作品タイトル不明
第四百五十九話(カイル歴516年:23歳)王国の未来に向けた一手
カイラールの王宮で案内されたのは、かつて俺たちが案内された会議室や待合室ではなく、明らかに賓客用の部屋で以前とは扱いが一変していた。
この辺りもおそらく、慌てて駆け付けた狸爺の指示なのだろう。そう思えるほどの露骨な変化だったのは言うまでもない。
そして……、簡単なもてなしを受けたあと、俺は案内に従って会談用の応接室へと通されたが、そこには既に狸爺が立って待ち受けていた。
「公王陛下にはご多忙にもかかわらず、かくも早くお越しいただいたことに感謝いたします。
我らもお迎えの準備が行き届かず、非礼のあったことは心よりお詫び申し上げます」
深々と一礼したあと、開口一番にそう言って謝罪してきたが……、これは単純な謝罪じゃないだろうな。
ここで俺がどう出るか、見極めようとしているのだろう。
「なんの、我らも『王国存亡の危機』と聞いては、万難を排して駆けつけねばならんと思っただけよ。
外務卿も気に病まれることはない」
ここで狸爺はきょとんとした顔になった。
まるで『そこまでは言っていないぞ』とばかりに……。
「我が家臣たちも『本来なら国同士で交わされる礼を省いてまで呼ばれたこと』を推し量り、王国は尋常ならざる事態に陥っていると申しておったからな。
我らの誠意を見せるため、フェアラート公国から戻ったその日に出立し、ここまで急ぎ駆け付けたまでよ」
そう言うと狸爺は少しバツの悪そうな顔になった。
おそらく自覚はあったが、それでも俺は呼び出せば、ホイホイやって来るとの打算もあったのだろう。
「いえいえ、どこかに誤解があったようで大変失礼いたしました。王国内の問題ゆえ、ここは王国の『辺境公として』お知恵を拝借したいと思い書き記したつもりでしたが……」
「ふふふ、そうかな? 事は周辺国との外交の問題、あの手紙に書き記された内容からは『辺境公』では身に余ると思うが? なので私も然るべき立場である、『公王』でなくては対処できんと考えた次第だ。そのため今回は『公王』として参らせていただいた」
そう、狸爺の手紙は『辺境公』の立場である俺に宛てたものだが、周辺国諸国との関係再構築、南とは関係ない東と北の国境有事など、既にその立場を超えているからね。
ダブルスタンダードと分かっていながら、それを良いように使い分けているのはミエミエだった。
「……」
痛いところを突かれたのか、狸爺は最初から一貫して変わらぬ微笑を浮かべているが、細めた眼だけはそれを如実に語っていた。
「ハハハハハ、外務卿よ、其方の負けじゃ。そもそも魔境公国は成立期こそ我が国の分国とはいえ、我ら自身が独自の営みを保証した独立国家、そして今や周辺国家を束ねる要ともなっているのだ。以前の様に口先だけで公王を御そうと思ったら、今回のように手痛い反撃を受けるぞ」
そう言ってカイル王は遅れて部屋に入るなり、大きく笑っていた。
どうやら最初から遣り取りを見ていたのだろう。
「ウエストライツ魔境公国およびタクヒール公王には改めて非礼を謝罪し、今回の来訪には心より感謝していることを申し上げたい。よく来てくれた」
「……」
そう言ってカイル王は丁重に頭を下げたが、今度は俺の方がちょっとバツが悪かった。
一国の王に、ましてもかつての主君に頭を下げさせようとは思ってもいなかったからね。
「いえいえ、私も少し悪戯が過ぎましたかね。ただ今となっては身に合わぬ重いものを背負ってしまったゆえ、似合わぬとは思いつつも『王らしく』あらねば、と苦労しているのですよ。
改めて……、ご無沙汰しておりました。ご壮健そうで何よりです」
ここで俺は敢えて意識してカイル王と握手した。
以前なら跪いて頭を下げて口上を述べているところだったけどね。
「人は成長するものだ。立場に相応しい責任を果たすために、な。時流に乗り遅れた我らは、まず意識を改めることから始めねばならんわ」
「御意……」
高らかに笑うカイル王と、どこか釈然としない様子の狸爺も改めて席に着いた。
「さて、公王の申された『王国存亡の危機』だが、我らは今、これを深刻な問題として捉えている。
それは分かってもらえると思うのだが……」
もちろんそれは分かる。
これまで周辺国と関係を一手に背負っていたクラリス殿下が嫁ぎ、王国ではそれに代わる担い手がいないからだ。
正確には居ないとは言えないが、現王に比べ周辺国の王たちはひと世代若い。なのでカイル王は年齢的にも浮いてしまうし、共に戦場で戦ったこともなく、外交の場で共に過ごすことがなかった。
逆に言えば外交の場で俺たちは、これまでの歴史や常識では考えられないほど、各国で密接な関係に至ってしまっていることだ。
そうなるとカイル王国だけが一歩遅れ、その差はこの先で開くばかり。そのためにもこの時点で新たな一手を打っておきたいのだろう。
「まずはその問題に対して、王国側のお覚悟を伺いたいのですが?」
そう俺が聞きたいのは王国側の覚悟だ。
その役割を誰が担うのか、その役割に応じ他国まで足を延ばすことができるのか?
