それから私は、ユーカの立場を固めること、側には信の置ける者を付け、娘を守ることに奔走した。

血統魔法を使えるユーカは、ゴーマン子爵家の長女として、もう誰も後ろ指を指すことはできない。

その日はたまたま、ユーカと隣領の魔法士について話す機会があった。

辺境のゴーマン子爵領では、血統魔法士以外の魔法士は、一人としていない。

同じ立場だった隣領は、独自に魔法士を発掘し、新しい取り組みを始めているようだった。

これも、私の注目する彼が主導しているらしい。

ちょっと、羨ましかった。

「お父さま、せっかくクロスボウ大会を、領民を交えて行っているのです。才能ある射手には、風魔法の適性確認を受けてもらうのはどうでしょう?

伝承でも、『風に愛される者、弓を善く使う』とあります」

「!」

その通りだ。折角の機会だし、是非採用しよう。

「あと、音楽に才のある者、例えば全ての音を、音階として捉えることのできる人も、もしかすると、音魔法の才能がある、そんな可能性もあるかしら?」

「!」

そんな目の付け所もあるのか! 娘との問答に私は驚愕した。

後日、 ソリス男爵(タクヒール) から聞いたところによると、それは【絶対音感】と言うらしい。

ゴーマン子爵領では、それなりの資金を使い、目ぼしい者に対し、次々と教会にて儀式を受けさせるようになった。

確率こそ高いものではなかったが、結果として、2名の音魔法士と2名の風魔法士の獲得に成功した。

ユーカの提案が、ゴーマン子爵家に新しい風を吹き込んでくれた。非常に嬉しかった。

その後も、帝国軍は絶えず侵攻してくる。

サザンゲート血戦は、本当に厳しい戦いだった。

頼りにならん味方に、私も敗退を覚悟する場面も幾度となくあった。

だが彼は果敢にも主将の危機を救うべく飛び出した。

見事な覚悟だ! 私は感嘆したと同時に、彼を失ってはならない、そう思った。

気付けば麾下の騎馬隊を率い、私も彼の後を追い、飛び出していった。

この戦を契機に、私は彼と非常に親しくなった。

彼は、私に対して率直だった。誰もが遠慮して口を紡ぐことも、忌憚なく話してくれる。

私も彼を信用し、自分自身に正直でいることができた。

この居心地の良さは、まるでユーカと一緒にいる時のようだった。

戦から戻った後も、ユーカの前で、彼の事を話す事が多くなったと思う。

ユーカも彼に並々ならぬ興味を持っているようだ。

いつか彼と引き合わせてやりたい。そして、願わくば……

私は常々、そう思うようになっていた。

そしてある日、その機会に恵まれた。

2人が仲良く歩く姿に、私は将来の夢を重ねた。

所が彼には、驚くべき秘密があった。

既に4人の妻がいると!

私は驚愕し、自身の夢が儚く消え去ると感じ、言葉に詰まった。

だが、話を聞いていると、どうやらまだ私の思いが叶う余地はありそうだ。

過去の私と、似たような状況にありながら、彼は妻たちを幸せにしている。

妻たちも、貴族のしがらみを理解した上で、彼と添い遂げているらしい。

私は、自身と彼との【器】の違いを自覚し、笑うより他なかった。

彼ならば、ユーカを預けても、決して蔑ろにすることは無いだろう。

ユーカなら、彼女たちの立場を理解し、彼の妻たちとも上手くやって行けるのではないだろうか?

そして娘は、血統魔法も使える、ゴーマン子爵家の娘として、貴族同士の婚姻の定めに何の問題もない。

彼以外の、どこぞの貴族のバカ息子に嫁がせることなぞ、考えたくもない。

そして隣領であれば、いつでも娘に会いに行ける。

私はその思いを一層強くした。