作品タイトル不明
第四百五十八話(カイル歴516年:23歳)王都からの呼び出し
色々とバタバタだったフェアラート公国への旅を終え、俺たちはやっとクサナギに帰還した。ただそこで俺を待ち受けていたのは、狸爺から送られてきていた一通の手紙だった。
『本来ならば一国の王に対し、このような形で呼び出しの書状を送ることは無礼千万の話ではあるが、これは公王にではなく、あくまでも『カイル王国の南の辺境公』に対し送らせていただいたものである。
我らより折り入って相談したい内容があり、どうか王都までご足労願いたい』
そんな前振りから始まった内容は、ある程度予想できるものであった。
記入されていた『相談内容』は大きく三つ。
ひとつ、クラリス王女が公妃となって嫁いだ今、カイル王国としては周辺諸国との関係を改めて構築したいと考えている。その具体的な手段について相談したい。
−−まぁこれは、周辺諸国は既に同盟を結んでおり、そこにカイル王国も加えようと段取りは付いているので問題ない。
それでも大きな問題がひとつあるけどね。
ひとつ、もし各国と同盟を結ぶことが叶えば、唯一の気掛かりは王国東部と北部の新領土の動向である。これらに関して、今後の方針と対応策を相談したい。
−−繰り返すがもうそれは叶っている。ただ、新領土に何かあるのか? その情報はまだ俺にも入って来ていない。
ひとつ、王国の次代を考え、まだ幼い第一王子の今後について相談したい。
−−これはちょっとした不運としか言いようがないんだよな。本来なら列強との話で前に出るのはカイル王、だが彼は俺たちからひと世代年上で、浮いてしまう。
しかもカイル王だけは他の王と、味方として戦場で共に戦っていない。そこから来る心の距離も大きい。
なんだかんだで、俺たちはある程度同じ世代で固まり、心の距離は近いからね。
ならば次世代の子供となるが、ちょうど良い存在だったクラリス殿下は嫁ぎ、第一王子はまだ子供。俺たちの輪に入るには少なくともあと六年から十年は必要だろう。
『フェアラート公国への旅から戻ったばかりとは思われるが、どうか我が国の未来の重大事と受け止めていただき、早急にお越し願えないだろうか?』
最後はそういった言葉で結ばれていたが、おそらく狸爺も相当に焦っていることが見てとれた。
さて、俺はどう受けるとするかな?
「 内務卿(レイモンド) 、ちなみにこの書状が届いたのはいつかな?」
「はい、タクヒールさまが公国に旅立たれて三日後に届いておりました」
となると、俺たちが出発する前に出された訳か?
クラリス殿下がカイラールを出発し、その直後に送って来たとみて間違いないな。
俺は手紙をレイモンドにも見せたが、内容に対して彼は一切反応を見せず、ポーカーフェイスのまま読み終えると、にっこり俺に笑いかけた。
その笑みはどういう意味だ?
「それで、内務卿としてはどう思う?」
「早急に王都に向かわれた方がよろしいかと存じます。おそらく先方は周辺国から取り残されることが不安でたまらないのでしょう。今や我が国は領土だけで見れば既に王国と同等、即応戦力でも匹敵するまでになっておりますので……」
確かにそうだよな。周辺諸国の最辺境を切り取った魔境公国は広大な領地を持つが、生産力や人口と言った国力では大いに劣り、国全体の動員兵力も比べるべくもない。
ただ即応戦力はひけを取らず、これまでも勝利を重ねてきた兵たちは最精鋭だ。
片やカイル王国は、周辺諸国との顔であったクラリス殿下が抜けた今、孤立している。
「王国首脳部を疑心暗鬼にさせないためにも、かな? 知らぬ間に偉くなってしまったものだな」
そう言って俺は苦笑せざるを得なかった。
そもそも俺はカイル王国に含むところはないし、むしろその一員として盛り立てたいとも思っているのだけどな。
「なら引き続き内政と開発事業の采配は任せることになるけど構わないかい? 俺は少数……、二百騎程度で向かうとするかな?」
そう、隣国の公王の立場ならその十倍を連れて行っても不思議ではない。だが今回はその立場ではないし、彼らの感情を逆なでることも避けたい。
「よろしいご思案かと。私も王国がタクヒールさまを高く評価し頼っていること、それに応えるお気持ちと王国に配慮されていることには、内心で嬉しくなってしまいました。ただ……」
あ、手紙を読んで最後に見せた笑み、あれはそういう意味なのか?