なんせ諸国の王たちは俺が戸惑うぐらいにフットワークが軽い。いや……、軽すぎるんだよな。
それに付いてこれなければ、付いてくる覚悟がなければ輪に入ることは厳しいし、そもそもだけど全員が王や皇帝としては非常識なまでに規格外だからね。
それに加えて多国籍軍への参加の件もある。並々ならぬ覚悟がないと、王国だけが同盟国の中で後れを取る事態になりかねない。
「覚悟は……、ある! じゃが儂はともかく王子はまだ幼くてな」
そこが一番のネックだろうな。
どうせなら殿下の代わりは王子が務めるのが最も最適だ。ただ肝心な王子は、まだ十五にもなっていないと聞いている。
学園にも入学しておらず世間を知らない王子にとって、いきなり別世界に放り込まれることにもなりかねない。
カルチャーショックを受けるだけで済めばマシな話で、朱に交わって赤くなってしまうことも危惧しているのだろう。それについては彼らも、前任者(クラリス殿下)の非常識な行動には、相当に頭を悩ましていた節もあるしな。
「常に奇策を思いつかれる公王のこと、何か良い思案でもなかろうか?」
ふふふ、それに対する答えのひとつは既にあるのだけどね。
さて……、どうするかな。
「若干時を逸した部分はありますが、今後の外交で王子殿下を他国にお連れすることはできますよ。
そこで徐々に諸外国の中で存在感を出していただけるよう、取り計らうことも含めて、ね」
「「おおっ!」」
二人は一斉に身を乗り出してきたけどさ、これは俺にとって『できればやりたくない』悪手なんだよな。
だってさ、王子は次代の国王であり『万が一のこと』でもあったら大変だからね。そんなことで神経をすり減らしたくないし、責任を取れと言われても取れるものではない。
「もっとも、そんなイベントがこの先であるか、有っても多くはないと思いますが……」
一国を代表して王子が出かけても良い外交上のイベントなんて、そうそうないからね。
既に各国では、皇帝即位や国王の婚礼という三つの大イベントが終わったばかりだし。
「「……」」
明らかに凹んでいるのが分かるけどさ、それって俺のせいではないからな。
俺は大きなため息を吐いたあと、言葉を続けた。
「無ければ作ればいい、それだけです」
これも俺は言いたくない話だった。言えば当然のごとく巻き込まれるからだ。
もちろん俺も、ただ巻き込まれることだけは全力で拒否するけど、断るのにもパワーがいるんだよな……。
「例えばの話ですが、王都にて武技を競う競技大会を開くのです。各国の選手たちも招待して、ね。
そうなれば物好きな王たちは身分をやつして見学に来ますよ」
「「なんと!」」
うん、これは絶対に参加してくると思う。
グラート皇帝もクリューゲル王もクラージュ王も、全員が揃って武人だからね。下手するとじゃじゃ馬なんか参加枠で手を挙げてくるかもしれないし、アリシア女王もそれを機に商談や政治的な動きを見せる可能性が高い。
「では前回王都で開催した、クロスボウ競技会のような……、であれば!」
「クロスボウだけでは足りませんね。それであればカイル王国は有利ですから。例えばクロスボウの他に剣や弓の腕を競わせる競技を用意し、その傍らで各国の物産を集めた商談会も用意するのです。もちろん流通を担う諸外国の商人たちを招待して、ね」
正直言ってこの企画、俺個人が密かに温めていた内容なんだけどさ。
ただ計画立案にも手間が掛かるし、今は開発事業で躍起になっている皆にも迷惑は掛けられないから、いずれ落ち着いたら……、そう考えていたものだ。
だが最近になって少し考えを変えた。
今までは自分の領地だけを優先し豊かにすることを考えていた。自分たちが生き残るために。だが今は時代が変わった。共に繁栄していくことこそが大命題だからだ。
「では我らはその催しに是非参加させて……」
「外務卿、それは違います。『参加する』のではなく『主催する』のですよ。第一回はカイラールで行うこと、そこに意味があるのですからね!」
「じゃが我らは……」
それは分かるよ。この世界ではそのような大規模イベントが行われた前例も無いし、そもそもだけどノウハウもアイデアもないだろうからね。
だけど主催で開催国ともなれば、国王と王子は共にホスト側として諸外国に顔を売ることができる。
この意味はとてつもなく大きい。
「我が国は企画運営、プロデュースを請け負うことはできますよ。そもそも一発だけの企画では意味がないし、数年ごとの定期開催になれば、今後は陛下や王子が王国を代表して各国を回る大義名分にもなりますからね」
「「おおおっ!」」
もちろん企画運営は有償だ。人手や箱は王国側に出させるとして、俺たちが口を出して中身に手を入れれば、ちゃんとしたテイの催しになると思う。
それに見本市を開催すれば、出展料を取ることもできる。規模が大きくなればなるほど動く金額も大きくなるし、広告代理店で働いていた『ニシダ』なら、知識もノウハウもある。
「大会を行う競技場や見本市を開催する会場などの箱、運営する人員の手配はお任せしますよ。もちろんですが会場付近の宿泊施設や飲食施設などの用意も含まれていますからね。王国の意志として、その方向で動いても構わないと?」
「も、もちろんじゃ」
「それでは差し当たり実行委員会を立ち上げますが、そこには王都の各部局から有能な実務担当者を集めてください。他にも優秀で見込みのある若手貴族も入れておくと良いでしょう。彼らの研修はクサナギで行いますけどね」
「ふむ、それに学園からも何人かを選抜し、加えても良いかの?」
「構いませんよ。本当なら学園から派遣される実行委員に、王子殿下も含まれていると最高なんですけどね」
そう、ただ参加させるだけでは意味はない。
ホスト側として対応するだけでなく、大会運営の大変さを主催側として理解すること、それが重要だからね。
まぁ理想は置いといて……。
「実行委員の人選は外務卿にお任せしますが、絶対に外せない条件があります」
「儂に? その条件とは?」
ははは、身構えたな?