ことは外交の話だから、彼の言葉通りに受け取らない方が良いんじゃないかと思うけど、何らかの含みのある言葉だよな……。
「これはあくまでも、ウエストライツ魔境公国の内務卿、その立場で申し上げます。向かわれたあと、王都での立ち回りは改められた方がよろしいかと」
「どういうことだ?」
「私は書簡を拝見し、政治的な立場から二つのことを感じました。
ひとつ目は、今のカイル王国は焦っております。そのためタクヒールさまのお立場はより確かなものとなったと……」
だろうな、まぁ偉そうにするつもりはないけどさ。俺は王といっても分国の王であり、王国には忠誠を尽くす立場だしさ。
「二つ目が問題です。王国はここ最近で周辺諸国の輪の中から外れており、不幸にも時流が見えていないと言わざるを得ません。今回は彼らに、過去の考えを改めさせる機会とせねばなりません」
あれ、怒っている?
もちろん彼の怒りは俺に向けられたものではないけどね。
あの時にレイモンドが見せた笑みは、やっぱり違う意味だったか!
「本来であれば手紙で呼びつけるなどもっての他! 口上を述べる使者を送り、それなりの儀礼を以て迎えを寄越すか、そもそも相談したいのであれば外務卿が自ら足を運んで来るべきです」
確かに、な。 穿(うが) って見れば、俺は手紙ひとつでホイホイ呼び出せる程度の存在、カイル王国にとって都合の良い者でしかない。今回の一件からそう思われていると受け止めてもおかしくない。
まして相手は一国の王だ。先方の事情も聞かず、言葉は飾っているが『早急に来い』と言っているに等しい内容だったからな。
「私も本来なら男爵家の家宰に過ぎず、上級貴族であり王国の重鎮たる外務卿の言葉に異議を挟む非礼は存じております。ですがタクヒールさまは我らの王、内務卿の責にある者として引けぬこともあります」
いや、レイモンドの言葉はもっともだ。
身につまされる感じがして、俺もちょっと反省しているしさ。
「なら……、方針を改めて、もったいつけて行くのを遅らせる手もあるか?」
そうは言っても俺は既に王都へ向かわねばならない用件があるんだよね。
多国籍軍への参加と五か国同盟への調印依頼、こればっかりは俺が出向いて話を付けなければならない。
ただレイモンドの真意を知りたく思い、俺は敢えて心にもないことを言っているに過ぎない。
「いえ、基本的にはタクヒールさまのお心のままに。王国を安心させるために一刻も早く向かわれる。
それで義理と誠意は見せたことになります。あとは存分に……」
「向こうに行ってからは威を見せろと?」
俺の言葉にレイモンドはにっこり笑って頷いたけどさ。
それが俺にとっては一番の問題なんだよな。
そもそもだが庶民の血が流れている俺だ。百歩譲ったとして、こちらの世界で生きていた大半は辺境の貴族として生きてきた。
そんな俺が『王らしくあれ』と言われても、かなり厳しい要求にしかならない。
「いつのまにか俺も、らしくないものを背負ってしまったよな」
「私どもにとっては、相応しいお立場になられた、と思っております」
ちぇっ、そう返されてしまったか。
そもそも俺が彼を『レイモンドさん』と呼んでいた時代から、彼はずっと俺を支えてくれたしな。
「分かった。努力してみるよ」
ここで基本方針は決した。
手紙に対しては誠意を以て対応するが、それは王都に駆け付けるまでの話だ。
そこから先は、柄にもない振る舞いをして一線を引く。一線を引かずとも相手に気付かせるよう振る舞う。
幸いにも狸爺の手紙以外で、元から『本来の用件』もあることだしね。
内容的に一番目の議題と思いっきり被っているし、俺が持っていく用件は、せいぜい有用なカードとして活用させてもらえばいいだろう。
「それで、タクヒールさまはいつご出発されますか?」
「勿体ぶらず準備が整い次第、どれだけ遅くとも明日までには出立しようと思う。先方の計算より早く、ね」
そう、こういったことは相手の思惑を超えることが大事だ。
彼らの想像より早く来たともなれば、それだけで誠意を見せたことになるからね。
「それでよろしいかと。到着された後は王国側の要求に対し、勿体ぶっていただいて構わないでしょう。既に誠意を見せているのですから。そうしないと王国はタクヒールさまを軽く見ます」
「それに関して、共有しておきたい報告もあるんだ」
ここで俺はレイモンドに対し、抱えていた『本来の用件』の内容を共有した。
もちろんそれを交渉の材料として使い、カイラールではうまく立ち回る予定であることも含めて、ね。
レイモンドは少し驚いていたが、心地よさげに笑った。
俺は俺で、狡猾に立ち回るよう意図していることを理解してくれたからだと思う。
「今回は俺一人で向かい、魔境騎士団の中からゴルドと彼の部下を百名、クリストフとロングボウ騎兵を五十名、アイゼンと元鉄騎兵を五十名連れて行こうと思う。南に懸念もあるので団長はクサナギに残し、魔境騎士団の本隊も残しておく」
この編成は防衛体制の確保だけでなく、王国側への牽制の意味も含んでいる。
俺たちの国はもはやカイル王国の出先機関という側面だけではなく、複数の国々出身の者たちと共に新たな道を歩んでいるとのメッセージでもある。
ゴルドは王都騎士団にも顔が広いし、なによりも堅実で軽はずみな行動はしないからね。
「俺は建国当初からの気持ちは変わっていない。今もなお王国の一員として貢献するつもりだが、無理難題は毅然として断るつもりだ。軍事面でも王国防衛の一翼を担うことに変わりはないが、魔境公国はあくまでも王国に利用されるだけの存在ではなく、既に独自の道を歩んでいることも理解させねばならない」
「ふふふ、それでこそタクヒールさまです。私からは何も申し上げることはありません」
どうやら俺の決断にレイモンドからは合格点がもらえたようだ。
急ぎ準備を整えると、俺はたちはその日のうちに出立した。
◇◇◇
クサナギを出発したあと、途中までの行程は構築していた『道の駅』のシステムを利用し、替え馬も使って旧ハストブルグ辺境伯領を縦断する中央街道を一気に北へと駆け抜けた。
コーネル伯爵領を出てからも、基本的に一人当たり二頭の馬を使って飛ばしまくった結果、通常よりは三日、早馬が移動するよりも更に一日早く王都カイラールへと入った。
もちろん先触れを先行させる余裕もなかったので、王都に入っても領民たちから出迎えられることもなく、こっそりと入った感じだったけどね。
そして俺はそのまま、王宮へと乗り込んだ。
もちろん王宮のある第一区へと入る際には止められた。だが此処からは対応を変える。
「どうかお待ちください。事前のお約束が無いお方は、たとえ公王陛下といえどもお通しする訳にも参りません。ただいま確認のため使いを走らせておりますので……」
さすがに門前払いはないようだな。
ただ『待たせる』こと自体が非礼に当たるのだけど、警備を担う者たちにはそれが最大限できる『融通』なのだろう。
「約束ならあるぞ。貴国の外務卿が『可及的速やかに来訪すること』を望まれた故、馬を飛ばして参ったまでよ。其方も急報を告げる使者を『約束がない』と言って留める訳もないだろう? 中で待たせていただく故、気遣いは無用である!」
うん、自分自身でもかなり無茶を言っているのは理解している。
でもこれも演出の一環だからね。
「で、ですが……」
「一国の王を呼び立てておきながら、到着すれば案内すら付けず待たせるとは、それが王国の流儀か?
『非礼であろう!』と言って俺は怒って帰った。そう外務卿に伝えてもらえるかな?」
そう言って俺は取次にあたった近衛兵には極力優しく伝えつつも右手を挙げて号令すると、全員が引き返すように隊列を変更した。
「おっ、お待ちくださいませ! 王宮内にご案内するように使いを走らせております。どうか、どうかしばし! しばしお待ちくださるよう、伏してお願い申し上げます!」
内心では血相を変えた近衛兵たちには申し訳ないと思いつつ、俺は不承不承を装って留まった。
まぁ。彼らには後でゴルドからフォローしてもらうよう頼んでおこう。
そして……、血相を変えて王宮から走って来た使いに導かれ、俺たちは門をくぐると王宮内へと入った。
さて、これからが本番だ!
果たして大根役者の俺に、上手く務まるだろうか?