以前なら俺が追い込まれて条件を出す立場だったが、今回は追い込む中で更に条件を出している。
いつの間にか昔とは立場が逆転してしまったな。
「第一に、王国の将来を担うと期待されている優秀な若手であることです。この企画の成功に自身の将来が掛かっている、そう思える人物でないと必死になりません」
そう、王国存亡の危機と言っても、それが他人事では意味がないからだ。
将来を 嘱望(しょくぼう) され、自身もそれを担うと気概を持った人物でないと到底無理だ。
「確かに……、承知した」
「第二に、優秀なのは当然ですが常に多くの案件が集まり、その対応に日々忙しく働いている人物を選定してください。俺の言っている『忙しさ』とは、効率が悪くてただ忙殺されていたり、仕事の山を抱えて埋もれている人物ではないですよ」
俺の意図しているのは家宰時代のレイモンドやミザリーだ。彼らは忙しい中でも他人の何倍もの案件を一人で処理していた。優秀な人物の元には仕事が集まり、自然と忙しくなる。
単に各大臣や部局に人を出せと指示しただけなら、抜けても差し支えない程度の能力の人物、そんな者しか出して来ないだろう。
「付いてこれないと判断したら突き返しますからね。外務卿からは俺がそう言っていたと伝え、『万が一送り返されでもしたら王国の恥じゃ!』と言って、せいぜい彼らを脅してやってください」
「やれやれ、大臣や各部局からは恨み言を言われそうじゃな」
「懸かる王国存亡の大事に、日々の業務が滞るなど以ての外! そう一喝すれば済むのでは?
外務卿が心より危惧を抱いていれば、そう言って然るべき話かと思いますよ」
「ほっほっほ、なかなか公王陛下も言うようになられたの?」
「俺には殊の外厳しい 教師(たぬきじじい) がおりましたからね。見習って少しは成長もするでしょうね。
第三に、優秀な若手であれば身分は問いません。逆にどれだけ優秀で第一と第二の条件を満たしていたとしても、身分を笠に着るような人間は要りません。即、突き返します」
「承知した。我らも腹を決めたゆえ、陛下の勅命という形で対応させていただく」
「では当面の懸念を『王国存亡の危機』として捉え、今後の周辺諸国に対するプレゼンス向上と対応策、未来を見据え王子殿下を盛り立てる方向で道筋が付いたと考えて良いですよね?」
俺の問い掛けに二人は黙って頷いた。
うん、これでレイモンドの言っていた懸念は回避されたかな?
王国側の要望に唯々諾々と従うのではなく、主導権を握りながらビジネスとして成立させたのだからね。
「では第四の条件です」
「ま、まだあるのか?」
「これが一番簡単な話ですよ。公の場で実行委員に対し、『王国の危機を回避するため、取り 得(う) る手段には全権を与えるゆえ、必ずや成功するよう務めよ』と一言一句違えず勅命を下してください。これが彼らにとっては、力を全力で出せる源となります」
「「???」」
本来ならわざわざ勅命なんて不要な話だけど、ただ敢えてそうさせることに意味があるんだよ。
「承知した。選抜したあと陛下の御前にて、そのように取り計らおう」
ははは、言質は取ったからね?
後で青くなっても俺は知らないぞ。やるなら徹底的にやるからね。
さて……、この件は一段落したし、次の議題は東と北への懸念か?
俺の抱えている『本題』を切り出すタイミングはどうしようかな?
先ずは全部話を聞いた後にすべきだな。
俺も周辺国の事情は少しだけは耳に挟んでいるが、まだ詳細は全く知らないと言って差し支えない。
一体何が起こっているんだ?